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第1章過去と前世と贖罪と

20・アリアドネの森

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飛翔魔法で、町を抜け出して早数時間。
私はアリアドネの森の上空に来ていた。
この森がある位置はアアルよりはるか南。
普通に移動していたら、
丸1日はかかるらしいが、飛翔魔法で移動していたらすぐだった。

「これはまた…何か出そうな」

アリアドネの森は鬱蒼と木々が茂っていた。
森というよりは樹海に近く、
木々が風に揺れ、さわさわと音を立てていた。
しかも夜だから雰囲気が怖い。
今からここに入るのだが、すでに帰りたくなった。
私はこういったお化けが出そうな場所が大っ嫌いだ。お化け怖い…。
だがこれもハンクのお母さんを助けるためと自分に言い聞かせた。
森の麓に私は降りる。
とりあえずエリアマップとサーチを起動させた。

「うわぁ…うようよいるよ」

エリアマップには魔物を示す赤いマーカーが無数にあった。
そういえば夜は魔物が活性化するって聞いたような…。
聖月草を採ってきて、
こっそり明け方に戻ればいっかーと考えていたが考えが甘かった。
これだけの数を相手にするなんて…いくら私でも厳しい。

何か良い魔法は無いだろうか。
そう思って手帳を開くと、魔法の欄に追記がしてあった。
追加されていた魔法は、
《隠密(ハイド)》と《暗視(ナイト・アイ)》と
《心眼(インサイト)》いう魔法だった。

隠密は気配を消し、魔物から姿を消す魔法だ。
暗視は暗闇でも昼間と同じく目が見える魔法だった。
心眼は心を研ぎ澄ませ、怪しい場所や、
魔法によって作られた幻惑を見破る魔法で、
魔物の弱点を探るのにも役に立つ。
魔法の欄の下には、
『アリアドネの森攻略にはこれが便利だよ』と書かれていた。

「…はぁ」

私は手帳をアイテムボックスに入れた。
最早狙いすましたような地獄神の親切には、
疑問に思わないことにした。
まぁこの魔法はありがたく使わせてもらう。
ていうかタイミングからして、私のこと監視しているのかな…。


「《隠密(ハイド)》《暗視(ナイト・アイ)》」

暗視を使うと本当に昼間のように目が見えるようになった。
なるほどこれは便利だ。
あと隠密はなんていうか、
私の体は確かにここにあるのだけど、
存在感が薄くなった感じがする。
とりあえずこれで、アリアドネの森攻略が出来るだろう。

私は森の中に入る。
森の中は整備などされておらず、ほとんど獣道のようだった。
しかも奥に進めば進むほど、森がどんどん濃くなっていく。
こういうのを原生林って言うのかな。

「聖月草、聖月草…」

聖月草は事前に図書館に行って調べておいたので特徴は知っている。
挿絵を見る限り、私の世界の鈴蘭みたいな感じな花だった。
しかし足元に注意して見ていても、それらしい薬草は見当たらない。
もっと奥にあるのだろうか。そう思い、私は森の中を進む。

ガサッ。

その時、魔物が現れた。
現れた魔物は、巨大な植物みたいな魔物だった。
日本にいた時に見たハエトリソウに似ている。
しかし魔物は目の前にいる私には気が付かず通り過ぎていった。
なるほどこれが隠密魔法の効果か。これは確かに便利だ。
それから森を歩いていると、
何度も魔物にすれ違ったが、大半が私に気づくことは無かった。
たまに勘のいい奴が、振り返ったりするぐらいだ。
明け方までに何とか町に戻りたいから、
魔物との戦闘はなるべく避けた方がいい。
そう思いながら、私は森の中を進んだ。

「また同じ場所だ…」

しかしアリアドネの森はさすがに迷いの森と呼ばれるだけあって、
迷いやすい構造をしていた。
同じような場所が続き、似たような木々が続く、
これはひょっとして、
何か魔法がかけられているのではないだろうか…。

「《心眼(インサイト)》」

試しに心眼を使ってみたら、空から見た時は気が付かなかったが、
うっすらと膜のようなものが森全体を覆っていることに気が付いた。
おそらく結界か何かだろう。
しかしこの結界は相当古いものらしく、
あちこちに綻びが出来ている。
試しに私は綻びが出来ている結界の中に入る。
するとさっきまでの景色が一変し、
獣道ではなくちゃんとした道に出た。
なるほどどうやら魔法で真実の道は隠されていたらしい。

そんなこんなで私は道を進んでいく、するとやがて開けた場所に出た。
その時、蛍のような淡い光が宙に浮かんでいるのが見えた。
まさか…お化け?
そう思って、後ずさりかけたが、
光からはっきりとした声が聞こえてきた。

「大丈夫かな…ガイ」

興味に惹かれた私は、勇気を出して光に近づいていく。
光に近づいていくと、
光が人の形をしているのに気が付いた。
小さな小人に羽がくっついた姿――。
そうそれはまさに妖精だった。

妖精は少年の姿をしていた。
背中にはトンボのような羽をつけていて、 
その羽がうっすらと発光していた。
そして妖精は地面から離れた所に浮遊していた。
どうやら妖精はこちらには気が付いていないようだった。

「魔物がいっぱい居るのに一人で行くなんて、無茶しすぎだよ…」

妖精は何かぶつぶつとつぶやいていた。
目と鼻の先には私が居るのに気がついた様子は無い。
これは隠密のせいだろう。
しかし妖精が一体何でこんな所に…。
ああ、そういえばこの世界には妖精がいると手帳に書いてあったような…。
確か昔は人間と一緒に暮らしていたけど、
乱獲され、数が減り、人里を離れた所で暮らしているらしい。
そして今では妖精の存在は、伝説となり、おとぎ話の存在になっている。

「妖精じゃ、地獄の門は閉じられないのに…」
「地獄の門?」

見知らぬ単語に、私はついそう呟いてしまった。

「え?」

妖精が驚いて、辺りを見回す。
しかし私の姿は見つけられないようだった。
ひょっとして隠密って姿は見えなくなるけど、
声は消せないのだろうか。

「あ、ごめんなさい。驚かせてしまって」
「だっ、誰? どこにいるの?」

そう言われたので、とりあえず私は隠密魔法を解いた。

「私はセツナと言います。魔法使いです」
「にっ人間!? 人間が一体どうしてこんなところに!?」

「実はですね。病気の人が居て聖月草を探しに来たんですよ。
聖月草がどこにあるのか知りませんか?」

しかし妖精からの返答は無い。
ずっと警戒するように私を見ていた。
まぁ人間から迫害された過去を持つので、
この反応は正常なものだろう。
私は彼を安心させるために言葉を出した。

「大丈夫です。私はあなたには決して危害は加えません。
それどころかこの森に起きている異常。
私なら何とか出来るかもしれません」

そう、この森は異常だ。異常なほどに魔物が多い。
これはひょっとして『ゲート』が、
どこかで開きっぱなしになっているのではないだろうか。
そう言うと妖精が驚いた顔をした。

「え、本当?」
「はい、私は魔法使いですが、ギルドの冒険者でもあります。
厄介事なら何でも引き受けますよ」
「それなら…いやでも…」

妖精は突然現れた私を信用していいのか、迷っているようだった。
さすがに人間に乱獲されまくった過去を持っているため、
そうそう心を開いてくれないらしい。
私は妖精を安心させるために、優しく言葉を出した。

「私はあなたに危害を加えるつもりは毛頭ありません。
せめて話だけでも聞かせてもらえませんか?
私ならあなた方の言う地獄の門にも対処出来るかもしれません」
「本当に危害は加えないんだね」
「はい。加えません」
「じゃあ、ガイを助けてくれる?」

妖精は不安と期待が入り交じった目で私を見上げた。



妖精族が人との付き合いを絶って、早数百年。
ほとんどの妖精が隠れ住むように、
人里離れた場所で暮らしているという。
このアリアドネの森もその一つだと妖精は言った。

