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第1章過去と前世と贖罪と

9・偶然の再会

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「うーん、どうするかな…」

窓の外を見るとすっかり暗くなっていた。
私はベッドに腰掛けながら、これからのことについて考えた。
とりあえず頑張ろうとは決めたものの…。
何をやればいいのやら分からない…。
一番の目的は善行を積む事だということ分かっている。
しかしそのためには一体何をすればいいんだろう。
そもそも私のカルマは…あれ、
そういえば私のカルマって、今どうなっているんだ?
気になったので、ステータス魔法を自分に向かって使ってみた。

【セツナ・カイドウ】
【年齢】17才 【種族】人間 【属性】火、水、風、地、闇、無。
【職業】Fランク冒険者
【称号】無実の贖罪者
【レベル】3
【体力】120/120
【魔力】∞/∞
【筋力】F 【防御力】F 【精神力】F
【判断力】E 【器用さ】B 【知性】A 【魅了】?
【状態】
【カルマ値】9999(判定不可)
【加護スキル】地獄神の加護、超回復、各種免疫、言語理解、空間術。

久しぶりにステータス魔法を使ってみたら、レベルが少し上がっていた。
あと職業が冒険者になっている。

私はじっとステータスを見る。
そういえばよく見てみたら魅力の部分がはてなになってる…。
これってどういうことなんだ……。
とりあえず表示されるように念じてみるか。
だがどれだけ待っても一向に表示されなかった。

あれぇ……おかしいな。
ひょっとして私がアクセス出来る情報には限りがあるんだろうか。

とりあえず調べてみた限りでは、
他のステータス…例えば筋力とか防御力とか判断力とか器用さとかは、
もうそのまんまで、精神力は心の強さを表すものらしい。
知性は頭の賢さ、および学歴らしい。
これだけはかなり高いけど、日本の義務教育の水準が高いせいだろう。
ちなみに頭の賢さと、精神力は比例しないらしく、これは注意が必要だ。
それと魅力は外見の良さだけでなく、性格的魅力も兼ねているらしく。
これが高いとお店とかで買い物する時、
値引きしてくれたりおまけをつけてくれたりするんだとか。
地味にすごい能力だよな。

でもさっきから気になっていたんだけど、
この筋力とか、防御力とかが、ランク付けされてあるけど、
これって一体どれぐらいの基準なんだろう。
そう思っていると詳細が表示された。

【ランク】基本的にFランクが最低、Dランクが普通、Aランクが最高レベルである。
Sランクともなると、あまり居ない。

あー、なるほどね。ん…ちょと待てよ…。
私の筋力や防御力が最低ランクなのは、
運動不足なので分かるが、なんで精神力まで最低レベルなんだ?
ちょっと見てみようか…。

【精神力F】情緒不安定。

え? 情緒不安定…?
なんで情緒不安定なんだ…その理由は?

そう思って詳細が表示されるように念じてみたが、
一向に表示されなかった。
どうやらステータス魔法は、
何でも詳細が表示されるわけではないらしい。

まぁそれはともかく一番問題なのはこのカルマ値だ。
どうやら見た感じでは、
私のカルマというのは9999ポイントあるわけではなく、
ただ単にそれ以上は表示されないだけらしい。
とりあえずこいつを何とか減らさないといけないのだが、
何から手をつけていいのやら分からない。

とにかく困っている人が居たら、極力助けるとして、
それ以外に出来ることといったら、人の役に立つことをするとか?

よく異世界トリップものだと、主人公が現代の技術を活用して、
その世界を大きく発展させることがあるが、
そういうのをしてみようか。
いやでもそれやったら、目立つよな…。
今ですらかなり目立っているのに、
これ以上目立つと良くないトラブルを引き寄せそうだ。
だから今でも出来そうな手軽な善行っていうと…寄付か。
お金ならいっぱいあるし、この世界にも多分孤児院はあるだろう。
今日はもう遅いから、明日にでも探してみよう。

あと他にやることといえば、この世界について調べることだ。
手帳で情報を仕入れているとは言え、それだけでは限界がある。
実を言うと手帳には記されていないことがあるのだ。

