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第1章過去と前世と贖罪と

21・森の中の死闘

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最初にその攻撃を避けれたのは奇跡といって良かった。
腕の形をした魔物が振り下ろした拳を、
とっさに私は後ろに飛んで避けた。
どしんっと、地面が大きく揺れる。
あと少し遅ければ、ぺちゃんこになっていたかもしれない

「疾風刃《エア・カッター》」

私は風魔法を使うが、魔物の皮膚の表面をいくつか傷を付けただけで、
ほとんど効いて居なかった。
すると魔物が怒ったのか、腕を振り回してきた。

「《飛翔(フライ)》!」

私はとっさに飛翔魔法を使い、空へと逃げる。
魔物は巨大な腕で木々をなぎ倒し、辺り構わず、破壊しまくった。
その様子を私は空から見ていた。
何だこの魔物は…腕みたいな形をしているが、
今までの魔物とは感じが違う。
そもそもさっきの魔法が全く効いていなかった。
今までならほとんど瞬殺していたのだが、
初級魔法では相手にならないということは、
もっと格上の存在ということか…。

その時さんざん暴れまわっていた魔物の動きがピタリと止まった。
腕の魔物はその手のひらを開く、そこに巨大な目が開いていた。
目はギョロギョロと辺りを見回すと、宙に浮かんでいる私を捉える。
すると手が、ゆらゆらと動き始めた。
何だか嫌な予感がしていると、
魔物から何か魔力の波のようなものが体に伝わってきた。
その時、私の身体にかかっていた、
幻惑、隠密、心眼、暗視、飛翔魔法がいきなり解除された。

「あーー!! ふ、《飛翔(フライ)!!》」

私は飛翔魔法が解除されたことにより、近くの地面に落下した。
とっさに飛翔魔法が使えたのは奇跡に近い。
地面すれすれのところで、それを使えたから良かったものの、
あと少し遅ければ死んでいたかもしれない。
しかしほっとするのもつかの間、
顔を上げると木々の隙間から魔物の目が怪しく光った。

「《障壁結界(ウォール・バリア)》!」

とっさに私は自分の身体の周りに結界魔法を張った。
その時だった。魔物の目から巨大な光線が私に向かって放たれたのは。
放たれた光線で目の前が真っ白になり、
結界魔法を使っても、ビリビリとした衝撃は伝わってきた。
そして攻撃が止んだ時には、
魔物から私に向かって一直線にえぐれた地面が出来ていた。

――――やばい。

冷や汗が出た。
どうやら魔物は私が今まで戦った魔物とは、
格段にレベルが違うらしい。
どうしよう、こんな奴をどうしたら倒せるというんだ。

逃げる? いやもしあんなのが、町に出たら…。
間違いなくこの世界にとって災厄になりかねない。
だからここで倒した方が良いという事は分かるが、
どうやったらいいのかわからない。

飛翔魔法を使って上から攻撃する?
いやさっきのようにいきなり魔法が解除されたら危険だ。
じゃあ、上級魔法…いやダメだ。
それを使ったら周囲の被害も甚大じゃなくなる。
自然を壊してしまったら、また私はまたカルマを背負ってしまう。
それにあの時はわざとやったわけでは無かったから、
地獄神に見逃してもらえたが、
また次も見逃してもらえるとは限らない…。
だったら最小限に被害を押さえつつ、あいつを倒すしかない。
でも一体どうやって倒したら…。

「…ッ」

そんなことを考えていると、魔物がまた光線を放とうとしていた。
私はダメだと思っていても。つい飛翔魔法で空へと逃げてしまった。

しかし魔物は私がそう逃げる事はわかっていたのか、
さっきの極太の光線とは違い、
それを分散したものなのか、いくつもの光弾を飛ばしてきた。
まるでシューティングゲームの弾幕のようだと、どこかのんきにそう思った。
だがその考えはすぐに消失した。
弾幕は避けようにも、全て自動追尾となっているのか、
避けても避けても、私めがけてやってきた。
光弾がぶつかる度に私の体にかけられている結界魔法が悲鳴を上げる。

やばい、やばい死ぬ――。

反撃しようにも、身体の周りを追尾してくる光弾のせいでその余裕すら無い。
そうこうしているうちに、魔物の手がゆらゆらと動き出した。
どうやらまた私の体にかかっている魔法を解除する気らしい。
しかしそれを止めようにも、
なおも結界にぶつかってくる光弾のせいで、身動きが取れない。
まさに絶体絶命だった。



