上 下
215 / 261
第2部

エピローグ

しおりを挟む
「じゃあ次は幹斗君の書く番だね。」

渡されたA3の用紙には、書写のお手本のような美しい筆跡で由良さんの名前が書かれていた。

舞い上がるように嬉しいのだが、この字の隣に自分の名前を書くのは何だか汚染のような気がして気が進まない。

「あっ!!幹斗達の証人欄は絶対俺が書くからね!!予約済み!!」

背中から谷津の明るい声が響く。

相変わらず元気な奴だ。その元気を俺にも分けてほしい。

「じゃあ私は静留君達の方の証人になるね。」

「それなら僕は谷津君と真希さんのところにサインするよ。」

真希さんと由良さんはそれぞれ違う紙を手に取りさらさらと名前を書き始めた。

今日俺たちは、6人で市役所に来ている。

由良さんに家族になろうと言われたことを谷津と東弥に連絡をしたら、成り行きで谷津と真希さんは婚姻届を、東弥と静留は養子縁組届書を一緒に出して証人欄をお互いに書き合おうということになった。

俺と由良さんの関係を知っているのに、養子縁組を結ぶことについてただおめでとうとだけ言ってくれた2人にはとても感謝している。

それに、もしあの時2人が由良さんと話すように言ってくれなかったら、俺と由良さんはここまで来られなかった。

「東弥さん、この漢字、どうやってかくのかわからない…。」

「ちょっと待ってね。これは…。」

目の前では、住所の漢字が書けないと泣きそうになりながら訴える静留君に、東弥が自らの手帳を開き大きく字を書いて教えてあげている。

何度か練習してその字が描けるようになると、静留君は目を輝かせ東弥を見て、東弥はそれに応えるように甘いglareを放ちながら静留君の頭をやさしく撫でた。

微笑ましい光景に思わず頬が綻ぶ。

「書き終わった?」

ぼうっとしていると凛とした声に鼓膜を震わされ、振り返れば隣で由良さんが微笑んでいた。

優しい笑顔にどきりとする。

ただそこにいるだけで格好いいのだから、自分を見て微笑まれたら心臓がもたない。

これからこの人と苗字まで同じだなんてどうしよう。幸せすぎる。

「…あの、もう少しです。」

「あっ、幹斗君名前間違ってるよ。」

ドキドキしながら答えた俺に、ふと由良さんがくすぐったそうに笑いながら指摘した。

名前なんてどうやったら間違えるのかと不思議に思い視線を移せば、“秋月幹斗”、という文字が書かれている。

筆跡も確実に俺だ。

いくら浮かれていると言ったって限度がある。何やってるんだ、俺…。

「一本線を引いて余白に直せば大丈夫だよ。」

由良さんに教えてもらった通りに苗字を訂正する。

訂正している間に耳元で小さく“可愛い間違い。訂正するのがもったいないね。”、なんて囁かれたから、穴があったら入りたい。

「えっ、なにその可愛い間違い。静留もやって。静留はね、真鍋静留だよ。鍋って漢字、書けるかな?」

「えっと、…んー、こうかな…?」

「そう。上手。」

「ほんとう!?」

東弥が静留君に敢えて間違わせようとしているのは見ないことにする。

それから東弥と静留君の証人欄にサインをして。

少しごたごたしながらも何とか窓口まで届けを出すことができ、手続きは無事終了した。

時計を見ると、案外長い時間が経っている。

「そろそろ行こうか。」

「はい。」

由良さんに差し出された手を取れば、しっかりと繋がれて自動ドアの外へと誘導された。

桜の花びらで染められた地面がとても美しい。

普段から歩いている道なのに、由良さんと手を繋ぎその中を踏み出せば初めて訪れた場所のように感じた。

繋いだ手から彼の体温が伝わってくるのがくすぐったくて嬉しくて。

“幸せだな”、と小さく呟いたら、由良さんが“僕も”、と同じように小さく返してくれた。

どちらからともなく顔を見合わせてくすりと微笑み合う。

突然、遅めの春一番が強く吹いた。

強いけれど、温かく優しい。

俺たちのこれからを祝福して背中を押してくれているみたいだなと、心の中で思った。

出会ってから本当に色々なことがあったし、これからもきっと様々なことが起こるだろう。

幸せで溢れる温かな朝も、泣きながら過ごす眠れない夜も、今まで一度もなかったけれど、喧嘩することだってあるかもしれない。

それでも、幸せも苦しみも喜びも悲しみも、全て分け合って生きていきたい。

今日改めて家族になった大切な貴方と、

この先もずっと、2人で。

~Fine~
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

おとなのための保育所

あーる
BL
逆トイレトレーニングをしながらそこの先生になるために学ぶところ。 見た目はおとな 排泄は赤ちゃん(お漏らししたら泣いちゃう)

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男

湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。 何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。

処理中です...