それは魔物についてとか、地獄神がどういう神様なのかとか、
そもそも地獄って一体何なのか、全く書かれていない。
でもこの世界にインターネットなんて無いだろうから、
調べ物をするとしたら…図書館か。図書館で色々調べてみるか。

あと買い物もしたい。
実は地獄神、着替えとかは用意してくれたんだけど、
下着だけは何故か無いのよ。
いや、あっても何か変態じみているから嫌だけど…。
下着は今履いているので最後だから、絶対に買わないといけない。
あとアレが来た時のための対策も考えとかないと…。
そう女性特有のアレが…。
でもこの世界には、紙ナプキンとか無さそうだから、
女性と知り合う機会があったら、
どういう風に対処しているのか聞いてみないといけない。

うーん、とりあえずやることが山積みだ。
カルマを消すのがまず最優先として、
私の個人的なことも解決しないといけないから、それが大変だ。
正直に言うと私が誰かを助けるより、
誰かに私を助けてもらった方が良いぐらいだ。

あ…そうだ。協力者を作っておいた方が良いかもしれない。
だって私はまだこの世界のことについてよく知らないし、
色々と教えてくれる人が居た方が良い。

そういえば異世界トリップものでも、
主人公が異世界人だと知って、
フォローしてくれる人は大抵どの作品でも居た。
でもそういうのってほとんどが主人公を召喚した人だったり、
異世界に来た時に遭遇した人達ばかりなんだよな…
いきなり異世界人ですって言ったって、
引かれるし、まず信じてもらえない気がする…。

なら、田舎から来たって事にしてみようか。
超ド田舎からやってきたってことにして、
色々聞いてみるとか…うん、それでいこう。
幸いにして私はステータス魔法が使えるから、
悪い人とそうでない人との区別はつく。
だから協力者を作っておこう。

とりあえず条件としては、
信用出来る人。あまりこちらに対して詮索してこない人。
そして出来れば冒険者。
何でかというと、私はまだ冒険者になったばかりだからだ。
そこら辺の流儀とか、知識とか教えてくれる人がいい。
といってもあんな風に人の意思を無視して勧誘してくる奴らは論外。
私の気持ちを尊重して動いてくれる人がいいな。

うん、これだけ条件として挙げてみたけど、
これってちょっと難しいかもしれないな…。
別に1人じゃなくても、複数でもいいよな。
てゆうか居る居ない以前に、
1から人間関係を作らないといけないからな…そこが面倒なんだよ。
でも、面倒とかそういうことは言ってられないだろう。
このままだと地獄行きなんだから。

とりあえず当面の目標は、
買い物と、図書館で調べ物、孤児院に寄付と、協力者作りにしよう。

しかし、問題はギルドだ…あんなことがあった後だと行きづらい。
でもいずれ行かないといけないから、対策を考えないと…。
あと詮索好きの人間にあれこれ聞かれた時の対処法も考えないといけない。

……というか、ここまで考えておいて、気がついたんだけど…。
やることがかなり山積みじゃないか…。

やっぱり協力者は必要だ。
最強魔力があるって言っても、
私はこの世界に来たばかりで、分からないことだらけだ。
何でも自分で出来ると思う程、私は自意識過剰じゃない。
だから頼れる人を見つけよう。
でもそんな信用出来る人なんて簡単に見つかるかな…。

「あ、そうだ。忘れてた」

そういえば食べた食器を載せたトレイは、
ドアの横に置いておかないといけないんだった。
そしたら宿の人が回収するらしい。
トレイを持って、ドアを開けると、
ちょうど廊下を1人の女性が歩いているのが見えた。
腰まである長い赤い髪をした女性だった。

赤い髪…? まさか。

そう思っていると、相手も私に気がついたのか、驚きの声を上げた。

「あなたは…」
「えっと…エドナさん?」

とんがり帽子をかぶっていなかったので、一瞬分からなかったが、
その姿は私が馬車の中で出会った女性に間違いない。

「何であなたがここにいるの?」

そう訊かれたが、答えようなんてあるはずがない。
そりゃね。
そのうちどこかで会えるかも知れないと思っていたよ。
でも馬車でたまたま出会った女性が、
私と同じ宿に泊まっていたなんて…そんな偶然があるなんて思いもよらなかった。

