超☆能力恋愛バトル

冬原桜

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第一話

転校生は人気者⑨

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「ただいま」
 時刻は二十時半と随分遅い時間になってしまっていた。蒼は玄関に腰を下ろしてだらだらと靴を脱ぐ。
「お兄ちゃん、おかえり。遅かったね。もう先にご飯食べちゃったよ」
 遥がリビングの扉をあけて蒼に声をかける。
「うん、別にいいよ。今日は疲れてるんだ。ご飯もいらないかも」
 いつもよりよく歩いたはずなのに、蒼はお腹がすいていなかった。
「え、嘘。今日からあげだよ? 美味しいよ?」
「遥は悩みがなさそうでいいよな」
 信じられない、という風に目を丸くする遥をみて、蒼は思わず苦笑する。靴を脱いだものの立ち上がる気になれない。
「遥だって悩みくらいあるもんね。座ってないで、早く入ってきたら? 遥、お兄ちゃんのこと待ってたのに」
「なんで?」
 遥が蒼に対してそんな風に言うのは初めてなので、蒼はびっくりして振り返る。そういえば、蒼が帰ったからといってわざわざリビングから顔を出すのも珍しいことだ。「いいから、早く」遥は理由を答えず、リビングに消える。蒼は立ち上がった。
 リビングの扉を開けると、左足に暖かいものが触れる。
「にゃあ」
 あの河川敷の子猫が、蒼の足にすりよっていた。
「えぇ! どういうこと?」
 蒼は、びっくりして尻もちをつく。すりよっていた子猫が、ビクっと体を硬直させた。
「ちょっと! 猫ちゃん驚かさないでよ!」
 遥が咎めるように蒼を睨む。
「いや、びっくりするでしょ、そりゃ……」
 足にじゃれつく子猫をまじまじと観察する。茶色い毛に人懐こい顔。先ほどの鳴き声。間違いなく探していた猫だった。
「どうしたのさ」
「うん? 帰りに友達と歩いてて、拾ったの」
「どこで?」
「学校の近くの川」
「どうするの? この子」
「どうするって? 飼うに決まってるじゃん」
「母さんはなんて?」
「可愛いね。飼えば、って」
 蒼の体から、へなへなと力が抜けていくようだった。
 諦めかけていた猫が、まさか我が家にいるなんて。しかも、家で飼う? 今までペットなんて飼ったことがないのに、簡単に母親が許したのか?
 蒼の白い靴下を興味深そうに引っ掻く猫を見つめる。
 神様がこの猫に憑依でもして、瑚白との運命を運んできたとしか、蒼には思えなかった。
「にゃあ」

 翌朝、いつも通りの時間に登校した蒼は、教室でただ一人、そわそわとしながら時間が経つのを待った。
 昨日欠席だった瑚白は、今日は来るのだろうか。来てほしい。
 祈るような気持ちで、時計の針が進むのを見つめていた。
 八時、廊下が賑やかになってきたので、教室の入り口に意識を集中させる。委員長が来て、流希が来て。他にも数人が来た後、瑚白の姿が見えた。蒼は瑚白の元へ向かう。
「お、おはよう。体調は大丈夫?」
「大丈夫」
 こくりと頷く瑚白は、今日も無表情だ。
「あのね、湊さんに伝えたいことがあるんだ」
 徐々にクラスメイトが登校してくる。また、誰かに話を遮られる前に、と気が早る。瑚白が首を傾げる。
「河川敷の猫、うちで飼うことになった」
 瑚白の表情に、変化があった。元々大きな目を更にぱっちりと開いて、蒼の目をまっすぐに見る。吸い込まれそうなほど、綺麗な目だ。
「昨日さ、帰ったらうちにいたんだよ。妹があの猫見つけて、拾ってきたんだって。信じられない偶然だよね? びっくりしちゃった」
 蒼は、自身が早口になるのを抑えられない。ひと呼吸おいて、唇を舐めた。
「そ、それでさ、今度よかったら、うちにおいでよ。いつでも。猫みにさ」
 緊張で唇が乾いていた。口を閉じると唇がひっついて、いつまでも開かないような気がした。
 ごくりと唾を飲む。女の子を誘うことは、蒼にとって初めての経験だった。

「いく」

 瑚白は目を細めた。頬を緩ませて、口元が綻んでいる。
 蒼が初めて見る瑚白の笑顔は、これまで出会ったすべてのシーンの中で、一番美しいものだった。

 胸が高鳴って仕方がない。脳内では、空を飛ぶ天使たちが、手にもったベルを盛大に鳴らしている。鼓舞するように。祝福するように。

 これは完全に、恋愛フラグじゃないのか!?

 蒼の中で加速する妄想は、どこまでも止まることなく広がり続け、終わりがなかった。
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