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夜空のお星様

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「夜空の星ってねほんとは妖精なんだよ!」








この夏に夜空を見上げながら





そんな事を言った五つ年上の





お姉ちゃん、ななちゃんが





突然、いなくなりました。






「ななちゃんは、お星様になっちゃったの」





お母さんにそう言われたけれど





僕にはよくわかりませんでした。






ななちゃんがやっていたからはじめたピアノ。





今、僕はひとりでレッスンを受けています。





レッスンが終わって夕方の4時半。





お母さんに遊んできていいよと言われたので





二百円分のおやつを買って




僕はひとりで公園のドカンの上に座りました。





この間まで隣にいてくれたはずのななちゃんは





もう、いません。




おやつだってななちゃんと




分け合うこともなければ




取り合いになることもありません。





僕の分け前は増えるけれど




それはなんと味気ないことでしょう。






お空を見上げてもまだ





太陽が少し沈んだくらい。





まだまだ、お星様は見えません。






「お星様になっちゃったっていうけどさ。お星様が妖精ならなななちゃんは妖精になっちゃったの?…妖精って何?ぼくにはわかんないよ。ななちゃんはおばけになったの?」






ななちゃんは答えてくれません。





いつも僕がわからないことを教えてくれたのに。





考えても考えても見えない答え。




足し算はクラスで一番か二番に出来るのに




どうしても、ななちゃんが何になったのか




その答えはわかりませんでした。






僕はなんだか悲しくなって




ひーん、ひーん、と




声にならない音で泣きじゃくりました。





その時でした。





「ガキの泣き声は好きじゃあないねっ」






後ろからしわがれた声がしました。





驚いて振り向くと魔女みたいな格好の





しわくちゃのおばあちゃんが立っていました。






「おばあちゃん…だあれ」




「あたしゃ、魔女さ。ものすごーく物知りなね」




「ものしり?」




「そうさ、世の中のことならたいてい知ってるよ」




「じゃあななちゃんはどこに行ったの?」




「どこへ行ったと思う?」




「お母さんはお星様になっちゃったんだって言うんだ」




「お星様ってなんだい」




はて?と声でも聞こえそうなほど





魔女のおばあさんは首を大きく傾げました。





僕は驚いておばあさんに聞きました。





「え!?おばあちゃんお星様知らないの?」





「お前の星ってなんだいな」





はて?と声でも聞こえそうなほど




今度は僕が首をかしげて言いました。





「夜のお空に光ってるのがお星様でしょ?」





「へええええ、そうかい。じゃあななちゃんとやらは、そこにいるんだろうね」



「…でも確かめようがないから」




「なら確かめに行ってごらんな」




おばあさんはそう言うと、ローブの中から




古い木で出来たステッキを出しました。





「え?」




僕がそう呟くより早く




おばあさんは「マジョノケマジョノケソーコヌケ」





なんだかとても変な呪文を唱えて、





ステッキで僕の頭をさっと撫でました。






するとどうでしょう。





僕の体が宙に浮いたかと思うと





突然ものすごいスピードで





お空の上へ上へと昇っていくのです。






「うわっっうわああ」






少しだけ西日かかった空は




雲の上へ行くと綺麗な水色でした。





もっともっと上に




雲より、飛行機より、富士山より





上へ上へ行くと





風が驚くくらい冷たくなって





青かった空は見たこともないような





紫色の空気になって





やがて、闇に閉ざされました。





時間だけがゆっくりと流れているようです。





お星様が





たくさんたくさん見えました。







「ななちゃーん!」





僕は、ななちゃんの名前を呼びました。





大きく大きく呼びました。





何度も何度も呼びました。






それでもななちゃんの声は聞こえません。





ななちゃんの姿もありません。





ななちゃんの優しさもありません。





ただ、ただ、お星様の世界は





静かで、ほんの少し怖くって





とってもとっても寂しかったのでした。







お母さんは嘘つきです。





ななちゃんだって嘘つきです。





いくらお星様の世界を探しても





ななちゃんはいないし、





妖精だっていませんでした。





僕は、また





ひーん、ひーん、と





泣き始めました。





悲しくって





辛くって





ななちゃんが





本当に消えてしまったんだと





思ったからです。





「まーたこの坊主は泣いてるよっ、やっぱりあたしゃガキの泣き声は嫌いだよっ」




「おばあちゃ…ん っ」




「今度は一体どうしたね」




「みんな嘘つきだ、ななちゃんどこにもいないじゃないか」




「坊主や、それは場所が間違っているのさ」




「場所?」




「まどろっこしい説明は苦手だよ。そこは今いい宵闇になってるはずだ、さあ行っておいで」 





おばあさんはまた「マジョノケマジョノケソーコヌケ」




なんだかとっても変な呪文を唱えると





今度は僕の胸のあたりを




ステッキで撫でました。





すると今度はシュルシュルシュルッと音を立てて




僕は小さく小さくなって





気がつくとまっくらな暗闇の中にいました。





辺りには何の灯りもありません。