「エドナさんこそ、どうしてここに?」
「え? 私は普通にここに泊まりにきただけよ。
空いてる宿がなかなかなくて、ようやく見つけたのよ」

そう言うエドナの左手には、馬車で見た時のカバンがある。
という事は私と別れてからずっと宿を探していたということだろうか。

「私もここに泊まっているんです。ということは、偶然ですかね」
「偶然? そんなことが本当にあるなんて…。
だってアアルは都会だから、宿だってかなり多いはずなのに…」

そういえば、
エリアマップで泊まれる宿を探した時、30件以上ヒットした気がする。
と言う事は、30分の1の確率で、私達は出会ったということか…。
すごい偶然だな、おい…。

そこまで考えて私はハッとした。
そうだ。私は協力者を作ろうと思っていたんだ。
このタイミングで彼女と出会った事は、チャンスだ。
だってさ。
馬車で出会った時、エドナは私の質問に丁寧に答えてくれた。
呆れた顔することはあったけど、私のことは決して馬鹿にしなかった。
それに私が聖眼持ちであるということも知っているし、
彼女なら協力者になってくれるかもしれない。

「あの、ここで出会えたのも何かの縁ですし、お話しませんか」
「良いけど…まだ夕飯を食べてないから、食べながらでもいい?」
「全然オッケーですよ」



「それ…全部食べるんですか?」

エドナと一緒に食堂に行くと、
そこにはたくさんの椅子とテーブルが置かれていた。
その適当な席に腰掛けて、エドナは料理を注文した。
そして運ばれてきた料理を見て私は驚いた。
どう考えても女性1人が食べるには量が多すぎる。

「たくさん食べないと力がつかないじゃない」

そう言うとエドナはもぐもぐとお肉を食べる。
テーブルにはたくさん料理が並べられていた。
それもコレステロールが高そうなものばかり…こんなに食べて大丈夫なんだろうか。

「あの、夜はあんまり食べない方がいいですよ。
夜は運動しないから、エネルギーを使わないんです」
「ああ、大丈夫。寝る前にいつも軽く運動してるから」
「どんな運動してるんですか?」
「そうね。その時によって違うけど、
腕立て伏せと腹筋を300回ぐらいかしら」

おい…どこのスポーツ選手ですか…。
さすがにこれは冗談だよな。
さっきからずっと無表情だから、冗談なのかわからないけど。

「それで、私と何が話したいの?」

その時、ご飯を食べながらエドナがそう聞いた。

「えっと、世間話?」
「なんで疑問形なの?」
「いや、色々と聞いてみたいことがあったんですけど、
あらためて聞かれると何も思いつかなくて…。
でもエドナさんにまた会いたいと思っていたんで良かったですよ」
「私に…? どうして?」
「いやだって、色々と教えてくれたじゃないですか、だから気になって」

だって実質、この世界に来て初めて会話した人だからな。
それにとんがり帽子に、赤い髪…しかも美人とくれば嫌でも印象に残る。
だから偶然でも、彼女とまた会えたことは嬉しかった。
それに協力者になってくれそうだからな…ぐふふふ。
そう思いつつ私は、エドナにステータス魔法を使ってみた

【エドナ・オーウェン】
【年齢】20才 【種族】人間 【属性】火
【職業】Bランク冒険者。
【称号】イージスの魔女。
【レベル】72
【体力】999/999
【魔力】440/440
【筋力】B 【防御力】A 【精神力】A
【判断力】A 【器用さ】F 【知性】B 【魅了】B
【状態】
【カルマ値】72
【スキル】高速詠唱、体術、観察眼、危機察知。

おい……なんだこのステータス。
器用さ以外は、平均的な能力が全部高いじゃないか。
それにレベルもかなり高いし、体力もカンストしてる…。
てゆうか魔法使いっぽい外見なのに、
どうして体力がこんなアホみたいに高いんだ…?

それに最初見た時、魔法使いっぽいからもしやと思ったけど、
エドナも冒険者だったんだな。
しかも冒険者ランクが、
Bランクという事は熟練冒険者ということになる。
これはまさに協力者にうってつけだぜ…ぐふふ…。

ていうか…年齢が20才って思ったより若いな。
それと家名があるってことは貴族?
でも貴族が冒険者ってのもおかしい気がするから、
没落貴族とかの末裔かな、分かんないけど。
それとスキルがいっぱいあるけど…これの詳細も見えないかな。
そう思っているとステータス画面に別ウィンドウで詳細が表示された。

【高速詠唱】通常より早く詠唱出来る。努力型スキル。

【体術】対人間なら、武器を持っていなくても対処可能。努力型スキル。

【観察眼】出会った人間がどんな人間か見抜くことが出来る。
よほど演技力が高い人間でない限り、正確に見破ることが出来る。
人から騙されないために努力で身につけた。

【危機察知】危機を察知する。
冒険者としての長年の経験から身につけた努力型スキル。

全部努力型じゃん。えっと意外に努力家ってこと?
そういえばエドナのスキルは、
私の加護スキルとは違ってただのスキルと表示されている。
これは多分、誰かに与えられた能力とかじゃなくて、
自分で努力して身に付けたということかな。
と言う事は加護スキルというのは、聖眼持ちしか持たないのかな。

「どうしたの? さっきから人の顔をじっと見て」

ステータス画面を見ながら考え事をしていたら、エドナにそう言われた。
しまった。
ステータス画面は私以外に見えないので、変な人に思われる。
そう私は慌ててステータス画面を消すと、自分から話を切り出した。

「実は私、エドナさんに報告したいことがあるんですよ」
「何?」
「じゃーん、私、冒険者になったんですよ」

そう言うと、私はギルドカードをエドナに見せた。
まぁこのカルマ値なら彼女は悪い人じゃない。
同じ冒険者だし、だから協力者にはうってつけだと思っていたのだが、
それを見た時、今まで無表情だった、エドナの顔が一変した。

「何ですって?」

てっきり、おめでとうと言ってくれるかと思ったら、
エドナは怖い顔をして、私の事を見た。な、何…どうしたんだろうか…。

「あなたは…冒険者稼業が、どれだけ厳しい仕事なのか知っているの?」
「あ、はい、魔物と戦う仕事ですよね?」

そう言うと、エドナは大きくため息をついた。

「…悪いけど…辞めた方がいいと思う。
冒険者はあなたのような女の子がやっていける世界じゃない」
「ええ!? それは嫌ですよ!」

するとエドナは真っ直ぐ私を見た。
その様子は真剣そのもの。
決してふざけて言っているのでもなく、
本気で私のことを心配していることが伝わった。

「…あのね。今まで黙ってたけど、実は私も冒険者なの」
「え、そうなんですか」

まぁ知ってたけど、そう驚いたフリをしてみた。
エドナは言葉を考えているのか、ゆっくりと喋りだした。

「私はもう7年ぐらい、この仕事に携わっているの。
だからこそ、ギルドの良い面も悪い面も良く知っている。
あなたの事情は知らないけど、それでも忠告しておくわ。
冒険者はあなたのような女の子がやれる仕事じゃない」

エドナは極めて真剣な様子で、私の事を見た。
7年って…ベテランだな。そんな彼女が忠告するのだ。
それは多分、正しいことなんだろう。だがそれでも諦めるわけにはいかない。

