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第1章過去と前世と贖罪と

11・二日目

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雪が降っていた。
地平線の彼方まで無限に続く雪原の上を私は立っていた。
雪の中、私はぼんやりと空を見ていた。

「セツナ」

後ろからそんな声がした。
後ろを振り返るとそこに1人の青年が立っていた。
髪の色は銀と言うよりは、雪のように白く、
髪の長さは腰まであり、後ろで縛っている。
瞳の色は深い青色で、服は動物の毛皮を加工したような服だった。
弓矢を持っていることから、狩人だと想像がついた。

彼の姿を見た時、私の中で謎のデジャヴが生まれた。
前にもどこかで彼に会ったことがある。そんな気がしたのだ。

「……俺は絶対にお前を――――!」

その時彼が何かを叫んだが、突然現れた猛吹雪がその言葉を遮る。

「待って! あなたは―――!」

吹雪の中必死に手を伸ばすが、彼には届かない。
そのまま意識も何もかもが霧散し、何もわからなくなった。



「あれ…」

目が覚めた時、一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。
だがしばらくして思い出した。ここは異世界なのだと。

「はぁ…」

なんか変な夢見た気がするけど、何だったっけ?
そうだ、地獄神が夢の中に出てきて、その後1度目が覚めたんだ。
それで二度寝した気がするけど、
その時に夢でも見たのかもしれない。
どんな夢だったか忘れたけど大切な夢だったような気がする。
私は大きく伸びをすると、ベッドから起き上がる。
すると木の桶が目に留まった。
水に触れてみると一晩経っていたせいか、すっかり冷たくなっていた。

「《加熱(ヒート)》 熱っ!」

桶の中の水を暖まらせるつもりが、いつの間にか熱湯になってしまった。
私は溜め息を吐くと、再びベッドに腰掛けた。
どうも私は魔法を使いこなせていない。
威力が強力すぎて、コントロールが出来ないのだ。
少しぐらいは威力を加減することが出来るが、
気が抜けばどうしても強力なものになってしまう。

そして練習しようにも、
前に森を焼き払ったみたいなことになってしまったら困るから出来ない。
手帳には数々の上級魔法が載っていたけど、
森を焼き払った一件のことが、
未だに私の中で根強いトラウマになっているせいか、
あんまり使いたいと思わない。
というかほとんどの魔物は初級魔法で充分倒せるからな。
私には必要ないだろう。

「さてと、これからどうするかな」

とりあえずアイテムボックスから手帳を取り出す。

中を開いてみると、「カルマについて」という項目が増えていた。
見てみると、
昨日地獄神に説明された業と得についての話がそのまま載っていた。
ちなみに補足された説明によると、
カルマは前世から引き継いだものも確かに存在しているが、
ステータス魔法に載っているのは、現世でその人が犯したカルマだけで、
前世からのカルマは表示されないようになっているらしい。
何で表示されないのかというと、その理由は書いていなかったが、
おそらく私がそれを本人に伝えてしまわないためにあるのだろう。
そりゃ、あなたは前世で罪を犯しましたから、
善行を積みなさいとか言われたら、落ち込むどころ問題じゃない。
知らない方が幸せだろう。
私は手帳を閉じると、アイテムボックスの中に仕舞った。

「とりあえず、どうするかな」

異世界に来て、1日が経ったわけだけど、
今頃元の世界ではどうなっているだろうか。
早く帰りたい。早く善行を積まないと…。
そう焦る気持ちを抑え、とりあえず朝食を食べるため、部屋を出ることにした。

「あ、いけない」

ドアノブに手をかけた時、私は幻惑魔法のことを思い出した。
確認してみたら、寝ている間に、いつの間にか魔法の効果が切れていた。
どうやら魔法の効果は1日らしい。
これは本当に忘れないようにしないと、
…私が金色の目をしていることがバレたら大ごとだからな…。
私は幻惑魔法を再び自分の体にかけると、部屋の外に出た。



