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第1章過去と前世と贖罪と

47・天才と化け物

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「ん…?」

気がつけば私は、あの真っ暗闇空間に居た。
ベットで眠ったはずなのに…とかもう言わない。
もう慣れたからだ。
顔を見上げると、地獄神の顔がそこにあった。

「やぁ、こんばんは」
「私の記憶を奪ったのは、あなたなんですか」

どうせ心は読まれる――。
だったらどんなに遠回しに聞いても無駄だ。
私はかねてより気になっていたことを地獄神に尋ねた。

「だとしたらどうするの?」

地獄神は口元にニヤリと笑みを浮かべた。

「やっぱりあなたなんですね。私の記憶を奪ったのは」
「いや、奪ってなんていないよ。ただ封印しただけ、
といってもまぁ完璧なものじゃないけどね」
「どうしてそんなことをしたんですか?」
「必要だったから」

何てことのないように地獄神は言った。

「前に言っただろう。
君は酷い扱いを受け、凄惨な死に方をした。
その記憶は覚えていれば必ず、善行を積む妨げになる。
だから封印した」
「なんで勝手にそんなことを…」

そう言うと地獄神はきょとんとした顔をした。

「ああ、これは失敗だったかな。
あの部分の記憶を封印してしまう必要はなかったか…」
「何のことです?」
「なぁに、こっちの話だよ」

その言葉を聞いて、
地獄神がそれ以上答えるつもりはないということがわかった。

「じゃあ聞きたいんですけど、ヒョウム国の件ですが…。
あの国は今存在していないそうですね。
私は本当にヒョウム国の皇帝からカルマを移されたんですか?」
「おや…疑っているのかい?
皇帝でなく本当はボクにカルマを移されたのかと?」
「そうじゃなかったら説明がつかないでしょう。
ヒョウム国が滅んだ時期と、
私があなたに生き返りを提案された時期が全くかみ合っていません。
それに私に隠していることはまだ他にもあるんでしょう?」
「やれやれ、君は聡いね。
でもボクが君を騙して何の得があるんだ?」
「例えば――私が困っているの見て楽しむとか…」

私がそう言うと地獄神は吹き出したように笑った。

「なるほどねぇ。そういうのも面白いかもしれないね」

クスクスと地獄神は笑う。

「でも君は本当にヒョウムの皇帝にカルマを移された。
この事実だけはこの世のありとあらゆるものに誓って本当だよ」
「でもまだ隠していることがあるんでしょう?」
「当然君にまだ言っていないことや、隠していることはまだある。
でも君はそれを今言ったとしても確実に受け入れられない。
ボクがどうして情報を小出しにしているかわかるかい?」

情報を小出し…手帳のことか?

「君の世界のゲームにもチュートリアルというのがあるだろう。
一気に情報を開示したら、プレイヤーは付いていけなくなる。
だから情報を小出しにすることによって、徐々に慣らしていく…。
今君はそのチュートリアル期間中なんだよ」

そう言うと地獄神は王座の上で、頬杖をついた。

「今じゃだめなんですか?」
「君は小説を読む時に最後の数ページだけ読むタイプだろう?」

うっ、確かに気になるからついついやっちゃうけど…。

「いいかい? 物事には順序というものがある。
君は忘れているかもしれないけど、
まだ生き返って1ヶ月も経っていない。
つまり実質、0歳児も同然なんだよ。
赤ん坊に相対性理論を教える親は居ないだろう。
教えるなら簡単な数式からまず習わせるだろう」
「赤ん坊って…失礼な人ですね」
「おや、そうかい?」
「でも私のカルマは――」

