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第2章翼蛇の杖と世界の危機

82・港町オデット

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私が住んでいるアアルの北の方にその港町はある。
移動には馬車で行くことにした。
魔法の絨毯で移動しても良かったが、あれだと早く着きすぎる。
どうせなら行く道中も楽しみたいからな。
ちなみに私とエドナの瞳の色はやっぱり魔法で隠すことにした。
いきなり行ったら大騒ぎになること間違いなしだからな。

「じゃあ行きましょうかエドナさん」
「そうね」

そうして馬車に乗り込む。
ちなみに行き先は伯爵夫人にしか伝えていない。
視察団が調べても行き先が分からないようにするためだ。
そのため今日私が出発することは、一部の人を除いて誰も知らない。

「お刺身が愉しみです。ぐふふふ…」

そう言うとエドナから露骨に嫌な顔をされた。
別に食えって言ってるわけじゃないのに失礼だな。

「そういや何日ぐらいで着くんだ?」
「だいたい馬車だと一週間ぐらいですね」

ガイにそう聞かれ、私はそう答える。

「ふぅん、結構長いな」
「そんなもんですよ」

文明が中世ぐらいのこの世界では当然のごとく、
電車や車といった乗り物は無い。
魔法はあるけど、みんながみんな使えるわけじゃない。
だから移動にはもっぱら馬車が使われる。

「この世界にも電車とか新幹線とかあれば良いんですけどね」
「何それ?」
「すっごく早いスピードで移動出来る乗り物ですよ。
まぁ早すぎて人がぶつかると即死ですけどね」

そう冗談まじりそう言うとエドナは驚いた様子で私を見た。

「あなたの世界にはそんな恐ろしい乗り物があるのね…」
「別に恐ろしくは無いですよ。
新幹線は事故は滅多に起きませんし、
飛行機の方が落ちたら、乗客も係員もみんな死にますからね」
「世も末だわ…」

エドナは心底そう思っているのかドン引きした顔で私を見た。

「そんなことより、そろそろ町の外を出ますね」

窓の外を見ると、そろそろ町の外門が見えてきた。
外門には魔族が去ったと聞いて、
町に帰ってくる人達を乗せた馬車でちょっと混雑していた。
中には馬車を使わずに歩いて来ている人も居た。

「人多いですねー」

混雑する人々の間に一人の少女の姿が見えた。
顔は良く見えなかったが、鮮やか服の色は目を引いた。
それはどう見ても朱色の“着物”に見えた。

「ちょっと!」

気がつけば私はエドナが止めるのも聞かず、馬車を飛び出していた。
この世界は文明的にも中世ヨーロッパぐらい。
東洋的な文化はこの国には存在していない。
にも関わらず、どうしてあの子は着物を着ているのか。
もしかして私と同じ世界から―――。

そんな期待と共に群衆の間を走っていたが、
すぐに少女を見失ってしまった。

「はぁはぁ…どこ行ったんだ」

そう言って見渡してももうあの少女は見当たらない。
仕方が無く馬車のあった所に戻ると、
馬車は路肩に止められており、そこでエドナが腕を組んで待っていた。

「どうしたの? いきなり飛び出て」

そう言われたが、私は落胆し過ぎて何も言えなかった。
その空気を察知したのか、エドナは何も聞かずに私に馬車に乗るように促した。
そして馬車が動き出して、町を出ても私はしばらく無言だった。

「私の国の民族衣装を着ていた人が居たんです」

そしてようやくそのことが話せたのはしばらく経ってのことだった。

「民族衣装って…どうして?」
「それはわからないです。でも、見たんです」
「でもあなたの世界の民族衣装がこちらに伝わっているとは思えないんだけど」
「それはそうですけど…」

エドナの最もな指摘に私は黙り込む。

「なぁ見間違いじゃないのか」
「…そうかもしれません」

ガイの言葉に私は同意する。
今となっては本当に着物の人を見たのか、自信が無くなってきた。
それにそんな衣装を着ていれば目立ちすぎる。
なのにあの少女は特に騒がれることも無く、人々の間を通り抜けていた。

「まぁ元気を出しなさい。気にすることないわよ」
「そうだぜ。町に着けば、お前の好きな刺身だって食えるんだから」

そうエドナとガイに言われたものの、
私はしばらく気持ちが沈んだままだった。
つくづく思い知らされる。
私はやっぱり日本のことが忘れられないらしい。
だが私が元の世界に帰る手段は存在しないし、すでに時間もかなり経っていた。
今私が帰ったところで浦島太郎状態かもしれない。
でもそれでも元の世界に帰ってお母さんに会いたいという気持ちは消えない。
それは私が何の心の準備もすることが出来なかったというのが一番大きい。
本当にいきなりだったのだ。何の予兆すら無かった。
だからこそ後悔が残ってしまうし、未練たらしく思ってしまう。
でも今帰ったとしても後悔するような気がする。
色んな人と仲良くなったし、助けられもした。
きっと元の世界に帰ったとしても、帰ったことを後悔する気がする。
結局そのジレンマにいつも苦しめられる。

