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第二章 歓迎の宴
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「ずいぶんと遅かったわね、ティア」
アンジェを連れて荷馬車に入ると、アルフィが眼を細めてティアを見つめた。
「待たせてごめん、アルフィ。アンジェ、私の隣に座って」
「はい」
アルフィと反対側の長椅子にアンジェと並んで座ろうとしたティアに、アルフィが言った。
「あんたはこっちに座りなさい。これは<漆黒の翼>へ加入してもらうかどうかの面接も兼ねてるのよ。アンジェリーナはそっちに一人で座って」
「は、はい」
想像以上に厳しいアルフィの言葉に、アンジェはビクつきながら反対側の椅子に腰を下ろした。
「アルフィ、アンジェがびっくりしているわ。もう少し穏やかに話さない?」
アルフィの横に座りながら、ティアが心配そうに告げた。
「ティア、あたしはアンジェリーナを見極めるって言ったはずよ。あんたを誑かせているのか、そうじゃないのかをはっきりさせるから黙ってなさい」
「アルフィ……。アンジェ、ごめんね」
「いえ……」
アルフィの言葉で、アンジェは何故この場に呼ばれたのかを察した。アルフィは愛するティアを護るために、あえて悪役を演じているのだと分かった。
「アルフィさん、あなたとティアがお互いに愛し合っていることは聞きました。それを承知の上で、あたしはティアを愛しています。たとえどんなことがあっても、この気持ちは変わりません」
金色の瞳に真剣な光を浮かべると、アルフィを真っ直ぐに見つめてアンジェが言い切った。だが、その言葉を聞いた瞬間、アルフィは激怒した。
「ずいぶんと簡単に言うわね。今日会ったばかりで、何故そんなことが言い切れるの? あんたが人を愛する気持ちって、そんなに軽いものなの?」
「アルフィ! いくら何でも、言い過ぎよ!」
あまりの誹謗に、ティアが声を荒げてアルフィに文句を言った。
「ティア、黙りなさい。<漆黒の翼>のリーダーはあたしよ。アンジェリーナが中途半端な気持ちであんたに近づくのなら、あたしは彼女の加入を絶対に認めないわ」
「アルフィ、アンジェは……」
「いいんです、ティア。アルフィさんの言いたいことは分かります。ティアのことが大切だから、そう言っているんだと思います。だから、あたしが全身全霊でティアを愛しているって納得してもらえればいいだけです」
ティアの言葉を遮ると、アンジェはアルフィの黒曜石の瞳を見つめながら言った。
「全身全霊でティアを愛しているのね? ならば、その証拠を見せなさい。何でもいいわ。あたしを納得させるっていうのなら、それだけの証拠を見せなさい」
席から立ち上がると、アルフィがアンジェを見下ろしながら言った。アルフィが本気で怒っていることを知り、ティアは蒼白になりながらアンジェの顔を見つめた。
(アンジェ、ごめん。アルフィがここまで怒るなんて、予想もしていなかった)
ティアの心の内を見抜いたように、アンジェが優しく微笑んだ。そして、真剣な眼差しでアルフィに向き直ると、確認するように訊ねた。
「あたしがティアを愛している証拠を見せればいいんですね?」
「それでいいわ。どんな証拠を見せてくれるつもりか知らないけど、それであんたの気持ちが本物かどうかを判断するわ」
豊かな胸の前で腕を組むと、アルフィはアンジェの金色の瞳を見つめて答えた。
「ティア、協力してくれますか?」
「え……?」
「あたし一人ではできません。協力してください」
そう告げると、アンジェは立ち上がって荷馬車の中央で足を止めた。そして、着ていたローブを脱ぎ捨てると、下着姿になった。
「アンジェ、何を……?」
驚くティアに微笑みかけると、アンジェは左腕を真っ直ぐに真横に上げた。
「ティア、あたしの腕を切り落としてください」
「なっ……!」
「……!」
アンジェの言葉に、金碧異彩(ヘテロクロミア)の瞳を大きく見開いてティアが言葉を失った。
