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第1章過去と前世と贖罪と

5・商業都市アアル

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「うわぁ…」

私は馬車から降りると、町の景色に目を奪われた。
町には人が多く、西洋的な建物が並び、地面は石畳だった。
なんていうかフランスとかイタリアとか、
古い街並みをあえて残している場所があるが、それみたいな感じだった。
といっても町には信号機も、車も、マンホールも無い。
さながら中世ヨーロッパの世界に迷い込んだようだった。

…いや、マジで中世ヨーロッパみたいだと困る!
だってあの時代はかなりトイレ事情が悪かったっていうし…。

「あんまりキョロキョロしていたら、田舎者だと思われるわよ」

そんなことを考えていたら、私の後に続いて降りたエドナがそう言う。
ていうか…馬車に乗っていた時は気づかなかったが、身長高いな。
多分170センチぐらいかな。スタイルもいいからモデルみたいだ。
いいなー。身長高いって羨ましい。
私の身長は150センチもないからな…。
そのせいで何度、小学生に間違われたことか…。

「エドナさんはこれからどうするんですか?」
「…そうね。長旅で疲れたから宿でも探すことにするわ。
それより、町中では絶対に空間術を使ってはダメよ」
「ちゃんと気を付けますから、大丈夫です」
「それと見知らぬ人にはついて行かないでね」
「ついていきませんよ」

…何だかエドナさん、私の事、子供扱いしてないか?
話す時にも、わざわざ目線を低くして言ってるし、
確かに私は童顔で小柄だから子供に見られることも多いけど、そんなに子供じゃない。

「あの、本当に大丈夫です。お気遣いに感謝しますが、私は1人でも大丈夫です」

そう言うと、エドナは立ち上がった。

「そう。それじゃ、気をつけてね」
「はい、エドナさんも気をつけてください」
「それじゃあ、さよなら」

そんな感じで私はエドナと別れた。
色々不審がられたが、あまり詮索してこない人で良かった。
多分私が人には言えない事情があることを察して、
私の個人的な事情を聞かないでいてくれたのだろう。

普通に考えたら、
馬車も使わずに道を歩いている聖眼持ちの人間なんて、怪しいからな。
エドナが聖眼のことについて教えてくれなかったら、ヤバかった。
このまま町に入っていたら、大騒ぎになるところだったからな…。
エドナとはまたどこかで会えたらいいな。
まぁあれだけ目立つ赤い髪をしているのだ。
多分すれ違ってもすぐに気がつけるだろう。

「あ、そうだ」

馬車のおじさんにお礼を言わないと。

「あの、馬車に乗せてくださってありがとうございます」

そう頭を下げてお礼を言うと、顔を上げた時、おじさんはぎょっとした顔をしていた。
あ、もしかして瞳の色が変わっていることに驚いているのだろうか。

「あ、魔法で瞳の色を変えたんです。
それで相談なんですけど、
私が聖眼持ちだということは、黙っていてくれませんか?
あまり大ごとになってしまうと困るので」
「あ…ああ、それはいいけど、気をつけるんだよ」

そんな感じで、私はおじさんと少し話して、馬車から離れた。

「さて、これからどうするか」

とりあえず宿を探す前にギルドに登録してみよう。
ギルドはえっと、どこだろう。
あ、そうだ。エリアマップがあるじゃん。私は馬車の中では非表示にしていた。
エリアマップを起動させる。

「うわっ」

町中で初めてエリアマップを使ってみたが、驚いた。
これって、某検索サイトが提供してる町の地図とほぼ同じじゃん。
建物には全て名前が付けられており、
どこに何の建物があるのか一目瞭然だった。
えっとギルドはどこだろう。
そう思っていると、突然矢印みたいなのが現れ、ある建物を矢印は示した。
そこには、アアルギルド組合と書かれていた。
エリアマップは私の現在地も教えてくれるから、
これで初めて来た場所でも道に迷わないだろう。

