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第1章過去と前世と贖罪と

42.5・深夜の会話

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その夜。部屋に1人でエドナは居た。
ベットに横になり、今日起きたことを考えていた。
あんなに自分のことを話したのは初めてかもしれない。
それぐらいにエドナは他の人間には心を許さなかった。
特にステラを失ってからは、他人との接触を避けていた。
それは失う喪失をもう味わいたくなかったのかもしれない。
だがそんな自分がセツナと関わり、過去を話した。
それだけでもかなりの驚きだ。

「ねーちゃんさ」

その時、どこからか現れたガイが話しかけてきた。
そういえばセツナとの会話の途中で、
ガイはいつの間にか居なくなっていた。
外見は小生意気そうな妖精だが気配りは出来るため、
気をきかせてセツナと二人っきりにしてくれたのかもしれない。

「犯されてないって嘘だろ」

あまりに単刀直入なその言葉にエドナはため息を吐いた。

「…どうしてそう思うの?」

すでにセツナは宿に帰っている。
エドナはギルドマスターの好意もあり、
今日のところはギルドの施設に泊まることにした。
だが深夜ということもあって、
部屋にはエドナとガイしか居ない。

「…別に。ねーちゃんなら気を使ってそう言いそうだから」
「…そう。でもこれは本当のことよ。
私は暴力は受けたけど、そういう事はされてないわ」
「そうか。ねーちゃんさ。勝手に居なくなるのだけは止めろよ」

念を押すようにガイはそう言った。
エドナは少しため息をついて、言葉を出した。

「それは約束出来ないわ」
「どうしてだよ?」
「そりゃ私だって、セツナの近くに居たいと思うわよ。
でも人間って、いつ死んで別れるともわからないじゃない…」

エドナは冒険者という職業柄、実にたくさんの人の死を見てきた。
それゆえにいつかは自分も死ぬものと常に思っている。
そもそも冒険者は長く続けられる職業では無い。
昔から自分は長生き出来ないだろうとエドナは思ってきた。
いつ突然亡くなってもいいように、
遺書を常にカバンの中に入れているぐらいだ、
それぐらいに死を常に意識して生きてきた。

「…確かにな」
「でもあの子は多分身近な人の死に遭遇したことがないと思う」

あるいはあったとしても忘れているのか。

――セツナがエドナを暴行したあの男達を半殺しにした時、
エドナは恐怖を感じた。
だがそれと同時にセツナを放って置いてはダメだと思った。
この子を1人にしてはいけない…。
誰かが側にいてやらないとダメなんだと…。
だが口から出た言葉は助けて、だった。
ひょっとしたら自分でも想定している以上に、
心が傷ついていたのかもしれない。

「だからもし何かの原因で、
私が死んだ時、あの子はそれに耐えられないと思う…」

エドナは自分の右腕を見る。
せめてこれが動くようになってさえいれば、
もっとセツナの役には立てたと思うのに…。

「私は出来る限りあの子の側にいてやりたいと思う。
でもそれが出来なくなったら、あなたにその役目を託すわ」
「俺に?」
「私にもし何かあった時、セツナを頼むわ」

真っ直ぐな目でエドナは言った。

「そんなこと俺に頼むなよ…。
多分お前の代わりはお前にしか出来ないと思う。
こないだセツナの部屋に変な女が現れてな…」
「変な女?」
「なんか自分のこと、幻月神ベアトリクスって名乗ってた…」
「は?」

エドナはそんなに信仰深い方では無いため、
神についてはあまり詳しくない。
だがその女神の名前は知っている。
冥府の女王、幻月神ベアトリクス。別名姿無き月。
地獄神アビスの右腕で、民間に広く信仰されている神でもある。
なぜ冥府の女王がセツナに会う?
死なない限りはおいそれと普通の人間が会える存在じゃない。

「まぁ偽物かもしれないけど、
セツナが地獄の支配者に魔力を与えられたとか言ってた」

地獄の支配者――と言う事は地獄神アビスのことか?
そういえば前にセツナがそのことについて聞いてきた気がする――。

「まさかそんなはずが――」

もしセツナが地獄神から魔力を与えられたのなら、
あの異常な力の説明がつく。

だがどうして?

