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第1章過去と前世と贖罪と
13・免許皆伝しました
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異世界に来て私は他人のカルマを肩代わりさせられた。
そして死んだ。死ぬ前のことはよく覚えていない。
だから私の身に何が起こったのか、私は知らない。
そんな私を地獄神アビスは生き返らせた。
――――その代償として、
他人のカルマを肩代わりさせられた状態で。
カルマを消すには善行を積むしか無い。
善行を積まなければ、私は他人が犯した罪で地獄に行くことになる。
それだけは嫌だった。
だから私が善行を積むのは、他人のためではなく、自分のため。
自分が地獄に行きたくないから、
そして日本に帰るために人を助けるんだ。
「お姉ちゃん、ありがとうー」
「ありがとうー」
だからだからね…。
そんなに感謝されると、何かむずがゆいんですけど。
私は今神殿の裏手にある孤児院に居た。
孤児院は魔物や事故などで、
親を無くした子供達が暮らす場所だ。
何故そんな場所にいるかというと、
シスターが私をここに連れてきたのだ。
彼女は私が寄付したいと言うと、ものすごく喜んでくれた。
そして私が寄付した額を見て、飛び上がって喜んだ。
そして急いで私を連れて、
孤児院まで行き子供達にお礼を言わせたのだった。
だから私は子供達にお礼を言われまくっているのである。
「ありがとー」
「お姉ちゃん、大好き」
孤児院の子供達はほとんどが10歳以下の子供だった。
そんな無垢な天使達から、
キラキラとした目でお礼を言われていた。
止めてー、そんなにほめないでー。
いくら私でも照れる。照れちゃう。
「あ、あのー、そろそろ行かないと」
そう言うと子供達から「えー」と声が上がった。
シスターからも「もうちょっと滞在しては?」と言われたが、
エドナを待たせているので断った。
「またいつでも来てください」
「治療代はタダにしておくよ」
そう言う神官様のみぞおちに、シスターが肘を入れた。
あの二人もうちょっと仲良くすれば良いのに、
そう思いながら、私は神殿を出た。
後で知ったことだが、
あの神殿の神官のクリフさんは、怪我や病気をしている人を見ると、
無償ですぐに治してしまうという困った癖があるらしい。
神殿には彼しか、回復魔法の使い手がいないので、
彼がそんなことをすると、ものすごく困るのだという。
一応領主が支援してくれているとはいえ、
それでも孤児院の経営はいつもギリギリらしい。
そりゃもシスターも怒るわ。
まぁ私の寄付に、シスターは相当喜んでくれたみたいで良かった。
私は地獄神から充分すぎる程のお金を貰っている。
それこそしばらく働かなくても良いぐらいに。
しかしそれにかまけて、
本来の善行を積むということを忘れて遊んでいたら、
地獄に叩き落とされる。あの地獄神のことだ。
絶対やりかねない。
だから私は孤児院に寄付したのだ。
それぐらいしか、善行を積む方法が思いつかなかったのだ。
「まさか銀貨三十枚で、あそこまで喜ばれるとは」
とりあえず、寄付する額は、
最初なので日本円にして三十万円ぐらいにしといた。
本当はもっと寄付したかったのだが。
いきなりFランク冒険者の私が、
金貨がジャラジャラ入った入った袋を見せたら怪しまれる。
普通はどこからか盗んできたものだと思うだろう。
ていうか銀貨三十枚でも大喜びしていたシスターだ。
金貨なんて見せたら、多分卒倒する。
そんなことを考えながら歩いていると、
唐突に目の前にゲーム画面のようなものが表示された。
【カルマ値が5ポイント減りました。善行・寄付】
「え…」
どうやらカルマを背負った時と同じで、