ていうか…魔法便利過ぎません…?
これだと見知らぬ町で絶対に迷子とかならないよ。
もうスマホ持ってるのと同じことじゃん。
そうツッコミを入れつつ、とりあえず私はギルドに行くことにした。



しかしこのアアルという町は広い。
道も広いし、人は多いし、都会であることは間違いないだろう
しかしそんなことより驚いたのが、
町を歩いている人の頭のカラフルさよ…。
茶髪や黒髪といった普通の髪色もあれば、
青、緑、紫など現実にはあり得ない髪色もある。
でもだからといって肌の色までカラフルとかそういうことは無く、
たまに褐色の肌の人はいるけど、普通にみんな肌は白い。
メラニンって確か日の光を当たる程に色が濃くなるんだったよな…。
肌だけ白くて、頭はカラフルってどういう事よ。

ちなみに町の人はみんなヨーロッパとか、
北欧系の顔の人が多かったが、
私のようにアジア系の顔立ちをしている人は少ない。
だけどほとんどの人が身長が高くて、
女性でもモデルみたいに背が高い人が多かった。
そういえばどっかの国では、
女性の平均身長が170センチって所もあるみたいだし、
多分、ここは身長が高い人が多い所なのかもしれない。
しかし、身長高いって羨ましいなー。何をやったら背が伸びるんだろう…。
そんな風に考え事をしながら歩いていたせいだろうか、
曲がり角で私は人とぶつかってしまった。

「す、すみません」
「あ?」

私がぶつかった男は10代後半ぐらいの背が高い男だった。
短い茶髪に、青い瞳、容姿は整っている方だと思うが、
ギラギラとした人を寄せ付けない雰囲気を身まとっている。
体には古びた鎧を身につけており、腰に剣を挿していた。
男は不機嫌そうな目で私を見た。
私は様子を見て、直感的にヤバイと思った。
そしてそれは当たることになる。

「何だてめぇ…人にぶつかっておいて謝罪がそれだけか!!」
「あ、あの、ごめんなさい!」

私はすぐに頭を下げて、謝罪した。
しかし頭上から聞こえてきた言葉は意外なものだった。

「てめぇ…俺のことをバカにしてんのか?」
「え?」

顔を上げると、その瞬間、男に胸ぐらを掴まれた。

「そんな風にプライドを売れば、許してくれる程、
俺はお優しい人間に見えたのかよ!!」

え…どういうこと?
男が何にブチ切れているのか、よく分からない。
いやそんなことよりも、この状況を何とかしないと。

「あ、あの、ふ、不愉快にしてしまったのなら、すみませんっ。謝りますからっ」

そう言うと男は大きく舌打ちをした。

「じゃあ、金払え」
「え…」
「慰謝料だ。それぐらい払えるんだろう」

男はそう言うと私を睨みつけた。
それを見て私は恐怖で身がすくんだ。
胸ぐらを掴まれているというのもある。男の迫力が怖かったというのもある。
だが、1番の理由はこんな風に、
他人に胸ぐらを捕まれる経験をしたことが無いからだった。
日本で、そこそこ平和に暮らして生きていた私は、
こんな風に他人に脅されるなんて経験はしたことがない。

だって誰かから恨みを買ったり、あえて危険な場所に行くことも無かった。
経験が無いから、対処法が分からない。
逃げようにも胸ぐらをつかまれているこの状況ではそれも出来ない。
だから私は、仕方なく男の要求に従うことにした。

「わ、わかりました。お金を払いますから、許してください…」

そう言うと、男が私から手を離した。

――――後から思えば、この時に飛翔魔法でも、
何でも使って逃げれば良かったのだ。
しかし私よりはるかに背が高い、
武器を持っている男を前に、そんな考えは思いつかなかった。
その時は、男の言葉に従うことが最善の方法だと思ったのだ。
最強魔力はあっても、
私はまだこの世界で生き返って1日も経っていない。
こういう状況を切り抜ける術も身につけていなかったし、
見知らぬ男に恐喝されるだなんて、体験は今までに一度も無かった。
そういった危機的状況に対する圧倒的な経験値不足が、
その軽率な行動を招いてしまった。

