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第1章過去と前世と贖罪と

27・家出妖精、来たる

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「なんで妖精がこんな所に…」

そう言うエドナに私はどう説明したらいいのか、困っていた。

「なぁ、このねーちゃん誰?」

そうガイが聞いてきたが、私は無視してガイの体を手で掴んだ。

「うわー、何するんだ、やめろー!」

ガイはジタバタと暴れるが、
手のひらサイズの妖精が人間に力でかなうはずは無い。

「実はですね…」

私はとりあえずアリアドネの森で起こったことを、かいつまんでエドナに伝えた。

「とりあえず、もう何が起こっても驚かないわ…」

少し疲れた顔でエドナはそう言った。
非常識魔法使いである私に続き、妖精まで現れたのだ。
彼女が疲れた顔をするのも無理はない。

「妖精なんて、おとぎ話の世界の存在だと思っていたわ…」

この世界には妖精やエルフといった、
ファンタジーお約束の種族は居るには居るらしい。
ただし彼らが人との付き合いを断って、
何百年と経つため、その存在は最早古い文献でしか残っていない。
エドナが想像上の生き物だと思うのも無理は無い。

「で、どうしてあなたがここに居るんですか?」

私はガイに向かってそう尋ねる。

「えーとだな…」
「まさか、人間の世界に元々興味があって、
勝手に里を抜け出したなんてことは無いですよね?」

ガイの顔が青くなる。どうやら図星らしい。
あの厳格そうな妖精の女王が外に出る事を許可するはずがないからな。
もしやと思ったが、その通りだったらしい。

「でもさすがに外に出るのは怖かったから、
クローゼットの中に隠れていたけど、
だんだん眠たくなって、
起きたら寝ぼけて、ここがどこなのか分からなくなって、
あわてて出ようとしたというのが、さっきの物音の原因でしょうね」
「その通りだけど…お前、すごいな」

ガイが感心したようにそうつぶやいた。
そりゃ散々ゲームや漫画なんかでこういうパターンは見てきたからな。
ある程度、予測がつくのだ。

「とりあえずどうするの、それ?」

どうするのと聞かれても、どうしようもない。
家族が心配しているだろうし、
家出妖精は家に帰した方が良いだろう。

「とりあえず妖精の里に帰すことにします」
「えー!やだー、離せ―!」

ガイが手の中でジタバタと暴れるが、無駄な抵抗だった。

「ねぇ、その妖精の里って、私も行ったらだめかしら?」
「はぁ?お前そんなのダメに決まって…もがもが」

エドナの言葉に反応したガイの口を、私は手でふさいだ。

「どうしてですか?」
「いや、一度見てみたかったのよね。
それに妖精がどんな風に暮らしているか興味があるし」
「誰にも言わないなら、良いですけど」
「むー!むー!」

ガイが何やら抗議の声を上げたが関係なかった。
私はエドナの体に触れると、転移魔法を使って妖精の里まで飛んだ。

「ここが妖精の里…」

エドナが感慨深そうにそう呟いた。
妖精達は巨木の上に、木で出来た小さな家を建てて暮らしている。
前に来た時には夜だったから気づかなかったが、
巨木の近くに小さな湖があり、キラキラと光を反射していた。
その時、見張りの妖精だろうか私達に気がついたのか近づいてきた。

「あ、セツナ様だー」
「セツナ様ー、ってその人は!?」

私の隣にいるエドナを見て妖精達は驚いた声を上げた。

「ああ、彼女は私の友人なので警戒しなくて大丈夫です。
それよりすみませんが、妖精の女王を連れてきてくれませんか」
「おい、止めろよ!」

ガイが抗議の声を上げたが、関係無かった。
家出妖精は、家族の元に帰す。本人がどれだけ抗議しようとだ。
しばらくして妖精の女王が慌ててやってきた。
相変わらず手のひらサイズだが、威厳のある女性だ。

「セツナ様。その方は…?」
「ああ、彼女は私の友人なのでお気になさらず。
それよりガイが私に勝手について来たようなのです」

私は事情を妖精の女王に伝えた。女王は体をわなわなと震わせた。

「ガイ! あなたはどれだけ心配をかければ気が済むのです!
急にいなくなって里のみんなが、
どれだけ心配したと思っているのです!」

それから女王はガミガミとガイに説教をした。
どうやらそれを聞くと、
私がこの森に結界を張った日にガイは家出をしたらしい。
おそらくだが、その時に私のローブに潜り込むなりしたのだろう、
私はあの時疲れていたから、完全に気づかなかったのも無理ない。
ガイはシュンとした様子で、女王の説教を聞いていた。

