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第3章謎の少女とダンジョン革命

146・白のダンジョン③

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「死んだって本当ですか?」
「ええ、死因はダンジョンを、
歩き回ったことによる体力と体温の低下による衰弱死よ」
「そんな、あの人の母親に何て言ったらいいのか」

あんなに息子さんのことを心配していたのに。
死んでしまうなんて…。

「…こんなの悲しすぎますよ」

この世界で冒険者が死んでしまうのはよくあることだが、
それでも子供を失った母親の気持ちを思うと悲しかった。

「悲しい…?
人が死ぬことが悲しい?」

少女は不思議そうな顔をした。

「普通は悲しいものじゃないですか」
「私には感情が無いから、分からないわ」
「感情がない?」
「機械だから、
このダンジョンを管理運営するためには余計な感情は不要よ」
「それってなんか悲しいですよ。
寂しくないんですか」

そう言うと少女は一瞬だけ悲しそうな顔をした。

「寂しい?
理解不能だわ。
とにかくあなたの探している男は死んだわ。
これ以上ダンジョンが壊されても困るから、出て行って」
「待ってください。せめて遺体だけでも家に帰してあげたいんです」
「本来であれは死体はでき次第、処分されるけど、
特別に次の階層に彼の死体を置いておくわ。
それを回収次第、すぐ出て行って」
「分かりました。迷惑かけてすみませんでした」

そう言うと、視界は暗転し、私は意識を失った。





「セツナ、セツナ!!」
「うぅ…」

目を開けるとエドナ達が心配そうな顔をしていた。

「いきなり倒れたから心配したじゃない!」
「あの、実はさっき…」

私は夢であったことをみんなに話した。

「…不思議な話だな」
「というかダンジョンを管理する存在なんて、
初めて聞いたわよ。
もしそんなのが居るなら歴史的発見よ」
「でも何だか悲しそうな人でした」

感情がないといったが、でも寂しいのかと聞いた時、
一瞬だけ悲しそうな顔をした。
本当に感情が無いならいいが、
もしあるならこんな寒いダンジョンの中でたった一人なんて、
かわいそうだ。

「それより本題を忘れていませんか」
「あ、そうだった。
次の階層に行こう。そこに死体があるはずだから」

そうして次の階層の階段を降りると、
そこに倒れた男の死体があった。
その側には手記のようなものがあった。
読んでみると、中にはこのようなことが書かれていた。

『お母さん、今までごめんなさい。
今になって自分の愚かさを反省しています。
俺は本当に馬鹿だった。
もっと真面目に働けばよかった。
もっと誠実に生きるべきだった。
後悔してももう遅いのは分かっています。
俺はもう動けない。ここで死ぬんだと思います。
でもせめてお母さん、あなたは幸せになってください。
俺がいなくてもどうか生きてください。
生きて――』

そこで手記は終わっていた。
覚悟していたとはいえ、いざ見ると落ち込んだ。
私がもっと早くダンジョンに入っていたら…、
助かったのかもしれないのに。

「前にも言いましたがその考えは傲慢です」

私の心を読んだフォルトゥーナが非難するような目で私を見た。

「あなたはこのダンジョンに入る前、
自分には助けられる力がありますと言いました。
助けられる力があるから助ける。
何故なら自分は強者だから、と考えていませんか?」
「えっと、それは…」
「弱者は強者が助けるべきだとあなたは言うと思いますが、
そもそも強者とは何です?」
「えっと強い人だよね」
「では明らかに強者であるギルドマスターは、
何故ダンジョンに捜索隊を派遣しなかったと思いますか?」
「それは…危険だし、多くの人が犠牲になるから」
「強者なのにですか?」
「強者だからっていって何でも出来るわけじゃないよ」