その時、私ははっとした。どうして今までこの考えが浮かばなかったのかと、
自分でも呆れた。

「私はヒョウムの皇帝にカルマを移されたんですよね。
という事は皇帝にカルマを移せばいいんじゃないですか」

そうだ。元々はこのカルマは皇帝のものだったんだ。
皇帝にカルマを背負わせて、地獄に行かせれば、
それで万事上手くいくんじゃないだろうか。

「ところがそれもそうじゃないんだよ」
「え?」
「そうだね。あの男のことについてなら、
今の君なら話していいかもしれない。
――ヒョウム国の皇帝シン7世についてを」
「…その人が私にカルマを押し付けたんですよね。
今どうしてるんですか?」
「ああ、生きてるよ」
「え? でもヒョウム国が滅んでからかなり経っていますよね」
「あの男はね…不老不死に憧れていた」
「え?」
「この世の生命は皆寿命というものがある。
誰だっていつか死ぬ。それはみんな同じ。
だが空は太古より存在している。
海は生命で満ちている。大地は常に存在している。
自然は何も変わらないのに、
どうして人間だけが死なないといけないのか、
あの男は常にそればっかり考えていた」

地獄神は無表情にそう言った。

「だから不老不死の研究に子供の頃から没頭していた。
そして一つの仮説にたどり着いた。
カルマこそが、寿命運んでくる元凶だと」
「え…? そんなことを考えていたんですか?」

私だったら、
わかんないから、わかんないままでいいかーってなると思うけど、
皇帝は子供の頃からそれを考えていた?
なんだか一般的な人と考え方が違う気がする。

「そりゃそうだよ。あの男はとてつもなく頭が良かった。
そして武術の才能もあったし、賢者に匹敵する程の魔力を持っていた。
それに学者気質だったから、様々な発明品も作っていたしね。
君の世界で言うIQだっけ?
多分200ぐらい超えてたんじゃないのかな」

うぇえ、アインシュタインより高い…。
そりゃ私と考え方が違うはずだわ。

「頭が良いということが、
必ずしも人間的に優れているというわけではないよ」

地獄神は冷めた目でそう言った。

「あの男は生まれながらに王族だった。
そして幼い頃からその才能を開花させていたため、
周囲の人間から特別扱いされて生きてきた。
まぁ王族ならみんなそうかもしれないけど、あの男の場合は違った。
まだ歩けてもいないうちから言葉を喋り始め、
三歳になる頃には文字をマスターして、
10歳になった時にはありとあらゆる学問を極めていた」
「つまり神童だったわけですか?」

マジで、そんな子供っているんだ…。
ちょっと羨ましいかも…。

「いいや、羨ましく思う必要はない。
あの男は人としての領分を越えようとした」
「領分?」
「そもそも人と言うのは、どれだけ才能を持っていてもただの人だ。
あの男はそれが嫌で、それを越えようとした。
君は人間であることが嫌になったことあるかい?」
「え? そんなこと聞かれるまで、考えたこともなかったです」

某漫画の真似をして、
「私は人間をやめるぞー!」とか言ってみたことあるけど、
本気で人間をやめるってなったら、多分出来ないだろうな。
だって不老不死とかしんどそうじゃん…。
そして――セツナは考えるのを止めた。
とか、そんなオチになりそうじゃん。

「それが普通だ。だがあの男それが嫌だった。
元々常人には無い才能と知能を持っていたからね。
あの男は次第に周囲の人間を見下すようになった。
自分よりも劣っている。自分以下の人間達。
どうしてそんな人間と同じように自分が死なないといけないのか。
そう考えていたんだよ」
「え、えー…、なんか傲慢すぎません?」
「まぁあの男は王族だったし、
子供の頃から常に自分は他人とは違うと思っていたからね。
だから傲慢になってしまったのかもしれない。
と言うより自分がやって出来なかったことが無かったからね。
そうだ。確か挫折も味わっていなかった気がする。
だってあの男は本当に天才だったから、
父親もあの男が15になった時に、
王位を継承させて、隠居してしまったしね。
皇帝になってしまったら、もう周りに居る誰もがあの男に逆らえない。
実際讒言もしようもない程、上手く国を統治していたしね。
周りに居る誰もがあの男を崇め、恐れていた、たかが15の子供をね。
でもあの男には大きなコンプレックスがあった。
その原因を作ったのがあの男の母親だった」
「皇帝のお母さんが?」
「元々の事の始まりは、
父親がこっそり城下町に来た時、
ある女を見初めたことから始まった。
だがその女はごく普通の庶民だった。
普通ならここで諦めるはずだけど、
父親はその事実を隠し、
貴族の娘だと偽って、女を側室に迎え入れた。
だが後宮にはすでに王妃と他の側室の女達が居た。
彼女らは激しく嫉妬し、それはそれは陰湿な嫌がらせをした」
「う…なんかドロドロですね」
「君の世界の昼ドラよりもドロドロしていたと思うよ。
しかも最悪なことにその女が子供を産んでしまったんだ。
まだ王妃や他の側室には子供は居なかった。
しかも生まれてきた子供が天才児ときている。
王妃や、それを支持する勢力の焦りは物凄かったと思うよ。
実際毎日のように命を狙われたみたいだから、
心の平穏なんてなかったかもしれない」
「そんなことが…」

