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第1章過去と前世と贖罪と

外伝・エドナとベアトリクス③

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「ようやくですか」
「ようやくだね」

とうとうセツナを生き返らせる時がやってきた。
彼女の消滅しかけていた魂をようやく復元することが出来たのだ。
微調整も終わり、新しい肉体も作り、準備が終わっていた。

「ところで現在の彼女は記憶を無くしている状態ですが、
どうするのですか?」
「また1から説明するよ。
それで記憶を無くしたのは、
死んだ時の衝撃で吹っ飛んだという事にしておく。
まぁそのうち気付くだろうけど、それまでは黙っておく」

まぁそうした方が賢明だろう。
自分が記憶を封印して欲しいと頼んだのだが、
その記憶すらも無くしている状況なのだ。
頼まれたから封印したといっても、信じてもらえないかもしれない。

「それで地獄に行くか、生き返るのか彼女に選んでもらう」
「しかし彼女がもし地獄に行きたいと言った場合はどうするのですか?」
「その時は、記憶を消して、また同じ質問を繰り返すだけだよ」

ニヤリと笑ったアビスにベアトリクスはため息をはく。
我が親ながら、やることがえげつない。
それは選択したと思わせているだけで、
実際選択肢なんて有って無いようなものだ。
つくづくセツナは、ベアトリクスが心の底から同情出来るぐらいに運が悪い。

生きていた時は皇帝にカルマを背負わされ、無理やり側室にされた。
それで病気になったら手のひらを返したように、
感染を広げないための隔離と称して、地下牢に閉じ込められた。
そして助けてくれたアーウィンを目の前で殺されて、
最後は何もかもに絶望して自殺した。

そして生き返っても、
善行という人のために尽くす人生を送らないといけない。
しかも彼女はきっと自分で選んだと思っているが、
実際には地獄神の手のひらで踊らされているだけなのである。
しかも魂を比喩ではなく、本当に握られている。

「本当に気の毒な方ですね…」

我が親ながら時々アビスが何を考えているのかわからないこともある。
内面は優しいと思わせておいて、実際には計算高く、そして腹黒い。
絶対に何か企んでいるはずだ。
セツナをただの善意で生き返らせるはずがない。
絶対に何か一つか二つ、自分の利益になることを考えているはずだ。

「やだなぁ…人を悪人みたいに思わないでよ」
「勝手に心を読まないでください」

勝手に心を読まれ、ベアトリクスは少し不愉快そうにそう言った。
油断するとすぐこれだ。
意識が少しでもゆるんでしまうと、アビスに思考を読まれてしまう。
さすがに慣れきってはいるが、それでも心を読まれるのは好きじゃない。

「ところでエドナの方は?」

はぐらかすようにそう聞かれ、ベアトリクスはため息をつく。
全くもって、得体が知れない人だと思った。

「ああ、彼女ならアアルから少し離れた町に滞在しています。
しかし良いんですか?
今のエドナをセツナに会わせて…確実に相手にもしないと思いますよ」

エドナは現在、バーン王国各地を放浪している。
あてもなく各地を放浪し、特に目的もなく、その土地にしばらく住み、
そしてまたしばらくすると別の場所に移動するといった生活をしている。

その証拠に現在のエドナは魔法使いのような格好をしている。
とんがり帽子にローブといった剣士とはかけ離れた姿をしているが、
ベアトリクスはその理由を知っている。

エドナは剣士であったことから逃避したいのだ。
自分がそれまで時間をかけてやってきていたことを、全て失ってしまったのだ。
その過去の栄光に縛られたくないのだ。
だから彼女はあえて剣士であった自分を隠すために、魔法使いの姿をしている。

そして各地を放浪する理由も剣士であったこと以上に、
心を満たしてくれる何かを求めてのこと。
あるいは死に場所を探しているのかもしれない。

「だからだよ。
今の彼女ならきっとセツナは心を許すはずだよ。
だってエドナとセツナの歩んできた人生は似ているからね」
「それは確かにそうですが…」

故郷に帰れず、理不尽な暴力を受けてきた人間。
親に勘当されて、茨の道を歩いてきた人間。

どちらも帰る場所がないという点では共通している。
そして暴力や偏見を受け、疲れ切ってしまったということも同じだ。
おそらく心の根っこにある部分も同じなのかもしれない。

