1 / 14
幸せな料理人
しおりを挟む
私は幸せになりたかった。しかし、それは叶わない願いとなった。私は右腕を失った。右腕は料理をするのにとても大切なものだった。十五年かけて研ぎ澄ますように磨き続けた包丁の感覚は、肘の辺りからすっぽり失われてしまっていた。これでは幸せになれるはずもなかった。私にとって料理は人生のすべてだった。ついにその生き方が形になろうとしたとき、新品の暖簾をかける手は失われてしまったのだった。
私が料理にかけてきた情熱は、親が子にかける情熱にも似ていた。技術を磨けば磨くほど舌の上で成長を見せる食材は私にとって、手塩に育てた子どもの活躍のように胸が満たされた。その感覚にとらわれ「もっともっと」と打ち込んできた。とある名匠に従事し、いざ自分の店を持つ所になった矢先、ほんの一つの出来事で注いできた愛情を失ってしまっていた。腕を失った私は料理の道を退き、ぷかぷかとたばこをふかし、椅子に揺られる日々を過ごしていた。そんな私の元に一人の女性が訪れた。
女性は私に「料理を教えて欲しい」と言った。しかし私にはもう料理に向ける情熱は残っていなかった。女性にはその旨を伝えるのだが、女性はそれでも引き下がらず、自分が私の右腕であることを訴えた。右腕の話をされ、苛立つもそれこそが後悔の証拠であることを指摘され、それは自らの怒りだと言う。女性は腕をなくした原因となった人だった。私が料理をせねば自らの命を絶つと彼女は言う。そうはいかない、女性は師匠の娘だった。私はしぶしぶ料理人の世界へと戻るのだった。
暖簾のかかったことのない私の店は、数年の時を経ても手入れがしっかりと行き届いていた。女性が毎日掃除をしていたそうだ。ただ彼女は料理ができなかった。料理界の巨匠である父に反発し続けてきた彼女は、これまで包丁も握ったことがなかった。その彼女に私は持ちうる限りの知識を総動員して、料理を仕込んだ。私は暖簾をかけるための手を失っていた。しかしなくした片手の代わりに、彼女が暖簾の片側を持った。私は失われた情熱を取り戻し始めたのだった。
私が料理にかけてきた情熱は、親が子にかける情熱にも似ていた。技術を磨けば磨くほど舌の上で成長を見せる食材は私にとって、手塩に育てた子どもの活躍のように胸が満たされた。その感覚にとらわれ「もっともっと」と打ち込んできた。とある名匠に従事し、いざ自分の店を持つ所になった矢先、ほんの一つの出来事で注いできた愛情を失ってしまっていた。腕を失った私は料理の道を退き、ぷかぷかとたばこをふかし、椅子に揺られる日々を過ごしていた。そんな私の元に一人の女性が訪れた。
女性は私に「料理を教えて欲しい」と言った。しかし私にはもう料理に向ける情熱は残っていなかった。女性にはその旨を伝えるのだが、女性はそれでも引き下がらず、自分が私の右腕であることを訴えた。右腕の話をされ、苛立つもそれこそが後悔の証拠であることを指摘され、それは自らの怒りだと言う。女性は腕をなくした原因となった人だった。私が料理をせねば自らの命を絶つと彼女は言う。そうはいかない、女性は師匠の娘だった。私はしぶしぶ料理人の世界へと戻るのだった。
暖簾のかかったことのない私の店は、数年の時を経ても手入れがしっかりと行き届いていた。女性が毎日掃除をしていたそうだ。ただ彼女は料理ができなかった。料理界の巨匠である父に反発し続けてきた彼女は、これまで包丁も握ったことがなかった。その彼女に私は持ちうる限りの知識を総動員して、料理を仕込んだ。私は暖簾をかけるための手を失っていた。しかしなくした片手の代わりに、彼女が暖簾の片側を持った。私は失われた情熱を取り戻し始めたのだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
毎日告白
モト
ライト文芸
高校映画研究部の撮影にかこつけて、憧れの先輩に告白できることになった主人公。
同級生の監督に命じられてあの手この手で告白に挑むのだが、だんだんと監督が気になってきてしまい……
高校青春ラブコメストーリー
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【7】父の肖像【完結】
ホズミロザスケ
ライト文芸
大学進学のため、この春に一人暮らしを始めた娘が正月に帰って来ない。その上、いつの間にか彼氏まで出来たと知る。
人見知りの娘になにがあったのか、居ても立っても居られなくなった父・仁志(ひとし)は、妻に内緒で娘の元へ行く。
短編(全七話)。
「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ七作目(登場する人物が共通しています)。単品でも問題なく読んでいただけます。
※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」にも掲載)
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる