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第1章過去と前世と贖罪と

17・図書館へ

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「でっかい…」

その次の日、早速図書館に寄ってみると、想像以上に大きな建物だった
というか外観が図書館と言うよりは、1つの屋敷みたいな感じだった。
中に入ると、たくさんの本が並んでいた。

「一般公開されてあるから小さいのかと思ったけど、なかなか大きな建物ね」

隣にいるエドナも驚いた様子だった。
朝、図書館に行くと言うと、
エドナも興味があるみたいなので一緒に行くことになった。

「とりあえず私は適当な本でも読んでいるから、終わったら呼んで」

そう言われたので適当な本を読み漁ることにした。
まず1番先に調べるのは――ヒョウム国についてだ。

「すいません。ヒョウム国について書かれてある本はありますか?」

受付の女の人に聞くと、驚いたような顔された。

「え? すみません。聞いたことがない国ですけど、どこの国ですか?」
「この大陸の外にある国みたいですけど」
「すみませんが、うちの図書館には置いてないと思います。
ただ他所の大陸のことについて書かれてある本はありますけど」
「じゃあそれでお願いします」

そう言われて本のところに案内された。
本の中には世界地図などもあった。
それによるとこの世界というのは、大陸が3つに分かれており、
1番上にエウロパ大陸と呼ばれる大陸があり、
その下にセルバ大陸と呼ばれる大陸があるらしい。
そして私のいるバーン王国は、
セルバ大陸の右隣にあるサラマンドラ大陸と言う場所にあるらしい。
というかサラマンドラ大陸全体がバーン王国といってもいい。
昔は色々と国が別れてたみたいだけど、
統一されて大陸全体が1つの国になったらしい。
しかしこのサラマンドラ大陸って、
…なんか形が四国に似ているんだけど、ただの偶然なんだろうか。

まあそんなことよりも、
世界地図にはたくさんの国の名前が載っていたけど、
ヒョウム国なる国はなかった。
これって一体どういうことだ。
他の本を見てみるが、そこにもヒョウム国なる国はなかった。

「あれ…」

その時ふとある地名が目に入った。
エウロパ大陸の上の方に禁足地という名前の国があった。
さっきの地図では空白だったのにどういうことだろうか。

「エドナさんー。これってどういう国なんですか」

私は本を持ったまま、
休憩スペースのソファーに腰掛け、本を読んでいるエドナにそう聞いた。

「そこは国じゃないわ。ただの禁足地よ」
「どいうことなんです?」
「私も行ってみたことはないからよく知らないけど、
禁足地には人も住んでいないし、国も存在しないわ
そこに行って帰ってきた人間は居ないと言われる呪われた土地なのよ。
だから地図でも消されていることが多いの」

なるほど。禁足地がヒョウム国かと思ったけど、
人が住んでいないなら違うかもしれない。

「そうなんですか。それより世界地図ってこれだけで終わりなんですか?」
「いいえ、その3つ以外にも大陸は存在していると言われているけど、
詳しい調査は進んでないからわからないわ」

なるほど、という事はヒョウム国は、
エウロパ、セルバ、サラマンドラ以外の大陸にある国なのかもしれない。
でもあまりに離れているから、発見されていないだけかもしれない。
ひょっとして昔のアメリカ大陸みたいに存在しているけど、
見つかっていないだけかもしれない。

「教えてくれて、ありがとうございます」

そうして私は再び、調べ物をすることにした。
だけど調べてみた結果、
やっぱりヒョウム国について書かれた本は存在していなかった。

「まぁいいや、次の機会にしよ」

私は本棚から離れると、
エドナも居る図書館の休憩スペースに向かった。
休憩スペースには、椅子やテーブルなどが置かれてあり、
私はその上に本を置くと、椅子に座り、本を開いた。
この本はヒョウム国についての本を探していた時に見つけたものだ。

本のタイトルは、神話年代記。神話について書かれた本だ。
神話っていったら、やっぱり神様でしょ。
地獄神がどんな神様なのか知りたかった私にはちょうど良かった。
私は意気揚々と本をめくった。