「……はぁ」

私は大きくため息を吐くとあの少女のことは忘れることにした。
あの少女は私の日本に帰りたいという意識が見せた幻覚のようなものだろう。
着物を着た少女なんて最初から居なかったのだ。
そう割り切ると、私は自分の頭からこのことを追い出したのだった。



それからずっと何日も馬車に揺られていると、
やがて潮の匂いがして、港町が見えてきた。

「うわぁ…」

何て言うか、ゲームに出てくる港町みたいな。
ヨーロッパ風の建物があるのはアアルと同じだけど、
違うのは潮の香りとカモメがめっちゃ飛んでるぐらいだ。
あとでっかい港があることぐらいかな。

私達は馬車を降りると疲れていたので、早速宿を取ることにした。
宿は中ランクのそこそこ良い宿にした。

「ふかふかだ~」
「わーい」

ガイと一緒になってベッドに飛び込むと、
エドナは呆れたようにため息を付いた。

「ところでこれからどうするの?」

エドナにそう聞かれ、私は少し考える。
そういえばお刺身食べたいって思ってたけど、
港町何だからここの料理も食べてみたい気がする。
それと港を見学してみたい。
私が住んでいた場所は海から離れていたから、
というか船自体乗ったことがあんまり無い
見学するぐらいいいかもしれない。

「そうですねー。船を見に行きたいです」
「あ、俺も見に行きたい」

私の提案にガイが同意する。

「そう、私は疲れたから、ここで休んでるわ」
「そうですか、なら行ってきますね」
「ちょっと待って」
「どうしたんですか?」
「知らない人にはついていってはダメよ」
「そんなことありえませんって…」

どうも私は外見がこの世界の人には小学生ぐらいに見えるせいか、
子供扱いされがちだ。
だが、私は復活する前の年齢は35歳。れっきとした大人だ。
…まぁほとんどの時間は監禁されてたけど…それでも大人なのだ。
知らない人になんて着いていかない。そこまで子供じゃない。

とまぁ、そんなことを思いながら宿を出て、港に向かった。
港にはたくさんの船が止められてあり、
船員らしき男性達が一生懸命働いていた。

「これぞ、海の男って感じですねぇ…」
「なぁなぁ! 近くで見て行ってもいいか!?」

わりと冷静な私とは対照的にガイは興奮っしぱなしだった。
船を近くで見たいと言うので私は許可した。
まぁガイは私があげた魔道具のおかげで、
私とエドナ以外には姿は見えないから心配ない。
現に誰も空飛ぶ妖精の姿に気づいていない。

「さて、どうしようかな」

急に一人になって私は考える。
そういえば最近は何をするにも誰かと居て一人になったことは無かった。
どうしようか考えていると、一人の男に話しかけられた。

「おや、お嬢ちゃん。海を見るのは初めてかい」

話しかけてきた男は中年の男だった。頭にバンダナをして上半身裸だった。
いかにも海の男って感じだった。

「はい、そうですけど」
「なら、釣りでもやってみたらどうだい?」
「釣りですか?」

そう言われてみると港の桟橋に釣りをしている人達が居る。
釣りかぁ。やってみたことは無いけど楽しそうだなぁ。

「でも釣り竿はありませんけど…」
「それなら俺のをやるよ。
ちょうどボロくなってきたから買い換えようと思っていたんだ」

そう言われて私は男に釣り竿を貰った。

「いいかい、嬢ちゃん釣りはコツが必要だけど、コツさえ覚えれば簡単だ」

男は別に頼んでいないのに釣りのコツを教えてくれた。
そして私は男に言われた通り、
釣り糸に餌を付けると釣り竿を海に向かって降った。
しばらくは何の反応も無かったけど、しばらくして浮きが沈み始めた。

