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第1章過去と前世と贖罪と

19・無視出来ない衝動

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「あ、あの…」
「何だよ…?」

私は今、孤児院の中にある台所に立っていた。
そこでジャガイモの皮を包丁で剥く作業をやっていた。
だがその私の真横には、
私を恐喝した…確か名前はハンクだったか、その男が立っていた。
男はジャガイモの皮を剥いている間もずっと私のことを見ていた。
手元を見なくても皮がちゃんと剥けているのは凄いと思ったが、
こっちはやりづらいことこの上ない。

「そ、そのあんまり見られると作業がしにくいんですけど」
「別に気にすることないだろ」

気にするわ! ずっと見られるのもしんどいんだよ!!
と言ってやりたかったが、グッと我慢した。
こんな密室に二人っきりの状況でそう言ってしまっては、
何が起こるか分からない。

シスター!! 早く帰ってきてぇ!



時は少し前を遡る。

「こんなところで会うとはな!!」
「ぎゃー!!」

修羅の形相で私に近づく男。
男はかつて私に因縁を付けてきた男だった。
そして私が風魔法で吹っ飛ばした男でもある。
望まぬ再会に私は悲鳴を上げた。
しかし意外な人物が助けてくれた。

「こらハンク。セツナさんに何する気よ」

そう言って間に立ってくれたのは、シスターだった。

「セツナさんは、この教会に何度も寄付してくださっているのよ。
危害を加えたら、私が承知しないわ」
「え? そう…なのか」

男の顔が修羅ではなく真顔に戻った。
え? この2人知り合いなの?
そう思っているとシスターが説明してくれた。

「紹介しますね。この人はハンク。セツナさんと同じ冒険者ですよ」
「こんなちっこいのが、俺と同じ冒険者なのか?」

おい…人が気にしていることを…。
そりゃねぇ、
女性でも平均身長が170センチ越えが普通のこの世界で、
身長146センチの私は小さいことは分かってるよ。
でも言われると腹立つんだよ…。

「私は子供じゃありません。れっきとした17才です」
「「え?」」

そう言うとシスターとハンクが驚きの声を上げた。
この反応には慣れている。ヨーロッパ系の顔立ちが多い中で、
アジア系の私の顔立ちは幼く見えてしまうだろうし、
元々私は童顔だからな。
驚くのは無理ない。
日頃冷静なエドナですらこう言ったら、
かなり動揺していたぐらいなのだから。

「それなんか薬でも使ってるのか?」
「いえ、こういう体質なんですよ」

ハンクがそう言ってきたので、私は否定した。

「それとも魔法で若く見せているとか」
「違いますよ」

…何でここまで食い下がってくるんだよ。こいつは…。

「ハンク、悪いけどちょっと急いで昼食を作らないといけないの。
だからここで話している暇はないの」

そう思っていると、シスターがそう言った。
おお、意外な助け舟だ。これでこの男ともおさらばでき―――。

「……俺も手伝う」

っておい!! お前料理できるのかよ。
当然シスターも断るだろう―――。

「まぁ、助かるわ」

ですよねー。
シスターはこいつとは知り合いみたいなので、まぁそうなるよね…。

といった感じで私は今この男と一緒に居るわけである。
シスターはさっき井戸で水を汲んでくるといって、
出ていってしまった。
だから私はこの男と密室で2人きりになっているのだ。
ジャガイモの皮を剥いている間も、
ハンクはずっと私の事をじーと見ていた。
それもなんだか値踏みするような、観察するようなそんな目で。


「《分析(ステータス)》」

私は小声でそう唱える。私の目の前にハンクのステータス画面が表示された。

【ハンク】
【年齢】17才 【種族】人間 【属性】火
【職業】Cランク冒険者。
【称号】
【レベル】36
【体力】623/623
【魔力】120/120
【筋力】B 【防御力】C 【精神力】D
【判断力】D 【器用さ】E 【知性】E 【魅了】E
【状態】
【カルマ値】353。
【スキル】我流剣術。

…おい。私と同い年なのかよ。
てゆうかカルマ値が高い。
基準より少し高いということはあんまりいい人じゃないな。

「…お前、冒険者のくせに孤児院に寄付してるんだよな…」

ステータス画面を見ていると、
そんな風に突然話しかけられたので、包丁で手を切りそうになった。

「そ、それが何か…?」
「いや、普通はしないことだから、驚いた。それだけだ」
「そんなにおかしいですか?」
「冒険者ってのは、
自分のためにやるものだと、俺はギルドの先輩に教わった。
自分が生きていくために、
魔物と戦い、自分のために金を稼ぐ、それが当然で。
普通は他人のために奉仕なんてしないと」

確かにそうだと思った。冒険者は常に死と隣り合わせだ。
他人に構っている余裕も無ければ、他人のために動くことも無い。
死が常に身近にあるからこそ、
他人などどうでもいいと思うのが本心だ。
でもそれが悪いわけでは無い。
誰だって自分のことで精一杯なんだから。