「でね、ある魔法使いの人間が、
僕達が隠れて暮らせるように結界を張ってくれたの。
それのおかげで、人間はここに入っても、
僕達妖精族が暮らす里には入れないの」

そう妖精族の少年、名前はテトと言うらしい彼が言った。
テトの話を総合すると、
どうやら乱獲され、
酷い扱いを受ける妖精族を哀れんだ魔法使いが居たらしい。
その魔法使いが張った結界により、
妖精は隠れ住むことが出来たらしいが…、
心眼で見たところ結界にはだいぶ綻びが生じているようだった。
おそらくあと百年持つか持たないかぐらいだろう。
しかしテトはそのことには気が付いていないようだ。

「でもね。平和だったこの森に、
ある日、地獄の門が開いちゃって、魔物が出てくるようになったの」
「なるほど、そうですか」

元々この森には魔物は居なかったらしいが、
ある日突然、地獄の門が開いてしまったらしい。
地獄の門というのはテトの話を総合すると、
どうやら『ゲート』のことらしい。
『ゲート』は魔物が這い出てくる穴のことで、
放っておけばそれこそ無制限に魔物が出てくる。

といっても基本的に結界が張られている場所には、
『ゲート』は現れないのだが、
おそらく長い期間が経ってしまったことにより、
結界に綻びが出来てしまい、
『ゲート』が発生してしまったのだろう。
だって基本的に結界を張っていれば、『ゲート』は発生しないが、
現れたという事は、
結界に何らかの異変が発生したということだからな…。

…どうりでこの森には魔物が異常に多いと思った…。
基本的に『ゲート』は放っておけばどんどん拡大していくからな…。
自然に消えることもあるが、
何らかの対処しないと魔物がどんどん増えてしまう。
だが、さすがに迷いの森だけあって、
ギルドの魔法使いも対処出来なかったらしい。
だとしたら私が何とかするしかないか…。

「で、ガイが…僕達の友達が地獄の門をどうにかしてくるって言って、
里を飛び出ちゃったの」

テトが言うには、ガイというのは妖精の里に住む妖精の一人で、
どうやら勝手に里を飛び出してしまったらしい。
そうしてなかなか帰ってこないので、
心配しているところに私がやってきたらしい。

「そうですか、そういう理由があったんですか」

私は考える。『ゲート』の閉じ方はもうやったことがあるので知っている。
私なら『ゲート』を完全に閉じる事は出来るかもしれない。
そうテトに伝えると、不安と期待が入り混じった目で私のこと見てきた。


「安心してください。私は魔法使いです。
こういう時のためにちゃんと勉強はしています」

テトはまだ私を信用していいのか、考えているようだった。
しかし結局はこのままではどちらにせよ、
らちがあかないということは分かっているのか、
結局は私を頼ってくれた。

「…お願い。地獄の門を何とかして、ガイを助けて」
「わかりました。
じゃあ全てが終わったら聖月草のある場所まで連れて行ってください」

そんなこんなで私は聖月草を手に入れるために、
『ゲート』のある場所まで行くことになった。



『ゲート』のある場所を見つけるのは簡単だった。
エリアマップを使えば、簡単に私は『ゲート』のある場所が分かる。

そしてテトには安全な妖精の里で待ってもらうことにした。
もしそのガイという妖精を見つけたら必ず連れて行くと約束した。
まぁもう生きていない可能性もあるが、
せめて『ゲート』だけでも閉じてやりたい。
そう思って『ゲート』のある場所に行くと、
そこには私の想像以上の光景が広がっていた。

「でっか…」

目の前の『ゲート』は大きさとしては畳六畳分ぐらいだろうか、
前にふさいだ『ゲート』の何十倍もの大きさがある。
きっと誰も到達するのが難しい場所であったため、
ここまででかくなったのだろう。

「とりあえずやれるだけやってみるか」

そう思い、『ゲート』に近づくと、
何も見えない真っ暗な穴から何かがにゅるりと出てきた。
最初に爪が見え、次に指が、手が、腕が出てきた。
それは人の腕のような形をしていた。
ただしサイズがめちゃくちゃでかい。そこら辺の木なんかよりかなりでかい。
まるで巨人の腕のようだった。

「なっ、なっ、なんじゃこりゃあぁぁぁーー!!」

森の中に私の絶叫が響き渡った。
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