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第1章過去と前世と贖罪と

58・虚飾の騎士

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それからの日々はとてつもなく忙しかった。
結界魔道具の制作と、大量に降り積もった雪の始末。

私の予感は完全に当たってしまった。

雪は1日だけでは済まなかったのだ。
ほぼ毎日、雪は降り続けた。
それもさらさらとした雪でなく、
どっしりとした水分を含んだ雪が日中問わず、降り積もり。
それだけで雪に慣れていないこの国の人達は、
大いに混乱しているようだった。

降り積もった雪はあっという間に町を覆い、道を塞ぎ、
この異常事態にそれまで楽観視していた人も、慌てて町を出ようとした。
だがもう全ては遅かった。
重い雪が膝の高さまで降り積もり、行く手をはばんでいたからだ。
あまりに異常な豪雪……。
まさか短い短期間にこれだけの雪が降るとは私も予想していなかった。

「子供の頃は雪を1度見てみたいと思っていたけど」

領主邸の1室にて私はエドナとガイの3人で話していた。

「まさか雪がこれほど恐ろしいものだなんて……」

エドナの言葉に私も同感だった。
私は別に豪雪地帯の生まれでは無い。
ニュースでは見たことあるけど、
膝の高さまで降り積もった雪なんて見たことない。

「私もここまで恐ろしいものだと思いませんでした」

雪の重みで倒壊してしまった家屋があった。
そして急な坂道に積もった雪が雪崩と化して、周囲の家を崩壊させた。
幸いにしてそこの住人は出ていっていたので、怪我人は居なかったが、
雪の恐ろしさが本当によくわかった。

「一体いつまで降るんでしょうか?」
「それは魔族が倒されるまでよ」

エドナの言葉に私はため息をついた。
飛翔魔法で確認した限りでは、雪はアアル周辺にしか降っていないが、
それでも影響力は大きい。
何よりこの国の人達は雪と寒さに慣れていないのだ。

「結界魔道具より、暖房器具を量産した方が良さそうですね」

もうすでに領主邸には避難した人で溢れかえっていた。
だが予想していた以上に多くの人がこの町に留まっているようだった。
だが不足している物もある。
屋敷には食料などは備蓄してあるが、暖房器具などは一切無いのだ。

そもそもここは暖かい地方であるため、
領主邸は暖房設備などは一切無い。
そのためかなり寒く、私が創造スキルでストーブを作っても、
まだ寒いようだった。

「一体どうして魔族はこんな大量の雪を降らせるんでしょうか?」
「それはわからないけど……おそらく退路断つためじゃないの?」
「え?」
「想像だけど、もし多くの人間を殺してしまおうと思うなら、
まず逃げ道を塞ぐんじゃないかしら?」
「……退路を断って、物資の補給を遮り、
さらに士気も低下させるか……」
「え?」

独り言のつもりで呟いた言葉にエドナはびっくりしたようだった。

「いや、シュミレーションゲームって言って、
戦争を疑似体験できる物が私の世界にあるんです」
「……あなたの世界にはそんな恐ろしいものがあるの?」
「恐ろしいって…ただのゲームですよ。
まぁそんなことよりも魔族の目的がもしそれだとしたら、
相当陰湿な性格をしていますね」

おそら生きた人間を苦しめることが魔族の目的なんだろう…。
そしておそらく生かす気もないと思う。
完全にアアルに住む市民全てを殺す気で間違いないと思う。

「そういえば騎士団はどうなっているんでしょうか?」
「さぁ? でも近くにたどり着いているなら連絡があるはずよ」

騎士団に魔族が倒せるとは思わない。
でももしも彼らが倒してくれるなら私も注目を浴びずに済む。
そして平穏な生活を送ることができるのだ。

「……」

ここのところ私は不安と悪夢にさいなまれていた。
夢の内容は覚えていないが、ほとんど飛び起きるように深夜に起きる。
おそらく精神的なストレスが原因で間違いないだろう。

図書館に行って魔族について調べてみたが、
やはり恐ろしい存在なのだということがわかった。
本当に私が倒せるのか、いや倒せたとしても――その後が。

騎士団が魔族を倒してくれるのならば――私も肩の荷が下りる。

その時はそう思っていた――――。



そしてあっという間に2週間が過ぎた。
ようやく騎士団が町の近くに来ていると、
通達があり、町の人達は色めき立った。
そして朝早くだというのに、
騎士団を迎えるために大勢の人が町の入り口に立っていた。
私もその1人である。

「しかし…遅いですねぇ。もう少しでついても良さそうなのに」
「どこかで寄り道でもしているんじゃないのか?」

とガイが言った。

「雪が降っているから立ち往生しているんじゃないのかしら」

そうエドナが言った。そんな私達の周りにはたくさんの雪が降っていた。
ここのところ私は太陽の姿を見ていない。
ずっと雪は降り続けていたので、
町の人達と一緒に雪かきをしているものの、
かなり沢山の雪が降り積もっていた。

