なんとなく

荒俣凡三郎

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7月

いたずら双子

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 可愛らしい緑色をしたエレベーターの扉。その横にある下向きの矢印をケイは押した。

 ウィーン、という何の変哲もないワイヤーが引かれる機械音と共に、上部に設置された黒い数字版の光が、一から四へと向かい移動していく。やがてチーン、という音と共にガラス窓の向こうに小さな小部屋がたどり着き、ゆっくりと扉が左右へ開きだした。

 だが透明なガラス窓の向こうの景色にケイは目を見開く。視界に飛び込んできたのは、膨張するように体積を増やしてゆく黒い煙だ。食材が焦げ付いたようなキツい炭素系の匂いに鼻をつまむ。

「焦げた焦げた!焦がしたヨ!」
「大変大変、火事になる!」

 突然、エレベーターの中から声が聞こえた。どうやら誰か乗っていたらしい。

「ケイにせっかく美味しいパンを用意しようと思ったけども。焦げてしまっちゃしょうがない」
「しょうがない、しょうがない」

 ケイは得体の知れない出来事に呆然とて、足を踏み出すのを躊躇うが、声の主に心当たりがあったため、気を取り直して一歩踏み出す。

「まーたなにかやらかしたのか。下にお客さんを待たせるんだ。早く運んで欲しいんだけど」

「あーあ、いじわるケイだ。僕たちのことなんてほったらかしのいじわるケイだ」
「いじわるケイ・・・嫌い、ベー」

 返ってきた言葉にケイは額に手を当ててわずかに首を左右へ振って項垂れてみせる。が、すぐにそれをやめポケットに入っていたハンカチを取り出して姿を見せない声に向かって話しかけた。

「わかったわかった。パンを焦がしてしまったのだろう。どれ、掃除してやるから教えておくれ」

「やったやった、お掃除やった」
「ありがとうケイ!大好き、ケイ!」

「・・・・・・」

 得たいのしれない気配がひとしきり喜び終わると、エレベーター内に充満していた黒い煙がすっと空へと飛んでいった。

 煙が晴れたとき、ケイは一瞬だけ、もしかしたら竈でも出てくるんじゃないかと思っていた。煙の量はそれくらい多かったし、以前は気がつくと別の異世界に運ばれていた。いたずら双子は何をするのかわからない。

 視界が戻ったエレベーターの中、なんの変哲もないおよそ二畳ほどの広さのエレベーターだ。その隅に炭が落ちていた。住人の誰かが落としたのかもしれない。どうやら双子はこの炭を使ってパンを焼こうとしたのだ。

「・・・炭でパンが焼けるのか?」

 わからなかった。
 手に持ったハンカチで炭をゆっくり包み込むと、それをポケットにしまった。すると背中の方で扉がゆっくりと閉まりだした。

 先ほどまでの喧噪が嘘のように、静かにエレベーターが動き出す。ボタンは押していない。だが先ほど一階へ行きたいと伝えてある。双子は満足したようで、素直にケイを一階へと運んでくれた。

 扉が開き、扉の外へ一歩踏み出すと背後から声が聞こえた。

「また来てね!」
「待ってるよ!」

 ケイは腕にはめた時計を見つめながら、非常階段の修理が早く終わることを願うのだった。
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