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第1章過去と前世と贖罪と

4・馬車での出会い

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とりあえず、馬車に乗り込んだ私だったが、
こういう馬車に乗ったことは実は無かった。
だから、中はどんなもんだろうと思っていたが、結構狭かった。
座席は2つだけで、向き合うような形になっている。
たぶん4人乗りが限界だろう。そこに1人の女性が乗っていた。
その女性の姿を見て私はぎょっとした。
とんがり帽子にローブ、そう典型的魔女の姿をしていた。
うわー、とんがり帽子だよ。
こういうとんがり帽子って、
子供の頃よく見ていたアニメを思い出すなぁ。
そう思いながら、私は彼女に話しかけた。

「こんにちわ」

その時、彼女が顔を上げた。
うわっ、め、めちゃくちゃ美人じゃん。
顔立ちはヨーロッパとか、
西洋系の顔立ちをしていて、肌の色は白い。
髪は腰まであるストレートな赤い髪で、瞳の色は緑色で、
年はたぶん25才ぐらいかな…。
服は私が着ているのと同じようなローブ。
ただし色は緋色だった。
頭にはゲームに出てくる魔女とか魔法使いが被るような、
つばが広いとんがり帽子を被っている。
腰にはベルトポーチと言うのだろうか、
腰に巻くタイプのカバンをつけている。
女性は私の姿を見ると一瞬驚いた顔をしたが、
すぐに片手で荷物をどけると、窓際の方に移動した。

「ありがとうございます」

そう言うと私は彼女の向かい側の席に座る。
それと同時に馬車が動き出した。
うわっ、馬車って初めて乗るけど、思ったより揺れる。
暇なら手帳でも読もうかと思ったけど、
細かい文字なんて見たら、絶対酔いそうだ。
私は隣の女性を見る。
こんな狭い馬車の中で出来る暇つぶしと言ったら、
会話ぐらいしか思いつかない。

「あの…」
「…何か?」

そう話しかけると、感情のこもっていない無機質な緑色の瞳が私を見た。

「あの、あなたも1人で旅をしているんですか?」
「…そうだけど」
「女性が1人で旅をするなんてすごいですね」
「…別にすごくも何ともないし、珍しい事でもないわ」

そう言うと彼女は私から視線をそらし、窓の外を見た。
あれ、何か怒らせるようなことを言ってしまっただろうか。

「あの、ひょっとして怒ってます?」

思い切ってそう聞いてみたら、彼女は驚いた顔をして私の方を見た。

「いえ別に。怒っているわけじゃないの。
ただ…聖眼持ちの人間は苦手なだけなの…」

そう言うと、彼女は私から目を逸らした。
聖眼って、金色に変化してしまった私の目のことだよな。これって一体なんだろう。

「聖眼って何ですか?」
「…は?」

思い切って聞いてみたら、
…別次元の生物を見るような顔をされた。

「あの、金色の瞳って珍しいんですか」
「…ご両親や身の回りの大人から教わっていないの?」
「あ、はい」
「そんなことが本当にあるなんて…」

信じられないといった様子で彼女は私を見た。

「あの、知ってるなら、どんなものか教えてくれませんか?」
「…そうね。知らないなら説明するけど、
聖眼というのは、神から祝福を授けられた人間にしか現れないものなの」
「神様に?」
「そう、天上界の神々が、特別な人間にだけ、祝福を与えることがあるの。
そうなると瞳が金色に変化すると言われているわ」

祝福ってひょっとしてスキルのことか…?
私以外にも、そういったスキルを授けられた人間が居るのか?