「私はどうしても、冒険者をやらないといけないんです」
「その理由は命と天秤をかけてまでやり遂げないといけないものなの?」
「命って…どういうことです?」

そう言うとエドナは舌打ちをした。

「どうしてこんな重要なことを、ギルドの職員は伝えていないのよ…ッ」

エドナは少し怒っているようだった。
まぁ多分イザベラは伝えてくれようとしたんだろうけど、
それをする前に私が逃げる羽目になったから出来なかったんだろうな…。

「…あのね。ギルドの職員が説明していないなら、私が説明するけど。
冒険者というのは、普通の職業よりはるかに儲かる仕事なの。
だからこそ、冒険者になろうとする人間は多いわ。
Sランクや、SSランクになれば、
英雄と呼ばれ、歴史に名を残すことが出来る。
だからそういった富や名声を求めて、冒険者になろうとする人間は多い。
でもね。ほとんどの人間はそうなることが出来ない。何故だか分かる?」
「えっと、難しいからですか?」
「いいえ、死ぬからよ。冒険者は死ぬ危険性がダントツに高いの。
魔物に殺されたり、不慮の事故に巻き込まれて亡くなったり、
とにかく死ぬことが多いの」
「え、そうなんですか」
「そうよ。そもそもずっと続けられる職業でもないし、
儲かる反面、安定とは程遠い職業よ」

エドナ曰く、
冒険者というのは死が隣り合わせといってもいいぐらい危険な職業らしい。
基本的にギルドの依頼というのは、低ランクはお使いだとか、掃除とか、
しょうもない依頼もあるが、基本的には魔物討伐の依頼が圧倒的数を占めている。
まぁ目当ての場所に行って、魔物を無事に倒せたら御の字だが、
予想外のアクシデントも発生してしまうこともある。

例えば、Eランクのブラックドックを倒しにいったら、
Aランクのヘルハウンドが待ち構えてましたー何てこともある。
そういう場合、ほとんどの冒険者は逃げられず、まず殺されてしまう。
運良く助かっても、手足を失うこともあるそうだ。
そうなれば当然、冒険者の仕事は続けられず辞めざるえない。
そうなった場合の人生は悲惨なものだ。
家族にも迷惑がかかってしまうし、お金もかかる。
人に世話をされることを嫌がり、自殺する者も少なくないのだという。

「それと……これは新米冒険者は知らないことだけど、特別にあなたに教えるわ。
ギルドに登録したならランクの説明は受けたと思うけど、
Cランク以下の冒険者のほとんどはね。使い捨てなの」
「使い捨て?」

まさかの言葉に私は度肝を抜いた。

「ギルドにとって重要なのは、腕の立つ一部の実力者だけなの。
低ランクの冒険者はいくらでも補充がきくし、
不足分はすぐに補えるから、死んだとしても大して重要じゃないの」

エドナの説明によると、
ギルドというのは、人の入れ替わりがかなり激しいらしい。
たとえ誰かが居なくなったとしても、すぐにまた代わりが現れる。
さすがにAランク以上になると、代わりなんてそうそう見つからないけど、
そういう人が居なくなったとしても、組織としてちゃんと回って行くそうだ。
そこら辺は会社と同じだ。人を歯車みたいに扱うところはまさにそうだ。
要は高ランク冒険者が正社員で、低ランク冒険者が派遣社員ぐらいの違いだろう。

「なるほど、ずいぶんと殺伐としているんですね」

そう言ったら、エドナが眉間にしわを寄せた。

「…あのね。死が身近にある仕事なら、殺伐としていて当たり前でしょ。
それに気付けないなら、残念だけどあなたは冒険者に向いていないと思うわ」
「え、でも大丈夫ですよ」
「その大丈夫と思う根拠は何?」
「だって私は強いですから」

自信を込めて、そう言ったら、冷めた目で見られた。
あ、これ信じてないパターンだわ。

「でも、あなたの場合これだけが問題じゃないの」
「え? まだ何かあるんですか?」
「確認のため聞いておくけど、あなたって女よね?」
「女ですよ。何を言っているんですか」
「あのね。これはどこかで聞いたかもしれないけど、
冒険者というのは、男社会なの。
ほとんどが男性ばかりで、
女性は私のような魔法使いを入れてもわずかしか居ない。
だから女性が冒険者になると、肩身が狭い思いをするの。
それに男の冒険者は気が短くて、女性を軽視しているようなそんな男が多いのよ。
女だからって理由で、優しくしてはくれないし、
むしろ何らかの危害を受けることも覚悟しないといけない」
「危害?」
「男の冒険者の中には、全員では無いけれども、
女性が冒険者をやることに反感を持っている人間も多いの。
だから何らかの嫌がらせや、差別を受けることもあるの」
「どうして女性の冒険者がそんな扱いを受けるんですか?」
「そりゃ女性の方が男性より劣っていると思っているからでしょう。
だから自分達の領域に入って来られたくないんでしょう」