「あ」

その時、雪が降りしきる中、進む軍隊の影が見えた。
人々から歓声が上がった。
だがその軍隊が掲げている青い旗が見えた時、
落胆したようなため息が人々から出た。

「青竜…どうして彼らが」
「あの青竜ってどういう事ですか? 彼らだとまずいんですか?」

エドナが驚いたようにそう言うので私は聞いてみた。

「騎士団は部隊によって、役職や専門としている仕事が違うの。
まさかこの状況で青竜を派遣してくるなんて…」
「青竜だと何がまずいんですか?」
「まずいも何も、
青竜は主に犯罪者を取り締まる事を専門にしている集まりだから、
魔族討伐どころか、魔物に対する実戦経験もそんなに無いと思うわ…」
「え…? そんなことって…」

という事は実質…実戦経験皆無…?
何でそんな役立たずの部隊をこっちに派遣してきたんだ…。

「私も驚きだわ…。
てっきり過去に魔族を倒した功績がある人間を派遣するものだと思っていたけど、
まさか青竜だったなんて…」

今になって地獄神が騎士団では役に立たないと言った意味がよく分かった気がした。
私は拳を強く握りしめる。想定していた以上に最悪なことが起こってしまった。

やがて騎士団の姿がはっきりと見えて来た時、さらなる絶望を突き付けられた。
その数があまりにも――あまりにも少なすぎるのだ。
おそらく人数は20人も居ない。
雪が降っていたせいで、どうも正式な数が分からなかったらしい。
たった20人…それも実戦経験もない、
そんな部隊がどうやって魔族を倒せるというのだ。

「長旅の中、よく訪れてくれました」

私がそう思っていると、
人々の中からオリヴァーさんとその妻である伯爵夫人が前に出て、
そう言った。
ちなみに報告があってからずっと立っていたのだが、
あまりの寒さに領主であるオリヴァーさんが、
もう帰りたいと泣き言を言いかけたので、
防寒魔法をかけてあげた。
それでもこの雪が降りしきる中、
ずっと立っていたんだから大したものだと思う。
だがやってきた騎士団の先頭を歩いていた金ぴかの鎧を着た男は、
冷たい眼差しで2人を一瞥した。

「この寒さは一体どういうことだ?」

え? 寒さ? 雪の中ずっと待っていた人達への労いとかは?

「寒さですか、報告の通り魔族の仕業かと…」
「俺は領主に話を聞いているんだ。女は黙っていろ」

伯爵夫人が説明しようとした言葉を金ぴか鎧の男はさえぎった。
なにこいつ…嫌な感じのやつだな。

「あ…はい。報告の通り…雪は魔族の仕業かと」

そうおどおどした感じでオリヴァーさんは言うと、
金ぴか鎧の男は鼻で笑った。

「傑物だと聞いていたが、この様子だと噂もアテにならんようだな」

なんだこいつ…。失礼にも程があるぞ…。
多分周りの騎士が止めないところを見ると、
こいつが一番偉いんだろうか…。
でもどっからどう見ても、ただの20代過ぎの男にしか見えないけど…。
ていうかコイツの着ている鎧…ものすごい悪趣味なんだけど。
全身金ぴかの鎧着ている人、初めて見た。
しかもかなり重そうだけど…これで動けるのか?
そういえば騎士って貴族の集まりって言ってたよな。
という事は…実戦経験皆無にプラス…頭の中がちゃらんぽらん…?
おいおい、ヤバイじゃねーか!

「まぁ魔族は任せておけ。見事倒してみせよう」

そう金ぴか鎧の男は優雅に言って見せたが、
集まっていた人達の表情が晴れる事はなかった。

「何が任せておけですか…実戦経験もないのに」

独り言のつもりで呟いたその言葉に金ぴか鎧の男がピクリと動いた。

「そこの小娘、何か文句でもあるのか?」

いきなり話しかけられて、私は少しびっくりした。

「…あなた方は何様のつもりですか?
雪の中で待っていた人に一言も労いの言葉もないなんて…」

私がそう言うと、金ぴか鎧の男は睨み付けてきた。

「お前、名は?」
「セツナ・カイドウです。名字はありますけど、貴族ではありません」
「ふん、女風情が生意気な口を聞くな。
それとお前、見たところ冒険者だな。ランクはいくつだ?」
「Fランクですけど…」

正直にそう言うと、騎士団から笑い声が上がった。

「口先だけは優秀だな。
だがそれだけでは魔族は倒せない」

そう言うと金ぴか鎧の男は馬鹿にするように笑った。
私は殴りつけてやりたいと思ったけど、我慢した。

「気にすることないのよ」
「わかってますよ。エドナさん…」

私はぎゅっと拳を握りしめた。雪はなおも降り続けていた。





「最悪のことが起きてしまったわね…」
「そうですね」

あれから騎士団の全員は領主邸にある別館に泊まることになった。
だがその間、ずっと伯爵夫人は険しい顔をしていた。
きっと想定していたよりも、
最悪の出来事に考えを巡らせているのかもしれない。

