上 下
3 / 245
第1章過去と前世と贖罪と

3・魔法はチート

しおりを挟む
気が付いたら、再び真っ暗闇な空間に戻ってきた。

「君…バカでしょ」
「はい、私はバカです…」

頬杖をつきながら呆れた顔でそう言う地獄神に、
私は正座しながらそう答えた。
せっかくカルマを消すために生き返ったのに、
いきなり100もカルマ値を稼いでしまった私はうなだれるしか無かった。

「いやさぁ、加護について詳しく説明しなかった、ボクも悪いけどさぁ。
普通いきなり上級魔法は唱えないでしょ」
「おっしゃる通りです。私は今世紀最大の愚か者です」

心の底から反省している私を見て地獄神はため息をついた。

「まぁ反省してるようだし、巻き込まれた人間も居なかったみたいだし、
今回は見逃すけど、魔法の扱い方にはくれぐれも気をつけてよ」
「はい、心しておきます…」

そうして地獄神が杖を向けると、私は再び現世に戻ってきた。
目の前に黒こげになった森が広がっている。

「はぁぁぁ…」

私は大きなため息をついた。
火の海になった森を、水魔法で急いで消火したのがつい先ほどのこと。
そして消火が終わった時、気が付いたら目の前に地獄神が居たのだ。
本当にさっきはもう地獄に行くものだと覚悟を決めたが、許してもらえたようだ。
良かった、地獄に落ちなくて良かった…。私は目に浮かんだ涙をぬぐう。
もう絶対に上級魔法は不用意に使わないと心に決めた。

しかしこの焼け跡どうしよう…。
元に戻せないかな。再び、手帳をめくり、
魔法で元に戻せないか調べてみるが、魔法も万能ではないらしい。
壊れた建物を元に戻す魔法はあるが、
黒焦げになった自然を元に戻す魔法はない。
植物を急成長させる魔法あるが、今の私の魔力で唱えると、
一体どういうことになってしまうのか想像もつかない。

「ごめんなさい…」

とりあえずこの森の所有者と、動物達に向けて謝ると、
私はその場を後にした。

そして黒焦げになった森は、のちに周辺住民を大変驚かせることになるのだが、
それはまた別の話。




とりあえず誰か人が来てもまずいので、私は急いでその場を離れた。
焼けたのはあくまで森の一部だから、
それは大丈夫だが、この森の所有者には、申し訳ないことをした。
でも魔法でも時は戻せないし、
同じ過ちを繰り返さないように気をつけるしかない。

とりあえず森の中を歩きながら、
私は手帳に載っていた魔法をいくつか使ってみた。
まず《探知(サーチ)》、
これは近くに魔物が居ないかどうか確認する魔法で、
もし魔物が私に近づいてきたら、すぐに分かる。
もうさっきみたいな不意打ちを食らいたくないので、
警戒しておいて損はないだろう。

そして次は《地図(エリアマップ)》という魔法を使ってみた。
これは周囲の地図を表示する魔法で、
地図は私が望めば拡大縮小出来る。
そしてサーチと併用して使えば、
魔物の居場所が赤いマーカーとして表示されるのだ。
ちなみに地図が表示している現在地によると、
私は今バーン王国、ケルトの森という場所にいるらしい。

「なんでこの国なんだ…」

地獄神は私に莫大なカルマを押し付けたのは、
ヒョウム国の皇帝だと言った。
という事は死んだ場所もヒョウム国になるのだが、
地獄神は何故ヒョウム国とは、別の国に私を蘇らせたのだろう。
考えてみたがこれはもう本人に聞くしかないだろう。

あと地図を見て分かったが、
このケルトの森は割と広大な面積を持つ森で、
私が焼いたのはその一部であるらしかった。
森からかなり離れた場所に、
大きな町があるみたいだから、そこに向かうことにしよう。

それと手帳を読んで驚いたが、
地獄神はほとんど万能的に魔法が使えるのだが、
例外的に苦手というか、
相性が悪くて使えない魔法がいくつかあるらしい。
それは光属性と呼ばれる類のもので、
魔法の相性の問題で、
私は傷を癒したり病気を治したりと言った類のことは出来ないらしい。

基本的に属性というのは、火、水、風、地、闇、光、無の7種類だ。
これはゲームでよくある設定なのですぐに理解出来た。
まぁでも属性にも色々と相性があるみたいで、
地獄神は闇に傾倒する力を持つゆえに、
相性の悪い光属性の魔法は使えないみたいだ。
でもまぁ回復魔法は別に使えなくても、
スキルの影響で常人より回復力が早い私には必要ないかもしれないが、
怪我をしても魔法では治せないから注意が必要みたいだ。