「祝福を授けられると、どうなるんですか?」
「それは人によって違うから何とも言えないけど、
普通の人間や、魔法使いでは、
どんなに努力したところで手に入らない特殊な力や、
魔力を持っていることが多いわ。
例えば…未来が予言できたり、
とてつもない怪力を持っていたりといった感じにね」

彼女が言うには、聖眼持ちと言うのは数が少なく、
何万人に1人ぐらいの確率で生まれるらしい。
ほとんどは先天的にだが、まれに後天的に聖眼持ちとなるケースもある。
聖眼持ちになると、
彼女は能力と言ったが、多分スキルのことだろう。
一般的に人が努力して身につけるスキルとは違い、
私が地獄神に与えられた、
数々のチートスキルみたいなそんな能力を授かるらしい。
といっても誰がどんな能力を授かるかは選べないし、
その能力が必ずしも本人のためになるとも限らないが、
それでも聖眼持ちというのは貴重で、
国や何らかの組織が引き取って育てることが多く、
こんな地方では見る事は少ないらしい。
ていうかここって地方だったんだ…どうりで自然が多いと思ったよ…。

「なるほど聖眼持ちというのは珍しいんですね」
「そうよ。普通は幼いうちに国か神殿に保護されることが多いから、
こんな地方で見かけることなんてまず無いわ」

神殿って何だと思ったけど、多分この世界の宗教組織か何かだろう。
これは後で調べないといけないな…。

「どうして保護するんですか?」
「あ、そうね。ごめんなさい、1つだけ説明するのが抜けてたわ。
聖眼を持つ人間というのは、
神々に特別に目をかけられているということなの。
だから聖眼持ちに何らかの形で危害を加えたり、
殺したりすれば、
神々が怒って何らかの天災がその国を襲うとされているの。
だからそういったことから守るために、保護する必要があるの」
「て…天災ですか」

それってかなりやばくないか…。
この場合、天災を起こす神というのは、地獄神ということになるが…。
あの地獄神が私のために怒ったりすることなど、想像ができない。
しかし神々という事は、地獄神以外にも神様が居るということか。
そこら辺も後で調べてみないといけないな…。

「…もし私が保護されたら、どうなるんでしょうか?」
「そうね。おそらく自由に外に出ることは出来ない代わりに、
一般庶民が味わえない贅沢な暮らしが待っているでしょうね」

なるほど保護というのはそういうことか…。

「あの、さっき聖眼持ちは特殊能力を持っていると言いましたよね。
そういった力は保護されたら、国のために使うことになるんですか?」
「それはあなたがどんな力を持っているかにもよるけど、
持っている力をそのままにしておく程、
国も馬鹿ではないでしょうから、それはされるかもしれない。
あなたがどんな力を持っているのか知らないけど、
それは国の発展のために使われる可能性が高いわ」

マズい。それは確実にマズい。

彼女は保護といったが、おそらくそれは実質軟禁みたいなものだろう。
それだけは本当に困る。軟禁されたら、善行が積めない。
そしてさらに困ったことがある。
私が地獄神から与えられた能力の一番の特徴は最強魔力だ。
どんな魔法も私が使えば、強力な威力となり、
さらに魔力が無限なので、無制限にそれが使える。
そして極めつけに、
私は回復魔法が使えないバリバリの攻撃魔法タイプの魔法使いだ。
そんな私が保護されて、政治利用された場合。
どうなるかなんて、想像しなくても分かる。

他国を攻めるための兵器として、使われるかもしれない。
そうなったら私は確実に地獄送りだ。
地獄神はあくまで私が善行を積みやすいように、
最強魔力をくれただけ、
もしその魔力を私が悪用すれば、すぐにでも地獄に叩き落とすと言った。
それだけは絶対に避けないといけない。

「私は保護なんてされない方がいいです」

そう言うと彼女は不思議そうな顔をした。

「どうして?」
「私はやらないといけないことがあるんです。
それをするためには、保護なんてされない方が都合が良いんです」
「そう。まぁ国や神殿の保護を突っぱねて、
冒険者として活躍している人間も居るし、
そう決めたのなら、別に止めはしないけど。
町に付いたら、その瞳は隠しておいた方がいいわ。大騒ぎになると思うから」
「そうですか。でも目なんて隠したら、歩けませんよね。
カラコンでもあればいいんですけど…」
「カラコン?」