「騎士団が来ました…と言う事は魔族がやってきます…」

私はずっと沈んだ気分のまま、そう呟いた。
宿に帰ろうかとも思ったが、気が進まなかったため、
今はエドナとこうして散歩をしている。

雪化粧に彩られた町は明らかに閑散としていた。
まるでゴーストタウンのように建物のほとんどは誰も住んでいない。
私の知り合いの何人もが、すでに町を出ていった。
例えばギルドの職員のジャンとか、イザベラとか、
シスターと孤児院の子供達はすでにこの町にはいない。
ジャンは私にしきりに一緒に逃げようと言ってきたけど、
私が断ると諦めてこの町を去っていった。
イザベラは個人的は残りたかったみたいだけど、
家族が反対するので仕方がなく、出て行った。
孤児院のシスターは残ろうかどうか迷っていたが、
子供達のことを考えて、子供達と一緒に町を出ることを選択をした。
といっても神官さんだけは、1人残ることを選択した。
魔族によって怪我人が出た時に治療する誰かが居ないと困るからだそうだ。

今町に住んでいる人は、仕方がない事情があって残っている人か、
魔族と戦うために準備している冒険者か、
あるいは判断がつかず、様子を見ている人だけだ。
それ以外の人はみんなこの町を出ていった。
たとえ魔族を倒したとしても、戻ってきてくれる人が居るかどうか…。
ちなみにガイはさっき安全な妖精の里に帰ってもらうことにした。
残りたいと言ってきたが、
守れないかもしれないと説得したけど、最後までごねていた。
最終的には妖精の里にある木にくくりつけて、
帰ったので後は知らない。
まあ妖精の女王には事情を説明してあるので、
ガイが逃げ出すことは出来ないだろう。

「彼らでは倒せません。むしろ被害をもっと深刻なものにしかねません…」

こうしている間にも雪はずっと降り続けていた。
普通ならば綺麗と思えるかもしれない。
だがその白くちらつく雪を見る度に、私の中で言い様のない嫌悪感がした。

「そうかもしれないけど、
ギルドの冒険者だって、一緒に戦ってくれるのよ?」
「そんなことが何の足しになるんです!!」

私は八つ当たりだと思っていても、エドナに当たらざる得なかった。

「騎士団では魔族は倒せません…!
ギルドの冒険者でも魔族と戦ったことのある人間は居ないんです!
だったら私が、
最強の魔力を持っている私がなんとかするしかないんです!!」

そう言うと私はエドナのローブに縋りついた。

「魔族を倒せても、
魔族を倒せる程の実力を持っている私を…権力者は放っておきません…。
絶対に放っておきません…」

頭にエドナの手が触れた。
だがそんなことではこの不安は収まりそうになかった。

「もしそうなったら、
伯爵夫人の言うように逃げればいいだけのことじゃない」
「逃げたところで!」

私は顔を上げる。

「必ず追いかけて、捕まえるに決まっています!!
そうなったらもう逃げられない、逃げることが…絶対にできない…」

気がつけば目から涙があふれていた。

「セツナ…少し落ち着きなさい」
「落ち着いてなんて…いつ魔族が来るか分からないんですよ…?」
「そうかもしれないけど、私だって明日階段から転んで死ぬかもしれないわ。
結局はそれと同じことでしょう?
いつ魔族が来るかもしれない、いつ事故に遭うかわからない…。
そんなこと気にしていても仕方がないじゃない。今出来ることをやるしかないの」
「そうでしょうか…」

私の零れ落ちた涙をエドナが指で拭う。

「それに魔族を倒した後のことは、後に考えましょう。
今は今できることを考えましょう」

どうしてそんなにも真っ直ぐなんだろうか――。
過ごしていた年月が、過ごしていた境遇が違うとは言え、
エドナは私の知る20歳の女性よりも大人で、
考え方がずっとしっかりしていた。
それに私は憧れた。
私が圧倒的に不足しているものをエドナは持っているから――。

「怖くないんですか?」

だからついそう聞いてしまった。

「怖くない…と言ったら嘘になるわね…。
でもあなたはもっと怖いでしょう?
だったら年長者の私が怖がっているわけにもいかないじゃない」
「そうでしょうか…」
「それに昔はどうかは知らないけど、今のあなたは強い。
あなたはあなたが自由であろうとすればする程、
それを押し通せるだけの力を持っている。
だからもう過去の幻影に苦しむことはないのよ」
「幻影…?」
「勝手な推測だけどね…。あなたを見ているとそう思うだけ」

そう言うとエドナはとんがり帽子に付いた雪を払い落とした。

「さ、行きましょう。とりあえず出来る事をやりましょう」
「そうですね…」

そう言うと私はエドナの手を取った。

「必ず魔族を倒しましょう」

そう決意した。
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