何の音もありません。





誰の姿もありません。





心細くなって





僕は震える声で





おばあちゃんと呼びましたが





誰の声も聞こえませんでした。






僕は手探りで





あっちにいったり





こっちにきたり





寂しくて寒い場所を





手当たり次第に歩きました。





だけど、何もありません。






とうとう疲れて、僕はしゃがみこみました。





膝を抱えてしくしくと泣きました。





「寂しいよ…寂しいよ、ななちゃんいないと、僕とっても…さびしいよ」




僕はななちゃん、ななちゃんと





ななちゃんの名前を何度も呼んで





会いたいよ会いたいよと願いました。






でも僕はもう知っています。





ななちゃんは遠くに行ったのです。





もう帰ってこないのです。





どんなに悲しいと思っても





どんなに恋しいと嘆いても





ななちゃんの笑顔はもう…







「もぉー、ぼっくんは泣き虫だなあ」





僕の肩をぽんっ、と叩いた小さな手。





僕は肩を震わせて、ゆっくりと





おそるおそる顔をあげました。






すると、ななちゃんが





呆れ笑いをしながら





僕を見下ろしていました。






「なな、ちゃん」




「なあに?幽霊でも見たような顔して!失礼しちゃうわあ」




「だってななちゃん、おばけだろ」




僕が減らず口を叩くと、ななちゃんは笑いました。





「本当にぼっくん失礼ねぇ。あたしは妖精になったのに」




「妖精…?」




「そうよ、見てて、ぼっくん」





そういうとななちゃんは





さっきの魔法使いのおばあさんのステッキより





ずっとずっと





キラキラきれいなステッキを取り出します。






背中に生えていたトンボみたいな可愛い羽根を




ちょこちょこと動かして飛んで





「えいっ!」




と、大きくステッキを振りました。





すると、どうしたことでしょう。





ぽっ




ぽぽっ




ぽぽぽぽっ…ぽっ…ぽっ





色とりどりに光る花




たんぽぽ、さくらそう



しばざくら、まつばぼたん



ゲンノショウコ、れんげそう



とにかくたくさんの花が



ひとつひとつ咲いていきます。




真っ暗だったあたりの闇は




たくさんの星々に照らされるように




灯りが点っていきました。






ひとつ花が咲く度、不思議なことに




僕はななちゃんとの毎日を思い出しました。





生まれた頃から一緒でした。




お姉さんだったななちゃんは




僕をいっぱい可愛がってくれました。




ななちゃんが擦り寄せてくる、




すべすべほっぺが僕は大好きでした。




もっとおやつが欲しくって



泣いちゃう僕にななちゃんは



おかしを半分わけてくれました。





「ぼっくんのことが大好きだよ」




いつもそう笑ってくれました。





「ぼっくん、泣いちゃだめだよ」




いつもそう言ってハンカチで涙を




拭ってくれました。





花が咲く度に思い出す毎日の思い出に




僕の目からはぼろぼろと涙が零れます。





「な、なちゃん、ななちゃん、ななちゃん、僕の近くにいてよ、僕のそばにいてよ、ななちゃんはぼくのお姉ちゃんだろ、お姉ちゃんは僕のそばにいなきゃだめなんだよ」



僕はまた、赤ちゃんみたいに



泣きじゃくりながら駄々をこねました。




するとななちゃんは



ふぅっと呆れたようにため息をついて




ぽんぽん、優しく僕の頭を撫でて言いました。




「ぼっくん、あたしはね前よりもっとぼっくんの近くにいられるようになったんだよ」



「うそだよ…どこにもななちゃんいないじゃないか」



「ぼっくん、だってあたし、ぼっくんになったんだもん」



「え?」



僕は、ななちゃんの言葉に息を飲みました。




ななちゃんは続けます。




「ここはぼっくんの心の中だよ」





ななちゃんは笑います。




「あたしの今のおうちは、お父さんやお母さんやぼっくんやおともだち、みんなの心の中なの。心のお空で妖精してるのよ!」



いいでしょ、ななちゃんはおしりにそう付け足すと、えっへんとしたり顔。




その表情は…



自信いっぱいのななちゃんのそれでした。




もう、笑えてきて




泣けてきて




僕は涙を流しながら笑いました。




あははと笑いました。




すると、突然




あたりはパッと明るくなりました。




一面花畑。




きれいなきれいな花に




夜空。無数の星たち。




そして大きなお月様。





「ねえぼっくん、あたし、いるよ」




「うん」




「ぼっくんのそばにいるよ」




「うん」




「落ち込むことがあって、心が夜みたいに暗くなっちゃっても、あたしが今みたいに妖精のステッキで、ぼっくんの心の中、お花でいっぱいにして、お星様きらきらにしてあげる」




ななちゃんは笑います。





「だからぼっくん、あたしと一緒に生きようね」






僕は頷くと




ななちゃんに向かって、笑顔を向けました。





ぼろぼろ泣いていたので




最低にかっこ悪い笑顔だったけれど




ななちゃんは




「最高にかっこいいよ」




と、僕の頭を撫でてくれました。








ぼくのおねえちゃん



1年3組 ささき ぼく



ぼくにはおねえちゃんがいます。





すこしまえまでおうちにいましたが、
いまはとおくにいってしまいました。



でもほんとうはとおくじゃなくて、
ぼくのいちばんちかくにいます。



ぼくのおねえちゃんは
ぼくのこころのなかで、ようせいをしています。


だからぼくは、さびしくても
おちこんでもへっちゃらです。


それはおねえちゃんがいつも
こころのなかにいるからです。


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