さすがのアルフィも、黒曜石の瞳に驚きを映していた。
「あたしは剣を使えません。だから、あたしの半身であるティアが代わりにこの腕を切り落としてください」
「そんなこと、出来るわけないわ! 馬鹿なまねはやめて!」
「アルフィさん、あたしの腕一本では証拠として足りませんか?」
ティアの言葉を無視すると、アンジェがアルフィに問いかけた。
「止めないわよ、あたしは……。それと、あたしが上級回復ポーションを持っているからって、それに期待しないで」
アルフィは自分の荷物の中から、五本の上級回復ポーションを取り出すと、アンジェの目の前に掲げた。
「あんたの本気がどれほどのものか、『氷麗姫』の名に賭けて見極めてあげるわ」
そう告げると、アルフィは五本の上級回復ポーション全てを床に叩きつけた。
「アルフィ! 何を……!」
ティアが驚愕して手を伸ばしたが、間に合わずにポーションの入った五本の小瓶は全て砕け散った。
「腕を切り落とされた激痛の中で、アルティメットヒールが使えるのかしら?」
「たぶん、無理ですね。でも、ティアへの愛情を証明するのなら、腕の一本くらいなくしても後悔しません」
「そう。それが本当なら、止血くらいはしてあげるわ。ティア、やりなさい」
かつて見たこともないほど真剣な表情を浮かべて、アルフィがティアに命じた。
「だめよ、アンジェ。アルフィだって分かってくれるわ。こんなこと、やめて……」
「ティア、お願いします。あなたがあたしの半身であるのなら、あたしが今、どういう気持ちか分かるはずです」
金色の瞳に優しい光を浮かべると、アンジェが何の気負いも感じさせない声でティアに告げた。
「アンジェ……。分かったわ。アルフィ、アンジェと私の覚悟をよく見ておいて」
そう告げると、ティアは<イルシオン>を抜刀し、上段に構えた。
アンジェとティアは、お互いの瞳を見つめると大きく頷きあった。
アンジェがゆっくりと眼を閉じた。
次の瞬間、ティアは全力で<イルシオン>を振り抜いた。
アンジェの左腕が肘から斬り落とされ、傷口から大量の血が噴出した。
「アッアァアアアッ!」
斬り落とされた左腕から壮絶な激痛が走り、アンジェが絶叫を上げた。右手で左腕を押さえながら膝をつくと、アンジェは自らの血で作った血だまりの中を転げ回った。
「アンジェッ!」
ティアがアンジェを抱き締めようとするが、凄まじい痛みのあまり彼女は大粒の涙を流しながら暴れ回った。
「ティア、アンジェを気絶させなさい! そして、早くこれを飲ませて!」
アルフィがティアに透明な青い液体の入った小瓶を渡した。
「上級回復ポーション! 分かった、アルフィ!」
床をのたうち回るアンジェの首筋に手刀を入れて気を失わせると、ティアは上級回復ポーションの栓を抜いて自ら中身を口に含んだ。
そして、アンジェの唇を塞ぐと、口移しにポーションを飲ませた。三回に分けて全量を飲ませると、アンジェの左腕が光に包まれた。
閃光が薄れると、斬られた腕が傷一つなく繋がり元通りの状態に復元していた。
「アンジェ、しっかりして!」
全身血まみれになったアンジェの体を揺すりながら、ティアが叫んだ。
「……ティア……あたし、腕が……」
「大丈夫よ。アルフィが上級回復ポーションをくれたの。元通りになっているわ。痛まない?」
「はい。大丈夫です」
アンジェはティアに掴まって立ち上がると、ふらつきながらアルフィの方を振り向いた。上級回復ポーションは四肢の欠損をも復元させるが、失った血までは再生できないのだ。
「あんたの覚悟、見させてもらったわ。試すようなマネをして悪かったわ。ごめんなさい」
アルフィがアンジェに向かって深く頭を下げた。
「いえ、頭を上げてください。アルフィさんが本気でティアのことを愛しているって、あたしもよく分かりました」
「あんたもね。あたしたちはライバルなのかもね」
「そうですね。あたし、負けませんよ」
笑いながらアルフィが差し出した手を、アンジェは微笑んで握りしめた。その様子を見て、ティアはホッとすると同時に、心の底から嬉しさがこみ上げてきた。
アンジェを連れて荷馬車に入ると、アルフィが眼を細めてティアを見つめた。
「待たせてごめん、アルフィ。アンジェ、私の隣に座って」
「はい」
アルフィと反対側の長椅子にアンジェと並んで座ろうとしたティアに、アルフィが言った。
「あんたはこっちに座りなさい。これは<漆黒の翼>へ加入してもらうかどうかの面接も兼ねてるのよ。アンジェリーナはそっちに一人で座って」
「は、はい」
想像以上に厳しいアルフィの言葉に、アンジェはビクつきながら反対側の椅子に腰を下ろした。
「アルフィ、アンジェがびっくりしているわ。もう少し穏やかに話さない?」
アルフィの横に座りながら、ティアが心配そうに告げた。
「ティア、あたしはアンジェリーナを見極めるって言ったはずよ。あんたを誑かせているのか、そうじゃないのかをはっきりさせるから黙ってなさい」
「アルフィ……。アンジェ、ごめんね」
「いえ……」
アルフィの言葉で、アンジェは何故この場に呼ばれたのかを察した。アルフィは愛するティアを護るために、あえて悪役を演じているのだと分かった。
「アルフィさん、あなたとティアがお互いに愛し合っていることは聞きました。それを承知の上で、あたしはティアを愛しています。たとえどんなことがあっても、この気持ちは変わりません」
金色の瞳に真剣な光を浮かべると、アルフィを真っ直ぐに見つめてアンジェが言い切った。だが、その言葉を聞いた瞬間、アルフィは激怒した。
「ずいぶんと簡単に言うわね。今日会ったばかりで、何故そんなことが言い切れるの? あんたが人を愛する気持ちって、そんなに軽いものなの?」
「アルフィ! いくら何でも、言い過ぎよ!」
あまりの誹謗に、ティアが声を荒げてアルフィに文句を言った。
「ティア、黙りなさい。<漆黒の翼>のリーダーはあたしよ。アンジェリーナが中途半端な気持ちであんたに近づくのなら、あたしは彼女の加入を絶対に認めないわ」
「アルフィ、アンジェは……」
「いいんです、ティア。アルフィさんの言いたいことは分かります。ティアのことが大切だから、そう言っているんだと思います。だから、あたしが全身全霊でティアを愛しているって納得してもらえればいいだけです」
ティアの言葉を遮ると、アンジェはアルフィの黒曜石の瞳を見つめながら言った。
「全身全霊でティアを愛しているのね? ならば、その証拠を見せなさい。何でもいいわ。あたしを納得させるっていうのなら、それだけの証拠を見せなさい」
席から立ち上がると、アルフィがアンジェを見下ろしながら言った。アルフィが本気で怒っていることを知り、ティアは蒼白になりながらアンジェの顔を見つめた。
(アンジェ、ごめん。アルフィがここまで怒るなんて、予想もしていなかった)
ティアの心の内を見抜いたように、アンジェが優しく微笑んだ。そして、真剣な眼差しでアルフィに向き直ると、確認するように訊ねた。
「あたしがティアを愛している証拠を見せればいいんですね?」
「それでいいわ。どんな証拠を見せてくれるつもりか知らないけど、それであんたの気持ちが本物かどうかを判断するわ」
豊かな胸の前で腕を組むと、アルフィはアンジェの金色の瞳を見つめて答えた。
「ティア、協力してくれますか?」
「え……?」
「あたし一人ではできません。協力してください」
そう告げると、アンジェは立ち上がって荷馬車の中央で足を止めた。そして、着ていたローブを脱ぎ捨てると、下着姿になった。
「アンジェ、何を……?」
驚くティアに微笑みかけると、アンジェは左腕を真っ直ぐに真横に上げた。
「ティア、あたしの腕を切り落としてください」
「なっ……!」
「……!」
アンジェの言葉に、金碧異彩(ヘテロクロミア)の瞳を大きく見開いてティアが言葉を失った。
さすがのアルフィも、黒曜石の瞳に驚きを映していた。
「あたしは剣を使えません。だから、あたしの半身であるティアが代わりにこの腕を切り落としてください」