そう言うとフォルトゥーナは頷いた。

「そうですよ。セツナ。
本当の意味での強者はこの世界には存在しないんですよ。
弱者を強者が助けるのは理想ですが、
そもそも死が隣り合わせのこの世界では、
強者は常に弱者を救うことなど出来ないんです。
どんな強者でも死ぬことはあるし、間違いも犯します。
手に水をそそげば、必ずこぼれる水があります。
それが命です。
わたくし達が救えるのは手のひらに残った水だけです。
人が人を救うのは本当に難しいのです。
あなたは紛れもなく強者ですが、全知全能ではない。
そのことを忘れないでください」

かなりキツい言葉だった。
でもフォルトゥーナが正しい。
私は少し思い上がっていた。
私ならきっと大丈夫だろうと思っていた。
助けられると脳天気に思っていた。
でもこれが現実なのだ。
現実は甘くない。そのことを忘れていた。

「帰りましょう…」

私は遺体をアイテムボックスにしまった。
そして転移魔法で外に出て、
私達は白のダンジョンを後にした。





「あの子はどうだったんだい!!??」

ギルドに入るとあの冒険者の母親が居た。
ずっと待っていたのだろうか。

「残念ですが…」
「そんな助けてくれるって言ったじゃないか!!」
「すみません…。私の力不足です…」
「あの子はどこに…」

私が遺体を取り出すと、彼の母親は真っ青になった。

「そんな…!
こんなに冷たくなって…!」
「それと彼が最後に残した手記です」
「これは…馬鹿な子だよ」

手記の内容を見ると母親は涙を流した。
私は胸が痛くなった。
どうしても悲しんでいる姿が私のお母さんとダブって見える。
その悲しみは私のお母さんも味わったと思うから、
見ていて辛い。

「あの…」

少しでもこの人の悲しみが癒えるなら、私は何でもしたい。
死んだ人の代わりになるとは思わないけど、でも何か出来ないのか…。

「もうわたくし達が出来ることはありません」

フォルトゥーナが私の肩を触って言った。

「私がやれることは終わりました。
後は本人が乗り越えるしかありません」
「でも…」
「セツナ、帰りましょう」

エドナが優しくそう言った。
そして私はもやもやする気持ちを抱えながらギルドを後にした。





「強者って何だろうな」

部屋の窓から青い空を見ながら私はそう言った。

「私は強いと思っていたけど、なんか無力だ」

あれから三日後、あの冒険者の母親は死んだと聞いた。
自殺だった。自宅で首を吊ったらしい。
生きてという子供のメッセージは母親には届かなかった。
せめてもっと早く助けられていたら…、そういう後悔が抜けない。

「セツナ、ふざけたこと言うなよ」

ガイが怒ったようにそう言った。

「そもそもダンジョンなんていう場所は入っちゃいけないんだ。
こんなこと子供だって分かることだ。
あいつはもっと考えるべきだったんだ」
「その通りよ」

エドナが部屋に現れた。

「盗み聞きするつもりじゃないかったけど、
あんまり変なことを考えるべきじゃないわ」
「エドナ…」
「そもそも一番悪いのは誰?
息子と口論した母親?
それとも助けられなかったあなた?
いいえ、ダンジョンに入るなんていう無謀なことをしたあの男でしょう」
「でも、私は…」
「いい? フォルトゥーナが言っていたでしょう。
救える人間ばかりじゃないって、
あなたは優しいから、責任を感じているかもしれないけど、
自分から死にに行った男の死に責任を負う必要はないわ。
あなたは出来る限りのことをした。
だから自分を許してあげなさい」

エドナに頭を触られ、涙がこぼれた。

「でも私はこれからもこういうことがあったら、
助けにいくと思います…。
自分でも馬鹿だと思う…」
「いいのよ。細かいところは私達がフォローするから、
今はとにかく泣きなさい。全部吐き出してスッキリしなさい」

私は久しぶりにエドナの胸の中で泣いた。
泣いたら少しスッキリした。

今回のことは痛い教訓だった。
でもこれからも私は困っている人を助けるだろう。
でも救えなかった時は仕方が無いと受け入れることにしようと思った。
なぜなら私は神じゃないから、
全ての人は救えないし、また救おうと思うことは傲慢なんだ。
そう思った出来事だった。
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