『まず、始めに言いたいのは、神々は確かに存在しているということだ。
これは確かなことであり、その証拠として――――』

「前書きは読まなくてもいいか」

私は著者が書いたであろう前書きを飛ばした。

『暗澹たる混沌が世界を包む。
そこから世界が生まれた。神々の時代の幕開けである。
世界とは無より出で来たるのだ――』

「えーと…」

とりあえず頑張って読んでみたが、内容が頭に入って来ない。
1番の原因は文字が小さすぎるのだ。
私は別に目が悪いわけでは無いけど、
それでも読みにくいことこの上ない。
しかもこの本の場合、
やたらと詩的表現を使うせいで、肝心の内容がちんぷんかんぷんだった。
私は本を閉じると、元の棚に戻した。

「すみません。子供向けの神話の本ってありますか?」

そう図書館司書のお姉さんに聞いてみると、
しばらくして一冊の本を持って来てくれた。
本には「家庭の創世神話」と書かれていた。
私は司書のお姉さんにお礼を言うと、さっそく本を開いた。

『――世界は最初、何もない混沌でした。
そこから2人の神が生まれました。
闇の力を持つ暗黒神アビスと、光の力を持つ光輝神ヴォイスの2人です』

おお、さっきの本と違ってずいぶんと分かりやすいぞ。
本は文字が大きく、挿し絵もあって読みやすかった。
しかしまさか一番始めに、地獄神が出てくるとは思わなかった。
でも地獄神じゃなくて、暗黒神というはどういうことなんだろう。
そう思いつつ、私は次のページをめくった。

『2人の神は生まれたと同時に、世界を作っていきました。
まず初めに大地と海と空を作りました。
しかし空に何も無かったのが寂しかった2人は、
太陽と月と星を生み出しました。
これにより、世界に昼と夜が生まれ、
それを管理する神々が生まれました。
次に2人は、
火、水、風、地、光、闇、無の力を持った七人の元素の神々を作りました。
これにより世界に魔力が満ちました。
そしてさらに大地に動物や、植物などを作り、
それを管理させる神々を新たに作りました。
そして2人の神は最後に、自分達の姿を似せて、人間を作りました。
これによって世界が誕生し、大地は生命で溢れ返りました』

……地獄神って大物じゃん。
てゆうか創世の時点で存在してたってことが驚き。
てっきり地獄の神様って言うからには、
最後の最後で出てくるのかなと思ってたけど、
まさか最初にでてくるとは…。

「あれ?」

次のページをめくると、いきなり目次が表示された。
ああ、そうか創世の話は前書きみたいなものか…っておい…。
目次の一文にあった文字に私の目を奪われた。

そこには「世界を滅ぼした暗黒神」と書かれていた。
世界を滅ぼす…? え、これってどういうこと?
そう思って私は急いでページをめくった。

『神々も数を増やした頃でした。
その時になると様々な問題が我々の居る地上で起こりました。
人間が瞬く間に数を増やし、やがて殺し合うようになったからです。
それまで地上で彼らと一緒に暮らしていた神々も、彼らに愛想を尽かし、
天空に天上界と呼ばれる世界を創り、そこに移っていきました。
しかしたった一人だけ、地上に残ることを選択した神が居ます。
慈悲神アデルです』

ふぅん、ギリシャ神話にも似たような話しがあったような…。
確か最後まで残ってたけど、
結局は人間に幻滅して天に帰る話しだったような…。
しかし続きを見たら、全く違う話しだった。

『アデルは人間に慈悲や、思いやる心を説いていきますが、
人々は全く聞く耳を持ちません。
やがて彼女の存在を疎んだ人間達は、
彼女を殺して、バラバラに切り刻み、
鍋に入れて、みんなで食べてしまいました』

「うげっ」

ギリシャ神話といい、この世界の神話といい、
何で神話にはエロとグロがつき物なんだ。
そう思いながら、私は次のページをめくる。


『アデルの死を知った神々は、彼女の死を嘆き悲しみました。
しかし、中には悲しむだけで済まなかった神も居ました。
暗黒神アビスです。アデルは、アビスの娘でした』

「え? 子持ちなの?」

まさかの事実に私は驚いた。
そりゃ創世の時から居るなら、
子供ぐらい居てもおかしくないけど…。
自分の子供を人間に殺されるなんて…。
私の中で少し同情の気持ちが芽生えたが、
次の文章を見た時、そんな気持ちは吹っ飛んだ。