「今だ! 引き上げるんだ!」

男に言われて引き上げると、釣り糸に小ぶりだが魚がかかっていた。
やばい…初めてやってみたけど釣りって案外楽しいかもしれない。

それからも魚はよく釣れ、バケツがすぐにいっぱいになった。

「お嬢ちゃん、初めてにしては上手だね。釣りの才能があるんじゃないのか」
「えへへ…」

男に褒められて私は嬉しくなった。

「それより、そろそろ戻らないといけないぞ」

いつの間にか戻ってきていたガイにそう言われる。
そういえばそろそろ夕暮れである。帰らないとエドナに心配かける。

「ありがとうございました。」

私は釣れた魚を半分お礼として男にやると、るんるん気分で宿に帰った。

「エドナー、ただいまー」
「それどうしたの?」

私が釣り竿とバケツを持っていたことが気になったのかエドナは聞いてきた。

「港の方で釣りしてきたんですよー。親切な人が釣り竿くれたんです」
「あなた…私の忠告すっかり忘れてるわね…」
「あ」

そうあきれ顔で言われて私は知らない人に着いていくなと言われたことを思い出した。

「ごめんなさい…」
「別にいいけど…昼間なら誘拐されることも無いでしょうし」
「誘拐?」
「言い忘れたけどね。
こういった海に近い場所では、あなたみたいな子供が失踪することが多いの」
「え?」
「たぶん誘拐だと思うけど、
この国では人の売り買いは固く禁じられているのは知っているわよね。
でも他の国ではそうじゃない所もあるの。
ここで誘拐して別の国に売れば証拠もないから捕まらない。
そういうことをしている奴らがいるって噂があるのよ」

そう言われて、浮かれ気分だったのが、一気に冷静になった。
そうだ。この世界は日本より治安が悪いのを忘れていた。

「なぁ子供なんて攫ってどうするんだ?」

その時、誘拐という概念が理解出来ないのかガイがそう尋ねてきた。

「そりゃ奴隷として売るに決まっているじゃない。
男なら労働用、女なら娼婦にでもするんじゃないの?」
「うえぇ、気持ち悪っ」

ガイは心底そう思っているようだった。
まぁ私も気持ちは分からんでもない。
奴隷なんて私からすれば旧時代の産物だ。

「まぁ人が多い所なら心配無いと思うけど、
人が少ない夜はなるべく出歩かない方がいいでしょう」
「…はい、気をつけます」

確かに言われてみると、ガラが悪そうな人を町で見かけた気がする。
やばい、気をつけないと…。

「でもそういう町だって知ってたら普通止めませんか?」
「何言ってるの。あなたなら誘拐犯ぐらいあっさり撃退できるでしょう」

そう言われて確かにと思った。私の最強魔力なら逆にうっかり殺しかねない。

「でもここも伯爵夫人の領地なんですよね。
どうして誘拐なんて起きるんでしょう」

驚くことにというか、港町オデットも伯爵夫人の治める領地だ。
最もここまで離れていると、代わりの人間が町を治めているらしく、
伯爵夫人はそれを監視する役割になる。

「さすがにここまで遠いと目が届かないんじゃないかしら。
それにクラーケン騒動の時は誘拐どころじゃ無かったでしょうし」

確かに一攫千金を狙っていたのに船ごと沈められたら意味ないよな。
エドナがクラーケン討伐に参加したのが4、5年前だから、
ということはクラーケン騒動が落ち着いた今、誘拐犯がまた現れる恐れがあるのか。

「なるほど、気をつけます」

ここで誘拐犯何ぃ懲らしめてやる!とは私は思わない。
そういったことは警察と領主の仕事だからだ。
それをどこの馬の骨ともしれん冒険者が解決してみろ。面目丸つぶれである。
最強魔力を持って居るとはいえ私はただの人間だ。
それに起こっている理不尽なことに、
全て最強魔力で解決したとしても、絶対に良い結果にならない。
絶対に問題が起こってた時よりややこしい自体になる。
そもそも権力者に目を付けられないためにこの町に来たのに、
ここでまた何かやらかして目立つのはごめんである。
私にせいぜいできることは、誘拐犯らしき人を見かけたら警察に言うか、
伯爵夫人に直接言うぐらいである。

「てっきり捕まえてやると言うものかと思ったけど…違うのね」
「まさか、それは警察の領分ですよ」

そう言うと私はさっき考えていたことをエドナに伝える。

「なるほど…ちゃんと考えているのね」
「そうですよ。
魔族の件はエドナさんが倒したということでみんな納得しましたけど、
いつもそうとは限らないですよ」

実を言うと私の最強魔力というのはアアルでは一部の人しか知られていない。
私が人前で使ったのは補助と結界と風と火魔法だけだ。
だからそれしか使えないということになっているが、
実際の私は6つの属性魔法が使える上に、攻撃魔法は威力が並外れている。
私の能力は権力者からすれば、喉から手が出るほど欲しいだろう。
だからそんな私の存在は隠さないといけない。

「そうは言っても私には何か起きそうな気がするのよねぇ…」
「何かって何です?」
「だってあなたトラブル体質じゃない。うっかりしている所はあるし心配だわ」
「それ伯爵夫人にも言われましたよ…」

ややうんざりした様子で私はそう言った。

だがこの時はすっかり忘れていた。
私が背負わされたカルマは不幸を呼ぶことがあるということを…。
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