「苦戦してるねぇ…」

気が付けば真っ暗闇の空間の中に居た。
目の前には、王座に腰掛けた地獄神が居る。

「さすがにいくら君でも、
地獄級の魔物を相手にするのは厳しいみたいだね」

地獄級とは何のことだ。
そう思っていると地獄神は説明してくれた。

「地獄級っていうのは、
魔物の中でもとびっきりに強い力を持った魔物のことさ。
本来は地上にはあまり出てこないんだけど、
ボクの魔力に反応して出てきたみたいだね」

地獄神が言うには、魔物にはいろいろと階級があり、
全ての階級は下級、中級、上級、地獄級となっており、
地獄級の魔物は、地上の人間では最早勝てないらしく、
もし現れたら一国どころか大陸そのものが地形を変えかねないらしい。
その代わり滅多に現れないのだが、私は運悪く遭遇してしまったらしい。
しかし魔物との戦闘で疲れ切っていた私は、そんなことはどうでも良かった。
だってさ。何度も死んだって思ったんだよ。本当に死ぬと思ったよ。
短い間なのに精神力がごっそりと奪われた感じがする。
エドナが冒険者は死ぬことが日常茶飯事と言っていた理由が今はよくわかる。
そりゃこんな風に強敵にぶつかったら、まず生き残れないだろう。

「ずいぶん疲れきっているようだね。
まぁ仕方がないか、初めてのボス戦だしね」

面白そうに地獄神は笑う。

「…で、私を呼び出した理由は何です?」
「いや別に君が苦戦しているようだったからさ。
ちょっとアドバイスしようと思って」
「アドバイスって…助けてくれないんですか?」

地獄神がとてつもなく強い神様である事は知っている。
彼が出てきてくれればおそらく一瞬で勝負がつくだろう。
しかし私の思考を読んだのか、地獄神は首を横に振った。

「それは君が何とかしなよ」
「え、でも神様なんでしょう?」
「あのね。神様神様って言うけど、神様は便利屋じゃないんだよ?
だいたい君に対しては、もうこれ以上ないぐらい優遇しているし、
自分に降りかかった火の粉ぐらいは自分で払えるようになりなよ」
「そんなこと言ったって、このままだと私、死んじゃいますよ!」

そう言うと地獄神は大きくため息をついた。

「君は自分のことを最強だと思ってるみたいだけど、
実際にはボクが与えた力の2割ぐらいしか使いこなしていない。
君の力は神であるボクの力。
人間の持つ力とは段違いにレベルが違うんだよ。
だから人間の常識に囚われる必要は無い。
君のイメージを形にして、思うままに魔力を練ればいい」
「そんなこと言われたって、どうやればいいのか分からないんですよ」

というか正直に言って、
あの時にパニックを起こさなかっただけでも、
奇跡といっても良かった。
ゲームなんかでは、自分より大きな魔物と遭遇することも多く、
それと戦うことが当たり前と思われがちだが、
実際にあんな化け物に遭遇したら、
多くの人がその時点で戦意喪失して逃げ出すだろう。
だからいくら私でもあんなのと戦うのは、気が引ける。
私がそう思っていると、地獄神は大きくため息をついた。

「…魔力と引き換えに自然現象を起こすのが魔法、これは知っているね。
その魔力を動かすには詠唱が必要だ。これは何でか分かる?」
「えっと、ごめんなさい。分かりません」
「君にカルマの説明をした時に少し話したけど、
人間が何故生まれ変わるかというと、
その一つがカルマを消していくというのもあるんだけど、
1番の目的は修行なんだよね」
「修行?」
「人間は輪廻と言う呪縛に支配されて生きている。
そこから逃れるには、自分自身の魂を高めるしか方法がないんだよ。
だから生まれて来る時に、修行する場として、この世に生まれてくる。
本来であれば、魔力を動かすには詠唱なんていらない。
でも多くの人間はそれが必要だ。それがなぜかわかる?」
「えっと、ちょっと良く分かりません」
「そう簡単に魔法が使えたら、人生も簡単になってしまうからだよ。
そしたら修行の意味がないじゃないか。
だから多くの人は修行のために、
自分の持っている力を封じて、そして生まれてくる。
要はゲームで言う縛りプレイみたいなもんだよ」
「…つまりあえて自分自身に枷を付けることで、
努力することの大切さを学んだりするわけですか?」
「その通りだよ。でも君はそうじゃない。その必要自体がない。
君の力は、神たるボクの力。
神が持つ力は、人間とは比較にはならないんだよ。
その魔力も人間のものとは質が違うし、枷だって特にかかっていない。
だから君は詠唱も必要無く、自分の中の魔力を動かすことが出来る」

