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第4章起業しましょう。そうしましょう

195・楽園の調査

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「最悪の別れ方って言われても…」

サーシャが帰った後も、
私はサーシャの予言が気になり仕事にならなかった。
金色の夜明け、
それを取り囲むうちの1人が最悪の別れ方をするでろう。
しかもサーシャの予言は今まで外れたことがない。
一体誰が最悪な別れ方をするのだろう。
気になって夜も眠れなかった。

「お前大丈夫か?」

その日いつものように伯爵夫人に呼び出されると、
伯爵夫人はそう言った。

「いえ、気になることがあってあまり眠れなくて…」
「そうか、お前に頼みたいことがあるんだがいいか?」
「え、何ですか?」
「最近妙な噂があってな。
とある丘の上に修道院があるんだが、
その修道院にいけば楽園に行けるらしい」
「楽園ですか。
前にも似たようなことがありましたね」
「楽園に行けば苦しみも悩みも無くなると言われているが、
私は怪しいと思っている。
そんな理想郷に行ったら、
家族や身内を連れて行きたいと思うのが普通だろう。
だがその修道院に行って帰ってきていない者があまりに多い。
私が怪しいと思うのも無理はないだろう」
「確かに怪しいですね」
「といっても何の証拠も無しに、
怪しいから止めろということは出来ない。
だから調査してくれないか」
「分かりました。やってみます」
「この依頼はもうギルドには通してある。
報酬はそうだな。金貨2枚は払おう」

うお、日本円で200万の報酬か、嬉しいな。

「でも本当に楽園って場所があって、
そこに連れて行っているだけならどうしますか?」
「それなら何の問題もない。
だが私の勘が告げている。この話には何か裏があると」

そうして伯爵夫人の依頼を引き受けたのだった。





「というわけで修道院に行くことになりました」
「本当にあなたのやることは唐突ね。
まぁもう慣れたけど」

そうエドナが言った。

「まぁそれは今更でしょう。
それでその修道院はどこにあるのですか?」
「ここから北西にあるみたい。
爆竜号でいけば、夕方ぐらいには着くんじゃないかな」
「分かった。行きましょう」

そうして馬車の爆竜号に乗って修道院に向かうと、
夕方には着くことが出来た。

「すごい人ですね」

修道院の前には長蛇の列が出来ていた。

「私達の番になるのはかなりかかりそうなのだ」
「まぁ地道に待ちましょう」

それから3時間後、やっと修道院の中に入れた。

「ようこそ迷える子羊よ」

そう目隠しをした修道女の女性が言った。

「あれ何で目を隠しているんですか?」
「ああ私は事故で目を怪我していまして、
だから隠しているのです」
「そうですか、
ここに来れば楽園に行けるとのことですが本当ですか?」
「ええ、行けますが、
あなた達は見たところ冒険者のようですね。
この修道院では武器の所持は認められません。
全てこの籠の中に入れてください」
「え、持っていたらダメなの?」
「はい、従わないのであれば出て行ってください」
「ここは従うしかなさそうなのだ」
「それとそのブローチも外してください」
「え、これは結界魔道具です。
外すことは出来ません」
「従えないのなら、
あなた方を楽園に連れて行くことは出来ません」
「エドナ、どうしよう」
「ここは従うしかなさそうね。
虎穴に入らずんば虎児を得ずよ」

確かにエドナの言う通り従った方がいいかもしれない。
私達は武器と結界魔道具のブローチを籠の中に入れた。
そして修道女に着いていき、修道院の奥に進む。
するとベッドがたくさん並んだ部屋に通された。

「ここで眠ってください」
「眠る?」
「楽園に連れて行くには眠る必要があります」
「そう言われても眠気なんてないんですが」
「大丈夫です。よく眠れるお香を焚きますので」