何かを諦めたようになエドナの言葉に私は衝撃を受けた。
つまり…この世界には男尊女卑思考が蔓延しているってことか?
日本ですら、マタニティーハラスメントが社会問題になったこともあるのだ。
中世ぐらいの文明のこの世界では、
そういう女性差別が蔓延していても当たり前かもしれない。
でもだとしたら…私が戦わないといけないのは魔物やカルマだけじゃなく、
そういった女性差別とも戦わないといけないらしい。

「あの。そういう男性って多いんですか」
「多い。まぁアアルは都会だからまだ良い方でしょうけど、
田舎の農村部の方だと酷いわよ。特に閉鎖的な環境の村は、そうね」

エドナが言うには、男性全てが女性を軽視しているわけではないが、
そういう人も居ることも事実なのだという。
特に冒険者はそういった男性が多い。
何故なら冒険者のほとんどは、
ろくな教育を受けていないし、田舎から出稼ぎに来ている人間も多いからだ。
そういった人間はたとえ別の環境、
別の価値観を知ったとしても、なかなか元の価値観を捨てることが出来ない。
女性の方が男性より劣っていると頭から信じているのだ。
だから自分より優れていたり、
注目を浴びている女性の冒険者を見ると、嫉妬する。
そして中には、嫌がらせどころか、
酷い目に遭わせてやろうと思い、行動に移す人間も居るらしい。
それを聞いて、冷や汗が出た。

私…めちゃくちゃ目立ってるやん…。

ギルドであれだけ、大騒ぎになった私のことは、
おそらくその場に居なかった他の冒険者にも伝わっているはず。
という事は、そんな奴がいるのか、
俺より目立っているなんて許せない、うぎぎ。
って思う人間も居るはず。

いやそれ以前に、私の能力を欲しがっている人間は多かったから、
じゃあ、そいつを脅すでもして無理やり仲間にしようと思う人間は居るはず…。
うわぁ…うわぁ…やばいやん。

「女性の私が言うのも何だけど、女性が冒険者をやるのは大変なことよ。
体力的な面では男性より劣っているし、
何より魔物は相手が女性であっても、構わず襲ってくる。
そしてあなたは女だから、差別を受けるでしょう。それは確実に。
それでもやりたいの?」

多分エドナもそういった差別を受けたことがあるのだろう。
その言葉には、確かな説得力があった。

「ご忠告ありがとうございます。
でも私にはどうしても冒険者をやらないといけない理由があるんです。
だから多少危険でも、止めるわけにいきません」

私には、ある意味、自分の命より切羽詰まった事情がある。
善行を積まなければ、どちらにせよ私は地獄行きだ。
そして日本に帰るためには、
多少危険だろうが、差別を受けようが、やるしかないのだ。
だって冒険者になることが善行を積む一番の近道だと手帳には書かれていた。
だったらやるしかない。
それ以外に選択肢は無い。
そうすることが、私にとって最善なのだ。
私の決意が固いことを悟ったのか、エドナはため息をついた。

「アアルは都会だから、他に稼げる仕事は多いと思うのに…よりにもよって冒険者ね…。
…昔の自分を思い出すわ」

そう言うと、エドナは大きくため息をついた。
――昔の自分を思い出す。その言葉はどこか私の心に引っかかり、印象に残った。
しかしそれについて聞くよりも、エドナの言葉の方が早かった。

「…そこまで言うなら、もう止めないわ。好きにしなさい。
あなたの人生なんだから、あなたが決めて選択すればいい。
ただあなたのような女の子が1人でやるには、
厳しい世界だということは理解しておいて」

エドナはそう言ったものの、顔に苦渋を浮かべていた。
多分本当は私に冒険者になって欲しくないんだろう。
そりゃ私だって同じ立場だったら止める。
私は傍目には小柄で弱っちい女の子にしか見えないからな。
そんな子が冒険者になりたいなんて言ったら止めるだろう。
でも…私はやるしかないんだ…それしかそれしか方法が無いんだ。