善行を積んだ時も、
お知らせ画面が表示されるみたいだったが、そんな事はどうでもいい。
「たったの5?」
その事実に私は驚愕した。
銀貨三十枚寄付して、
たった5ポイントしか、カルマ値が消せなかった。
私のカルマは1万以上ある。
そのうちの5ポイントが消えたところでどうにもならない。
ということはおそらく有り金を全部、
神殿に寄付しても全部消すのは無理だろう。
カルマを消すのなんて余裕、余裕と考えていたが、
想像以上に苦難な道のりに、めまいがしてきた。
「どうしたの? 寄付出来なかったの?」
私が浮かない顔のまま歩いていると、
神殿の前で待っていたエドナが近づいてきた。
「いえ…それはちゃんと出来たんですけど、
……もっと多くの人を助けるにはどうしたらいいんでしょうか?」
「はぁ? いきなりどうしたの?」
唐突な質問にエドナは困惑した顔をした。
私は絞り出すように声を出した。
「やっぱり無理なんでしょうか…」
「…どうしたの?」
「私は、私は、…たくさんの人を助けないといけないんです。
そうじゃないと…ダメなんです」
そう言うと、エドナは言葉を失ったように黙り込んだ。
「…もっと多くの人を助けて、
もっと善行を積んで行かないと………帰れないのに」
私は手で顔を覆った。昨日散々泣いたせいか涙は出なかった。
ただ胸の中に占めるのは、どうにもならない。
どうにも出来ないという。
焦りと絶望感だけだ。
一体全体、
1万近くもあるカルマをこれからどうやって消していけばいいんだ。
こうしている間にも、時間は流れている。
だからもたもたしている暇なんてない。
急いでカルマを消さないといけないのに、
お母さんは絶対に心配しているはずなのに。
早く帰りたいのに――――。
「あなたはまさか人の役に立ちたいから冒険者になったの?」
「はい、そうです…」
落ち込んでいたせいか、何も考えずにそう同意すると、
エドナは絞り出すように言葉を出した。
「………そういった理由で冒険者になった人を私は初めて見たわ…」
「…そうなんですか?」
「そう。人が冒険者になりたい理由なんて、
自分が生活していくためとか、
お金を得て家族を養うためとか、
有名になってちやほやされたいからとか、
そんな理由がほとんどよ。
だからあなたのように他人のために、なんてまず考えないし、
そういうものだと思っていたけど…」
「そうなんですか?」
「そうよ。だって自分の命がかかっているのよ?
仕事をやるのも自分のため、お金を稼ぐのも自分のため、それを使うのも自分のため、
全部自分のためにやるから、危険な仕事が出来るのであって、
他人のために命はかけれないわ…」
「エドナさんも冒険者をやるのは、自分のためなんですか?」
「……まぁそうね。じゃなかったら、こんな危険な仕事は選ばなかったかもね」
確かにそれはそうだと思った。
私は最強魔力があるのでいいが、他の人はそうじゃない。
冒険者とは、死が日常の世界だ。
それを分かっていて選択するのは、ひとえに自分のため。
自分がお金を稼いで楽をしたいから、
あるいは家族を養わないといけないから、
多くの人はそれを選択するのだ。
だから他人に構っている余裕なんてない。
それは当たり前のことだ。
…少し不謹慎だった。
私は最強魔力があるので、
魔物に襲われて、死ぬ危険性は少ないだろう。
でも他の人はそうじゃない。
自分のことで精一杯で、他人を助ける余裕なんてないのだ。
それが悪いわけではない。
私だって他人のために命をかけられない。
そんな人からしたら、
誰かのために何かをしたいと思うのは、余裕のある人間のおごり。
そう取られてもおかしくない。
「ごめんなさい。変なこと言ってしまって…」
そう言ったら、エドナは呆れた顔をした。
「あのねぇ…。なんでそんなに他人に気をつかうの?
