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第1章過去と前世と贖罪と

35・違和感の正体は

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私はすぐに逃げようとするが、
ハンクが私の腕を掴む方が先だった。

「何故、逃げる?」

ひぃぃー。しゅ、修羅が降臨しとるー。
なまじ端正な顔立ちをしているせいか、
ハンクは怒ると顔が修羅みたいだった。

「ちょっと、あんたなにやってんだい?」

その時、見かねたイザベラがそう言ったが、
ハンクは眉間にしわを寄せただけだった。

「女は黙ってろ」

その言葉にカチンときたのか、
イザベラが不愉快そうな顔をした。

「あんた…知らないのかもしれないけど、
あんたがセツナを恐喝した時、
あんたは一度ギルドを追放処分になりかけたんだよ。
でも被害者のセツナが、
それだけ止めてくれて言ったから、処分を見送ったんだよ」

その言葉にハンクは驚いたように目を見開いた。
ギルドと言うのは一度追放処分になると、
二度と冒険者になることは出来ない。
それはどこのギルドに行っても同じ。かなり重たい処分だと思う。

「それは本当なのか?」
「本当だよ。あんたはセツナが止めてくれなきゃ、
冒険者の仕事を失っていたんだよ。
それなのにあんたはそんな風にセツナをいじめるのかい?」

その言葉にハンクの修羅だった表情が抜け落ちていく。

「……帰る」

そう言うと、ハンクはくるりと踵を返し、ギルドを出ていった。

「何だったんでしょうか。一体…」
「さぁ、あいつの考えてることなんて分からないよ。
でもこれで少しは他人を気遣う心を学んでくれたらいいんだけどね…」

そうため息混じりにイザベラはそう言った。



それから中で話し込んでいるらしいエドナを待つために、
ギルドの食堂で軽い昼食を済ませた。

「お前って本当に体力が化け物だよな」
「どうしてですか?」

ガイが話しかけてきたので、私はそう返事をする。
ちなみに今、彼は私の膝の上でパンをもしゃもしゃ食べている。

「あんだけ移動して、疲れとかたまらないのかよ」

確かに遠征依頼で帰ってきたばかりなのに、私の体は元気だ。
この元気さはスキルの影響みたいだが、
確かに疲れは溜まっていない。

「そんなことよりも、あなたって意外に無口なんですね」
「そうでもないけど?」
「だって私が他の人と居る時に、あまり話してこないじゃないですか」
「それは俺の姿が他の人間には見えないからだよ。
姿の見えない俺がお前に話しかけて、
お前が反応したら、お前が変な奴に思われるだろ」

なるほど、そこまでは私は考えていなかったけど、
ガイはそこまでちゃんと考えていたんだ。意外だ。

「それなら私に内緒で勝手なことしないでくださいよ」
「わかったよ。それよりあいつ遅いな…」

エドナは中に入ったきり、
ずっと話し込んでいるのか、出てこなかった。
どうしたんだろうか。
そう思っていると扉が開き、そこにエドナが現れた。

「あ、エドナさん、遅かったですね」
「そんなに長く話していたかしら」

エドナは何か考えている表情しながらそう言った。

「何を話していたんですか?」
「ちょっとした世間話よ…」

そう言うとエドナはため息をついた。

「…それよりもちょっと調べたいことがあるから、先に帰っていて」
「1人で大丈夫ですか…?」
「この町の建物の位置は、だいたい覚えたから大丈夫。
迷ってもちゃんと人に聞くから」

エドナは重度の方向音痴ではあるが、記憶力は良いので、
建物の位置を覚えれば迷う事はないらしい。
でも初めて来た場所は土地勘がないので、
迷ってしまうことが多いが、
慣れてきたら、別に平気らしい。

「わかりました。じゃあ先に宿に帰ってますね」

そして私はエドナを置いてギルドを出た。



ギルドを出て、私はしばらく歩いていた。
こうして町を散歩しているだけでも楽しい。
だって町にはヨーロッパ風の建物が並んでいるし、
道を歩く人々はカラフルな髪の色をしている。
まるでおとぎ話の世界に迷い込んだようで楽しかった。
その時、ふと見知った後ろ姿を見かけた。

