椿の唇

幸介~アルファポリス版~

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~校医~

誕生ノ章

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「…縁起が悪いから嫌いなのよね」



母はあの日


私の椿という名を呟きながら


そう、言った。



父の妾の子。


姉から出生の秘密を聞くにあたり


母が嫌いな花を私の名に当てたのは


私が憎いだからだったのだろうと


思い悩んだあの日



好きなら好きでいい


先生に告げられた言葉が救いだった。





そして、私は今日



二十歳に、なった。





【椿の唇~誕生ノ章】


「冴木」


「はい」


「おめでとう」


「ありがとう、先生」


今年の誕生日はちょっと特別。


彼氏が出来た。



高校時代の校医だった、


木下龍星先生、その人だ。









丁度、日曜日のその日。



先生に指定された場所に来てみると


そこは高級レストラン。



「せ、せせせせんせい」


「なんだ」


「こここのお店って、フォークとナイフ何本もあるレストランですか」



私の言葉が面白かったと見えて


先生は一頻り笑ったあと



「俺の女ならその位学ぶんだな」


そう言って


私の腰に手を当てる。



全神経が、腰に集まった。



くすぐったいような


燃えるように熱いような


変な気分。



先生の…エスコートに


酔いしれながら


私は店の中へ入っていく。




あの日の


椿のバージンロードのような


赤い絨毯。


ダークブラウンの


木彫作りのテーブルや椅子。



まるで明治時代のような


洋風建築を取り入れた、


モダンなレストラン。


暗めの店内。


シャンデリアに反射して


降りてくる光の粒は


優しいオレンジ色。



テーブルに掛けられた真っ白な


クロスの中央にはガラス製の花瓶。



その中のライトは


水をキラキラと反射する。




飾られた花は…椿。



私の名前と一緒の花。




他のテーブルと比べてみて



ある事に気がついた。



「先生…」


「なんだ」


「花…他のテーブルと違う…」


「誕生日だからな、特別仕様にしてもらった」



顔色を変えずにそう言って


席を引こうとするギャルソンを断り


先生が椅子を引いてくれた。



こんなレディファースト


されたことがない。



そもそもこんな


レストランだって


はじめてだ。





バースディサプライズに


やられっぱなしの私が


見上げた先生は、


どうぞ、とかしこまって


ジェスチャーをして笑う。




かっこいい…。




ギクシャクと椅子に腰掛けると


先生はやっと息をついて


私の向かい側の席についた。





小さなキッシュと一緒に


出された、食前酒


どう嗜んでいいのかわからず


一気に腹の底へ追い込んだ。



生まれて初めてのアルコールが


体をカッと熱くさせる。



めまいまで感じるようで


思わず口元を押さえた私を


先生は珍しいものでも


眺めるかのように


覗き込んでいた。



「なん…ですか」
 

「初めての酒だろう?」


「はい…」


「人生初、味わうも何もないな」


「こんなに小さいグラスだったから、一気がいいのかなって」


「食前酒を一気に呑む奴があるか」


「…だめなんですか……?」


「食欲増進の為の酒だ。食前に飲み切れば問題ない」


「…最初に、教えてくださいよ。いじわる」


「冴木は、面白いな」



先生は幸せそうに、微笑む。


こんな表情、はじめてだ。



そもそも、


先生とのはじまりは


本当に突然のキスからで


煽られて応じて


盛り上がった上で


今に至るけれど…


先生は私のこと


いつから好きで


いてくれたんだろう。



素朴な疑問が湧き上がる。




「先生」


「ん?」


「ひとつ、聞いても良いですか」


「なんだ」


「えっ、と…その」



切り出したはいいものの


なかなか話せずにいる私に


先生は訝しげな顔を向ける。




眉間の皺すらかっこいい。


そう思うのはきっと


恋の病のせいだろう。



「先生は、その、いつから私のこと好きでいてくれたんですか……?」


「……さあ?」


「さあ、って…」



はじめて先生とキスしたあの日


私がひどく落ち込んでいたから


なんとなく、とか


そんな軽いノリだったら


ショックだなあ



そんな事を思いながら


先生をじっと見つめていると


先生はそっと目を逸らし


煙草に手を伸ばして



「おっ…と、しまった。ここではまずいな」


と手を引っ込める。


顔を顰めて、ばつが悪そうだ。




ここ数回のデート中


先生の唇に


くわえられた煙草を


見なかった日はないし



吸い終わった直後


息をつく間もなく


新しい煙草に手を伸ばす先生を


何度となく見てきた。



保健医のくせに。



「先生…煙草、吸いすぎです」



こんなこと、本当は言いたくない。


煙草を吸う先生もほんとは好き。





でも、先生にはずっと


隣で笑っていて欲しい。



そんな私の想いを


先生は眉間に溜め込み


前菜を口に運びながら呟いた。



「……うるさいな」


「うるさいってなんですか…。煙草は体に悪いって保健の授業の時、自分で力説してたのに」


「……いつもは、こんな吸わんよ」


「嘘。先生、ヘビースモーカーでしょ?」


「……冴木と一緒にいる時だけだよ」



心臓が跳ねる。


私と一緒にいる時だけ


ヘビースモーカーって…


どういうこと?




「え…?」


聞き返したつもりの疑問符


先生は軽く交わして



「いいから、食え。そろそろメインに移りたい」



そう言って上品にスープを口に運んだ。


店の雰囲気を壊すわけにもいかない。


この場でしつこく聞くことは


さすがに、はばかられて


私は先生に従い、


高級レストランの


コース料理を堪能した。




料理がこんなに美味しいのは


きっとシェフの腕だけじゃない。


食事がこんなにときめくのも


きっと店の雰囲気だけじゃない。



全部、全部


先生が一緒だからだ。



メインのビーフに


ナイフを入れる先生の


うつむき加減の顔に


駆け出す鼓動を感じながら


私の誕生日は更けていった。

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