『アビスは烈火のごとく怒ると、
人間を皆殺しにしようと、地上に降り立ちます。
それを止めようとしたのが、光輝神ヴォイスでした。
ヴォイスはアビスを止めるため、他の神々も率いて彼に戦いを挑みました。
大地が轟々と揺らぎ、空を暗雲が飲み込みました。
この神々の戦いは長い時に渡り続きました。
やがて神々はアビスを地下世界に封印することに成功しました。
しかし神々が受けた損失は計り知れないものでした。
まず光輝神ヴォイスがこの戦いが原因で、酷い怪我を負ってしまい、
それを癒すために長い眠りにつき、今も目覚めていないと言われています。
代わりに彼の息子である天空神スカイが、神々を取り仕切るようになりました。
地上も酷い有様でしたが、
生き残った人間達が居ました。それが今の私達の先祖です。
しかしそれにより、
神であるアデルを殺したと言う神殺しの罪も子孫に引き継がれてしまいました。
これが『原罪』です。
それにより人間は未来永劫、
生まれ変わり続けなければならないという、
宿業を背負っていると言われています。
これから逃れるには、自分自身を悔い改め、
善行を積んでいくしかありません』

「………」

何ていうか、何とも言えないお話だよな…。
1番悪いのはアデルを殺しちゃった人間達だろうけど、
その罪が子孫にまで引き継がれちゃったなんて、
でも子孫は直接アデルを殺したわけじゃないのに、
ずっと生まれ変わらないといけないって…理不尽だよな。

……てゆうかそんなことよりも、地獄神ヤバイ奴じゃん。
子供を殺されたからって、人間を皆殺しにしようとするなんて、
気持ちは分かるけど、やり過ぎだよ。
殺すならアデルを殺した奴だけにしとけばよかったのに…。
そう思って次のページをめくると、
そこに書かれていた文字を見て、私は硬直した。

『一方、地下世界に封印されたアビスですが、
後に地獄神アビスと名乗り、
地下に地獄を作り、罪人の処罰をするようになったとも言われています。
そして未だ人間への憎しみを燃やし続けているとされています。
もしも我々人間が腐敗し、破滅の道を歩むことになると、
地獄世界から、彼が現れ、人間を滅ぼすと言い伝えられています』

「………は?」

ちょっと待て地下に封印されたのに、
どうして地上に出てこられるんだよ。
………まさか。そんな強力なものじゃなかったとか?
表向きには封印したことにしているけど、
実際にはそれほど効果がなかったとか?
ああ、分からん。まぁ神話なんて矛盾がいっぱいあるものだし…。

いやそんなことよりも――、
こんなヤバイ奴に生き返らせられた私って一体……。
やっぱり何か裏があるのかな……考えたら怖くなってきた。

いや案外この本が違うだけで、
他の本に書かれてあること違うのかもしれない。
そんな淡い期待を抱きつつ、他の本を読んでみたが――。

『地獄神アビス。
地獄を支配する最上位の神であり、最古の神であり、破壊神。
地上の人々が腐敗した時、その炎によって浄化すると言われている。
姿は諸説あるが、基本的に、頭が3つあり、角が6つ生え、腕が8本あり、
筋肉隆々の巨人として描かれることが多い。
地上の人間を全て憎んでいるとされ、
うかつに名前を呼べば、地獄に連れて行かれると言われている。
妻は一般的には幻月神ベアトリクスとされることが多いが、
説が多数あり定かでは無い』

ああ、だから私が地獄神の名前を言った時にエドナが怯えていたのか。
ていうか私何度も地獄神って言ってた気がするんだけど大丈夫だろうか。
というか本にある地獄神のイメージが、私が見た地獄神と違い過ぎて笑った。
頭が3つあるって…インドの神様にも居た気がする。
てゆうか奥さん居たんだ…この人も調べてみるか。

『幻月神ベアトリクス。地獄の上層にあるとされている冥府を支配する女神。
それ以外にも、魔法の神であり、
女性と子供の守護者であり、多産の女神でもある。
民間にも広く、信仰されている神であり、
地上にも度々姿を現すと言われている。
絶世の美女で、地獄神アビスとの間にたくさんの子供が居るとされているが、
正確な数は不明。100人とも、 
1000人ともいわれるが、子沢山なのは間違いない
女性と子供の守護者だが、
半面女性に辛くあたる男性に対しては裁きを下す、恐ろしい神でもある。
夫は地獄神アビスと言われることが多いが、
実際の関係については諸説が多くあり定かではない』

つまりどうなんだよ。関係がはっきりしていないって一言消化不良じゃないか。
でも地獄って地獄神以外にもたくさん神様が居るんだな……。

そう思って、他にも調べてみたけど、
どうも地獄にはたくさんの神々が存在しているようだった。
しかもどいつもこいつも、規格外すぎる能力の持ち主だった。
それこそ一撃で山が消し飛ぶとか、大陸1つ分のエネルギーを秘めているとか、
もうなんていうか見ているだけですごく疲れた。