…それを考えると、エドナは結構変わり者なのかもしれない。
私のために自分の時間を削って、色々教えてくれているにも関わらず、
報酬を要求した事は1度も無い。
何度かお金を払おうとしたが、断られた。
それに冒険者なのに、
何故か金銭欲や、物欲自体あまりないみたいだった。
何でも本人曰く命がけで魔物と戦っていると、
だんだんそういった執着が無くなってきて、
最終的に必要最低限でいっかーってなるらしい。
実際かなり美人なのに化粧もオシャレもしていないからなぁ。
あれは本当にもったいないと思う。

「そうですか、まぁ普通はそうですね」
「それなのにお前はどうして神殿に寄付したりするんだ?」

そう言われたので、何と答えようか迷った。
困っている人を助けたいからと言うと、
偽善っぽく取られてしまいそうだからだ。
そういうのはあんまり好きじゃない。私は博愛主義者じゃない。
寄付をしたり、人を助けたりするのは自分のためだ。
自分が地獄に落ちたくないからするんだ。

「そんなことよりあなたはどうしてここに?」

そうはぐらかすと、ハンクは少し迷っていたようだが、口を開いた。

「俺はここで暮らしていたことがあるんだ」
「そうなんですか?」
「俺の親父は俺が生まれた時にもう死んでいたからな。
母さんは病気がちだったから、俺をここに預けた。
だからたまにここに来る…それだけだ」

そういえばシスターが言っていたが、
孤児院に来る子供の中には、
親が面倒みれない子供とか、生活苦から育てられない子供も来るそうだ。
そういった子供達は一時的にここに預けられることが度々あるのだと言う。
そして働ける歳になったら、その親と一緒に暮らすことも多いのだという。
しかしハンクもお父さんが居ないのか…。
私のお父さんも幼い時に病気で死んでしまった。
何の共通点も無さそうと思っていたが、まさかの共通点に私は少し驚いた。

「だからシス…サラさんと仲が良いんですね」
「いや、別に仲は良くねぇよ。
あいつは昔からガミガミうるさかったからな…」

その様子はなんとなく想像できる気がした。
多分手がかかる子だったんだろうな…。

「でもガミガミ言ってもらえるのはありがたいことですよ」
「なんでだよ?」
「怒るって、愛情があるからできることですよ。
もしも相手に何の関心もなかった場合は、怒らずに普通は無視します」
「……ま、そうかもな」

何か心当たりがあるのか、ハンクはそう言った。
そういえばこいつはギルドでは嫌われているんだっけ。
本人は多分気づいてないと思うけど、
一回ギルドを追放されかかったからな…。
でもこうして話してみると、
割と普通に話せてる気もするけどどうなんだろう。

「…それでお前はどうして冒険者になったんだ?
空間術が使えるなら、他にも働ける場所があるだろ」
「そうですね…。お金のためですよ」

善行を積むために、
冒険者になったというのも驚かれそうなので、適当にそう言った。

「…それでハンクさんは、どうして冒険者になったんですか?」
「…俺もまぁ金のためだよ」
「違うでしょ。お母さんの病気を治すためでしょう」

いきなりそんな声が聞こえて、私達は振り返る。
ドアに水桶を持ったシスターがいた。

「ハンクのお母さんは、不治の病で、
その病気の治療にお金がかかるから、
ハンクは冒険者になったんですよ」

そうシスターが言った。
そういえばギルドマスターも、
ハンクさんが冒険者をやっている理由は、
母親の病気を治すためと言っていたような…。
お母さんか…。ふと日本にいる母の姿を思い出した。

「そうなんですか、立派ですね」

そう言うと、ハンクの顔が赤くなった。

「ちっ、違う。そんな大層な理由じゃねぇよ」
「充分素晴らしい理由だと思いますよ。
誰かのために命をかけれるのは、素晴らしいことです」

私が追い討ちをかけるようにそう言うと、ハンクは更に赤くなった。
これは以前からまれた時の、ちょっとした仕返しである。
てゆうかコイツも普通にしていたら、
イケメンなのに目つき悪いのがたまにキズだな。

「しかしハンクさんのお母さんの病気は、
そこまで酷いもの何ですか?」
「そうね…。不治の病みたいで、
神官様でも、その病気の治療は難しくて、
せいぜい症状を緩和することしか出来ないの」

基本的にこの世界にある魔法というのは万能ではない。
回復魔法がその典型と言ってもいいだろう。
例えばかすり傷や軽い傷だったら、すぐに治せるが、
失った血は元に戻らないし、無くなった腕や足は生えてこない。
それは薬も同じで、
ゲームの世界だと薬を飲んだらすぐに体力回復なんて事はざらにあるが、
薬はあくまで血を止めたり、回復力を促進するので精一杯。
それは元の世界と完全に同じだ。

「けっ、あの神官の腕が悪いんだろ」

そうハンクが言うと、シスターが頭をはたいた。

「神官様はよくやってくれているわよ。
ただ、あの病気の治療は魔法じゃ難しいのよ。
せめて万能薬の元になる聖月草さえあれば…」

…ん? これってまさか…。

「だから俺がいつか取ってきてやるって言ってるだろ」
「でも、ここらだと危険地帯のアリアドネの森にしか生えていないのよ?
Cランクのハンクじゃ死ににいくようなものだから止めておきなさい」
「わかってるよ」