確かに他人のためなんて、おかしいと思う人間は居るでしょう。
でもそれが命をかけてまでやらないといけない理由なら、
それは立派なことじゃない。
なかなか他の人間には出来ることじゃないわよ」
「……そうですか?」
「そうよ。
今日あなたがやったことは孤児院に暮らす子供達にとって、
希望を与えたはずよ。
それなのにあなたがそんなに浮かない顔をしていたら、
その子達だって悲しむじゃない」
「それは確かにそうですが…私は急がないといけないんです。
どうしても人の役に立たないといけないんです…」
そう言うとエドナは怪訝そうな顔をした。
「………どうしてそんなに人の役に立ちたいの?」
「ごめんなさい。それは言えません」
「言えません? 言いたくないということ?」
「いえ、言ったとしてもまず信じてもらえないと思います。
それぐらいに言えないことです」
そう言うとエドナは呆れた顔した。
「あなた、ごまかすのが本当に下手ね…。
そんな言い方されたら、気になる人間が大半だと思うけど」
「え? そうですか?」
「まぁ…気になるけど、
あなたの事情については詮索しないことにするわ。
訳ありの人間に訳を聞く程、私も無神経じゃないもの…」
「そうですか…そうしてくれると助かります」
「…まぁとにかく、これから町の外に行くわけだけど、
しんどいようなら、別の日にする?」
「いえ、今日で大丈夫ですよ。行きましょう」
「その前にちょっと必要な装備を取りに行きたいから、
宿に寄ってもいい?」
「いいですよ。行きましょう」
そうして私達は町の外に行く前に一旦宿に向かうことにした。
◆
「風が気持ちいいですね」
「そうね」
私は今、町の外に出ていた。横には当然エドナも居る。
目の前には、街道が伸びており、
その周りには平原と森が広がっていた。
基本的に魔物というのは、町の中には出ない。
何故かというと、
目には見えないけど町の周囲にはドーム状の結界が張られており、
そのおかげで魔物は、町の中には入って来れないらしい。
「そういえばこの国って随分と暖かいですね」
「まぁ南の方にある国だからでしょうね。
この地方はバーン王国の中でも北にあるから涼しい方よ。
南の方に行くと、うだるように暑いからこっちの方が良いかもね」
確かに長袖のローブを着ていても充分過ぎる程、
ここは涼しい。
そのためアアルは避暑地として、
貴族に好まれている場所だとエドナは言った。
ちなみにバーン王国には四季は無いらしい。
年中夏みたいに暖かい季節がずっと続く、
そのせいかこの国の人は陽気で、
細かいことを気にしない性格の人が多いらしい。
「まぁ寒いより、暖かい方が良いですからね」
「そんなことより、とりあえず、どこに行く?」
そう、エドナは言った。
ちなみに今彼女は結構装備を身につけている。
手には手袋、
腰には馬車で付けていたものと同じベルトポーチを身に付けている。
そして腰の横には、何故か鞘に入った短剣を身に付けている。
「あの、杖じゃないんですか?」
魔法使いと言ったら、武器は杖か箒と相場が決まっているものだが、
まさかの短剣に私は驚いた。
「杖? ああ、扱いづらいから私は好きじゃないの」
「えー、エドナさんみたいな感じの人は箒に乗って、
空を飛ぶのが似合いそうなんですけど」
だってとんがり帽子に、ローブという魔女スタイルだからな。
絶対に箒が似合いそうだよ。
「は? 箒で空は飛べないでしょ。
だいたい空を飛ぶなんて普通の魔法使いには無理よ」
「え?」
「飛翔魔法は、風属性を持つ魔法使いにしか使えないものだけど、
習得も難しい上に、
宙に浮く度に著しく魔力を消耗してしまうから、
使いこなすのは難しいのよ」
「え、そうなんですか?」
え、…私普通に飛翔魔法が使えてるよな…。
習得が難しいって、唱えたら普通に使えたけど、これっておかしいのかな…。
「まぁそんなことよりも、魔物を探さないといけないわね。
ここら辺は魔物も寄って来ないと思うから、別の場所に行かないと…」
「あ、それなら大丈夫です。
《地図(エリアマップ)》《探知(サーチ)》」
私はエリアマップとサーチを起動させた。
すると目の前に周囲の地図が表示された。
「あ、ここから東の方に歩いた森の中に、魔物が居ます。
って、どうしたんですか!?」
横に居るエドナを見ると、かなり引きつった顔でこちらを見ていた。
「………いや、何でも無いわ。そこに魔物が居るなら行きましょう…」
それから無言で、私とエドナはその場所に向かった。
行く道中、エドナは何も喋らなかった。
ずっと険しい顔をして黙り込んでいた。
どうしたのだろうか。ひょっとしてお腹でも痛いんだろうか。
