3 / 4
~校医~
誕生ノ章
しおりを挟む「…縁起が悪いから嫌いなのよね」
母はあの日
私の椿という名を呟きながら
そう、言った。
父の妾の子。
姉から出生の秘密を聞くにあたり
母が嫌いな花を私の名に当てたのは
私が憎いだからだったのだろうと
思い悩んだあの日
好きなら好きでいい
先生に告げられた言葉が救いだった。
そして、私は今日
二十歳に、なった。
【椿の唇~誕生ノ章】
「冴木」
「はい」
「おめでとう」
「ありがとう、先生」
今年の誕生日はちょっと特別。
彼氏が出来た。
高校時代の校医だった、
木下龍星先生、その人だ。
丁度、日曜日のその日。
先生に指定された場所に来てみると
そこは高級レストラン。
「せ、せせせせんせい」
「なんだ」
「こここのお店って、フォークとナイフ何本もあるレストランですか」
私の言葉が面白かったと見えて
先生は一頻り笑ったあと
「俺の女ならその位学ぶんだな」
そう言って
私の腰に手を当てる。
全神経が、腰に集まった。
くすぐったいような
燃えるように熱いような
変な気分。
先生の…エスコートに
酔いしれながら
私は店の中へ入っていく。
あの日の
椿のバージンロードのような
赤い絨毯。
ダークブラウンの
木彫作りのテーブルや椅子。
まるで明治時代のような
洋風建築を取り入れた、
モダンなレストラン。
暗めの店内。
シャンデリアに反射して
降りてくる光の粒は
優しいオレンジ色。
テーブルに掛けられた真っ白な
クロスの中央にはガラス製の花瓶。
その中のライトは
水をキラキラと反射する。
飾られた花は…椿。
私の名前と一緒の花。
他のテーブルと比べてみて
ある事に気がついた。
「先生…」
「なんだ」
「花…他のテーブルと違う…」
「誕生日だからな、特別仕様にしてもらった」
顔色を変えずにそう言って
席を引こうとするギャルソンを断り
先生が椅子を引いてくれた。
こんなレディファースト
されたことがない。
そもそもこんな
レストランだって
はじめてだ。
バースディサプライズに
やられっぱなしの私が
見上げた先生は、
どうぞ、とかしこまって
ジェスチャーをして笑う。
かっこいい…。
ギクシャクと椅子に腰掛けると
先生はやっと息をついて
私の向かい側の席についた。
小さなキッシュと一緒に
出された、食前酒
どう嗜んでいいのかわからず
一気に腹の底へ追い込んだ。
生まれて初めてのアルコールが
体をカッと熱くさせる。
めまいまで感じるようで
思わず口元を押さえた私を
先生は珍しいものでも
眺めるかのように
覗き込んでいた。
「なん…ですか」
「初めての酒だろう?」
「はい…」
「人生初、味わうも何もないな」
「こんなに小さいグラスだったから、一気がいいのかなって」
「食前酒を一気に呑む奴があるか」
「…だめなんですか……?」
「食欲増進の為の酒だ。食前に飲み切れば問題ない」
「…最初に、教えてくださいよ。いじわる」
「冴木は、面白いな」
先生は幸せそうに、微笑む。
こんな表情、はじめてだ。
そもそも、
先生とのはじまりは
本当に突然のキスからで
煽られて応じて
盛り上がった上で
今に至るけれど…
先生は私のこと
いつから好きで
いてくれたんだろう。
素朴な疑問が湧き上がる。
「先生」
「ん?」
「ひとつ、聞いても良いですか」
「なんだ」
「えっ、と…その」
切り出したはいいものの
なかなか話せずにいる私に
先生は訝しげな顔を向ける。
眉間の皺すらかっこいい。
そう思うのはきっと
恋の病のせいだろう。
「先生は、その、いつから私のこと好きでいてくれたんですか……?」
「……さあ?」
「さあ、って…」
はじめて先生とキスしたあの日
私がひどく落ち込んでいたから
なんとなく、とか
そんな軽いノリだったら
ショックだなあ
そんな事を思いながら
先生をじっと見つめていると
先生はそっと目を逸らし
煙草に手を伸ばして
「おっ…と、しまった。ここではまずいな」
と手を引っ込める。
顔を顰めて、ばつが悪そうだ。
ここ数回のデート中
先生の唇に
くわえられた煙草を
見なかった日はないし
吸い終わった直後
息をつく間もなく
新しい煙草に手を伸ばす先生を
何度となく見てきた。
保健医のくせに。
「先生…煙草、吸いすぎです」
こんなこと、本当は言いたくない。
煙草を吸う先生もほんとは好き。
でも、先生にはずっと
隣で笑っていて欲しい。
そんな私の想いを
先生は眉間に溜め込み
前菜を口に運びながら呟いた。
「……うるさいな」
「うるさいってなんですか…。煙草は体に悪いって保健の授業の時、自分で力説してたのに」
「……いつもは、こんな吸わんよ」
「嘘。先生、ヘビースモーカーでしょ?」
「……冴木と一緒にいる時だけだよ」
心臓が跳ねる。
私と一緒にいる時だけ
ヘビースモーカーって…
どういうこと?
