椿の唇

幸介~アルファポリス版~

文字の大きさ
上 下
4 / 4
~校医~

師ノ想ヒノ章

しおりを挟む

「俺の事、本当に覚えてないのか…?」


さらっと、私の前髪を


いたずらする先生の瞳の中の


寂しそうな色。



あれ…?


この目、私、知ってる…。



【椿の唇~師ノ想ヒノ章】




「あー美味しかったあ!」


ワインを呑んで


ほろ酔い気分。



人生初の高級レストランに


はじめてのコース料理


はじめてのお酒…。


ワインのあとの街並みは


ネオンが何重にも輝いて


私の気分は高揚していた。



「店を出た途端にそれか。品がないな」



「だって、先生がかっこよくてドキドキしちゃって」


酔いに乗じて


普段あまり言わないような言葉を


口にしてみる。


会話の繋がりなんて


気にしない。



お酒の力は絶大。


躊躇いもない。


伝えたいことを伝えられる。




「なんの脈絡もないが。まぁ、そりゃどうも」



先生は胸ポケットの


煙草に手を伸ばした。



「あ!ダメっ」


私は思わず大きな声をあげ


先生の手の甲に触れる。



ひんやりとした大きな手。



私よりずっと


背の高い先生の顔を見つめる。


「煙草はもう、駄目ですよ」


突然の私の行動に驚いたのか


先生は目を見開いて


私の顔を眺めたかと思うと



「急に…なに、するんだ」


そう言う先生の顔が


どんどん紅潮していく。



その反応に


私は息を飲む。



「な、んなんですか、その反応」


「あー…くそ」


先生は視線を反らし


せっかくセットしてきたであろう髪を


ガシガシと何度も掻いた。



そして、


「ちょっと、来い」


私の腕を引っ張って


路地を入り


人気のない公園へと連れ込む。



先生は街灯を避けるように


椿の木を見つけると


私を押し付け、口付けた。


先生らしくない…乱暴なKissだ。



「……っ、せん、せ」


「抑えがきかねぇ…少し黙ってろ」



唇を割って入り込む先生の舌先


堪えきれない


その感情が先生から漏れる、


吐息から伝わってくる。



何度も柔らかい唇に


口付けられると


頭の中が痺れた。


思考力は鈍っていくのに


身体は敏く先生を感じる。



激しいKissに翻弄され


私の目には涙が溜まっていた。



やがて先生は


大きく息を継ぐと



「お前、本当に…俺の事、覚えてないのか?」



サラッと私の前髪をイタズラしながら


私に尋ねる。


見つめ合う、先生の


瞳の中の寂しげで、


でもとても強い色。




「あ…れ……?」



私、この目、知ってる。



この目を細めて笑ってくれた……



高校時代?



ううん、もっと前だ…


記憶を辿る。



そして、記憶の端に行き着いた。





小さな頃


近所の家に住む六つ年上の


お兄ちゃんに私は恋をした。



私の、初恋だ。



母に相手にされないと


公園で一人寂しく漕いでいたブランコ。


彼はよく、ブランコを押してくれた。




私が小学三年生で


彼が中学三年生の時


彼は親の離婚で


高校進学とともに


他県へ行くことになった。


私は意を決して


その年のバレンタインデーに


手作りチョコを彼に渡した。




「お兄ちゃん、はい」


「ん?何?」


「あのね、チョコ!」



いつも哀愁の漂う目をした彼は


不格好なラッピングの中身が


チョコだと知ると


嬉しそうに目を細めて


笑いながら私の頭を撫でた。



優しい手。


伝わる温もり。


高鳴る鼓動と


きゅんと切ない気持ち。



四月には


彼はもうここにはいない。



優しい手も


この笑顔も


この温もりも


なくしてしまう。



どんなに辛くても


もう彼に会えなくなる…



気がつけば私は


涙を落としながら


彼に懇願していた。



「お兄ちゃん…」


「どうした?」


「行かないで…っ、いなく、ならないで」


彼は、何も言わずに


私の頭を撫で続ける。



その事が余計

私の想いの吐露を助長した。



「お兄ちゃんがいなきゃ私寂しい…っ、私、私ね」


「…ん?」



そして私は告げた。



「お兄ちゃんが好き」



世界ではじめて


私が好きになった彼。


そして私が世界ではじめて


告白した彼はこう答えた。



「俺が煙草吸えるくらい大人になった時、椿ちゃんが驚くくらい可愛くなってたら、君の所に戻ってくるよ」






その人の名は



「……龍…星、お…兄ちゃ…ん?」



私は唖然と先生を見つめて呟く。


先生はとても幸せそうに笑った。



「やっと…気付いたか」


「なん…で?」


しとしとと


涙が湧いては落ちていく。


先生の表情が


さっきよりももっと


柔らかいものになっていた。


照れくさそうに唇を尖らせて


それでも微笑んだ先生は言う。




「お前が…可愛くなってたから戻ってきたんだけど」




その瞬間


心臓が跳ねたら


涙腺が壊れた。



もう、涙が止まらない。



「せんせ、ちが、龍星おにい…っ」


何が言いたいのかすら


わからなくなった私を


先生は強く固く抱き締めて


耳元で囁く。



「お前、さっき聞いたろ…?いつからお前を好きだったかって。白状しようか」


首筋にキスを落とす先生は


やがて、私に告げた。




「入学当初から狙ってたよ、椿ちゃん」



あの頃と同じ呼び方で


私の名を呟かれると


なんだかとても変な気分。


だけど、嫌じゃない。


鼓動は足早に駆けていく。



「俺が煙草を吸ってたのは、お前に気付いてほしかったからだよ……」


そう言った後で先生は


「まあ…、お前が可愛過ぎて何かで気を紛らわさないと、タガが外れそうだったってのもあるけどな」



実に先生らしい不敵な笑みを浮かべた。



「せんせ、私もう…先生のこと、おに、お兄ちゃんて呼んでも、呼んでも…いい……?」



たどたどしく告げると


先生は一層私の腰を引き寄せる。


見つめ合う目と目。


泣きじゃくって苦しい呼吸


ときめきが止まずに苦しい胸


きっと酷い顔。


でも見上げる。


涙で霞む先生の顔が


ぼんやりと笑った。



「だめだろ」


「だ、め…なの…?」


「もう卒業しろよ、先生も、お兄ちゃんも」


「え…?」


「これからはお前だけの“ 龍星”だ」



そう囁きながら


先生は私の涙を拭うと


今度は蕩けるような


優しいキスをして



「椿……好きだ」



そう、耳に響いた。




私たちの足元には



沢山の椿の花が笑う。



それはまるで、私たちを


祝福するかのようだった。

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

淡月
2021.08.26 淡月

素敵です
椿は二度咲く

解除

あなたにおすすめの小説

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

同期の御曹司様は浮気がお嫌い

秋葉なな
恋愛
付き合っている恋人が他の女と結婚して、相手がまさかの妊娠!? 不倫扱いされて会社に居場所がなくなり、ボロボロになった私を助けてくれたのは同期入社の御曹司様。 「君が辛そうなのは見ていられない。俺が守るから、そばで笑ってほしい」 強引に同居が始まって甘やかされています。 人生ボロボロOL × 財閥御曹司 甘い生活に突然元カレ不倫男が現れて心が乱される生活に逆戻り。 「俺と浮気して。二番目の男でもいいから君が欲しい」 表紙イラスト ノーコピーライトガール様 @nocopyrightgirl

たとえこの想いが届かなくても

白雲八鈴
恋愛
 恋に落ちるというのはこういう事なのでしょうか。ああ、でもそれは駄目なこと、目の前の人物は隣国の王で、私はこの国の王太子妃。報われぬ恋。たとえこの想いが届かなくても・・・。  王太子は愛妾を愛し、自分はお飾りの王太子妃。しかし、自分の立場ではこの思いを言葉にすることはできないと恋心を己の中に押し込めていく。そんな彼女の生き様とは。 *いつもどおり誤字脱字はほどほどにあります。 *主人公に少々問題があるかもしれません。(これもいつもどおり?)

【完結】旦那様は元お飾り妻を溺愛したい

春野オカリナ
恋愛
 デビュタントでお互いに一目惚れしたコーネリアとアレクセイは5年の婚約期間を終えて、晴れて結婚式を挙げている。  誓いの口付けを交わす瞬間、神殿に乱入した招からざる珍客せいで、式は中断・披露宴は中止の社交界を駆け巡る大醜聞となった。  珍客の正体はアレクセイの浮気相手で、彼女曰く既に妊娠しているらしい。当事者のアレクセイは「こんな女知らない」と言い張り、事態は思わぬ方向へ。  神聖な儀式を不浄な行いで汚されたと怒った神官から【一年間の白い結婚】を言い渡され、コーネリアは社交界では不名誉な『お飾り妻』と陰口を叩かれるようになる。  領地で一年間を過ごしたコーネリアにアレクセイは二度目のプロポーズをする。幸せになりたい彼らを世間は放ってはくれず……

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。