この宿では基本的な食事は1階の食堂で取る。
頼めば部屋まで持ってきてくれるが、今日のところは1階で食べることにした。
しかし予想に反して食堂にはほとんど人は居なかった。

「あれ? 今起きたんですか?」

掃き掃除をしていた青年が私にそう言ってきた。

「はい。そうですけど」
「お客様は随分と遅起きですね。もう朝食を食べる時間じゃありませんよ」
「え? 今何時ですか?」

「そうですね。
朝の鐘が鳴ってからしばらく経つので、
9時か10時かぐらいじゃないでしょうか?」
「あの、変なことを聞くかも知りませんけど、鐘ってなんのことです?」

私がそう言うと青年は驚きつつも説明してくれた。
この世界には基本的に時計は一般には普及していない。
あることにはあるけど、
職人が一つ一つ手作業で作るため、量産が難しく、値段も高い。
だったら町の人はどうやって行動しているかというと、
定期的に鳴る鐘の音を参考にしているらしい。

例えば朝の鐘に合わせて起きて仕事に行き、
夕方の鐘が鳴れば仕事を終え、夜の鐘が鳴れば就寝するという感じだ。
ちなみに時刻にすると、朝の鐘は午前6時、
夕方の鐘は午後6時、夜の鐘は午後9時ぐらいらしい。
めちゃめちゃ早寝早起きだけど、
テレビもゲームも無いこの世界では、
夜は寝るしかやることがないのかもしれない。
…そういえば昨日、そんな鐘が鳴っていたような気もするが、
それ以上に心労が溜まりすぎて、気づかなかった。

「そうですか。朝食はもうみんな食べてしまったわけですね」
「一応用意出来ますけど、料理が冷めていますが、よろしいですか?」
「構いません。持って来てください」

そう言って、席に腰掛けてしばらく待っていると、料理が運ばれてきた。
運ばれてきた料理に口をつけると、
案の定冷めてしまっていてあまり美味しくなかった。

「電子レンジ…は無いよな」

つくづく日本の科学技術は優れていたことを思い知らされる。
当たり前と思ってろくに感謝もしなかったけど、
日本で暮らしていた事は一つ一つがすごいことだった。
だって冷めた料理が1分弱で温まるんだぜ?
そんなのものすごいじゃん。こっちだと冷めた料理は冷めたままだよ。
青年の話だと、出来たてホヤホヤの温かい料理を食べるには、
早起きしないとダメみたいだ。明日は頑張って早起きしよう。
そんなことを考えながらご飯を食べ終えると、ふと気になったことを尋ねてみた。

「あのエドナさんは…」
「彼女は朝早くに出かけましたよ。
ギルドの場所を尋ねていましたから、ギルドに向かったのかもしれません」
「わかりました」
まぁ同じ宿に泊まっているから、そのうち会えるだろう。

とりあえず昨日決めた方針の通り、
今日の予定は買い物と、孤児院を探すことにしよう。
で、余裕があったら図書館に行ってみよう。
エリアマップがあれば、私は土地勘のない場所でも迷子になることはない。
早速行動に移そう。そう思い私は宿の外を出ると、町を歩き出した。



「うわぁ…」

商業都市アアル。商業というだけあって、この町の市場の活気は物凄いものだった。
道には店や屋台がずらりと並び、
そこに食べ物や、衣類、武器、日用品などが売られていた。
道は人でごった返し、売り子の声が響き渡っていた。

ここは商業区と呼ばれる場所で、町の西側に存在しているエリアだ。
今、私は必要なものを買うために市場に来ている。
しかし私の予想以上に、市場は活気があふれていた。
とりあえず目に映ったもので、必要だと思ったものは次々に買っていく。

その時に気づかされたのは、物の価値が私の世界とは少し違うことだ。
例えば、水はこの世界ではタダじゃない。
基本的に水は買うものだし、公共の井戸で水を組むのもお金を払わないと出来ない。

あと野菜の値段がかなり安かった。
レタスみたいな野菜が箱にぎっしり入っていて、
値段が日本円にして500円で売られているのを見た時、びっくり仰天した。
日本の安いスーパーでも、こんなに安く売られていない。
だから思わず大人買いしてしまった。
まぁ人前でなるべくアイテムボックスは使いたくないので、
宿に運んでくれるように頼んでおいたが、
アイテムボックスに入れておけば、腐ることがないから安心だ。
そんな風に買い物しながら歩いていると、見知った後ろ姿を見つけた。

「あれ、どうしたんですか?」
「…あなたは」

市場を歩いていると、エドナとばったり出会った。
今日の彼女はとんがり帽子を被っており、緋色のローブを着ていた。
最初に出会った時と同じ姿だった。
こんな風にばったりと再会するなんて、やっぱりこれは幸運のスキルのせいだろう。

「どうしてこんなところにいるんですか?」
「それがギルドを探しているんだけど、なかなか見つからなくて」
「ギルドですか? それなら分かると思いますけど」
「実は朝からずっと探しているんだけど、一向に見つからなくて困っているのよ」
「え? 朝から…?」


今の時刻は多分10時前ぐらい、
それは朝からって言ったら…え、もう何時間もさ迷っていることになるじゃないか。

「人に聞いてみようとは、思わなかったんですか?」
「いや、何回も聞いたんだけど、それでも目的地に着かなくって…」
「もしかして、エドナさんって、方向音痴ですか?」

エリアマップで見た情報によると、
この商業都市アアルは少し歪な円の形をしている。
その円の中央部分にギルドはあるわけだが、この商業区のあるエリアは町の西側。
つまり全く見当はずれな位置に居るわけだ。

「え? 方向音痴?」

まるで初めてそれに気付いたようにエドナは驚いた顔をした。

「だってそうとしか考えられませんよ。
ここってギルドから離れた位置にあるんですよ」
「いや自分ではそうじゃないと思ってたんだけど…」
「じゃあギルドって、どの方向にあると思いますか?」
「あっち?」

エドナが指差した方向は、ギルドの方向とは真反対の場所だった。
やっぱり方向音痴じゃねーか。

「とりあえず、ギルドに行きたいなら一緒に行きましょう。
その方が迷子にならなくて済みそうですし」
「いや、別に迷子になっているわけじゃなくて、
ただ場所がわからなくて、困っているだけよ」

それを世間一般では迷子と呼ぶんだけど…そう思ったけど、指摘しないでおいた。
まぁ世の中には完璧な人なんていないからな。
誰にだって欠点はあるし、弱点はある。
何の弱みもない人より、ある人の方が親近感が湧く、
まぁエドナの意外な弱点が知れただけよしとしよう。

「でも良かったわ。ずっとギルドに着かなくて困っていたから」
「どうしてギルドに行きたいんですか?」
「所属をこの町に移し変えようと思って」
「所属?」
「冒険者というのはギルドに所属しているという点ではみんな同じなんだけど。
ギルドには、それぞれに町ごとに部署が分かれているの。
別の部署に移って活動する時には、所属変更の手続きをしないといけないの」

なるほど住民票の移し替えみたいなもんか。
ちなみにエドナが言うのは、ギルドというのは部署は色々あるみたいだが、
一時的に立ち寄った町では、所属変更の手続きを取らなくてもいいみたいだ。
あくまでそういった手続きを取る時は完全にその場所を離れる時だけらしい。

「しかし…本当言うと、あんまりギルドには行きたくないんですけどね」
「ああ、確かあなたは他の冒険者に勧誘されたのよね」
「そうなんですよ…またあんな風に迫ってこられたらどうしよう…」
「断ればいいじゃない」

何を当たり前の事を、とでもいいたげにエドナは言った。

「断るって言っても…断りづらいんですよ」
「どうして?」
「だって、押しが強い人って私苦手なんです」

昔クラスで付き合っていた友達の中にめちゃくちゃ押しが強い子がいた。
常に会話に飢えているような子で、自分の話しかしたがらない子だった。
その話題もファッションやテレビのことばかりで、
私の興味のない話題ばかりだった。
でも私の入っていたグループの中にその子も入っていたから、
仕方なくみんなその子に合わせて我慢していた。
その子の何が面倒くさいかって、
SNSで既読が付いているのにすぐに返信しなかったら、
集中砲火っていってもいいぐらい人を攻撃するのだ。
返信は後でいいかと思って、しばらく放っておいたら、
なんで返信してくれないの?
とかそんなメッセージが40件以上あったのを見た時はぞっとした。
まぁクラス替えの時に別のクラスになり、それ以来疎遠になったのだが、
その子のせいで私は押しが強い人間が苦手になった。

「無理にでも自分の主張を通そうとする人って嫌なんです」
「それは相手に普通に迷惑だって伝えれば済む話じゃない」
「え、そんなこと、直接伝えたら傷つきませんか?」

その時、突然歩いていたエドナが立ち止まり、
信じられないものを見るような目で私の事を見た。

「…傷つけるって、どういうこと?」
「えーとですね。あんまりはっきり言ってしまうと、
人を傷つけてしまうじゃないですか。
だから相手に合わせて、
相手の気持ちを考えながら行動した方が嫌われないで済むじゃないですか」
「でもそれだと自分の意見はどこにあるの?」

エドナにそう言われて、私は言葉に詰まった。
反論しかけて口を開いたが、何も出てこない。
エドナの言葉はあまりに的確で的を得ていた。

「その考え方はとても立派よ。
人の気持ちを考えながら行動出来るなんて、滅多に出来ることじゃない。
でも人から嫌われるって、そんなに嫌な事なの?」
「いやだって、人から好かれたいって当たり前のことじゃないですか」

「それはそうだけど、何でもかんでも相手に合わせて生きていたら、
それは相手にとって都合の良い人間にしか映らなくなるわ。
自分だって本音で相手と対話出来なくなるから、
薄っぺらい人間関係しか構築出来なくなってしまう。
それはとてもじゃないけど、対等な人間関係とは言えないわ」
「それはそうかもしれませんけど…」
「まぁ思いやりという点では、その考え方は確かに大事だけど、
冒険者としてやっていくなら、ある程度捨てた方がいいわ」
「どうしてですか?」
「だって自分の意見が言えないなら、他人に都合よく支配されるだけよ」

その言葉を聞いて、
私は今まで築き上げてきた価値観が崩壊していくのが分かった。
私は今まで相手の気持ちを考えて行動する方が正しいと思っていた。
それはそういう風に教育されたからに他ならない。
相手の気持ちを考えて行動しなさいというのは、
日本に居た時に教師や親から教わった言葉だった。
ことあるごとに何度も何度もその言葉を刷り込まれた。
だからそれが正しいことだと思って今まで生きてきた。
――――でも自分の意見は?
それだと自分の意見はどこに行ってしまうのだろう。

それを考えた時に、
今まで正しいと思ってきたことが、正しいとは思えなくなってきた。
私は日本にいた時は、常に他人の顔色を気にして生きていたような気がする。
特に昨今はいじめなどの問題があるから、グループ間の交流は大切にしていた。
自分が楽しいと思う話題でなくても、
あえてそれに乗って楽しいと言うフリをしていた。
SNSだって本当はやるのも面倒くさくて、嫌だったが、
それをやることが友達になる第一条件だった。
それをしないと輪の中に入れない。だからやるしかないのだ。

でもそんな風に無理に付き合う必要はあったのだろうか。
私もちゃんと彼女達に自分の意見を言うべきだったのではないだろうか。
今はもう手の届かない場所に居る友人達にそれを伝える術はないが、
そう思ってしまった。

「自分の意見、ですか。難しいですね…」
「…え? どういうこと?」
「あの…私の暮らしていたところでは、
あんまり本音を言ったりするのは好ましくなかったんです。
常に相手を気遣って、遠慮しないといけなかったんで」
そう言うとエドナは眉間にしわを寄せた。
「…随分と息苦しそうなところね」
「え?」