「セツナ様にも、迷惑をかけて!
人間は皆、セツナ様のような方では無いんですよ!」
「わかってるよ!ただ…」
「ただ…どうしたというのです?」
「俺はこの人について行きたいんだ!」

女王の問いかけに、ガイは声を張り上げてそう言った。

「でっけー魔物をやっつけてくれたし、
この森に結界を張り直してくれた。
しかもタロウ様の子孫だ。俺はこの人に着いて行きたいんだ!」
「いや、無理です」

私はガイの要求をばっさりと断った。
ガイはあんぐりと口を開けた。

「ついてくるのは勝手ですが、家族に心配かける人は嫌いです」
「そ、そんな」

ガイが絶望に満ちた表情をした。
可哀想だとは思ったが、
こういう時は曖昧に濁すより、はっきりと言った方がいい。
今は辛いかもしれないが、いずれ立ち直る日が来る。

「女王、ガイの件はこれで終わりで、とりあえず私は帰ります」

そう言って私が立ち上がった時だった。

「やだー!絶対にやだー!」

ガイが私のローブに引っ付いてきた。

「おまっ、ちょっ、離れろ!」

私がガイの体を掴もうとすると、
ガイは素早く避けて手では届かない背中に逃げる。
お前早すぎっ、もう妖精じゃなくて虫だろ!

「エドナ!取って」

あわててエドナが手を伸ばすと、
ガイが私の服に潜り込んできた。

「ぎゃー! 何してんだ! この変態妖精!!」
「絶対離れない!
着いていって良いって言うまで離れないー!」

服の中からそんな声が聞こえてきた。

「…もう服脱いだら?」

エドナがそう言ったが、
こんな大勢の妖精が見ている前で服が脱げるはずがない。
だから私はただ地獄に落ちたくないだけなのに、
どうして次から次へと厄介ごとが…。
頭が痛くなるのを感じた。



まぁせっかく妖精の里にまで来たので、
ついでにアリアドネの森の結界を調整することにした。
最初に結界を張った時は大雑把に張ったが、それを微調整して直していく。
もちろんそうしている間にも、私の体にはガイがひっついたままである。

「えっーと、これをこうして」

妖精達は湖で水遊びをしたり、木の上で楽しく談笑したりしている。
その近くで私は結界の調整をしていく。
調整というのは、基本的にプログラムの書き換え作業みたいなものだ。
基本的に一度魔法を込めた魔道具は、
その効果を変更したりすることは出来ない。
だが私は何でか分からないが、それを行うことが出来た。
それにステータス魔法を使えば、
その効果や、効果範囲、例外などが表示される。
実は最近気がついたのだが、
別にステータス魔法は相手が人間じゃなくても物体でも、建物でも、
調べたいと思った対象に使うことが出来るのだ。
本当に便利な魔法だが、
図書館で調べてみたら、どの魔法の本にも書いて居なかった。
エドナにも聞いてみたが、エドナも知らないようだった。
だから多分地獄神のオリジナル魔法か、大昔に失われた魔法なんだろうな。
とりあえず私はエリアマップとサーチも起動して、
結界の効果範囲の及んでいるエリアを確認する。
問題なく起動している場合はそのままにしておくが、
何らかのエラーがある場合はそれを修正しておく。

「しかしこれだけ大規模な結界魔法が使えるとなると、
ギルドの冒険者なんて辞めて、
宮廷魔法使いになったほうが良さそうね」

細かい結界の調整をしているとエドナがそう話しかけてきた。
エドナは私の隣に座って湖を眺めていた。

「宮廷魔法使いって何ですか?」
「宮廷魔法使いっていうのは、王宮に仕える魔法使いのことで、
まぁ簡単に言えば、魔法使いの出世コースね。
国から多額の補助金が出るから、魔法の研究なんてやりたい放題出来るし、
ギルドで冒険者なんてやるよりもよっぽど稼げると言われているわ。
まぁほとんどが貴族とか、富裕層の人間ばかりだけど、
まれにギルドの冒険者が勧誘されることもあるの」
「はぁ、なるほど…。でも私はそういうの興味ないから、遠慮します。
王宮勤めって自由がなさそうですし」
「あなたは相変わらず変わってるわね。権力に興味がないの?」
「有名になったって、人の妬みを買うだけですよ。
それに私はどうしてもやらなければならないことがあるんです」