それはとても大変だったなんて言葉ですまされるものでないだろう。
やっぱり王室は嫌だ。自由がなく、ドロドロしている。
シンデレラストーリーの現実なんてこんなものかもしれない。

「だからこそ、
あの男は王位を継承する前からその勢力を根こそぎ、
粛清することを考えていた。
そして王位を継承した時、復讐のために動き出した。
母と自分をいじめた王妃や側室達は罪をでっち上げて、処刑した。
父王だって、隠居したということにはなっているけど、
実際はあの男に脅され、そうせざる得なかった。
そして自分に逆らう者や、
反対する者は、家族や一族を含めて、皆処刑した」
「なんか…怖い人ですね」
「あの男はね。頭脳だけはとても優れていた。
でも人の命を酷く軽んじる節があった。
だって自分が特別で、自分が優れているのは当たり前のことで、
自分に逆らう人間が存在することすら許せなかった。
まるで知能だけが肥大してしまったモンスターみたいな、
そんな男だったよ」
「つまり…賢い自分が当然で、他は劣っていて当たり前…?」
「その通り、だからこそ自分の母親の存在が許せなかった」
「え? 許せなかった?」
「…あの男は実は王家の血を引いていなかったんだよ」
「え!?」
「あの男の母親は、後宮で暮らしていた時は、
心がものすごく憔悴しきっていた。
元は庶民の女で、王家のしきたりのことなんて何もわからない。
なのに側室にされてしまった。
後宮に自分の居場所なんて最初から無かったんだよ。
陰湿な嫌がらせを何度も受け、
頼みの王は政務で忙しく、滅多に後宮に来ない。
と言うより女同士の争いに辟易して、遠ざけていた。
30過ぎなのに、子供が出来ず、
世継ぎを作らなければならないというプレッシャーで凄かったからね。
忙しいことを理由にろくに会いに行かなかった。
その事実に女は傷つき、
そんな時、近衛兵と恋に落ち、ダメだと分かっていても、
そういう関係になった。そして子供が生まれた」
「それってまさか…」

皇帝は不倫して出来た子供だったってこと?

「もちろん母親はそのことを隠していたけどね。
でも周囲の人間は薄々気がついていた。
側室だって10人かそこらは居たのに、誰も子供ができなかった。
だからひょっとしたら、
王の方に何か欠陥があるのでは…とそういう噂も流れた。
それがたかだか、
側室になってから1年も経っていないのに、子供が出来た。
怪しむなと言う方がおかしい。
そんな親子が後宮でどんな扱いを受けたかは想像がつくだろう」
「…そんなことって…」