独り言のつもりだった言葉に、女性が反応したので、私は慌てて言葉を出した。

「えーっと、説明しづらいんですけど、
瞳の色を別の色に変えることが出来る道具のことですよ」

ちなみに普通のコンタクトは付けたことはあるが、
カラーコンタクト、通称カラコンは無い。
カラコン以外だと、サングラスとかだろうけど、この世界には無いかもしれない。

「そういう道具は知らないけど、そういった魔法なら知っているわ」

彼女にそう言われて、私はアイテムボックスから手帳を取り出す、
ペラペラとページをめくっていると、確かにそんな魔法があった。

「でもそれはかなり高度な魔法だから、まず無理…」
「《幻惑(イリュージョン)》」
「は?」

私は手帳に書かれていた魔法を唱えてみた。
それは幻惑魔法と呼ばれる魔法で、
他人の視界を操作することが出来るのだ。
無いものも有ると錯覚させることもできるし、
逆に別のものに認識させることも出来る。
私は瞳の色が黒に変わるようにイメージしながら、それを使ってみた。

「どうですか? ちゃんと瞳の色が変わっています?」
「………変わってるけど」

何故か引きつった顔でそう言われた。

「あれ、何かおかしいですか…?」

そう言うと大きくため息をつかれた。

「……あなたは、どうやら全く自覚していないみたいだから、
忠告しておくけど、
あなたが今使った魔法は高度な魔法なの」
「そうなんですか?」
「そうよ。というかやろうと思ってすぐに出来る魔法じゃない。
幻惑魔法は闇属性の中で高位に位置する魔法だし、
詠唱にも時間がかかるから、
普通の魔法使いではまず使えないし…。
それと私の気のせいじゃなければ、
あなたはさっき何も無い所から物を取り出していなかった?」
「何か問題でも?」

そう言うとまた大きくため息をつかれた。

「…あのね。あなたは聖眼持ちだから、
そういった能力を与えられたんでしょうけど、
そんなことは普通の人間にはまず出来ないの。
そもそも空間術というのは、魔法でも確かに存在はしているだけど、
ものすごく高度な魔法で、
賢者クラスの魔法使いでも使える人間はごく僅かに限られるわ。
だからこそ、世界中の権力者は空間術が使える人間を探しているの」
「え? 物がしまえるだけですよ?」
「だからよ。空間に物がしまえるという事は、
証拠隠滅なんかも簡単に出来ると思わない?
誰も手出しが出来ない空間に財産をしまえば、
脱税なんかも簡単に出来るわ。
それに戦の時に兵糧を運ぶのに役に立つし、
要人暗殺なんかも簡単になる。空間に物がしまえるんだもの。
ボディーチェックも無意味になるわ。
それ以外にも色々と応用が利くし、
その能力で広がる可能性は無限にあると考えた方がいいわ」
「そ、それだけ凄い能力だったんですか」

魔法がある世界だから、
別に珍しくもなんともない能力だと思ってたけど、
彼女の言葉が正しければ、
どうやら空間術…アイテムボックスはかなり珍しい能力らしい。
というかただ物がしまえるだけと思っていたけど、
どうやらこれもチートスキルだったみたいだ。

「そうよ。だから人前で使うのは絶対に止した方がいい。
あなたが空間術が使える事が周りに知られれば、
問答無用で、あなたを手に入れようとする人間は居るでしょうね」
「分かりました。気をつけま…す」

そこまで言って、私はある恐ろしい事実に気がついた。

全部、この人に見られてるやんけ……。

今は魔法で瞳を隠しているから大丈夫だが、
私が聖眼持ちだと言うことも、
アイテムボックスが使えることも…全部この人に知られてしまった。
だらだらと冷や汗が出た。
地獄神よ…そういった能力に関する注意事項は、
ちゃんと手帳に書いておけやぁぁぁ!!
普通に使っちゃったし、見せちゃったじゃないか!