そう、私には善行を積んで、
カルマを消さなくてはならないという目的がある。
地獄行きを回避するためにも、
もっと多くの人を助けなければならない。

「…そうは言ってもね。
大きな力を持っていたら自然とその方向に引き寄せられることもあるの。
あなたがどれだけ普通で平穏でいたいと思っていても、
望む望まないにも関わらず、
そういう運命に巻き込まれるかも知れない。それだけ理解しておいて」

おい…そんなあからさまなフラグは立てないでほしい。
だってね。現に変な妖精が一匹くっついてきてるし、
巻き込まれていることには巻き込まれているんだよ。

「セツナ様ー、見て見て」

その時、三匹の妖精が近づいてきた。
彼らの手には花冠があった。

「みんなで作ったの。セツナ様に喜んでもらいたくて…」
「ありがとうございます。大切にしますね」

そう言って私は花冠を受け取る。
…ていうかこれ聖月草じゃないか、
貴重な薬草をこんなにしていいのか…?

「ずいぶんと慕われているわね」
「そりゃそうだよ。セツナ様はタロウ様の子孫なんだもの」

妖精の一人がそう言うと、エドナは驚いた顔をした。

「え、タロウって、まさかタロウ=ヤマダ?」
「知ってるんですか?」
「知っているも何も、伝説の魔法使いとして有名な人物よ。
とても強い魔法使いで、ギルドで唯一のSSSランク冒険者よ」
「あれ? ギルドってSSランクが一番上ですよね?」
「そうだけど、彼があまりに強すぎたからでしょうね。
他の冒険者と区別させるために、SSSランクを作ったらしいわ」

エドナが言うにはタロウ=ヤマダと言うのは、
伝説の冒険者で、とてつもなく強い魔法使いだったらしい。
彼は世界各地を放浪し、さまざまな国にその伝説は残っている。
なんでもこのバーン王国の建国にも携わったこともあるらしい。
その能力の規格外ぶりといったら、それはもう色々な伝説が残っているくらいだ。
例えばたった一人で百万の軍勢を追い払ったとか、
山ほどある大きさの魔物を倒したとか、
あまりに強すぎる彼と他の冒険者と区別させるために、
ギルドが特別にSSSランクを作ったりしたぐらいだ。
この世界で魔法使いのイメージがとんがり帽子でローブ姿なのは、
彼がその格好をしていたため、
彼に憧れた他の魔法使いが彼のファッションを真似るようになり、
それで定着したと言われている。
…てゆうかおそらく名前からして私と同じ異世界人だろうな。
異世界人は魔力ゼロのはずだから、
おそらく私と同じように神の加護でも受けていたに違いない。

「なるほど、そんな人がこの世界に居たんですね…」

妖精達はかつて人間に乱獲されて数を減らした過去がある。
そんな彼らを哀れんで、この森の中に隠したのがタロウらしい。
だから妖精達は、タロウの事はとても慕っている。
会ってみたいが、何百年前の人なのでもう生きてはいないだろう。
少し残念だな…。

そう思いながら、とりあえず結界の調整はこれで終わらせる。
だが問題は他にもある。
まとめて駆除したとは言え、まだこの森の中には魔物がうじゃうじゃいる。
妖精の里には結界が張ってあるので、魔物は入れないが、
これからの事を考えて駆除しておいた方がいいだろう。
だが今日はあの時、やったみたいな方法は使えない。
今日はエドナも近くにいるし、それにあの後気がついたのだが、
あんな感じで魔物を倒すと、
魔石の回収が出来ないということに気がついたのだ。
つまり倒しても一円にならないのだ。
だから倒すなら魔法で一体一体倒した方が、回収しやすい。
私はエリアマップを起動させた。
森の全体の地図には黒い渦のような形をしたアイコンがいくつか点在していた。
このアイコンは『ゲート』がある場所を示している。
1つは塞いだが、他にもあるということは、これも塞がないといけないか…。

「まだ森には『ゲート』がいくつか残ってるみたいです。
ちょっと行って閉じてきますから、エドナさんはここで待っててください」
「わかったわ」
「《飛翔(フライ)》」