「あれ、サラさん」

そこに立っていたのはシスターだった。
ちょうど買出しに行ってきたのか、
布の買い物袋がいっぱいになっている。

「こんにちわ」
「最近どうですか?」

神殿には度々寄付していたので、
もうシスターとも顔なじみになっている。
シスターは少し浮かない表情でため息をついた。

「私の方はちょっと大変ですね。
魔族が出たなんて噂のせいで、子供達が不安がってしまって」

その言葉は私の胸にグザッと刺さった。
子供達って、孤児院の子供達のことだよな…。
不安になっているのか…って当然だよな。

「で、でも噂は噂ですし、本当に魔族かどうかもわかりませんよ」
「そうですね。あんまり考えないようにしているんですけど、
それよりも聞きました?
この不安を利用して、
何か良からぬ事を企んでいる人も居るみたいです」
「え…そうなんですか?」
「はい、これを機に別の町に引っ越す人も多いのですが。
空き家になった家に泥棒が入るそうです」
「そんなことがあったんですか?」
「そうですよ。どさくさに紛れてと言うやつです。
それ以外にも、不安がっている人が最近神様にお祈りをしに、
神殿に来ることも多くて…。
一体この町はどうなってしまうんでしょうね」

う、うぅ、ごめんなさいごめんなさい。
魔族は本当は来ないんです。半分は私のせいなんです。
そう言いたくなるのを我慢して、私
はしばらくシスターの話を聞いていた。
どうやら彼女も不安に感じていたらしく、
私はそんな彼女に、
まだ来ると決まった訳じゃないから心配しない方がいいと励ました。
それに安心したのか、シスターは少しほっとした顔をした。

「セツナ様の言葉は本当にありがたいです。救われる気持ちがいたします」

そう言うとシスターは拝むように私に手を合わせる。
…私が聖眼持ちだとこの人にバレてから、
たまに神々しいものを見るような目で見られることが度々あった。
まぁ聖眼持ちは神の御使いとも言われることも多いから、
これは仕方がないんだけど、
こうやってうやうやしくされると、何だかなぁって気もする。

「あの…そんな風にしなくてもいいですよ」
「そうですか?」
「だって普通、見知った人に拝んだり、
敬語で話したりしないじゃないですか」

そう言うとシスターはきょとんとした表情をした。

「セツナ様もいつも敬語で話されていますよね」
「え?」

それは私にとって意外すぎる指摘だった。

「孤児院の子供達と話す時も、
親しい人と話す時もいつも敬語じゃないですか」
「でもシスターも、そうですよね?」
「私のこれは、親の躾のせいですが、
慣れている人の前だと砕けた口調にはなりますよ。
でもセツナ様はどんな時もずっと敬語で話されていますし、
冒険者にしては、礼儀正しいなとは最初会った時も思ったんです」

ちょっと待て…。

「それにずっと気になってたんですけど、
セツナ様は食事の時の作法もかなり綺麗ですし、
どこで教わったんですか」
「食事の作法って、ナイフとフォークの扱い方がですか?」
「そうですよ」

その言葉に私は驚いて自分の両手を見る。
必死に記憶を辿るが、ナイフとフォークの扱い方を勉強した記憶は無い。
普通日本人は箸で料理を食べるからだ。
ナイフとフォークを使うことなど、
ファミレスでステーキを頼むときくらいしか使わない。
それが他人の目から見て綺麗と言える程、使い方が上手?
右手と左手、どっちがナイフとフォークなのかも知らなかったのに…。
それが他人が傍目から見て、綺麗だと言われるぐらいに上達している?
明らかにこれは――変じゃないか。

それから私はどうやってシスターと別れたのか覚えていない。
気がつけば宿の自分の部屋に戻って来ていた。

「どうした?」

そんな私を心配したのかガイが話しかけてきた。

「私を見て、おかしな所を教えて下さい」
「な、なんだよいきなり?」
「私は自分ではそれを自覚することが出来ないんです。
他人がそれを指摘してくれない限り…」
「おかしいって…お前の持っている能力とかそういうことじゃなくて、
お前自身がってこと?」
「そうです」
「そうだな。
あのシスターが言ってたみたいにずっと敬語なのは変だと思ってた。
だって俺にも、一番親しいエドナにも敬語だろ?
ずっと変だと思っていたんだよ」

やっぱりそうか。
これは明らかにおかしい。異常と言ってもいい。
そもそも私は日本で暮らしていた時は、
こんな敬語口調ではなかった。
それどころか、友達にも、お母さんにも、
タメ口で話すような子供だったし、
敬語なんて目上の大人の前でしか使ったことがない。
それなのにどうして今、
当たり前の様に敬語でしゃべっているのだろうか。
これはおかしい。どう考えてもおかしい。

そして何よりもおかしいのは、
私が他人にそれを指摘されるまで気がつかなかったところだ。
食事にしても、口調にしても、
日本で暮らしていた時と違うことをやっているにも関わらず、
それを他人に指摘されるまで、全く違和感を抱いていなかった。