「ん?」

手帳読みながら森を歩いていると、
一体の魔物に遭遇した。
犬みたいな姿をしていて、毛並みが黒かった。
私は魔物に向かって、ステータス魔法を唱えてみた。

【ブラックドック】
【体力】360/360
【魔力】80/80
鋭い牙を持っている魔物。弱点は炎とまぶしい光。

と、目の前にステータス画面が表示された。
犬っぽい魔物で、体が黒いからブラックドック…ってまんまじゃねえか!
そう思っていると、魔物がこちらに向かって飛びかかってきた

「《火炎弾(ファイヤー・ボール)》」

呪文を唱えた瞬間、
巨大な火の玉が魔物にぶつかり、一瞬で焼き尽くした。
それはもう黒こげとかそういう次元を超えていて、
跡形もなく燃え尽きた。

「は、はぇ…」

使ったのは一応、初級の火属性の魔法だった。
なのに、この威力…反則すぎる。
それからも森を歩いている私を見ると魔物は襲いかかってきた。
だが初級の魔法を唱えるだけで、ほとんどの魔物を瞬殺できた。
正直言って回復魔法なんて全く必要ない。
サーチさえあれば、魔物がどこに居るのか、隠れていてもわかってしまう。
魔法を使えば魔物なんて倒すのなんて楽勝だ。

…だが正直なめていた。

私はこう見えてかなりゲーム好きなので、
魔物が出てくる世界観には慣れている。
でも、仮想現実と現実は違う。
だってさ、魔物って妙に可愛い奴とか、
逆にめっちゃグロテスクな奴とか居るの。
そういう奴らが襲いかかってくるから、倒さないといけないの。

まさか異世界に来て、
真っ先にやることが生物の命を奪うことだとは思わなかったよ…。
今となってはRPGの主人公達が、
喜んで魔物退治をしていた理由が理解出来ない。
生物の命を奪う経験は、
私にとって非常にショッキングで、気持ちが悪いものだった。
だが、これも結局のところ慣れるしかないのか…。
いや、生き物を殺すのに慣れるなんて嫌すぎるけど、仕方がない。
そう思いつつ、
私は襲いかかってきた虎みたいな3体の魔物を風魔法で切り刻んだ。

「うへぇ…」

細切れになった魔物の死骸を見て、私は気持ち悪くなった。
だがしばらく待っていると、魔物の死骸が黒い塵となって消えた。
死骸があった場所には手のひらサイズの石が残されていた。
私はそれを拾い、袋に入れていく。

この世界では基本的に魔物は死んでも、死体を残さない。
死骸は例外なく、塵となって消え、
死骸の代わり魔石と呼ばれる石を落とす。
これは魔道具と呼ばれる魔法の道具を作る時に使うらしく、
町に持っていけばお金に変えることが出来るらしい。

しかし死体を残さないなんて、本当に生き物なんだろうか。
それともこの世界では死体はみんなこうなるのかな…。
そう思いつつ、袋に全て魔石を入れると、私は再び歩き出した。

「深いな…」

森の中はかなり深く、人の気配は全くしなかった。
道も獣道と言っていいぐらい、
草がボーボーで人の手は入っていないようだった。
こういう道は歩き慣れていないので、歩くのも一苦労だ。
そういえば、昔お母さんと山登りに行ったことがあったな。
あの道はちゃんと整備されてあったけど、
私が上る途中で疲れて、もう帰りたいって駄々をこねて、
頂上に行くことなく、そのまま帰ったんだった。

「懐かしいな」

あの時はお母さんの方がやる気を出していて、
私の方はテンションは低かった。
元々私はインドア派だからな。やる気も何もあったものじゃない。
でもそうやってわがままを言ったのに、
お母さんは怒ることなく笑って許してくれた。

「お母さん…」

お母さん…心配しているかな。いや心配しているだろう。
普通の親なら誰だって娘が行方不明になって、
心配にならないはずがない。

私の家族はお母さんだけだ。お父さんは小さい頃に亡くなっている。
おじいちゃんとおばあちゃんも、
ほとんどが私が生まれる前に亡くなっていたし、
唯一、母方のおばあちゃんだけは生きていたが、
私が中学生の時に認知症になり、老人ホームに入ってしまった。
だからおそらく今、お母さんは1人。
1人で寂しい思いをしているのかもしれない。
お母さんのことを考えると、胸が痛くなった。

