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第2章翼蛇の杖と世界の危機

88・その出会いは奇跡か

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「それでは、150で落札です」

司会の男がそう高らかに宣言する。

「どういうことなの?」

エドナが説明を求めるように見てきた。
そりゃ目的の品でも無いのに勝手に落札したら怒るだろう。

「あの子、私と同じ異世界人だったんです」

ソフィアには聞こえないようにエドナに耳打ちする。

「え? 本当に?」
「間違いないです」
「いやでも…」
「私と同じ境遇なら放ってはおけないです」
「そうじゃなくて、この先の落札のこと考えてる?」
「え?」
「もしかして今ので有り金全部使っちゃったんじゃないでしょうね」

そう言われて、私は思い出した。
所持金の大半は伯爵夫人に寄付してしまい、
さらに宿などの滞在費で大きく消耗してしまった。
今の私の手元にあるのは、金貨1枚と銀貨60枚。
つまり日本円にして160万円しか無いのだ。
そしてあの少女を落札すれば、手元には10万円しか残らなくなる。

「あ…はははは」
「この馬鹿っ」

エドナにそう言われたが返す言葉が無かった。
本当に考え無しだな私は。
かといって今更、撤回も出来ない。

「どうしよう…」

そう呟いた時だった。

「お次は神秘的な輝きを放つ杖です」

現れたのは、一本の杖だった。
翼の生えた蛇が巻き付いている装飾がされていた。

「あれってもしかして…」
「依頼にあった杖ね」
「でもどうしよう…」
「私が落札しようか」

エドナと話していると、ソフィアさんがそう言ってきた。

「いえ、さすがにそれは」
「いいよ。別にこれぐらいポケットマネーでどうにかなるし」

貴族の金銭感覚どうなってるんだと思ったが、丁重に断った。
そうこうしているうちに杖の金額はどんどん膨れ上がり、
とうとう誰かが落札してしまった。

「それでは210でフィニッシュです」

オークションハンマーがカツンと鳴り、
杖のオークションはそれで終わってしまった。

「どうしよう…エドナ」
「どうするもこうするも、
他人の手に渡ってしまえばもうどうしようもないわよ」

ですよねー。こうなったらシビルさんに事情を説明して謝るしかないか。
そう思っていると、いつの間にかオークションは終わっていた。

「はぁ、帰るしかないか」
「そうね。こればかりはね」
「お待ちください、お客様」

帰ろうとすると。男の人に呼び止められた。

「お客様は落札していますよね」

そう言われて私と同じ異世界人である少女を落札したことを思い出した。
とりあえず、お金を支払うと、男があの少女を連れてきた。

「あの初めまして」

そう話しかけたが、少女は無言だった。

「ああ、これは魔法で意識を封印してあるんです。
命令すれば何でも言うことを聞きますよ」

その時、男はそう言った。

「え、何でそんなことを」
「だって意識なんて思い通りさせるのに邪魔でしょう」

そう何てことのないように言った男に怒りを覚えた。

「人の命を何だと…もがっ」
「分かったわ。ありがとう」

そう言いかけてエドナに口を塞がれた。

「お前何やってんだよ」

咎めるようなガイの言葉に私は少し冷静さを取り戻した。
そうだ。ここで言い争ってもどうにもならない。
後で少女にかかった魔法を解かないと。

「とりあえず宿に帰りますか」
「そうしましょう」

そうして一端宿に帰ることにした。



一度ソフィアの屋敷に戻って服を着替えると、
私とエドナは宿に戻ってきた。

「それでどうするつもり何だよ」
「彼女にかかっている魔法を解きます」

ガイの言葉に私はそう応える。

「そんなことできるの?」
「やったことはないですけど、たぶん出来るはずです」

そう言うと私は少女の頭に手を伸ばす。
イメージは頭の中の霧が晴れる感じだ。

「《霧よ。晴れろ》」

そう言うと、虚ろだった少女の目に光りが満ちる。

「ここは!?」
「ここがどこかわかる?」
「私は確か名古屋にいたはずじゃ…」
「落ち着いて聞いてね。ここはイデアと言う世界で、
地球とは違う世界なんです」
「あなたは一体…?」
「私の名前はセツナ。あなたと同じ異世界人です」
「私と同じ? 何言ってるの?」

さすがにと言うべきか少女は事態がよく飲み込めていないようだ。

「だってこれテレビ局のドッキリか何かでしょ?」
「そう思いたくなる気持ちは分かるけど、残念ながら現実です」
「嘘。だって言葉が通じるじゃない」

そう言われてみて、確かにおかしいなと思った。
異世界でも私には日本語を話しているように聞こえるからな。
地獄神は確か言語が統一されてると言っていたけど、
何か関係あるんだろうか。

「確かにそうですけど、ここは現に異世界で…」
「ふざけないで!いい加減にしないと警察呼ぶわよ!」

少女は尚も現実を受け入れられないのか、声を荒げる。
私はため息を吐くと、ここが異世界だという証拠を見せることにした。

「《火よ》」

そう唱えると手の平に炎が生まれる。

「嘘。手品よね…?」
「これは魔法です。この世界の人間なら誰でも使えます」
「…本当にここは異世界なの?」
「そうです。ここは別の世界、
私達の世界とは別の発展を遂げたパラレルワールドです。
ごくまれに他の世界から人間が来ることがあって、
私達がそれに該当するんです」
「待って…。ちゃんと帰れるわよね…?」

ああ、来たか。
来ると思っていた質問に残酷な答えを突きつけなければならない。
それがどんな結果を招くかも、理解していた。

「残念ながら帰ることは出来ないんです」
「何で!? 来たのなら帰ることだって…!」
「出来ないんです。
別の世界には来ることは出来ても帰ることは出来ないものなんです。
そういうものなんです」
「そんな…だって家族や友達が待ってるのに…きっと心配してるのに…」

気持ちは痛い程分かった。私だってお母さんを日本に置いてきてしまった。
だがそれでも…。

「残念ながら全て諦めるしかないですね」
「う、うぁぁぁ…」

そう告げると堰を切ったように少女は泣き出した。
私は自分も泣きたくなった。どうして異世界から人が来てしまうのだろう。
あのまま元の世界に居たら幸せだったのに…。

ひとしきり泣くと泣き疲れたのか少女は眠ってしまった。
私は少女をベットに横たえると、ため息を吐いた。

「どうして異世界から人が来るんでしょう?」

問いかけても仕方が無いことを私は問いかけていた。

「ねぇエドナさ―――」

そう言いながら振り返った時、私は絶句した。
エドナの顔が今にも倒れそうなぐらい蒼白になっていたからだ。

「エドナさん…!?」
「あ、ああ、何?」
「何って顔が蒼白ですよ」
「ごめん、疲れたみたい。早めに休むわ」
「そうしてください」

そうして私とエドナは早めに休むことにした。
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