そう思っていると魔物が居る森に着いた。
「…それじゃあ、ここから自分の力で戦ってみて。
もちろん危なくなったら私が助けるから」
「あ、はい。頑張ります」
そう言っていると、
一体の大きなネズミみたいな魔物が、私に気がついたのか走ってきた。
私はそれに向かって魔法を唱えた。
「《火炎弾(ファイヤー・ボール)》」
「は?」
1メートルぐらいはある火の弾が魔物を焼き尽くした。
その時、近くの木に火が燃え移った。
「ああ、やばい。《水球(ウォーター・ボール)》」
急いで水魔法で消火する。この作業も何回もやってるので、もう慣れた。
やっぱり火属性の魔法は注意が必要だな。
そういえばエドナは火属性の魔法使いだったような気がする。
魔物と戦う時は周囲への被害はどうしているのだろう。
そう思って、エドナを見ると彼女はうずくまって左手で顔を押さえていた。
「あの、どうしたんですか?」
やっぱりお腹が痛いんだろうか。
そう思って顔を覗き込むと、エドナがぼそりと言葉を出した。
「……あなたに聞きたいんだけど、
さっきあなたが使った魔法は、別に魔道具によるものでは無いのよね?」
「はい。私の力ですけど?」
「最初会った時、あなたは闇属性である幻惑魔法を使った。
そしてさっき火、水属性の魔法を使った。これは間違いないのよね?」
「それ以外にも、無属性と風属性と地属性の魔法が使えます」
「そう…」
エドナはゆっくり立ち上がり、左手でとんがり帽子のつばを触る。
「おそらくだけど、もう私が教えられる事は無いと思うわ」
「え?」
「あなたは充分強いから、私が居なくてもやっていけると思うわ」
「それって免許皆伝ってことですか?」
「……そうなるわね」
ちょっと待て、お前にもう教える事は無いって言うのは、
漫画では定番の台詞だが…。
まだ一日しか経っていないんだけど…それは、それはさすがに。
「早いよ! エドナさん!!」
◆◆◆
今日は早く起きたのでいつもより早く更新してみました。
さてこれからどうなることやら…。
そして死んだ。死ぬ前のことはよく覚えていない。
だから私の身に何が起こったのか、私は知らない。
そんな私を地獄神アビスは生き返らせた。
――――その代償として、
他人のカルマを肩代わりさせられた状態で。
カルマを消すには善行を積むしか無い。
善行を積まなければ、私は他人が犯した罪で地獄に行くことになる。
それだけは嫌だった。
だから私が善行を積むのは、他人のためではなく、自分のため。
自分が地獄に行きたくないから、
そして日本に帰るために人を助けるんだ。
「お姉ちゃん、ありがとうー」
「ありがとうー」
だからだからね…。
そんなに感謝されると、何かむずがゆいんですけど。
私は今神殿の裏手にある孤児院に居た。
孤児院は魔物や事故などで、
親を無くした子供達が暮らす場所だ。
何故そんな場所にいるかというと、
シスターが私をここに連れてきたのだ。
彼女は私が寄付したいと言うと、ものすごく喜んでくれた。
そして私が寄付した額を見て、飛び上がって喜んだ。
そして急いで私を連れて、
孤児院まで行き子供達にお礼を言わせたのだった。
だから私は子供達にお礼を言われまくっているのである。
「ありがとー」
「お姉ちゃん、大好き」
孤児院の子供達はほとんどが10歳以下の子供だった。
そんな無垢な天使達から、
キラキラとした目でお礼を言われていた。
止めてー、そんなにほめないでー。
いくら私でも照れる。照れちゃう。
「あ、あのー、そろそろ行かないと」
そう言うと子供達から「えー」と声が上がった。
シスターからも「もうちょっと滞在しては?」と言われたが、
エドナを待たせているので断った。
「またいつでも来てください」
「治療代はタダにしておくよ」
そう言う神官様のみぞおちに、シスターが肘を入れた。
あの二人もうちょっと仲良くすれば良いのに、
そう思いながら、私は神殿を出た。
後で知ったことだが、
あの神殿の神官のクリフさんは、怪我や病気をしている人を見ると、
無償ですぐに治してしまうという困った癖があるらしい。
神殿には彼しか、回復魔法の使い手がいないので、
彼がそんなことをすると、ものすごく困るのだという。
一応領主が支援してくれているとはいえ、
それでも孤児院の経営はいつもギリギリらしい。
そりゃもシスターも怒るわ。
まぁ私の寄付に、シスターは相当喜んでくれたみたいで良かった。
私は地獄神から充分すぎる程のお金を貰っている。
それこそしばらく働かなくても良いぐらいに。
しかしそれにかまけて、
本来の善行を積むということを忘れて遊んでいたら、
地獄に叩き落とされる。あの地獄神のことだ。