――――でも本当にやれるのかな。

ふと心の中でそんな考えが浮かんだ。
ここまで冒険者にまつわるデメリットを聞いて、
私だって躊躇しなかったわけじゃない。
本当は不安で胸が締め付けられそうだ。
これから、冒険者としてやっていくには、
涙を飲まないといけないこともたくさんあるだろう。
本当にやっていけるだろうか、本当に“1人”で――――。

「あ」

そこまで考えて、私はある重大な事を見落としていたということに気がついた。
そうじゃん。それなら別にオッケーじゃん。
元々そのつもりでエドナに話しかけたんだから。…ぐふふふふ。

「あの、エドナさんに、頼みがあるんですけどいいですか?」
「内容にもよるけど、何?」
「エドナさん。私とチームを組んでください!」
「は?」
「私はまだ未熟な点がいっぱいあるんです。
エドナさんがサポートしてくれるなら、ものすごく助かります」

ぐふふふ…そうだよ、最初からこう言っておけばよかったんだ。
だってさ。エドナって、
冒険者としてベテランだし、あまりこっちに詮索して来ないし、
同じ女性ってことは、そういった女性差別に遭うこともないだろうからな。
カルマ値も標準より低かったし、それだけで私にとって充分信用に値する人だ。

「嫌よ」

それに私が聖眼持ちって事はもう知ってるし。
こういう風に忠告してくれるということは、
私のことを考えてくれているということだ。
だって私のことに興味がなくて、生き死にもどうでもいいなら、
こんな風に長々と忠告したりなんてしない。
本気で私のことを考えてくれたから、忠告してくれたんだろう。
それはなかなか出来ることじゃない。
もし彼女が協力者になってくれるなら、
これ以上私にとって助かる事は――――え?

「私は他人の面倒が見られる程、精神的に余裕のある人間じゃないの。
こうして忠告したのは、ただの親切心。
それ以上あなたの面倒を見る気はないわ」
「えっ、えっ、でも私、空間術が使えますよ?」

あれだけ勧誘されたから、
空間術が冒険者にとってどれだけ貴重な能力か知っている。
だからエドナも普通に承諾してくれるものだと思っていた。

「あのね。わからないことがあったら人に聞けばいいけど、
基本的な事は、全部自分1人の力でやりなさい。
必要以上に誰かに頼ったり、あてにしたりすることは、依存にもつながる。
それは成長を妨げることにもなるわ」

全くの正論に、私はぐうの音も出せなかった。
そうだ。私にとって都合良くても、
エドナにとっては私はまだ信用に値する人じゃないんだ。
そうだよなぁ。
Fランク冒険者からしたら、Bランク冒険者が仲間になってくれるのは頼もしいけど、
逆の場合のメリットって、ほとんどないよな…。

うん…ふられた。

「ちょ…なんで泣き出すのっ?!」
「だ、だって…なんか悲しくって…」

止めようと思っても、涙は止まらなかった。
だって上手くいくと思った矢先に断られたんだもの。
泣きたくもなるわ。
ひょっとしたら色んなことが限界に来ていたかもしれない。
そりゃ1日のうちに、本当に色々なことが起こった。
肉体的な意味でも、精神的な意味でも疲労がかなり溜まっていた。
本当の事を言うと、
エドナと話をしようと言った時だって、かなり勇気がいったのだ。
だって断られたら傷つくし…。
ていうか今も傷ついたけど…うわ、考えたら涙が出てきた。

「ちょっと…、お、お願いだから、泣き止んで…」

エドナはものすごく動揺しているようだった。
そりゃまさか泣くとは思っていなかったんだろう。

「ほら…別に私じゃなくても、
頼んだらチームを組んでくれる人は居ると思うから」
「あの…それは無理なんです…だって私が空間術が使える事は、
もうバレちゃったんです」
「え?」