エドナに魔法の扱い方が非常識だと言われたが、
これは私の魔力が神である地獄神に与えられたものだったらしい。
そりゃ神である地獄神は修行のために、
自分自身に枷をかけたりしていないんだろう。
そしてそれは彼から魔力を与えられた私も同じ。
たぶんそういうことだろう。

「なるほど理解しました」
「いや、君は何も理解していないよ。
だからボクの持っている力の2割ぐらいしか使いこなせていないんだ」

その時、地獄神はじっと私の目を見た。

「神の力が、ただ破壊するためだけのものだと思う?」
「え? でもあなたは確か破壊神でしたよね?」

そう言うと地獄神は大きくため息をついた。

「だからもう世界を破壊する気はないっ言ってるでしょ。
…それでまぁとにかく、
神が持つ最大の力というのは破壊もそうだけど、
1番の力は創造する力。無から有を創り出す力なんだよ。
君にはそれを与えてあるから、出来るはずだ」
「でも…やっぱりあなたが何とかした方が…」
「君は君の師から何を教わった?」

そう言われてはっとした。
師というのは紛れもなくエドナのことだろう。
そうだ。この1週間、
エドナがあれだけ時間を削って色々なことを教えてくれたにも関わらず、
私はそれをさっきの戦闘で生かせなかった。
それは私のために、
時間を削って教えてくれたエドナに対して申し訳が立たない。

「……分かりました。自分の力で頑張ってみます」
「そう。せっかくのボス戦なんだから、自分の力で頑張るんだよ」
「そうします…あの、ありがとうございます」
「ん?」
「その、少し弱気になっていたようでした」
「まぁ一応言っておくけど、今回の敵は君が持てる知識と能力を使えば、
必ず倒せる程度の能力しか持っていない。だから頑張るんだよ」
「はい!」

そう私が言うと、地獄神は私に杖を向けた。



「はっ」

気が付けば、真っ暗闇空間ではなく、元のアリアドネの森の上空だった。
結構地獄神と話したのに、状況はさっきと全く変わっていない。
迫りくる光弾、私の体にかかった魔法をかき消そうとしてくる魔物。
私は急いで地面に降りた。それと同時に魔力の波が伝わり、
私の体にかけられていた魔法が解除された。

「《障壁結界(ウォール・バリア)》!」

私は間髪入れずに、結界魔法を張る。
それと同時に光弾が体にかけられた結界に命中する。

「《敏捷上昇(クイック・アップ)》《魔力上昇(マジック・アップ)》
《防御上昇(ガード・アップ》《筋力上昇(パワー・アップ)》」

とりあえず思いつく限りの身体向上魔法を使うと、
私は飛翔魔法を使い、空を飛んだ。
そんな私に光弾が迫ってくる。

「《障壁結界(ウォール・バリア)》」

私は結界魔法を使う。しかし今度は自分に対してではない。
迫ってきた光弾を囲むように、それを唱えた。
案の定、光弾は結界に阻まれて霧散した。

その時、魔物がまた極大の光線を私に向かって放ってきたが、
空中すれすれでそれをかわし、
私は思いっきり魔物に向かって近づいていった。
魔物はなおも空にいる私に向かっていくつもの光線を放ってきた。
だが私はそれを無視して、すれすれで避けながら下降し、魔物に近づいた。

基本的に魔物との戦闘において、防戦に回ってはいけない。
何故かというと、
防戦に回れば回る程、だんだんと不利な状況になっていくからだ。
体力は無限には無いし、相手がたくさん居る場合は逃げた方が得策だが、
相手が1匹しかいない場合は、攻勢に出た方が良い。
これはエドナから教えられたことだ。

そして私は魔物に近づいていくと、大きく呼吸を整え、イメージする。

イメージするのは剣。とても軽く、なんでも切り裂く、絶対無敵の剣。
手に魔力が集まるのをイメージをする。
本来魔力を動かすには詠唱が必要だが、私にはそれが必要ない。
何故なら私の力は、神たる地獄神の力。
神の力とは創造する力。創り出す力――――。