エドナと少し似ていると思った。
エドナの場合はその家から追い出されたけど、
皇帝の場合は逃げることすら許されなかった。
それはどれだけの孤独だろう。

「そしてある日、
とうとう我慢できなくなった皇帝は母親に問い詰めた。
自分は本当に父の子なのかと、そして母親は黙っていればよかったのに、
まぁ罪悪感もあったのだろうけど、本当のことを喋ってしまった。
それは多分、あの男が壊れた瞬間でもあったと思うよ。
だってその事を知られてしまえば、
自分の立場が危うくなるどころの問題じゃない。
誰よりも優れていた王族である自分が、実は王族じゃなかった。
しかも両親は王族より、何よりも劣っている庶民と兵士。
それはとてもじゃないけど受け入れられるものじゃなかった。
だから、あの男は自分の母親を殺した」
「そんな…自分のお母さんを…?」
「まぁそれは衝動的な殺人だったけど、それからだね。
多分。多くの人間を粛清するようになったのは…。
あの男は出生の秘密を他の人間が知る事をとても恐れていた。
だから当時のことを知る身の回りの人間、全てを殺してしまった。
本当の父親だってそうだよ。口封じに殺してしまった。
君のカルマが途方もない量なのは、
実を言うと親殺しの罪を皇帝が犯してしまったからなんだよ。
自分の両親を殺すというのはとてつもない大罪なんだよ。
それこそ1回で地獄に落ちてしまうぐらい重い」
「そんなに重い罪なんですか。
私の世界ではよくニュースとかで流れてましたけど」
「君の世界ではどうかは知らないけど、
この世界では親殺しというのは重いんだよ。
自分を育ててくれた両親、
特に産んでくれた母親を殺すのは重い罪なんだよ。
ほら産むのって、ものすごくしんどいじゃない?
妊娠している間、
母親にありとあらゆる苦痛を与えておいて、産まれたにも関わらず、
それを殺しちゃったんだから、重いのは当然のことなんだよ」
「…それと似たような事は確か聞いたことあります」

確か名前をオレステスだったっけ?
ギリシャ神話に出てくる男性だけど、
仕方がない理由はあったんだけど、お母さんを殺してしまったら、
狂ってしまって、その罪が許されるまでにかなり苦しむんだよな。

「それで話を戻すけど。
あの男は自分の秘密を他人に知られるのを恐れていた。
だから多くの人を粛清したのは、
それを必要以上に恐れていたからなんだ。
皇帝は王族の子では無いと言う者あれば、
少しでもそんな噂をする者があれば、
家族から、親戚に至るまで粛清した。それも凄惨な方法でね。
それはまさしく怪物のようだったらしいよ。
身の回りにいる者はあの男に怯え、そして従う他なかった。
少しでも自分の悪口を言うものがあれば密告するようにも強要された。
それは国民も同じだった。
統治自体は上手くやっていたけど、監視社会であったことは間違いない」
「なんだか…とても怖い話ですね。
どうして優れた才能をもっと違う形で活かさなかったんでしょうか…」
「いや、あの男を一番狂わせてしまったのは、才能だよ。
人よりも人一倍優れていたからこそ、
人を見下し、自分こそが全てだと思ってしまった。
前世は多くの人を助けていたんだけどね…。
恵まれすぎると、どうも人間というのは狂ってしまうものらしい…」

…なんて可哀想な人なんだろうか…。
私にカルマを押し付けた人とは言え…なんだかそう思えてきた。
だってあの男は多分、
普通の子供が普通に味わう幸せを、愛情をもらえなかったんだろう。
むしろギスギスとした大人の社会で生活せざる得なかった。
しかも自分は王族の子供ではないと、知ってしまった。
それはどれだけの衝撃で、どれだけの苦しみだろうか。
そう思っているとぽんと頭に手が乗せられた。

「君は優しい子だね。憎んでもいいはずなのにね…」

そう地獄神に頭をなでなでされて、なんだか複雑な気分になった。
だってどこからどう見ても、私より年下の少年にしか見えないからな。

「だって憎もうにも、そのことを覚えていないんですよ…」

というかその記憶を地獄神が封印しちゃったから、
私にとってこの話は初めて聞く他人の話しだ。

「まあそれはそうかもしれないけどね…。
それでカルマの話に戻るけど、あの男に君のカルマは移せないといったね。
これは実はちゃんとした理由があるんだよ」
「理由?」
「実はこのカルマ転移の術というのは、
元はタロウ=ヤマダが編み出したものなんだ」
「え?」

意外なところで意外な人の名前が出てきて、私は驚愕する。

「というかそれを見つけ出したと言うべきか…。
君も気が付いているだろうが。タロウも異世界人だった。
そして君とは理由が違うけど、ボクが生き返らせた人物だった」
「え? 生き返らすのって、私が初めてじゃないんですか?」
「そうだよ。それでタロウは様々な魔法分野について研究をしていた。
考古学の知識もあったから、よく遺跡とかを歩き回ってたよ。
そしてとある遺跡に寄った時に、ある石版を見つけた。
それはタロウと同じように別の世界からやってきたものだった」
「別の世界から?」
「この世界には人だけじゃなくて、物も別の世界から流れてくるんだよ。
それで興味に惹かれたタロウは石板の解読を始め、それを解読した時、
それが他人に自分のカルマを移す術だと知った」
「じゃあカルマ転移は、元々異世界の技術なんですか?」
「そうだよ。試しにタロウは山羊で実験した。
だが上手くいかなかった」