私は急いでお金が入った袋をアイテムボックスから、取り出した。

「く、空間術!?」

その瞬間、周りがざわっと騒がしくなった。
いつの間にか、周りに人が集まっていたらしい。
目の前に居る男も驚いた顔をしている。
私は慌てて、アイテムボックスにお金が入った袋を戻した。
だがもう遅い。
私が空間術が使えることは、周りの人間に知られてしまった。

わ、私はアホかー!!!

何で使っちゃダメって言われてたのに使っちゃったんだよ!!
バカ! 私のバカ!!
しかし、後悔に苦しむ前に、目の前に居た男が私の肩を掴んだ。

「お前、魔法が使えるのか!?」
「は、はいっ」

そういえば、空間術の魔法は賢者クラスの魔法使いの中でも、
一握りの魔法使いしか使えないらしい。
今の私は聖眼を魔法で隠しているから、
男はどうやら私が魔法使いだと思ったようだった。

「病気とか治せるのか!?」
「出来ません…!」

私は光属性とは相性が合わなくて回復魔法が使えないことを、男に伝えた。
それを聞いた時の男の表情はもう…修羅と言ってよかった。

「このクソ野郎が…」
「ひっ…」

生まれて初めてこれほど他人を恐ろしいと思ったことは無い。
男は不機嫌というだけでは済まない程の怒りのオーラを身にまとっていた。

「病気も治せねぇくせに、何が魔法使いだ!!」

そう言うと、男は殺気のこもった目で、痛いぐらいに私の肩をつかんだ。
その時、ぞわりとした悪寒が体を駆け巡った。

殺される――――殺されてしまう…!

“また”殺されてしまう…!!!

その後の行動は全て無意識だった。
気がつけば、体が勝手に動き、それを口に出して言っていた。

「《微風(ウィンド)》!!」

その魔法は本来であれば、名前の通り、ただ風を起こすだけのもの。
初級魔法とすら呼べない。簡単すぎる魔法だった。
しかし今の私は地獄神の加護のせいで、
魔法威力が5倍になっている。
つまり何が言いたいかというと、
私の肩を掴んでいた居た男は、強い風の力で私から引き離され、
そしてそのまま勢いが止まることなく、近くの空き家の壁に激突した。

「あ…」

私が我に返った時は、全てが遅かった。
私は慌てて地面に落ちた男に駆け寄った。
すぐ男の脈を取り、呼吸を確認する。良かった。ちゃんと生きている。
男は見たところ気絶しているようだった。
私に恐喝してきたとは言え、とんでもないことをしてしまった。
でも私は回復魔法は使えないから、誰か他に治療を頼むしかない。
どうしよう…。
そう思っていたら、目の前にゲームの画面みたいなのが現れた。

【カルマ値が10ポイント上がりました。罪状・傷害】

私は男と画面を交互に見る。
カルマ値が増えた? なんで? 傷害って事はさっき風で吹き飛ばしたから?


――――魔法の扱い方にはくれぐれも気をつけてよ。

ふいに地獄神の言葉を思い出し、私は絶望の淵に叩き落とされた。

あ、もうこれヤバイわ。絶対にあかん奴だわ。
やっちゃった。
魔法の扱い方には気をつけろと言われて、
数時間も経たないうちにやっちゃった。
あ、もうこれ地獄行き決定だわ。思いっきり人を傷つきちゃったし…。
地獄って熱いのかな…。
私のイメージだと鬼とか居て、血の池地獄があるイメージだけど、
この世界の地獄ってどんな感じなんだろう。
そういえば体感時間が1日8000年とか、地獄神が言ってた気がする…。

アハ、アハ、アハハハハ…。

「あー!!」

商業都市アアル。その町の一角にて私の絶叫が響き渡った。
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