「だって相手の気持ちを考えて行動するのって、簡単なように見えて難しいのよ。
そもそも他人って自分とは全く違う価値観を持っているし、
良かれと思ってやったことが相手にとって大迷惑となってしまうことがあるわ。
そうなったら自分がかえって苦しむことになるじゃない」

確かにそれはそうだと思った。
それを考えたら…あれ、何が正しいのかわからなくなってきた。

「まぁ、あなたの故郷の価値観を否定するわけじゃないけど、
冒険者としてやっていくなら、なるべく自分の意見を相手に伝えた方がいいわ。
そうじゃないと、本当に都合よく解釈されてしまうから」

自分の意見を相手に伝える――――。
これはひょっとしたら日本人なら誰もが不得手とする事かもしれない。
でもエドナがそうした方が良いと言うなら、そうした方が良いのかも知れない。
だってここは異世界なんだから、日本とは違うんだ。

…苦手だけどやってみるしかないか。
私が異世界でやらないといけないことの1つは、
まずこの世界に上手く適応していくこと、
そして他人と上手くコミュニケーションを取っていくこと。
そのためには自分の意見を相手に伝えるか…難しいよな。

あれ? でも私、エドナに対しては自分の意見を言えてるよな…?
他の人には遠慮したりで、
あまり上手く伝えられないことも多かったのに、なんでエドナだけ?
考えてみたが理由は分からなかった。でも私はエドナの事を信用している。
どうして出会ったばかりの彼女に対して、ここまで心を開いているのだろう?

――――それに君は彼女と、これが初対面じゃないからね。

ふと脳裏にあの時の地獄神の言葉が思い浮かんだ。
エドナは私と初対面じゃない?
それはひょっとして、
私が記憶を無くす前に出会ったことがあるということだろうか?

「あれがギルドね」

そんなことを考えていると、いつの間にかギルドに着いたらしい。
…まぁ気になるけど、聞くのはまたの機会にしよう。
そう思うと、私は覚悟を入れて扉を開いた。

「あ、セツナ」

ギルドの中に入ると、受付嬢のイザベラが話しかけてきた。
他の冒険者のうち何人かは私に気がついたみたいで驚いた顔をしていた。

「昨日はごめんね。もうちょっとあんたの気持ちを考えるべきだったよ」

申し訳なさそうに、イザベラはそう言った。
何でもイザベラが言うには、基本的に冒険者というのは、
単体で行動するより、チームを組んで行動した方が生存率が上がるらしい。
だからあの時は他の冒険者と組んだ方が私のためになると思ったらしい。
けれど最初にそのことを説明するのを忘れていたため、
私が逃げるとは思いもしなかったらしい。

「いえ、それは別に気にしなくていいですよ」
「ところで、後ろに居るのは誰? チームを組んだの?」
「いいえ、エドナさんは…チームとかじゃなくて…私の友達です」

そう言ったらエドナが嫌そうな顔をしたが、気にしないことにした。

「へぇ、そうなんだ」
「ところで、所属をこちらに移したいのだけどいいかしら?」

その時、今まで黙っていたエドナがそう言った。

「ああ、いいよ。それでギルドカードは?」

そう言うとエドナが懐からギルドカードを取り出したが、
手を滑らせたのかそれを落としてしまった。
その時に気が付いたが、
エドナのギルドカードは私の物と違い、色が青色だった。
たぶん色でどのランクか分かるようになっているんだろうか。
そう思っていると、エドナがゆっくりとした動作で、
ギルドカードを拾い、それをイザベラに手渡した。
それを見て、イザベラはあれ?と呟いた。