いや、そのお香みたいなのは私には効果がないんだけど。
そう思いつつもベッドの上に横になる。
そうすると疲れていたせいか、
いつの間にか眠ってしまったのだった。





「刹那、刹那…」
「え?」

誰かに呼び止められ、
目を開けるとそこは元の世界の自分の部屋だった。

「どうしたの、刹那」

そう言ったのは紛れもなく私のお母さんだった。

「お母さん!」

私はお母さんに抱きついた。

「どうしたの?」
「あ、あれ、何で抱きついたんだろう」

私は自分の行動に疑問を抱いた。
お母さんとまるでもう何十年も会って居ないような気がしたのだ。

「あ、何でもないよ。ちょっと変な気分になっただけ」
「そうなの。なら良かったわ」
「そういえば変な夢を見てね。
私が異世界に行って仲間と冒険するの」

そうして私はさっき見た夢の内容を語った。
しかし夢とはいえあり得ない内容だった。
そもそも異世界に行くなんて夢物語もいいところだ。

「でもお母さんと居られて幸せだよ」

それからお母さんと一緒に日常を過ごした。
そんな幸せな日々を送っていると、
ある日家に帰るとお母さんが何か変だった。

「お母さん、ただいま」
「刹那…あなたはやっぱり帰ってくるべきではなかったわ」
「どうしたの?」
「だってあなたは私を悲しませた。
あなたが勝手に居なくなったから私は1人になった。
本当に憎たらしいわ」
「お、お母さん…?」

お母さんは憎しみがこもった目で私を見た。

「あなたのせいよ。
刹那。いやセツナというべきかしら。
あなたは私を不幸にした。ひとりぼっちにさせた…」
「止めて…」
「あなたという存在が消えたことで私は不幸になった。
地獄のどん底まで叩き落とされた…」
「止めて…!」

そういうお母さんの目から血の涙が出た。
そしてその目が空洞になっていく。

「こんな想いをするなら子供なんて産むんじゃなかったわ。
セツナ、あなたは異世界でさぞ楽しい想いをしたでしょう。
でもあなたは幸せになってはいけないのよ。
母という存在を孤独にさせたのだから。
あなたなんて最初から生まれるべきじゃなかったのよ!」

血を吐くような言葉だった。
それは私が一番恐れ、後悔していることだ。
それが形となり私の目の前に現れた。

「異世界にきてさぞかし楽しかったことでしょう。
でもあなたは忘れている。
自分が居なくなったせいで不幸になった人がいることを…!
だからあなたは幸せになんてなるべきじゃないの!!」
「止めて!!!」

耳を塞いでも声は聞こえてきた。
私の後悔と恐れが目の前に現れた。
私は何も言い返すことが出来ずにただ涙を流していた。

そうすると今度は情景が変わり、深い雪が降ってきた。

「セツナ、お前のせいだ…」
「アーウィン?」

そこに立っていたのは紛れもなくアーウィンだった。

「セツナお前のせいだ。
お前さえ異世界に来なければ俺達は死ぬことはなかった」
「そうだ」
「お前のせいだ」

皇帝によって殺された村の人達が現れる。
みんなの目は空洞で、血の涙を流していた。

「お前のせいで俺は死んだ。
お前のせいで」
「止めて…」

私はあまりのことに耳を鬱ぎ目をつむる。
でもそれでも恨みの声は聞こえてきた。

「お前は幸せになってはいけないんだ」
「止めてー!!!!」

私の人生の全ての後悔と恐れが、
目の前に現れた瞬間だった―――。





「ああ、おいしいなぁ」

そう修道女、いやキーガンは呟いた。
彼女の目の前には苦悶の表情を浮かべる人々が居た。
その中にはセツナ達の姿もあった。

「ああ、何ておいしい絶望だろう」

そうキーガンは至福の表情で言った。
彼女は一見人の姿をしているが、魔族だった。
魔族であるので目は赤く白目の部分が黒いので、
それを悟られないために普段は目を隠しているが、
キーガンには夢を操る力があった。
キーガンが望めばどんな風にでも夢を操ることが出来た。
それこそ楽園のように素敵な夢や、悪夢でさえも思いままだった。
夢から覚めるにはこれが夢であるということを自覚する必要があるが、
夢の中はこれが夢であるということを忘れさせる作用があり、
自力で目覚める者は皆無だ。
キーガンは夢を操り対象の後悔を引き出し、
それを見せつけることで絶望という負の感情を引き出し、
それを食べることで強くなっていった。
最初はあえて幸福な夢を見させ、
そして幸せが満ちた時に、
対象となる人間の後悔を見せて、絶望のどん底へと突き落とす。
それこそがキーガンの好むやり方だった。

「ふふふ、人は本当にバカだなぁ。
楽園などあるわけもないのに」

そうケタケタとキーガンは笑う。
人間はバカで愚かで本当に助かる。
そう彼女が思った時だった。

その時ゆらりと起き上がる者が居た。
それはセツナだったが、キーガンは知るよしもない。

「お前は何故目を覚ました?」
「ああ、うるせぇな」

わずわしいといった様子でセツナが髪をかき上げる。

「お前は何者だ!?」
「俺は暗竜零あんりゅうぜろ
セツナに潜むもう1つの人格なり!!」

そう高らかに宣言したのだった。


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