やってみたんかい!
私だったらそんな危険な石版は即刻消滅させるのに…。

「まぁタロウは好奇心が強かったからね。
試しにって…感覚でやってしまったんだろうね。
でも失敗した。
実験に使った山羊は全身から血を吹き出して死んでしまったらしい。
タロウはショックな反面、
どうして失敗したのか、原因をつきとめようとした。
そしてある結論に至った。
魔力の持っている存在ではこの術の負荷には耐えられないと」
「耐えられないってことは、
…もしかして魔力が拒絶反応を起こすんですか」
「そういうこと。この世界のあらゆるものは魔力を持っている。
その魔力は例え魂だけの存在になったとしても、みんな持っている。
魔物でも、虫けらでもね。
だからカルマ転移の術をこの世界の人間が受けると、
壮絶な拒絶反応の末、魂が砕けてしまう。
だからたとえ皇帝に君のカルマを移したとしても、
移す前に皇帝の魂は砕け散るだろうね。
それでは意味がない。
だからタロウはこの研究は諦めた。
だけど、研究内容をノートに書いて、
それがタロウ亡き後も人々の間で継承された。
それが――――」
「まさか…皇帝の手に?」

なんてやっかいなものを残したんだ。
それさえ残さなければ、きっと私はここには居なかったのに…。

「勘違いをしないように言っておくけど、
タロウはそのノートを日本語で書いていた。
他の人間がおいそれと中身を見ないようにそうしたんだけど、
でも皇帝はそれを解読してしまったんだ」
「え…日本語って、
漢字とカタカナとひらがなとありますけど、あれを全部?」

どんだけ天才なんだよ…もう普通にヤバイ奴じゃん。

「もちろん自分1人の力では無いけれどね。
実はヒョウム国の初代皇帝は、君と同じ異世界人でね」
「え?」
「タロウとは生きた時代が違うけど、
豪雪地帯に住んでいた人だったから、
雪で覆われた大地で生き抜く方法を人々に伝えた。
それが次第に国となり、人が集まるようになった。
そして初代皇帝は日本語をこの世界に布教させようとしたこともあってね。
まぁ難解だったから定着しなかったけど、
そういうこともあって、
王宮には初代皇帝が書いた日本語の資料がいくつか眠っていた。
皇帝はそれを使って日本語を解読してしまったんだよ」

ああ、ヒョウムとかシン7世とか、日本語っぽいなと思ってたけど、
初代皇帝が日本人だったから、日本語が伝わっていたのかもしれない。

「そして皇帝はそれを読んだ時に、
この世界の人にカルマを移せないならば、
タロウと同じ異世界人に、
それを移してしまえばいいということに気が付いたんだ」
「え、何で異世界人に?」
「だって異世界人には魔力が無いから」

あ、魔法が使えるのが当たり前になっていたから、
すっかり忘れていた。
これは地獄神の魔力で、私の魔力では無い。
というか本来の私には魔力は無い。
異世界人には本来魔力はないんだ。

「それにタロウは研究ノートに、
カルマは寿命を運んでくる存在なのではないのかと、
自分の考察内容を書いていた。
まぁ実際にはそんなことはないんだけど。
それを読んだ皇帝はそれを信じた。
だから異世界人を探していたんだよ。
自分のカルマを移すために」
「まさか…そこに私がやってきたんですか?」

なんて間が悪い…タイミングが悪すぎる。

「そういうことだねぇ…。
こればかりは本当に運が悪かったとしか言いようがないけど。
君の運が良かったところは、早く死ねたことだね」
「え?」
「おそらく、後2回かな。
カルマ転移の術を受けていたら、魂が消滅していた」
「へ?」