「う…」

手にその柄の感触が伝わると、
ごっそりと生命力が抜き取られたようなそんな感じがした。
見るとさっきイメージした通りに、剣が生成されていた。
私はそれを魔物に向かって振り下ろす。
狙うのは目、あれがおそらく弱点――――。

「あ――」

だが、直前になって魔物の手が後ろに傾き、
すれすれでかわされてしまった。
魔物が手に生えた目から光線を放とうとしていた。
この至近距離からならかわせない。
いくら結界魔法があると言っても限界がある。

「伸びろッ!!」

私はとっさに剣にそう命令していた。
するとその命令通りに、剣の刀身があっという間に伸びていく、
長さとしては10メートルはあるか、ないかぐらい。
だと言うのに重さは全く感じず、私はそれをやすやすと振り下ろせた。
伸びた刀身が魔物の体を横に一閃した――――。

「はぁ…はぁ…やったか?」

まるで溶けたバターを切り裂くようにやすやすと刃が通った。
だがさっきと同じように体力を消耗した気がする。
これはおそらくさっき創った剣に別の効果を付加してしまったせいだろう。
無性に眠たくなってきた。

だがせめて『ゲート』だけは塞がないといけない。
そう思って下を見ると、魔物の手首がみるみると再生し始めた。

「もう帰れ!」

私は半ギレになりながら、
剣を再生している魔物の手首に突き立てると、
刀身を伸ばして無理やり、魔物を『ゲート』の中に戻した。

「《縫合結界(スレッドバリア)》!」

そして私は剣を元の長さに戻すと、地面に放り投げ、
縫合結界を使って『ゲート』を一旦ふさいだ。
籠のような網目の結界が穴の表面に広がり、
そして今度はその編み目が内側へと向かい、
収束していくよう私は指先から出てくる糸型の結界をコントロールする。
しかしこの前にふさいだものとは違い、この穴はとてつもなくでかい。
しかもさっきの魔物が広げたのか、穴が少し大きくなっている気がした。
これを完全に閉じてしまうのは、容易ではないだろう。
そんなことを考えていると、さっきの魔物が外に出ようと手を伸ばしてきた。

「うぎぎ…」

私の全ての指先から糸型結界が出ているため、もう剣は使えない。
魔物は結界を破ろうと、叩いたり、また光線を放とうとしてきた。
その攻撃を受ける度に結界が歪み、
私がちょっとでも集中力を乱せば、すぐにでも破られてしまいそうだった。
一瞬も気がゆるめない状況が続く。
だが私は少しずつだが穴を小さくすることに成功していった。
やがて魔物も諦めたのか、手を引っ込めた。
その隙を逃さず、私は一気に糸を収束させる。

「はぁ…はぁ…これで終わりだー!!」

そして完全に『ゲート』をふさいだ時、もう私は疲労困憊だった。
もうしばらくあんな魔物とはやりたくない。
心の底からそう思って、私は地面に倒れ込んだ。
もう疲れた。動きたくない。このまま眠りたい。

「おい、大丈夫か?」

その時、耳元で誰かの声が聞こえた。

「こんなところで寝たら魔物にやられるぞ」

うるさい、魔物はもう倒したって…。
…そうかこの森にはまだうじゃうじゃと魔物がいるんだった。

「とりあえず起きろよ」

そう言われたが、指一本も動かせそうになかった。
こういう時、何故自分が回復魔法が使えないのか恨めしくなってくる。
…だんだん眠くなってきた。

「おい、寝るな! 寝たら死ぬぞ!」

どこかで聞いたことがあるようなセリフを聞くと、
何かが私の頬をぺちぺちと叩いた。

「うるさい…って妖精?」

目を開けると目の前にいるのは一匹の妖精だった。
私が最初に会った妖精と違う別の妖精だった。
短い黄緑色の髪に、緑色の瞳、
サイズは手のひらサイズで、背中にトンボみたいな羽が生えていた。
服は白いシャツとズボンを着ていた。
こんな所にいる妖精といえばやはり…。

「ひょっとしてガイ?」
「えっ、なんで俺の名前を知っているんだ?」

どうやら目の前の妖精は私が探していたガイという妖精らしい。
思わぬ所で、探していた妖精を見つけたが、
疲労のせいで素直に喜べない私だった。
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