私は飛翔魔法を使うと、森の上空を飛んだ。
エリアマップを確認しつつ、『ゲート』のある場所まで向かう。
『ゲート』というのは、
結界はちゃんと機能しているうちは、発生する事はないらしい。
例えば町なんかは、周りに結界が張ってあるので、
『ゲート』が現れることはない。
しかしこの森の結界は、長い年月が立つうちに、ほころびが生まれていた。
おそらくそのせいで『ゲート』がいくつか発生したのだろう。
とりあえず前回に来た時より大きいのは無いみたいだったが、
早めに塞いでおいたほうがいいだろう。
私は『ゲート』のある場所まで降り立つ。
すると近くにいた魔物が襲いかかってきたが、魔法で難なくやっつけた。
近くにいた魔物を全滅させると、私はゲートを閉じるための結界魔法を発動した。

「《縫合結界(スレッドバリア)》」

糸型の結界が穴に広がり、
私はゲートが内側に収束していくように、穴を塞いでいく、
その時、背中からぞもぞとする気配がした。

「怒ってるか…?」

そう言ってガイは服から顔を出した。

「いえ別に」

「ごめん…本当はずっと話しかけたかったんだけど、
何かバタバタしてるみたいだったから話しかけにくかったんだ」

私がアリアドネの森から帰ってきた時の事を言っているのだろうか。
確かにあの時はバタバタしていたから、
彼が話しかけにくかったのも無理はない。

「私達以外には姿を見られてませんね?」
「ああ、ずっとクローゼットの中に隠れてたから」
「ならよかった。
もし私以外の人間に見つかっていたら、
あなたは愛玩動物として、一生籠の中でしたよ」
「…分かってるよ」
「それにずいぶんと里の妖精に心配をかけたようですね。
着いてくるのは勝手ですが、
家族に心配をかけるようでは、絶対にダメです。恥を知りなさい」
「うん…」

それは反省しているようだった。

「それに人間の世界は、あなたが思うより甘くありません。
生きた妖精を見つけたら、
まず捕まえて売り飛ばそうとする人間も居るのです。
というかそんな人間が大半です。みんなお金は欲しいですからね」
「…」
「それに私もまだ自分のことで精一杯です。
あなたにもし何かあったとしても助けられないかもしれません。
それでもついて行きたいですか?」
「うん、ついて行きたい」

ガイは即答した。
…あれぇ、私の予想ではここでやっぱり止めとくってなるはずだったんだけど。

「だって俺、外の世界をもっと見て周りたいんだ。
それにあんたを見て思ったんだ。この人についていきたいって」
「死ぬかもしれませんよ。いえ死ぬより酷い目に合うかもしれません。
それでも構いませんか?」
「そんなこと、元より覚悟の上だよ」

うわぁ。想像以上に意思が硬かった。
…どうしようか、やっぱり連れて行くしかないだろうか。
いやそれだと他の人間に見つかったらどうするんだ…ってそうだ。
あの手があったか。
私は『ゲート』を塞ぐと、さっき殲滅させた魔物の魔石を掴む。
それを岩の上に置き、近くの石で魔石を砕いた。

「うわっ、何やってるんだよ」
「ちょっと黙っててください」

私は小さくなった魔石の一つを、
極限まで威力を低下させた風魔法で表面をツルツルにすると、
そこに市場で買ったキリで穴を開けた。
で、そこに紐を通して、魔法を込めた。

「はい、これをあげます」

私はその妖精サイズに作った首飾りをガイの首にかける。
ガイはというときょとんとした顔をした。

「これは…?」
「隠密魔法を込めておきました。
これであなたの姿は他の人間には捉えることは出来ません。
あなたが見せたいと思った場合は別ですが。
あと、もしもあなたに何かあれば、
私に位置を知らせる機能も付けました。
これでもし他の人間に捕まったとしても、
私が助け出すことは出来ます」
「えっと…つまりそれって」
「あなたの場合、断っても自力で里を抜け出して、
私の後を追いそうですからね。
なら見える所に置いておいた方が、
妖精の皆さんを心配させずにすみます」

私はなおもまだ事態が飲み込めて居ないガイに向かって言う。

「だからついて来て良いと言っているんです」

その瞬間、ガイははじけるように笑顔になって、飛び回った。

「わーい!やったー!」

大喜びするガイを見て、私はため息をついた。
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