まさかの言葉に私は目を丸くする。

「そしたらもう二度と生まれ変わることもできないし、
ボクに出会うこともなかった。
完全に君という存在は消滅してたと思うよ」
「え? え? でも異世界人は魔力が無いから大丈夫って…」
「ああ、確かにそれはそうだけど、
君の場合は移されるカルマの量がハンパなかったからね。
さすがに君の魂も限界だったらしくてね。
冥府に来た時、君の魂は消滅しかけていた」
「…は?」

末恐ろしい事実をあっさりと教えられ、私は絶句する。

「あ、今は大丈夫だよ。当時の話。
ただ君は壊滅的に運が悪かったんだと思うよ。
そもそも君が異世界に来たタイミングが少しでもズレてたら、
カルマも移されることも無かったし、そもそもそのカルマ転移の術だって、
様々な要因が重なってできたものだし…。
うん、運が悪かったのは確かだ」

だらりと、冷や汗が出た。
もしも――。もしも石版がこの世界に流れてこなかったら、
もしもタロウが研究ノートを残さなかったら、
もしも初代皇帝が異世界人でなかったら、
もしも皇帝が日本語を解読できなかったら、
もしもあと2回、カルマを移されていたら――私はここには居ない。
様々な偶然と、要因が重なって、私はここに居る。
そのどれか1つでも欠けていたら、
私はカルマを移されることも、生き返ることも無かったかもしれない。
「そ、そうなんですか…あはははは」

乾いた笑い声が口から出た。もしも運命がちょっとでもずれていたら、
どんな恐ろしいことになっていたのか…想像するだけで、恐ろしくなる。

「そ、そういえばさっき皇帝は生きているって言いましたけど、
皇帝は今何をしているんですか?」
「生きているよ。地獄の最下層で、魔物と炎に逃げまどいながら」

地獄神はにっこりと笑って言った。

「へ?」
「あの男は不老不死に憧れていたからね。
お望み通り不老不死にしてあげた。
と言うより何があっても死なない体に魂を入れてやった。
まぁ本来であれば罪人は魂の状態で、罰を受けるんだけどね。
あの男は肉体がある分、苦痛が10割増しかなぁ…。
まぁ苦痛も過ぎれば、快楽に変わるように普通はなっているけど、
あの男に入れた肉体は特別製で、苦痛は苦痛のまま。
去勢もされているから、快楽を感じることもない。
狂うこともできない様に術もかけておいたし、
たまに自分自身が過去にやったことを想起するようにもさせた。
本来であれば地獄には刑期というものがあって、
それが終わったら出られるんだけどね。
ボクは絶対にあの男を許すつもりはない。
未来永劫、
地獄の炎に炙られ、
魔物に貪り喰われる――そういう苦しみを味わってもらうつもりだ」
「…っ!」

ぞくりとするような笑みを地獄神は見せた。
それを見て私は恐怖を感じた。
この人は――優しいだけの人じゃないんだ。
と言うより2つの顔を持っているんだ。
1つは優しく、穏やかな顔。
もう一つは恐ろしく冷酷で、残酷な地獄神としての顔。
地上の人々が恐れるわけだ。
この人は――恐ろしい面もちゃんと持っている。

「まぁそんなことよりも、最近順調?」

いきなり全く違う話題を振られ、私は動揺した。

「え、えーっと、順調じゃないことの方が多いですぅ…」
「まぁ君はトラブル体質だからね。これはカルマのせいというわけではなくて、
君はまぁタイミングが悪いんだよ」

確かにタイミング悪く異世界に来てしまったせいで大変なことになってしまった。

「ところで私は…ちゃんと元の世界に帰れるんでしょうか」

そう聞くと地獄神は珍しく驚いた顔をした。

「まだ諦めていなかったの?」
「当たり前です。お母さんが待っているから、私は早く元の世界に帰りたいんです」
「お母さん…ね」

意味深に地獄神はそう呟くと、少し憂いを含んだように宙を見上げた。

「…これはもうちょっと先に伝えようと思ったけど、
変に希望を与えたままにしておくのも可哀想だし、君に伝えておこうか」

そう言うと地獄神は真っ直ぐな視線を私に向ける。

「君はもう二度と元の世界には帰れない」
「え?」

その言葉は私には到底受けられるものでもなかったが、
残酷なまでの真実だった――。
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