どうして違和感を覚えなかったのだろうか。
明らかにこれは異常だ。ただ事じゃない。

「まさか――」

地獄神は私が死んだ時の衝撃で記憶を失ったと言った。
でもそうじゃなかったら?
何か別の陰謀か、理由があって記憶を失ったのだとすれば、
その考えられる原因は1つしかない。

「地獄神アビス…」

独り言のつもりで呟いた言葉にガイがぎょっとした顔をする。
しかしそんなことが気にならないぐらいに、
私は頭の中に浮かんだ可能性に愕然とさせられていた。

もしも私の記憶が失われたのでなく、奪われたのなら、
そんなことが出来る存在は限られている。
地獄神アビス。私を生き返らせ、最強の力を与えた存在――。
彼が私の記憶を奪ったというのなら全てのつじつまは合う。
だが記憶を奪っても、習慣までは消せないとしたら?
そして私がそれに違和感を感じないように、
魔法をかけたのだとしたら――。

そこまで考えて背筋が冷たくなった。
だとすれば彼はどういった理由でそんなことをしたんだ。
どうして私の記憶を奪ったんだろうか。

「分からない…」

どっちにしろ。
事の真相は地獄神に問い詰めてみるしか方法がない。
だがあの真っ暗闇空間に行くにも方法がない。
いつも地獄神の方から勝手に話しかけてくるので、
私の方が話をしたくても出来ないのだ。

「一体、何を考えているんです…」

私のそんな呟きは部屋の中に消えていった。



「やはり気がついたか」

地獄神アビスはセツナが、
真っ暗闇空間と表する場所でセツナの様子を見ていた。
隣には部下のベアトリクスも居る。

「私としては今まで気がつかなかった方が不思議なんですけど」
「まぁそういうまじないがかかっているからね。
過去の記憶を封印したのと同時に、
以前の自分と違和感のある行動しても、
違和感を感じないようにもしたからね。
ふとした拍子に何か思い出しても、
すぐに忘れてしまうのもそのせいだよ。
でもここで気が付くとは、不思議だねぇ。
やっぱり長かったからかな」

何てことのないように言ったアビスを見て、
ベアトリクスは苦笑しただけだった。

「あなたは本当に恐ろしく、用意周到ですね。
ただ生き返らすだけでなく、そこまでするんですから」
「なぁに、彼女とは“約束”したからね。
これぐらいはやらないといけない。
しかしこれだと思った以上に早く記憶を取り戻すかもしれないな」
「彼女にそれが受け入れられるでしょうか?」
「受け入れても受け入れなくても、過去は変わらないよ。
彼女自身が受けた非人道的な行い、そして悲惨な末路。
これ自体は記憶を封印したところで、消えるわけじゃない」

セツナはきっと近いうちに記憶を取り戻すだろう。
それを思い出した彼女は一体どうするだろうかと、アビスは思った。
自分を責めるだろうか。それとも皇帝を憎むだろうか。
わかっていることは、セツナはこのままでは――。

「彼女はこのままではいけない。
辛かった記憶に蓋をするようではダメなんだ」
「ですが、彼女にあれが受け入れられると思いますか?
下手すれば狂ってしまうかもしれませんよ?」
「そうはならないさ。そのためにアレが常に彼女の側に居る」

そう言われてベアトリクスはすぐに何の事かわかったのだろう。
確かにと頷いた。

「しかし……少し荷が重いのではないでしょうか」
「確かにアレは以前と比べて格段に弱体化している。
荷が重いのは確かだろうね。
だから君には一足先に地上に行ってほしい」
「私がですか?」
「予定より早くたどり着きそうなんだ。
だけど今来られたら困る。
だからしばらくの間だけ、君が足止めしてくれないかな」
「今、東の方で飢饉が起こって、猛烈に忙しいんですけど。
本当に人使いの荒い方ですね」

ベアトリクスは大きくため息をついた。

「本来であれば、私が解決した方がいいと思うのですが…それはダメですよね?」
「ダメだよ。それは彼女に何とかしてもらおうと思っている。
元々そうなる予定だったから、それでいいだろう」
「…まぁあなたがそういうのであればそうしますよ」
そうしてベアトリクスは闇の中に消えた。

アビスはそれをしばらく眺め、ふとため息をはいた。

「やれやれ、思った以上に厄介なことになりそうだ」

アビスは未来を見ることが出来る。
故にこの先セツナに何が起こるのか理解も出来ている。
そしてその時はセツナの知らないところで迫っていた――――。

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