ハンクはそう言ってうなだれた。
自分の実力はよくわかっているのだろう。

そんなことよりもだ…。
これはいわゆるフラグが立ったんじゃないだろうか。
だってこの中で、その薬草取りに行けそうなのって私しか居ないし…。
それに私は善行を積まなければいけない。
まさに貴重な薬草を取りに行くのにうってつけだ。
いや私にそんな義理は無い。
わざわざそんな危険を冒す必要は無い。

「だが、母さんがこのままだと長くないのは確かだ」

ハンクはうなだれてそう言った。
その顔には苦渋に満ちていた。
ザワッと、私の中で動揺の波が広がっていく。

「そんなことないわよ」

サラさんがフォローするように励ました。

「お前は何もわかってない!
このままだと、何の解決にもならないんだ」

ハンクが壁を拳で叩く。
壁に立てかけてある鍋などの食器用具が揺れる。
それと同じように私の心も揺れていた。

助ける?
助けない?

そもそも彼は一度は私を恐喝した身。
いまだその謝罪も無ければ、私には彼を助ける義理も無い。
だが、本当にそれで良いのだろうか? 私は後悔しない?

「俺は何とかして、母さんを助けてやりてぇ。
そのためにはどんな無茶でもするつもりだ」
「あなた、まさか…待ちなさい。
それは無謀よ! 死ににいくようなものだわ!」
「うるさい!」
「あ、あのー」

もうだめだと思った。彼の母親を思う気持ちは本物だ。
そしてそれは私が母親を思う気持ちと同じである。
無視することはどうしても出来ない。
私は気が付けば自分からその言葉を言っていた。

「私がその聖月草を取ってきますよ」
「「は?」」

シスターとハンクの声がきれいに重なった。



「止めておきなさい」

私がつい勢いで聖月草を採りに行くと言って数時間後。
私は昼食の手伝いを終えると、
宿でことのあらましをエドナに説明した。
私はアリアドネの森がどんな場所か知らない。
だから彼女に聞いたのだが、
それを聞いた彼女が開口一番にそう言ったのである。

「アリアドネの森は、
ここから南に行った場所にあるのだけれども、
別名、迷いの森とも言われているの。
そして国内でも有数の危険地帯と言われるぐらいに、
危険な魔物が生息していてね。
非常に迷いやすい森でもあるから。
まず入ったら生きて帰れないとも言われているわ。
その代わり貴重な薬草が生えているから、
一攫千金を夢見て、アリアドネの森に入っていった冒険者は多いわ。
でもね。大半の人間は生きて帰ってこれないとも言われているの。
いくら常識外れな魔法が使えるからっていっても、
Fランク冒険者のあなたが行って、
無事に戻ってこれるような場所じゃないわ。
もちろん私でも無理」

エドナはこんな時でも丁寧に説明してくれた。
そのおかげでアリアドネの森が、
いかに恐ろしい場所かよくわかった。

「そのハンクという冒険者はなんて言っていたの?」
「えーっと、無理だから止めておけって」
「じゃあ止めておきましょう。
彼もまさか本気で、
あなたが聖月草採ってくれるとは思っていないでしょう」

エドナはそう言うが、私はどこか納得がいかない気分だった。
だって一度採りに行くと約束したのだ。
それにこのままだとハンクのお母さんは長くない。

「納得がいかないのは分かるけど、
それより自分の命も大事にして欲しいの。
世の中には自分じゃどうしようも出来ないことがあるよ。
それを分かって欲しいだけなの」

それは分かるが…。そううなだれているとエドナが私の肩を叩いた。

「大きな力を持っているからといって、
誰でも彼でも救う必要なんてないわ。
どんなに強い力を持った魔法使いであっても、
全ての人は救えないし、例え救えなかったとしても、
あなたが責任に思う必要は無いわ」

エドナはそう言ってくれたが、
私はどこか納得がいかない気分のままだった。
救うとか救えないとかは関係ない。
私は善行を積まないと地獄に落ちるのだ。
それにだ…。
肉親ともう二度と会えなくなる辛さがどれだけのものなのか、
私はこの世界に来て知ってしまった。

今でも思う。お母さんに会いたいと。

せめてちゃんとお別れを言えたら、
ここまで苦しまなかったかもしれない。
その後悔と苦しみを、彼にも味わってほしくないのだ。
エドナがいくら止めておけと言っても、すでに私の心は決まっていた。

そして夜、誰もが寝静まる時間になった。

「ごめん、エドナ」

私はその夜、宿を抜け出した。
そして町の門の近くまでたどり着いた。
門は閉まっていたが関係なかった。
私には地獄神から与えられた魔力がある。

「《飛翔(フライ)》」

空を飛ぶ魔法を使い、私はその夜、町を抜け出した。
行き先はもちろん決まっていた。
アリアドネの森――そこにある聖月草を採りに行くために――。
頭上では月が輝いていた。

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