絶対やりかねない。
だから私は孤児院に寄付したのだ。
それぐらいしか、善行を積む方法が思いつかなかったのだ。
「まさか銀貨三十枚で、あそこまで喜ばれるとは」
とりあえず、寄付する額は、
最初なので日本円にして三十万円ぐらいにしといた。
本当はもっと寄付したかったのだが。
いきなりFランク冒険者の私が、
金貨がジャラジャラ入った入った袋を見せたら怪しまれる。
普通はどこからか盗んできたものだと思うだろう。
ていうか銀貨三十枚でも大喜びしていたシスターだ。
金貨なんて見せたら、多分卒倒する。
そんなことを考えながら歩いていると、
唐突に目の前にゲーム画面のようなものが表示された。
【カルマ値が5ポイント減りました。善行・寄付】
「え…」
どうやらカルマを背負った時と同じで、
善行を積んだ時も、
お知らせ画面が表示されるみたいだったが、そんな事はどうでもいい。
「たったの5?」
その事実に私は驚愕した。
銀貨三十枚寄付して、
たった5ポイントしか、カルマ値が消せなかった。
私のカルマは1万以上ある。
そのうちの5ポイントが消えたところでどうにもならない。
ということはおそらく有り金を全部、
神殿に寄付しても全部消すのは無理だろう。
カルマを消すのなんて余裕、余裕と考えていたが、
想像以上に苦難な道のりに、めまいがしてきた。
「どうしたの? 寄付出来なかったの?」
私が浮かない顔のまま歩いていると、
神殿の前で待っていたエドナが近づいてきた。
「いえ…それはちゃんと出来たんですけど、
……もっと多くの人を助けるにはどうしたらいいんでしょうか?」
「はぁ? いきなりどうしたの?」
唐突な質問にエドナは困惑した顔をした。
私は絞り出すように声を出した。
「やっぱり無理なんでしょうか…」
「…どうしたの?」
「私は、私は、…たくさんの人を助けないといけないんです。
そうじゃないと…ダメなんです」
そう言うと、エドナは言葉を失ったように黙り込んだ。
「…もっと多くの人を助けて、
もっと善行を積んで行かないと………帰れないのに」
私は手で顔を覆った。昨日散々泣いたせいか涙は出なかった。
ただ胸の中に占めるのは、どうにもならない。
どうにも出来ないという。
焦りと絶望感だけだ。
一体全体、
1万近くもあるカルマをこれからどうやって消していけばいいんだ。
こうしている間にも、時間は流れている。
だからもたもたしている暇なんてない。
急いでカルマを消さないといけないのに、
お母さんは絶対に心配しているはずなのに。
早く帰りたいのに――――。
「あなたはまさか人の役に立ちたいから冒険者になったの?」
「はい、そうです…」
落ち込んでいたせいか、何も考えずにそう同意すると、
エドナは絞り出すように言葉を出した。
「………そういった理由で冒険者になった人を私は初めて見たわ…」
「…そうなんですか?」
「そう。人が冒険者になりたい理由なんて、
自分が生活していくためとか、
お金を得て家族を養うためとか、
有名になってちやほやされたいからとか、
そんな理由がほとんどよ。
だからあなたのように他人のために、なんてまず考えないし、
そういうものだと思っていたけど…」
「そうなんですか?」
「そうよ。だって自分の命がかかっているのよ?
仕事をやるのも自分のため、お金を稼ぐのも自分のため、それを使うのも自分のため、
全部自分のためにやるから、危険な仕事が出来るのであって、
他人のために命はかけれないわ…」
「エドナさんも冒険者をやるのは、自分のためなんですか?」
「……まぁそうね。じゃなかったら、こんな危険な仕事は選ばなかったかもね」
確かにそれはそうだと思った。
私は最強魔力があるのでいいが、他の人はそうじゃない。
冒険者とは、死が日常の世界だ。
それを分かっていて選択するのは、ひとえに自分のため。
自分がお金を稼いで楽をしたいから、
あるいは家族を養わないといけないから、
多くの人はそれを選択するのだ。
だから他人に構っている余裕なんてない。
それは当たり前のことだ。
…少し不謹慎だった。
私は最強魔力があるので、
魔物に襲われて、死ぬ危険性は少ないだろう。
でも他の人はそうじゃない。
自分のことで精一杯で、他人を助ける余裕なんてないのだ。
それが悪いわけではない。
私だって他人のために命をかけられない。
そんな人からしたら、
誰かのために何かをしたいと思うのは、余裕のある人間のおごり。
そう取られてもおかしくない。
「ごめんなさい。変なこと言ってしまって…」
そう言ったら、エドナは呆れた顔をした。
「あのねぇ…。なんでそんなに他人に気をつかうの?