「うふ、うふふふふふふ」
「どうしたの?」

死んだ魚のような目で唐突に笑い始めた私を、
近くに居たエドナが心配そうに近づいてきた。

「もしも、簡単に世界を滅ぼせる存在に命を握られていたらどうしますか?」

私は若干半泣きになりながら、そうエドナに聞いた。

「え? どうするって……どうしようも出来ないんじゃないの?」

ですよねー。

私の魔力の供給先が地獄神である以上、彼には絶対勝てない。
というか無理。勝てるわけがない。
地獄の規格外の能力を、
持った神々の頂点に君臨する彼をどうこう出来るわけがない。
自殺しても逃げることも不可能。
というか死んでも、最終的に行き着く先は冥府になる。
そこは彼の妻…かどうかわからないけど、
幻月神ベアトリクスが支配している場所だ。
という事は私はどうあがいても、地獄神から逃げられないわけで――。

「よし、私は何も見ませんでした!」

そう言うと私は本を戻すために本棚の方に向かった。

私 は 何 も 見 な か っ た。
以上終わり。これ以上考えるのはやめよう。

他にも調べてみたいことがあるから、そっちを優先しよう。
そう決意すると、先程の事実は頭の隅に追いやることにした。



そして、その夜――――。

「やぁ」
「ギャー!!」

宿のベッドで眠ったはずなのに、
気がついたら目の前に地獄神が現れたので、私はびっくり仰天した。
周りはいつも通りの真っ暗闇空間である。

「な、な、何ですかいきなり?」
「君さ、今日ボクのこと調べたでしょう?」

ギクッ。た、確かに調べたけど、
それが地獄神の気に障ることだったのだろうか…。
そりゃ確かに自分のことをあれこれ調べられるのは、
良い気分じゃないだろう。

「あ、誤解しないでほしいんだけど、ボクは別に怒っているわけじゃない。
不安にさせたままなのも駄目だからね。
それにせめて君ぐらいには理解して欲しかっただけだよ。
地上の人間は大部分が勘違いしたままだから」
「勘違い?」

そういえば図書館で調べた限りでは、地獄神にまつわる本は少なかった。
基本的に神々の神話というのは、48章にも及ぶ長編ストーリーだが、
地獄神が出てくるのは最初の創世部分と、アデルに関する話だけ、
それも48章のうち、たったの2章ぐらいしか登場しておらず。
それ以降は全くといっていい程、出てこない。
まぁこれは地下世界に封印されちゃったせいなのだろうが、
短い登場にも関わらず、強烈なインパクトを残しているのは確かだ。

だって基本的に地上の人々には名前を呼ぶのもためらわれる程、
恐れられているし…。
神殿には、主神である天空神スカイやその他の神々に混じって、
必ず石像が設置されているし、
年の終わりには鎮魂祭と言って、
地獄神とアデルに許しを乞うお祭りがある。
やっぱり地獄の神様っていうことと、
子供を人間に殺されて、
それをまだ恨んでいるということが大きいのかもしれない。
そう思っていると地獄神がため息をついた。

「あのね。これは地上の人間にも言いたいことなんだけど、
ボクはもうアデルを殺されたことは恨んでないよ」
「え? そうなんですか」
「うん、だいたいアデルが殺されたのはもう1万年ぐらい前のことだし…。
長い時が経つと憎しみの念って薄れていくんだよね…。
それなのにボクが人間を恨んでいると、
未だに思っている奴が多いのなんの…」

うんざりした様子で地獄神はそう言った。

「じゃあ、今では本当に恨んでいないんですか?」
「そうだよ。そりゃアデルはボクがお腹を痛めて産んだ子だったから、
殺されたと知った時は怒ったけど、もう恨んでないよ」
「は?」

まさかの言葉に私は目を丸くした。

「あ、あの、あなたがお腹を痛めて産んだんですか」
「そうだよ」
「ど…どうやって…?」

地獄神はどっからどう見ても少年の姿をしている。
男なのにどうやって、子供を産んだんだよ…。

「ああ、君には言っていなかったね。
神には性別が無いんだよ。
というか姿自体が自在に変えられるんだ。
まぁといっても中身が男性寄りだったり、女性寄りだったりして、
ずっと同じ性別の形を取っている神も多いんだけど、
ボクはどっちかっていうと中身が中性寄りだったから、
子供を産んだこともあるってだけ」
「それって物理法則を完全に無視してますね」
「まぁ神だからね。
なろうと思えば、
君が図書館で見た一般的な地獄神のイメージにもなれるよ」
「やめてください。美しいままでいてください」

