強く握って、離さないで 〜この愛はいけないと分かっていても、俺はあなたに出会えてよかった〜 

沈丁花

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第2部

バースデイ⑤

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案内された席は個室で、テーブルの中央に中世ヨーロッパを思わせる燭台が置かれていた。

すぐ横の大窓からは夜景が驚くほど美しく、そして椅子に座ると蝋燭の光がぼんやりと互いの顔を照らしてくれる。

由良さんの表情は俺の想像と変わらずひどく優しくて、その瞳が自分だけを映していると考えたら胸が締め付けられるように切なく疼いた。

「好きなものを頼んで。」

言いながら、彼が開いたメニューを俺に見えるように差し出してくれる。

「ありがとうございま……由良さん、このメニューおかしいです。」

メニューに目を通し首を傾げた俺に、由良さんが“どうして?”、と微笑みかけた。

どうしたもこうしたもない。由良さんは平然と見ているけれど、このメニューには明らかな欠陥がある。

「値段がありません。印刷ミスかな?…もしかして時価ですか!?」

くすり、と目の前で由良さんが吹き出した。

至って真面目なことを言っているのにどうして笑うのだろうか。

わからないで困っていると、彼はおかしそうに口を開く。

「書いていないだけで値段は決まってるよ。時価でも印刷ミスでもないから安心して注文して。」

安心して、と言われても値段のわからないものを頼めるほどの度胸はない。

そのうえメニューに並ぶ文字の羅列はどれも高級そうなもので、どれがどれほどの値段に当たるのか俺には理解が難しくて。

「…1番高いのは、どれですか…?」

せめて1番高いのだけは頼むのをやめよう。

そう思い聞いてみたけれど、由良さんはただ悪戯っぽく笑い唇を開いた。

「幹斗君。」

「えっ…?」

由良さんの手がこちらへと伸びてきて俺の頬にそっと触れる。

「値段なんて到底つけられないけれど、この場にある何よりも君の価値が高い。」

「な!?」

想定外の答えに驚いて思わず席を立ち上がってしまった。

ガタン、と大きな音が響く。

静かなクラシックで満たされた店内にその音はあまりにも不釣り合いで。

もう何も考えずに好きなものを頼もうと、俺は諦めてメニューに視線を戻した。
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