確かに他人のためなんて、おかしいと思う人間は居るでしょう。
でもそれが命をかけてまでやらないといけない理由なら、
それは立派なことじゃない。
なかなか他の人間には出来ることじゃないわよ」
「……そうですか?」
「そうよ。
今日あなたがやったことは孤児院に暮らす子供達にとって、
希望を与えたはずよ。
それなのにあなたがそんなに浮かない顔をしていたら、
その子達だって悲しむじゃない」
「それは確かにそうですが…私は急がないといけないんです。
どうしても人の役に立たないといけないんです…」
そう言うとエドナは怪訝そうな顔をした。
「………どうしてそんなに人の役に立ちたいの?」
「ごめんなさい。それは言えません」
「言えません? 言いたくないということ?」
「いえ、言ったとしてもまず信じてもらえないと思います。
それぐらいに言えないことです」
そう言うとエドナは呆れた顔した。
「あなた、ごまかすのが本当に下手ね…。
そんな言い方されたら、気になる人間が大半だと思うけど」
「え? そうですか?」
「まぁ…気になるけど、
あなたの事情については詮索しないことにするわ。
訳ありの人間に訳を聞く程、私も無神経じゃないもの…」
「そうですか…そうしてくれると助かります」
「…まぁとにかく、これから町の外に行くわけだけど、
しんどいようなら、別の日にする?」
「いえ、今日で大丈夫ですよ。行きましょう」
「その前にちょっと必要な装備を取りに行きたいから、
宿に寄ってもいい?」
「いいですよ。行きましょう」
そうして私達は町の外に行く前に一旦宿に向かうことにした。
◆
「風が気持ちいいですね」
「そうね」
私は今、町の外に出ていた。横には当然エドナも居る。
目の前には、街道が伸びており、
その周りには平原と森が広がっていた。
基本的に魔物というのは、町の中には出ない。
何故かというと、
目には見えないけど町の周囲にはドーム状の結界が張られており、
そのおかげで魔物は、町の中には入って来れないらしい。
「そういえばこの国って随分と暖かいですね」
「まぁ南の方にある国だからでしょうね。
この地方はバーン王国の中でも北にあるから涼しい方よ。
南の方に行くと、うだるように暑いからこっちの方が良いかもね」
確かに長袖のローブを着ていても充分過ぎる程、
ここは涼しい。
そのためアアルは避暑地として、
貴族に好まれている場所だとエドナは言った。
ちなみにバーン王国には四季は無いらしい。
年中夏みたいに暖かい季節がずっと続く、
そのせいかこの国の人は陽気で、
細かいことを気にしない性格の人が多いらしい。
「まぁ寒いより、暖かい方が良いですからね」
「そんなことより、とりあえず、どこに行く?」
そう、エドナは言った。
ちなみに今彼女は結構装備を身につけている。
手には手袋、
腰には馬車で付けていたものと同じベルトポーチを身に付けている。
そして腰の横には、何故か鞘に入った短剣を身に付けている。
「あの、杖じゃないんですか?」
魔法使いと言ったら、武器は杖か箒と相場が決まっているものだが、
まさかの短剣に私は驚いた。
「杖? ああ、扱いづらいから私は好きじゃないの」
「えー、エドナさんみたいな感じの人は箒に乗って、
空を飛ぶのが似合いそうなんですけど」
だってとんがり帽子に、ローブという魔女スタイルだからな。
絶対に箒が似合いそうだよ。
「は? 箒で空は飛べないでしょ。
だいたい空を飛ぶなんて普通の魔法使いには無理よ」
「え?」
「飛翔魔法は、風属性を持つ魔法使いにしか使えないものだけど、
習得も難しい上に、
宙に浮く度に著しく魔力を消耗してしまうから、
使いこなすのは難しいのよ」
「え、そうなんですか?」
え、…私普通に飛翔魔法が使えてるよな…。
習得が難しいって、唱えたら普通に使えたけど、これっておかしいのかな…。
「まぁそんなことよりも、魔物を探さないといけないわね。
ここら辺は魔物も寄って来ないと思うから、別の場所に行かないと…」
「あ、それなら大丈夫です。
《地図(エリアマップ)》《探知(サーチ)》」
私はエリアマップとサーチを起動させた。
すると目の前に周囲の地図が表示された。
「あ、ここから東の方に歩いた森の中に、魔物が居ます。
って、どうしたんですか!?」
横に居るエドナを見ると、かなり引きつった顔でこちらを見ていた。
「………いや、何でも無いわ。そこに魔物が居るなら行きましょう…」
それから無言で、私とエドナはその場所に向かった。
行く道中、エドナは何も喋らなかった。
ずっと険しい顔をして黙り込んでいた。
どうしたのだろうか。ひょっとしてお腹でも痛いんだろうか。
そう思っていると魔物が居る森に着いた。
「…それじゃあ、ここから自分の力で戦ってみて。
もちろん危なくなったら私が助けるから」
「あ、はい。頑張ります」
そう言っていると、
一体の大きなネズミみたいな魔物が、私に気がついたのか走ってきた。