もしそうだとしたら、
どういった理由でセツナは魔力を与えられたんだろうか。

「まぁ嘘かもしれないけど、あの女はただ者じゃなかった。
それとその女が気になることを言っていてな…」
「気になること?」
「精神安定剤をセツナに与えたって」
「何それ?」
「多分何かの比喩だ。
名前からして…多分精神を安定させるものだと思うんだけど、
それをセツナに与えたって言ってた。
で、俺が思うにそれはお前だと思うんだ」
「え?」
「だってお前はセツナの母ちゃんに似ているんだろう?
現にセツナはお前が居なくなった時、ものすごく不安そうにしていた。
逆にお前が側にいると、安心するみたいだ。
今日だってお前に会う前は不安そうにしてたけど、
会ってからは元気になった。
あいつの心は…本当に不安定そうだからな。
それを安定させるためにお前がいるんじゃないのか」
「それは考えすぎじゃないの?
だいたい私と彼女が出会ったのは、ただの偶然よ」
「偶然? それってなんだ?」
「いやだからたまたまって事よ」

そう言うとガイはエドナを諭すように言った。

「この世に起きることに偶然なんて無いぞ。
みんな生まれる前にちゃんと決めて生まれてくるんだ。
人との出会いもそうだし、どんな才能を持つかも決めてくる。
俺が思うにお前とセツナはものすごく関わりが深いんだよ。
だからたまたま出会ったじゃなくて、
出会うように仕向けられたんだよ」
「はぁ…そうなの?」

エドナはあまり確証がないことに対して、
どうこう言う事は好きでは無い。
だからガイの言葉も話半分に受け止めていた。

「だからセツナの側に居てやれ。
俺じゃ多分お前の代役は無理だ」
「心配しなくても、そんなすぐに死ぬつもりなんてないから」

そうエドナは苦笑した。



「元気出た?」

宿に帰って寝ていたら、いつの間にか真っ暗闇空間に来ていた。
昨日の今日だというのに、
私はまるで1ヶ月ぶりに会ったようなそんな感じがしていた。

「はい…沢山の話が聞けました」
「よかったね。今日君とエドナ・オーウェンは、
ただの師弟、友人、仲間、という垣根を超えて、
真の友情を結ぶことが出来た」

そう言う地獄神はどこかすぐれない顔をしていた。
どうしたんだろうか…。

「いや、ちょっとショックなことがあってね。君が気にする必要は無い」

地獄神がショックな事…? 何それ天変地異の前触れ…?

「そんなことより、どうだった彼女の話を聞いて?」
「とても辛い話でした。
どうしてあんなことが彼女に起こったんでしょうか…」
「それがエドナ・オーウェンの宿業だからだよ」
「宿業?」
「前世で犯した罪が、カルマとなり、
それが現在の彼女を苦しめている。
ただそれだけのことだよ」
「前世の…罪? でもエドナさんはそんな酷いことをするような人じゃ…」
「今はそうかもしれない。でも前世は違うんだよ。
前世の自分は今とは別人だと思った方がいい。
性別も違う場合も多いし、価値観だって違う。
君だって日本という平和な環境に育ってきたから、今の性格になったけど、
これが紛争地帯で生まれていたら、また違った性格になっていたと思うよ」
「でも、別人の自分が犯した罪が来世でも引き継がれるなんて…」

それって少し理不尽なんじゃないのかな。
別人の自分が犯した罪で、あれだけの不幸にさいなまれるなんて。
そう思っていると地獄神がため息をついた。

「ボクからしたら、君の境遇の方が不運だと思うけどね…」
「ひょっとして私って前世で罪を犯したんですか」

だからカルマを移されたんだろうか。
そう思っていると地獄神が首を振った。

「いや君はそうじゃない。だからこそ不運なんだよ」
「それでもエドナさんが、
あんな不幸な目に遭ったのは間違っていると思います」

いくら前世の罪とは言え、今のエドナは何も悪いことをやっていないのに、
親から勘当されたり、酷い目に遭ったりしたのはおかしいと思う。

「一応言っておくけど、それだけの事をしたんだよ。前世の彼女は。
でもボクが見る限りは彼女は赦されるだろう。
順調に生まれた使命を果たしているようだから」
「生まれた使命?」
「人間には誰もが使命を持っているんだよ。
それに逆らうと不幸な出来事ばかり起きる。
そしてその使命を果たした時に初めて罪は赦される。
彼女は無事にその使命を果たした。
だからこれからは良い人生が歩めるだろう」
「まぁエドナさんが幸せになってくれるならそれでいいんですけど…」

正直に言うと私はその時は地獄神の言葉を真剣に考えてはいなかった。

前世で彼女が犯した罪――。

そして私との関係――。

彼女が持って生まれた使命――。

私がそれを知るのはそれからしばらく経った後だった――――。
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