お母さんは仕事でいつも家に居ないことが多かったが、
それでも私の事を大切に思ってくれていた。
お父さんが居なくても、愛情込めて育ててくれたことは理解していた。

だからこそ想像できる。
私が行方不明になって、お母さんがどれだけ心配しているのか。
きっと気が狂いそうになっているはず、泣いているかもしれない。
それなのに元の世界に帰る事を諦めるなんて私には難しかった。
だからこそ絶対に何があっても、カルマを短期間で消さないといけない。
そして日本に帰る。お母さんに絶対に会うために――――。
そう思って歩いていると、川のせせらぎみたいな音が聞こえてきた。

「あ」

見れば小さな川が流れていた。そういえば少し喉が渇いた。
これだけ透明度の高い川の水なら飲んでも平気だろう。
そう川の水を飲もうと覗き込んだ時、そこに映ったものを見て私は驚いた。

「…な…なんじゃこりゃあー!!」

私がそう仰天するのも無理は無かった。水に映っているのは間違いなく私の顔。
相変わらず嫌になるぐらい平凡で、嫌になるぐらい童顔だ。
17才なのに、どう見ても12才ぐらいにしか見えないからな。
体も小柄だし、筋肉も付いていないから手足は細く、華奢だ。
本当に一度死んだとは思えないぐらいに、
この体は特に変わりも違和感もなく、完全に元のままだ。
――――ある一部を除いては。

「何で目が金色になってんの…」

そう私の瞳の色は地獄神と同じ金色になっていた。
それも琥珀色とか、そういう色ではなく本当に金。はっきりとした金色だった。
こういう瞳の色はあまり見たことがないので、ついまじまじと見てしまう。
地獄神の時はそれどころじゃなかったからな。
しかし一体どういうことだ。何で瞳の色が変わっているんだ…。
地獄神が私の体に何かしたのか?

…分からん。とりあえず私は川の水をすくって飲んでみた。
うん、おいしい。
とにかく地獄神はこの場に居ないんだから、この件は置いておいて、
もし会うことがあったら、その時に問い詰めてみよう。

「さて行くか」

そうして水分補給を済ませると、私はまた歩き出した。
エリアマップがあるので、私は迷子にはならない。
だが森の出口には、まだたどり着いては居なかった。
早く町に着きたい。
手帳には夜になると魔物は活性化して、凶暴になると書かれていた。
だから明るいうちに、町に着かないとダメだ。
それに…さすがに野宿は遠慮願いたい。
だがこのペースで進んでいたら、日が暮れるまでに町に着かないかもしれない。

そうだ。手帳に良い魔法が載っていないかな。
そう思ってめくってみると、飛翔魔法というのが目に入った。
空を飛ぶことが出来る魔法らしい。
空を飛ぶとか、人類の憧れじゃないか。
私は早速使ってみることにした。

「《飛翔(フライ)》」

すると私の体が宙に浮いた。おお、すごい…。
森の上空まで飛べるかな。
そう思うと、あっという間に森の上空に出ることが出来た。
どうやら念じれば、私の思うように空を飛ぶことが出来るらしい。
という事は、早く森の外まで行けるかもしれない。

「よし、行――ッ!?」

その瞬間、ものすごいスピードで私は空を飛んだ。

「ギャァァァーー!! 止まれッッッ!!!」

そう言うとピタリと空中で静止した。私はほっと溜息をついた。
さっきのは私が早く森を出たいと思ったから、
あんなスピードが出たんだろう。
とりあえず行くならゆっくり、
行くならゆっくり…そう念じると、ゆっくりなスピードで進んでくれた。
流石にもうあんなスピードは怖いので、ゆっくり行こう。
そして森の上空を飛びながら進んでいると、やがて森の出口までたどり着いた。
森の向こうには、街道らしき道が広がっていた。
さすがに誰かに見られたら、マズイのでここで飛翔魔法を使うのは止めておく。

道には多分馬車が通った後だろうか、蹄と車輪の跡がある。
この先を通っていけば、
エリアマップによると、アアルという町に着くらしい。
とりあえず日が暮れるまでに、その町に着かないといけない。

そんなこんなで私は道を歩き始めた。
しかし一向に町は見えてこない。
馬車の車輪の跡があるということは、
多分この世界の人は移動する時は、馬車で移動しているんだろう。
その距離を歩いて移動しているわけだから、
普通はめちゃくちゃ疲れそうなものだが、
私は休むことなく歩き続けることができている。