私はそれに向かって魔法を唱えた。
「《火炎弾(ファイヤー・ボール)》」
「は?」
1メートルぐらいはある火の弾が魔物を焼き尽くした。
その時、近くの木に火が燃え移った。
「ああ、やばい。《水球(ウォーター・ボール)》」
急いで水魔法で消火する。この作業も何回もやってるので、もう慣れた。
やっぱり火属性の魔法は注意が必要だな。
そういえばエドナは火属性の魔法使いだったような気がする。
魔物と戦う時は周囲への被害はどうしているのだろう。
そう思って、エドナを見ると彼女はうずくまって左手で顔を押さえていた。
「あの、どうしたんですか?」
やっぱりお腹が痛いんだろうか。
そう思って顔を覗き込むと、エドナがぼそりと言葉を出した。
「……あなたに聞きたいんだけど、
さっきあなたが使った魔法は、別に魔道具によるものでは無いのよね?」
「はい。私の力ですけど?」
「最初会った時、あなたは闇属性である幻惑魔法を使った。
そしてさっき火、水属性の魔法を使った。これは間違いないのよね?」
「それ以外にも、無属性と風属性と地属性の魔法が使えます」
「そう…」
エドナはゆっくり立ち上がり、左手でとんがり帽子のつばを触る。
「おそらくだけど、もう私が教えられる事は無いと思うわ」
「え?」
「あなたは充分強いから、私が居なくてもやっていけると思うわ」
「それって免許皆伝ってことですか?」
「……そうなるわね」
ちょっと待て、お前にもう教える事は無いって言うのは、
漫画では定番の台詞だが…。
まだ一日しか経っていないんだけど…それは、それはさすがに。
「早いよ! エドナさん!!」
◆◆◆
今日は早く起きたのでいつもより早く更新してみました。
さてこれからどうなることやら…。
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そのお詫びにチート付きで異世界に転生することになった。
詩は異世界何を思い、何をするのかそれは誰にも分からない。
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チート過ぎる転生貴族の改訂版です。
内容がものすごく変わっている部分と変わっていない部分が入り交じっております
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暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~
暇人太一
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仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。
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そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
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輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
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はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
流石に異世界でもこのチートはやばくない?
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片桐蓮《かたぎりれん》40歳独身駄目サラリーマンが趣味のリサイクルとレストアの資材集めに解体業者の資材置き場に行ったらまさかの異世界転移してしまった!そこに現れたのが守護神獣になっていた昔飼っていた犬のラクス。
異世界転移で手に入れた無限鍛冶
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この作品は約1年半前に初めて「なろう」で書いた物を加筆修正して上げていきます。
【完結】すっぽんじゃなくて太陽の女神です
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三千年の歴史を誇る神千皇国の皇帝家に生まれた日香。
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小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。
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