地獄神があの本のイメージ通りの姿になったら、
絶対トラウマになる。
恐ろしい姿より、美少年の方が私にとっては受け入れやすい。

「でもそれならどうして私の知っているあなたと、
地上の人のイメージは違うんですか?」
「あのイメージ自体は人間が勝手に作ったものだけどね。
元々神話なんてものは、最古の歴史なんだけど、
正確な情報はほとんど失われているんだ。
そこを想像によって補完されてあるから、
事実がねじ曲がっていることも多いんだよ。
例えば勝手に全く関係のない神が息子ってことにされていたり、
異なる2つの神が同一の存在になることもある。
例えばボクの場合はベアトリクスが妻ってことにされることが多いけど、
実際そんな関係ではないからね」
「え? そうなんですか」

どうりで奥さんがいる割には私のことに妙にかまうなと思っていたけど。

「奥さん? ボクは独り身だよ」
「え? そうなんですか?」
「ああ、神々というのはね。
不老不死だから、特定の伴侶を持たないのが常なんだ。
結婚してても、何千年も同じ人を愛するなんて難しいだろうし、
だから独り身の方が気が楽なんだよ」
「ああ、なるほど」
「それにベアトリクスとボクは夫婦ということにされることが多いけど、
それは男と女だからそういう風に見えてしまうんだろうね。
実際のボクらはそういう関係になったことは1度も無いよ」
「え? 何千年も生きてたらそういう関係にもなりませんか?」
「ならないならない。絶対にありえない」

地獄神はきっぱりと否定した。
そこまできっぱり否定されると、
それは確かに誤解なんだろうなと思えた。
確かに神話って矛盾している点がいっぱいあるし、
どこかでやっぱりデマ情報があるんだろうか。

「という事は世界を滅ぼしたということは嘘なんですか?」

その時、地獄神は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「それに関しては実際にやったね。
子供を殺された怒りで、ボクは確かに世界を滅ぼしたよ。
まぁそれまで怒ったことがなかったのもあるけど、
あいつらはただ殺すだけならいいものの。
アデルの魂と肉体を、再生不可能なまでにズタズタにした。
神は本来であれば不死身で絶対に死ぬことはないんだけど、
アデルはもう死んでしまったのと、同じことだった。
本当に可哀相な子だったよ…」

そう言う地獄神の顔はどこか寂しそうだった。
私には子供が居ないので、
実際にその苦しみがどの程度のものか分からない。
でもそれは私の想像を絶する苦しみなんだろう。

「だから地上に現れては、
主要な都市部を破壊しまくって、町と言う町を破壊した。
ずーっとそれはやってたかな。
最初は天上界の神々が止めには来たけど、
ヴォイスを倒した時に、もう誰もボクには勝てないということを悟ったのか、
途中からただ傍観するだけになっていた。
それで破壊に次ぐ、破壊、人の多いところを見つけてはとにかく壊しまくった。
大陸の1部は海に沈めたし、地形が変わるレベルの地震も起こしたし、
町を1つを灰にしたこともある。
とにかく憎くて仕方なかった。アデルにあんな目に遭わせた人間が憎かった。
あの時は本当に狂気に取り憑かれていたんだと思うよ。
何せ、それまでボクは本気で怒ったことが無かったから。
こう言ったら君は驚くかもしれないけど、ボクは元々温厚な性格なんだ。
人と争うことも嫌いだし、怒ったりするのもあんまり得意じゃない。
何せ、ボクは地獄の神になる前は、暗黒を司る神だったからね。
ほら闇って、静かで穏やかなものじゃない。
決して炎みたいに激しいものじゃない。
だから怒り慣れていなくて、限度ってものが分からなかった。
そして怒った時に止めてくれる相手も居なかった。
だからしばらくは復讐の鬼のようになっていたよ」
「……凄い話ですね」
「でもそんなある日、焼け野原になった町を眺めていると、ある女がいた。
殺そうと思ってたけど、よく見ると黒焦げの何かを抱えていた。
それはその女の子供だったよ。
それを見た時、急速に復讐の熱が冷めていった。
一体自分は何をやっているんだと、なんでこんなことをやっているんだと。
我に返った時にはもう何もかも手遅れだった。
憎しみってさ…。わりと次から次へと湧いて来るものなんだよね。
最初はアデルに酷い目に合わせた人間だけ殺すつもりが、
次はそれを知っていて傍観していた人間に飛び火する。
それが無限に広がっていって、やがては何の関係もない人間まで憎くなる。
君さ。人生長く生きてたら誰かを憎みたくなることがあるだろうけど、
誰かを憎むことにその力を使っちゃだめだよ。
復讐のために生きたら損だよ。幸せになることだけを考えるんだ」