多分スキルの影響でそんなに疲れないようになっているのだろう。
日本に居た時は体育の時間は何より嫌いだった。
グラウンドを1周するだけで、
もう息切れしていたし、水泳の授業もビート板が無いと泳げなかった。
そんなインドア派もやしっ子が、
異世界に来た途端、
体力的にも魔力的にも、最強になるなんて出来すぎている。
なんてゆうか恵まれすぎてるよな…。

いや私は地獄神が言うには、
酷い仕打ちを受け、凄惨な死に方をしたらしいから、
これは彼なりの配慮なのかもしれない。
せめて第二の人生だけはそういう目に会わないように、
最強魔力とチートスキルを持たせてくれた…のかもしれない。

じゃあ、良い奴じゃん。地獄神…。
まぁ人の許可なく、勝手に心読んだり、
個人情報を暴いたりする時点で何ていうかアレだけど。
そんなに悪い人じゃないのかな…地獄の神様だけど。

そんなこんなでずっと歩いていると、
後ろから馬の蹄みたいな音が聞こえてきた。
後ろを振り返ると、1台の馬車がこっちに近づいてきた。
私はすぐ道の脇に避ける。
しかし近づいてきた馬車は私の目の前で停まった。

「おや、お嬢ちゃん。1人かい?」

そう話しかけてきたのは、馬車の御者をしているおじさんだった。
多分年齢は40代ぐらいだろうか、茶髪に焦げ茶色の目をしている。
服は茶色い服に、黒いズボン。
言葉が普通に通じるという事は、これもスキルの恩恵だろうか。

「あ、はい。そうですけど」

「子供が1人でこんな所に居たら危ないよ。
町まで行くから、乗せてってあげようか?」

はい喜んで、と言いたいところだが、
こういう場合、普通に付いていって大丈夫なんだろうか。
見た感じ親切そうな人だけど、人さらいの可能性もあるからな。
あ、そうだ。こういう時にステータス魔法使えば良いじゃん。
私は目の前の男性に気がつかれないように、
小声でステータス魔法を唱えてみた。

【カーヴァー】
【年齢】45才 【種族】人間 【属性】地
【職業】馬車の御者
【称号】
【レベル】5
【体力】232/232 【魔力】56/56
【筋力】E 【防御力】E 【精神力】C
【判断力】E 【器用さ】E 【知性】E 【魅了】E
【状態】
【カルマ値】128
【スキル】


…充分平均的だな。
手帳で見た情報によると、
基本的に一般の人のカルマ値は300以下が標準らしい。
まぁ300あるからといって、
人を殺したり、何か重大な犯罪を犯したということではない。
基本的に人間というのは誰もが少なからず、罪を犯すものだ。
例えば人の悪口を言ったとか、誰かを傷つけてしまったとか、
そういう罪が徐々に蓄積していき、
たまに人を助けるなどの善行をすると減る。
だからどんな人でも必ずカルマは持っている。
そういう人は死んだとしても地獄に行く事はないが、
常習的に犯罪を犯している人は、
あっという間に基準の数値を超えてしまうため、
死んだら地獄に行くらしい。
とりあえずこの人は普通の人みたいだから、大丈夫だろう。

とは言え、せっかく善意で誘ってくれたのに、
その人の個人情報を見るというのは嫌な気分だった。
これは必要じゃない限りはあまり使わない方がいいだろうな。

「あの、わかりました。よろしくお願いします。あの、お金は…」
「お嬢ちゃんは可愛いから、特別にタダでいいさ」

その言葉に私はさらに罪悪感が募った。ごめんね勝手にステータス見て…。

「あの、ありがとうございます」
「いや、良いんだよ。
聖眼持ちの人間を乗せたって言ったら、家族に自慢できるからさ」

聖眼持ちって何のことだと思ったが、
きっとこの金色の瞳のことを言っているのだろう。
あれだ。特殊な人間にしか現れない色とか、そんな感じだろう。
なるほど瞳が金色なんて違和感しかなかったが、役に立つこともあるらしい。
そう思いつつ、私は馬車に乗り込んだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

望んで離婚いたします

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,572pt お気に入り:843

竜傭兵ドラグナージーク

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:349pt お気に入り:2

入れ替わった花嫁は元団長騎士様の溺愛に溺れまくる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:555pt お気に入り:48

異世界転生令嬢、出奔する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14,157pt お気に入り:13,928

異世界じゃスローライフはままならない~聖獣の主人は島育ち~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:10,089pt お気に入り:9,061

【完結】彼が愛でるは、龍胆か水仙か……

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,609pt お気に入り:20

魔法大全 最強魔法師は無自覚

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:342pt お気に入り:15

処理中です...