「あ、あの、このことは、どうかご内密にしてくれませんか」

まぁ無理だろうけど。そう諦めながら言うと、彼女はあっさりとそれに同意してくれた。

「別に誰かに言ったりなんてしないわ。
あなたは見たところ、訳ありのようだし、このことは黙っておくから」

あ、あれ。随分とあっさり引き下がってくれたな…。
そう思っていると彼女が口を開いた。

「私は他人の事情に興味がないの。
あなたがどこの誰で、何故この馬車に乗っているのか、
無理に問いただしてまで、知りたいとは思わないわ。
ただあなたは自分の持っている能力の希少性を理解していないみたいだから、
それだけは本当に気をつけた方がいいわ」

その様子から彼女が嘘を言っていないことが分かった。
おそらく本当に私に対してあまり興味がないのだろう。
興味がないと言いつつ、
私に忠告してくれたという事はこの人は悪い人じゃないだろう。
だってさ。私みたいな怪しい人間、
普通関わろうなんて思わないはずだし…。
それでも色々と教えてくれたという事は、
純粋な親切心によるものかもしれない。

「わかりました。気をつけます」
「まぁ、空間術の力が込められた魔道具は存在している事は存在してるから、
もし人に見られたら、その力によるものだと言えば良いわ」
「あの、教えてくれてありがとうございます。えっと…」

そういえば、この人って名前何だったっけ。
ステータス魔法を使えば、
一発で名前が分かるが、馬車みたいな揺れる乗り物の中で、
ステータス画面の小さい文字なんて見たら、
絶対に気持ち悪くなってしまう。
だから私は普通に自己紹介という形で名前を聞き出すことにした。

「そういえば、名前をまだ言ってませんでしたね。
私の名前は海道刹那です」
「カイドウ? 変わった名前ね」
「あ、刹那が名前で、海道が名字です。
それであなたの名前は何ですか?」

そう言うと、彼女は少し迷った顔をしたが、すぐに答えてくれた。

「私はエドナ。魔法使いよ」
「そうなんですか。
ところでエドナさんに聞きたいことがあるんですけど良いですか?」
「何?」
「この馬車ってどこに向かっているんでしょうか?」

そう言ったら、ものすごく呆れた顔をされた。

「聞いてないの? アアルよ」
「アアル?」

そう言うとエドナはため息をついた。

「ここら辺はバーン王国の中でも、地方に位置する場所にあるんだけど、
アアルはこの近辺では、一番大きな地方都市になるわ」
「つまり都会ってことですか?」
「そうなるわね。私はそこでしばらく暮らすつもりなの。
あなたはどうするの?」
「そうですね。私もしばらくはそこで暮らそうと思います」
「それなら、色々と注意した方がいいわ。
アアルは都会だから、色々な考えを持った人間が集まるの。
当然、悪いことを考える人間も多いと思うわ。
だから見知らぬ人間に声をかけられても、
ついていかない方がいいわよ」
「ついていきませんよ」

さすがに私も見知らぬ人間について行かない。
というかそんな事は日本でもよく親や教師から言われていたことだ。

「そう、でも気をつけておいた方がいいわ。
都会には人を騙してお金を盗み取る詐欺師や、
働ける場所を紹介すると言って娼館に案内するクズも居る。
そういった人間は口が達者で、人の心を引き込むのが上手いから、
自分だけは大丈夫だなんて絶対に思わないで」

その言葉には、確かな説得力と重みがあった。
おそらくエドナも、
そういった人間を見たことがあるからそう言えるのだろう。
なるべく使いたくないと思っていたステータス魔法だが、
ここは彼女の忠告に従って、念のために使った方がいいのかもしれない。
だって騙されてからじゃ遅いし…。

「教えてくださって、ありがとうございます」
「いや…別にお礼を言われる程のことでもないけど…」

その時、馬車が大きく何かに乗り上げた。
驚いて窓の外を見ると、道の向こうに壁に囲まれた町が見えた。

「あら、話しているうちに着いたみたいね。あれがアアル。商業都市アアルよ」
「うわぁ…」

こういった城壁のある町って初めて見た。
さながら中世のヨーロッパの世界に迷い込んだみたいだ。

そして馬車は大きな門を越えて、町に入っていった。
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