私は泣きながら、その件について説明した。
男に絡まれた時にうっかりそれを人前で使ってしまったこと、
その能力を持っていることがバレたら、冒険者達に勧誘されまくった事。
それを聞いたエドナは呆れ果てた顔をした。

「私…最初出会った時に、空間術は人前で使うなって言ったはずよね…?」
「うう、だって…」
「いや、別に責めているわけじゃないけど、これは困ったことになったわね…」

エドナは何かを考えているのか、腕を組んだまま宙を見上げた。

「分かった…。私はあなたの仲間になることは出来ないけど、
その代わり、あなたが一人前になるまで、面倒を見てあげる」
「え? それって…」
「正直あなたは見ていて不安になるところがあるから、
そういうのが無くなるまで、色々なこと教えてあげる。
もちろん私がこの町に居る間だけだけど、それだったら良いでしょう」
「わー、ありがとうございます」

花が咲きほころぶように笑顔になった私を見て、エドナは諦めたようにため息をついた。

やったぜ。協力者ゲットだせ。そう私は心の底から喜んだ。

――――この時の私はまるで気が付いていなかった。
このエドナとの出会いが私の人生そのものを、
そして世界の未来そのものを変えてしまうことになるなんて――――。
予想すらしていなかったんだ――――。
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あ、出ていって差し上げましょうか?許可してくださるなら喜んで出ていきますわ!

リーゼロッタ
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生まれてすぐ、国からの命令で神殿へ取られ十二年間。 聖女として真面目に働いてきたけれど、ある日婚約者でありこの国の王子は爆弾発言をする。 「お前は本当の聖女ではなかった!笑わないお前など、聖女足り得ない!本来の聖女は、このマルセリナだ。」 裏方の聖女としてそこから三年間働いたけれど、また王子はこう言う。 「この度の大火、それから天変地異は、お前がマルセリナの祈りを邪魔したせいだ!出ていけ!二度と帰ってくるな!」 あ、そうですか?許可が降りましたわ!やった! 、、、ただし責任は取っていただきますわよ? ◆◇◆◇◆◇ 誤字・脱字等のご指摘・感想・お気に入り・しおり等をくださると、作者が喜びます。 100話以内で終わらせる予定ですが、分かりません。あくまで予定です。 更新は、夕方から夜、もしくは朝七時ごろが多いと思います。割と忙しいので。 また、更新は亀ではなくカタツムリレベルのトロさですので、ご承知おきください。 更新停止なども長期の期間に渡ってあることもありますが、お許しください。

魔力吸収体質が厄介すぎて追放されたけど、創造スキルに進化したので、もふもふライフを送ることにしました

うみ
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魔力吸収能力を持つリヒトは、魔力が枯渇して「魔法が使えなくなる」という理由で街はずれでひっそりと暮らしていた。 そんな折、どす黒い魔力である魔素溢れる魔境が拡大してきていたため、領主から魔境へ向かえと追い出されてしまう。 魔境の入り口に差し掛かった時、全ての魔素が主人公に向けて流れ込み、魔力吸収能力がオーバーフローし覚醒する。 その結果、リヒトは有り余る魔力を使って妄想を形にする力「創造スキル」を手に入れたのだった。 魔素の無くなった魔境は元の大自然に戻り、街に戻れない彼はここでノンビリ生きていく決意をする。 手に入れた力で高さ333メートルもある建物を作りご満悦の彼の元へ、邪神と名乗る白猫にのった小動物や、獣人の少女が訪れ、更には豊富な食糧を嗅ぎつけたゴブリンの大軍が迫って来て……。 いつしかリヒトは魔物たちから魔王と呼ばるようになる。それに伴い、333メートルの建物は魔王城として畏怖されるようになっていく。

捨てられた転生幼女は無自重無双する

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スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。 アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。 ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。 アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。 去ろうとしている人物は父と母だった。 ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。 朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。 クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。 しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。 アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。 王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。 アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。 ※諸事情によりしばらく連載休止致します。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

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スウェーデンに住む15歳の女の子サンディル・ブランデーは一族に伝わる呪いの魔法「イジュース」に出会う。 この物語は1人の女の子が一族に伝わる魔法を終わらせる物語だ。

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