「え…?」
聞き返したつもりの疑問符
先生は軽く交わして
「いいから、食え。そろそろメインに移りたい」
そう言って上品にスープを口に運んだ。
店の雰囲気を壊すわけにもいかない。
この場でしつこく聞くことは
さすがに、はばかられて
私は先生に従い、
高級レストランの
コース料理を堪能した。
料理がこんなに美味しいのは
きっとシェフの腕だけじゃない。
食事がこんなにときめくのも
きっと店の雰囲気だけじゃない。
全部、全部
先生が一緒だからだ。
メインのビーフに
ナイフを入れる先生の
うつむき加減の顔に
駆け出す鼓動を感じながら
私の誕生日は更けていった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
隠れ御曹司の愛に絡めとられて
海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた――
彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。
古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。
仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!?
チャラい男はお断り!
けれども彼の作る料理はどれも絶品で……
超大手商社 秘書課勤務
野村 亜矢(のむら あや)
29歳
特技:迷子
×
飲食店勤務(ホスト?)
名も知らぬ男
24歳
特技:家事?
「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて
もう逃げられない――
同期の御曹司様は浮気がお嫌い
秋葉なな
恋愛
付き合っている恋人が他の女と結婚して、相手がまさかの妊娠!?
不倫扱いされて会社に居場所がなくなり、ボロボロになった私を助けてくれたのは同期入社の御曹司様。
「君が辛そうなのは見ていられない。俺が守るから、そばで笑ってほしい」
強引に同居が始まって甘やかされています。
人生ボロボロOL × 財閥御曹司
甘い生活に突然元カレ不倫男が現れて心が乱される生活に逆戻り。
「俺と浮気して。二番目の男でもいいから君が欲しい」
表紙イラスト
ノーコピーライトガール様 @nocopyrightgirl
たとえこの想いが届かなくても
白雲八鈴
恋愛
恋に落ちるというのはこういう事なのでしょうか。ああ、でもそれは駄目なこと、目の前の人物は隣国の王で、私はこの国の王太子妃。報われぬ恋。たとえこの想いが届かなくても・・・。
王太子は愛妾を愛し、自分はお飾りの王太子妃。しかし、自分の立場ではこの思いを言葉にすることはできないと恋心を己の中に押し込めていく。そんな彼女の生き様とは。
*いつもどおり誤字脱字はほどほどにあります。
*主人公に少々問題があるかもしれません。(これもいつもどおり?)
【完結】旦那様は元お飾り妻を溺愛したい
春野オカリナ
恋愛
デビュタントでお互いに一目惚れしたコーネリアとアレクセイは5年の婚約期間を終えて、晴れて結婚式を挙げている。
誓いの口付けを交わす瞬間、神殿に乱入した招からざる珍客せいで、式は中断・披露宴は中止の社交界を駆け巡る大醜聞となった。
珍客の正体はアレクセイの浮気相手で、彼女曰く既に妊娠しているらしい。当事者のアレクセイは「こんな女知らない」と言い張り、事態は思わぬ方向へ。
神聖な儀式を不浄な行いで汚されたと怒った神官から【一年間の白い結婚】を言い渡され、コーネリアは社交界では不名誉な『お飾り妻』と陰口を叩かれるようになる。
領地で一年間を過ごしたコーネリアにアレクセイは二度目のプロポーズをする。幸せになりたい彼らを世間は放ってはくれず……
【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~
蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。
なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?!
アイドル顔負けのルックス
庶務課 蜂谷あすか(24)
×
社内人気NO.1のイケメンエリート
企画部エース 天野翔(31)
「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」
女子社員から妬まれるのは面倒。
イケメンには関わりたくないのに。
「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」
イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって
人を思いやれる優しい人。
そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。
「私、…役に立ちました?」
それなら…もっと……。
「褒めて下さい」
もっともっと、彼に認められたい。
「もっと、褒めて下さ…っん!」
首の後ろを掬いあげられるように掴まれて
重ねた唇は煙草の匂いがした。
「なぁ。褒めて欲しい?」
それは甘いキスの誘惑…。
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる