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第4章起業しましょう。そうしましょう

193・サーシャの願い

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「人生の主役ですか」

領主邸の客室に聖女サーシャは1人で居た。

「…思えば私の人生で、
自分のことを優先したことは無かったですね」

だからセツナに、
自分の人生の主役は誰かと言われた時、迷った。
思えばサーシャの人生の中で、
自分が人生の主役であった時など一度も無かった。

サーシャが生まれたのは、とある田舎の農村だった。
生まれつき聖眼持ちだったせいで、
サーシャはすぐに神殿に保護された。
幼子のうちから溢れんばかりの贅沢を経験した。
おいしい食事、
たくさんのオモチャ、
何でも言うことを聞く使用人。
しかし外に出たいということだけはダメだった。
サーシャはつねづね迷惑をかけることは、
人間として一番ダメなことだと言い聞かされて育った。
自分が外に出たいと言えばどれだけの人に迷惑がかかることか、
理解していた。
それはいわゆる洗脳のようなものだった。
同じ年の友達を作ることさえもダメだった。
その理由は神殿以外の人間と接すれば、
自分が居る環境が異常なことに気がついてしまうからだ。
フォルトゥーナの言う通り、
サーシャはもう神殿の庇護無しでは生きていけないだろう。
自由などかごの鳥には不要なものだからだ。
でも本当は友達を作って、一緒に町を探索したい。
そんな願いを抱くようになったが、
それは叶わないのも理解している。
でも一度でいいから経験してみたい。
友達と一緒に町を歩いて笑ってみたいと―――。

「まぁ無理ですよね」

そういつものように寂しそうな笑みを浮かべると、
サーシャは眠りについた。





「聖女様、聖女様!」
「ん? どうしたのです?」
「た、大変なのです。
外がとんでもないことになっています!」
「え?」

大神官にそう言われ、サーシャは急いで服を着ると、
領主邸の外に出た。
するとそこにありえないものがあった。

「これは…屋台?」

そう屋台が領主邸の庭に並んでいたのだ。
じゅうじゅうとおいしそうな匂いをさせて。

「どうですか聖女様」

そう言ってセツナがやってきた。

「セツナ様。これは一体どういうことですか?
何故庭に屋台が…?」
「聖女様は屋台が見たいって言ってましたよね。
でも直接屋台で買うのは危険過ぎる。
で、逆に考えてみたんですよ。
屋台が見たいなら持ってくればいいってね」

そうしたり顔でセツナは言った。

「ここは警備が行き届いた領主邸の中にあります。
食べ物も毒物がないかチェックしましたし、安全です。
どうですかこれなら良いでしょう」
「うっ」

セツナの提案に大神官のボブは黙り込んだ。
確かにこれが安全かつ、誰にも迷惑がかからない、
文句のない方法だったからだ。

「え、でも迷惑では…」
「迷惑どころかみんな聖女様の力になれるって知ったら、
喜んで協力してくれましたよ。
だから好きなだけ買い物したりしてください」
「ほ、本当に良いんですか?」

サーシャの目に涙が溢れる。
長年夢見た願いが叶った瞬間だった。

「ほら、一緒に行きましょう。
何から食べますか?」
「はい、焼きそばを食べてみたいです」

そうして焼きそばを食べると、
王都で食べたどんな料理よりもおいしかった。
それから一通り屋台の物を食べたり飲んだりした。

「大満足です。本当にありがとうございました」
「それと聖女様、これ見てください」

そう言うとセツナはタブレットを取り出す。

「これ遠く離れた映像を見ることが出来る機械です」
「え、そんな物があるのですか?」
「はい、ラプラスに頼んで作ってもらいました。
聖女様に差し上げますので、
これで好きなだけ町を探索してください」

そう言うとセツナは持っているタブレットの操作方法を教えていく。
機械は虫型のドローンのような物でタブレットで操作すると、
虫型ドローンに付けられたカメラの映像が、
映し出される仕組みになっている。

「確かにこれなら安全に外に出られますね。
本当にありがとうございます。
このご恩は一生忘れません」

そうサーシャがセツナと話していた頃―――。

「クソッ!!
やられた!!」

大神官のボブは人気のない場所でそう叫んだ。

「あのアバズレが!」

今回のことはセツナが完全に一枚上手だった。
完全にしてやられた。
町を直接探索するのは危険が多い。
だが警備の行き届いた領主邸の中でなら問題はない。
せっかく聖女を自分の都合の良いように洗脳してきたのに、
これでは意味がない。
ボブは幼い頃からサーシャを知っていた。
そして彼女が自分1人では何も出来ないように洗脳してきた。
サーシャに迷惑をかけるのはいけないことだと教え込み、
そして同時に外に出ることは迷惑をかけることだと教えた。
その結果もあってサーシャは外に出ることは無かった。
しかしサーシャは病気になってしまった。
そんな時アアルにはどんな病気も治すフォルトゥーナの存在を知り、
迎えに行くついでに、サーシャを連れて行くことにした。
しかしそれは失敗だった。
このままセツナとサーシャが仲良くなれば、
自分が頑張ってかけてきた洗脳がとけるかもしれない。
そうなったらどうする。
サーシャが言うことを聞かなければ、
大神官の地位も危ういかもしれない。
それだけ彼女の力は重要で希少だ。
大神官になれてもボブは満足出来ていない。
もっと金が欲しい、女が欲しい、名誉が欲しい。

「ククク、そうだった。
欲しいなら奪えばいいじゃないか」

そうだ。奪えば良いのだ。
欲しいものは力ずくで奪えばいい。
今までそうしてきたじゃないか。
神官の中で自分より優秀な人間がいたら、
悪い噂を流して孤立に追い込んだり、
欲しい女がいたら力ずくで自分のものにした。
それと同じことをすればいいだけなのだ。

「ククク、ハハハ!」

そんな不気味な笑い声が周囲に響いたのだった。
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