「そんなこと、出来るわけないわ! 馬鹿なまねはやめて!」
「アルフィさん、あたしの腕一本では証拠として足りませんか?」
ティアの言葉を無視すると、アンジェがアルフィに問いかけた。
「止めないわよ、あたしは……。それと、あたしが上級回復ポーションを持っているからって、それに期待しないで」
アルフィは自分の荷物の中から、五本の上級回復ポーションを取り出すと、アンジェの目の前に掲げた。
「あんたの本気がどれほどのものか、『氷麗姫』の名に賭けて見極めてあげるわ」
そう告げると、アルフィは五本の上級回復ポーション全てを床に叩きつけた。
「アルフィ! 何を……!」
ティアが驚愕して手を伸ばしたが、間に合わずにポーションの入った五本の小瓶は全て砕け散った。
「腕を切り落とされた激痛の中で、アルティメットヒールが使えるのかしら?」
「たぶん、無理ですね。でも、ティアへの愛情を証明するのなら、腕の一本くらいなくしても後悔しません」
「そう。それが本当なら、止血くらいはしてあげるわ。ティア、やりなさい」
かつて見たこともないほど真剣な表情を浮かべて、アルフィがティアに命じた。
「だめよ、アンジェ。アルフィだって分かってくれるわ。こんなこと、やめて……」
「ティア、お願いします。あなたがあたしの半身であるのなら、あたしが今、どういう気持ちか分かるはずです」
金色の瞳に優しい光を浮かべると、アンジェが何の気負いも感じさせない声でティアに告げた。
「アンジェ……。分かったわ。アルフィ、アンジェと私の覚悟をよく見ておいて」
そう告げると、ティアは<イルシオン>を抜刀し、上段に構えた。
アンジェとティアは、お互いの瞳を見つめると大きく頷きあった。
アンジェがゆっくりと眼を閉じた。
次の瞬間、ティアは全力で<イルシオン>を振り抜いた。
アンジェの左腕が肘から斬り落とされ、傷口から大量の血が噴出した。
「アッアァアアアッ!」
斬り落とされた左腕から壮絶な激痛が走り、アンジェが絶叫を上げた。右手で左腕を押さえながら膝をつくと、アンジェは自らの血で作った血だまりの中を転げ回った。
「アンジェッ!」
ティアがアンジェを抱き締めようとするが、凄まじい痛みのあまり彼女は大粒の涙を流しながら暴れ回った。
「ティア、アンジェを気絶させなさい! そして、早くこれを飲ませて!」
アルフィがティアに透明な青い液体の入った小瓶を渡した。
「上級回復ポーション! 分かった、アルフィ!」
床をのたうち回るアンジェの首筋に手刀を入れて気を失わせると、ティアは上級回復ポーションの栓を抜いて自ら中身を口に含んだ。
そして、アンジェの唇を塞ぐと、口移しにポーションを飲ませた。三回に分けて全量を飲ませると、アンジェの左腕が光に包まれた。
閃光が薄れると、斬られた腕が傷一つなく繋がり元通りの状態に復元していた。
「アンジェ、しっかりして!」
全身血まみれになったアンジェの体を揺すりながら、ティアが叫んだ。
「……ティア……あたし、腕が……」
「大丈夫よ。アルフィが上級回復ポーションをくれたの。元通りになっているわ。痛まない?」
「はい。大丈夫です」
アンジェはティアに掴まって立ち上がると、ふらつきながらアルフィの方を振り向いた。上級回復ポーションは四肢の欠損をも復元させるが、失った血までは再生できないのだ。
「あんたの覚悟、見させてもらったわ。試すようなマネをして悪かったわ。ごめんなさい」
アルフィがアンジェに向かって深く頭を下げた。
「いえ、頭を上げてください。アルフィさんが本気でティアのことを愛しているって、あたしもよく分かりました」
「あんたもね。あたしたちはライバルなのかもね」
「そうですね。あたし、負けませんよ」
笑いながらアルフィが差し出した手を、アンジェは微笑んで握りしめた。その様子を見て、ティアはホッとすると同時に、心の底から嬉しさがこみ上げてきた。
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