「あんた王都からきたの?」
「王都って何です?」

思わずそう聞くと、イザベラは怪訝そうな顔をした。

「何って、この国の首都だよ。名前ぐらい聞いたことがあるだろう?」
「あ、もちろん名前は聞いたことありますよ。
でも具体的にどんな場所かは知らなくて…」

取り繕うように、あわててそう言うと。イザベラが説明してくれた。

「王都はここから1ヶ月ぐらい移動した場所にある都でね。
そこには王族も暮らしているんだよ」

イザベラが言うには王都はこのバーン王国の首都みたいなもんらしい。
アアルとは比較にならない程、都会で、かなり発展しているらしい。
だから、都会に憧れて、王都に流れていく冒険者は多いという。
しかし逆のパターンは珍しいらしく、
王都に住んでいる冒険者が、
こんな地方都市に籍を移すことは滅多にないらしい。

「一体全体どうしてこんな地方にまで来たんだい?
あんたのランクなら、あっちの方が仕事が儲かるだろうに…」

イザベラは不思議そうにそう訪ねた。
そういえばエドナのギルドランクはBランク。つまり熟練冒険者だ。
ギルドにとってCランク以下の冒険者は大して重要じゃない。
逆に言えば、それ以上だと重宝されるわけだが、
エドナがわざわざこの町に来た理由は何だろう。
しかしエドナがその質問に答えることはなかった。

「それより、手続きを早くして欲しいのだけど…」
「あ、うん」

イザベラはエドナのギルドカードを手にとると、書類に何やら書いていく。
私はふと横に居るエドナを見た。その表情は人形のように無表情。
何を考えているのは読めない感情のない瞳。
そういえば最初出会った時もこんな表情していた気がする。

「エドナさん…?」

不安になって名前を呼ぶと、我に帰ったのかエドナが元の表情に戻った。

「何?」
「あ、そういえばギルドの依頼ってどういうのがオススメですか?」

私は話題を変えるために、依頼が張り付けられた掲示板を指差す。

「そうね。あなたは魔物とは戦えるの?」
「戦えますよ」
「具体的に今までどんな魔物と戦ったことがあるの?」
「そうですね。黒い犬とか、
イノシシみたいな奴とか、虎みたいなやつとか、ですかね」
「え…? それ本当に倒したの?」
「はい、まぁほとんどは瞬殺でしたけど」

そう言うと、エドナはしぶい顔で黙り込んだ。どうしたのだろうか。

「終わったよ」

それと同時にイザベラがそう言った。
エドナは自分のギルドカードを受け取ると、
それでもまだ何か考えているのか、眉間にしわが寄っていた。

「あ、そういえばセツナには規則の説明をまだしていなかったね。
これからしてもいいかい?」

イザベラが言ってきたので、私は承諾した。

「良いですよ」

それから私はギルドの規則について聞いた。
規則自体は私なら問題なく守れるようなものだった。
例えば暴力行為は禁止とか、依頼の期限は守って欲しいとか、
そんな感じの事ばかりだった。
後はエドナに聞いたのと同じで、
基本的に冒険者が何らかの理由で殉職した場合、
ギルドは責任を取らないらしい。
あくまで死んだとしてもそれは自己責任ということになるらしい。
それから色々注意点などをイザベラから聞いた。

「なるほど分かりました」
「まぁ、こんなもんかな。くれぐれも注意するんだよ」
「教えてくれてありがとうございます。
あと昨日は話を聞く前に、勝手に逃げたりしてすみませんでした」

そう言うと私は軽く頭を下げた。
その時、ざわっと周りが騒がしくなった。
あれ? と思って顔を上げると、
何故かイザベラがドン引きした顔でこちらを見ていた。
辺りを見渡すと、周りにいた冒険者も驚いた顔をしていた。

「ねぇ…」

突然のことに困惑していると、
後ろから冷ややかな怒気を含んだ声が聞こえてきた。

「…こんな場所でそんなことをするなんて、何を考えているの?」

エドナは少し怒ったように私を見た。
なんでエドナがそんな顔するのか理由が分からない。
でも周りの反応を見る限り、自分でも気付かぬうちに、
なんかやばいことをしたということは分かった。

え…これ、どうしたらいいの?

異世界に来て、2日目。
早くも人間関係的な意味でピンチになった。

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