願わくば上手く行きますように――ベアトリクスはそう祈らざるえなかった。





「あなたは本当に暴行と縁がありますね…」
「だ、誰だ……!?」

薄暗い地下室、そこで男達はエドナを暴行していた。
いや実際にやりかけていたと言うのが正しい。
だがあまりにエドナが抵抗するので、
殴る蹴るなどの暴行してから、強姦しようとしていたのだ。
彼らは突然現れた奇妙な女を見て、殴りかかろうとするか――。

「〈止まれ〉〈一歩も動くな〉」

ベアトリクスの発した言葉により、
その場にいる男達は彫像に変じたように動きを止める。

「あ、あなたは……?」
「〈眠りなさい〉」

ベアトリクスの発した言葉により、エドナは意識を失う。
同時に記憶も書き換えられる。
自分が暴行されなかったのは、おかしな女が現れたせいではなく、
自分が暴れたから襲われなかったのだと、植え付ける。
同時に男達の記憶も書き換え、そのまま昏睡させる。
目覚めたとしても彼らがエドナに手を出さないようにまじないもかけておく。

「しかし気づくのが遅れていたら間に合いませんでしたね」

ベアトリクスは直前まで魔族と戦っていた。
エドナとセツナと少なからず縁のあるレイラという魔族だった。
だがあの魔族は予想していた以上に強かった。
そして予想以上に戦闘が長引いてしまった。
その時ふと、何か嫌な予感がしてエドナの様子を見てみれば、
彼女が男達に暴行されている姿が目に入った。
さすがにこれを放置しておくことなど出来ず、
ベアトリクスはすぐに魔族との戦闘を中断して、エドナの場所に移動した。
そして今回はすんでの所で助けられた。

ベアトリクスは倒れている男達を見る。
本来であれば自分が神罰を与えてやりたいところだが、
それはセツナに任せることにした。

しかしここにきて今回のようなことが起きるとは…。
セツナとエドナの精神に与える影響を考えると、
今回のことで2人の関係に溝が入りはしないだろうか。

そう心配していたが、アビスには何とかなるからと言われただけだった。
いや何とかはならないだろうと思っていたが、
実際に何とかなってしまったので、
自分の心配は一体なんだったのとベアトリクスはため息を吐いた。





「……順調に行ってホッとしましたよ」

ベアトリクスはため息を吐いた。
エドナは無事に生き返り、無事に魔族を倒したようだった。

その報告を受けてベアトリクスは安堵した。

「あれを持っていてよかったです」

あの時、エドナとセツナがピンチになった時に現れた大剣――。
あれは実はベアトリクスが持っていたものだった。
エドナが売り払ってしまった大剣をベアトリクスが買って手元に置いていたのだ。
自分でもどうしてそれを手に入れたかったのかわからない。
だがいつか必要になるだろうと漠然と思っていた。

それを二人がピンチになった時にアビスは地上に送ったらしい。
それによって無事に魔族を倒すことが出来た。

「しかし一体どこまでが計算で、どこまでが成り行きなのやら…」

娘であるベアトリクスでも、時々、アビスの考えていることが分からなくなる。
恐ろしく計算高いかと思えば、成り行きや直感に身を任せることもある。
この計画だって、行き当たりばったりな部分が多かった。

「まぁそれよりも……全ての真実が分かった今ならエドナと話が出来ますね」

神など居ないと言う人間は多い。
エドナもそのうちの一人だった。
それは自分が困難な状況に陥った時に、
助けてくれる存在など無かったからかもしれない。
だが実際にはベアトリクスはエドナどれだけ困難な状況に陥っていても、
密かに見守り助けていた。
それは本来のエドナの親以上の愛かもしれない。
今までは干渉出来なかったが、これからきっと話をすることも出来るだろう。

「楽しみにしていますよ。エドナ」

そうベアトリクスは微笑んだのだった。
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