地獄神は矢継ぎ早のようにそう言うと、大きなため息をついた。

「…それからボクは地下に潜ったよ。
最早天上界には帰れなかったから、地下のこもってずっと修行してた。
そのおかげで、感情に支配されることは無くなったけど、
感情というものがいかに恐ろしいか、今でも実感しているよ」

凄い話だと思った。自分の子供を人間に殺されて、復讐に狂って、
そしてふと我に返った時、
どれだけの絶望が胸に押し寄せてきたんだろう。

「それで……その後どうして地獄の神様になったんですか?」
「ああ、それは罪を犯した人間を浄化するためだよ。
といっても別に人間達を地獄に落として懲らしめようとか、
そういうわけじゃない。
カルマっていうのは、それまで善行を積むことでしか消えなかったからね。
消えないカルマは来世に引き継がれるしかない。
そしたらそのカルマが不幸を引き寄せてしまうから、
善行を積むことが難しくなってしまう。
そうさせないために一旦、カルマを浄化する場が必要だった。
それに地獄を作ったのは、天上界で居場所がない、
あるいは何かやらかして追い出された神の受け皿を作るためでもあったし、
これもボクの一つの償いで、けじめなんだよ」

やっぱり何事も当事者に聞いてみないと分からないことがある。
神様といっても、何でも完璧にやれるとは限らないのだろう
むしろ長く生きているから、後悔や失ったものも多いはず。
それをわかっていてなお、彼は神としての仕事をしているのだろう。
神様だから遠い存在と思っていたけど、
この話を聞いて彼の存在がずっと身近に感じられた。

「そうだったんですか。私はてっきり、あなたをヤバイ奴なのかと思ってました」

どうせ心を読まれるので、
はっきりとそう言うと、地獄神はガクッと肩を落とした。

「……なんで地上の人間はみんなそんな風に誤解するのかな…。
ボクをまるで悪魔みたいに恐れているし、
別に親しみを持ってもらいたいわけじゃないけど、
破壊神的な側面を強調されても困るんだよ。
だいたい人間がまた腐敗したら、
ボクが現れて世界を破壊するとかって思っている奴が多いけど、
ボクはそんな事はやる気はないし、やるつもりもない。
それなのに何でずっと、
世界を破壊するモンスターみたいに思われているんだろう…」

…そりゃ、本気でキレただけで、主要都市が破壊されて、
大陸の1部が海に沈むぐらいの力を持つのなら、
名前を呼ぶのも恐れられる程の存在にはなるわな…。
てゆうか地上では、天上界の神々が地獄神を封印したと思われているけど、
実際にはどうしようも出来なかったみたいだし、
そんな力を持つなら、
ヤバイ奴だとずっと思われても仕方ないんじゃないだろうか。

「あのさ…。
一応言っておくけど、あれ以来、本当にボクは怒ったことがないんだよ。
今では感情に支配されないようにはなっているし、人間への恨み自体もう無い。
それなのに地上では、ボクが未だに怒っていて、
復讐の心を燃やしていると思われているし…。
鎮魂祭だって、ボクはもう人間がアデルを殺したことは許してるから、
もうやらなくてもいいのに、未だにやってるし…。
アデルの件だって、もうあれから1万年以上経つのに、
未だに天上界の神々とは距離を置かれているし…。
そりゃあの時の事は反省しているけど、それでももう1万年だよ?
そろそろこのイメージが払拭されてもいいと思うのに…」

そう言うと地獄神は大きくため息をついた。
それを聞いてなんだか、
世間のイメージと実際の性格とのギャップに苦しむ芸能人のようだと思った。
まぁ神様だから芸能人とは違うけど、一回の過ちが後世まで残り続けるというのは、
なかなか厳しいものがあるなと思った。
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