強く握って、離さないで 〜この愛はいけないと分かっていても、俺はあなたに出会えてよかった〜 

沈丁花

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第2部

バースデイ③

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エンジン音とともに車がゆっくりと発進する。

由良さんの運転は初めてだ。

夜闇に溶け込む彼の姿は氷細工のように端正で美しく、そしてどこか儚げに映る。

「大学はどう?大変?」

前を向いたまま、由良さんがふと俺に尋ねてきた。

「…少しだけ。でもいいデータが出てきたので、夏の国際学会に出ることになりました。」

「国際学会?すごい。」

心底感心したように彼が声を弾ませる。

運転しながら容易く俺に会話のボールを投げてくれて、そのボールがとても受け取りやすくて、俺は自然と言葉が出て。

この人どうしてこんなに格好いいんだろう、と疑問に思う一方で、紫紺の瞳が俺を見ていないことを少し寂しく感じた。

誕生日に夢みたいなデートをしてもらっているのに寂しいなんて本当におかしい。

面倒くさい自分が嫌になり、思わず俯く。

「英語の口頭発表なので緊張します。頑張らなきゃ。…由良さん、英語の練習付き合ってくれませんか…?」

せめて寂しさを悟られないよう次の言葉を紡いだが、彼からの返事はなく、代わりに頭にぽんと手を置かれた。

「えっ…。」

驚いて彼の方に目を向けると、目の前で紫紺の瞳が愛しげに揺れている。

ふわりとシトラスの香が鼻をかすめ、彼との距離がごくわずかまで縮んでいることを知った。

…あっ、赤信号…。

気づいた俺は慌てて視線を前に戻そうとしたけれど、それより先に逃がさんとばかりに熱く唇を塞がれた。

「ふぅっ…んっ…。」

わずかな隙間から吐息が漏れる。

舌を絡ませず唇を喰む口づけは、激しい一方でひどく甘い。

溺れてしまいそうだ。

そしてそんな口付けをするくせに、信号が戻ると彼の唇は離れて行ってしまう。

まだ熱の残った唇が、口付ける前よりもさらに寂しい。

「…ごめんね。君があまりにも可愛くて、我慢できなかった。着くまでもう少しだから。」

我慢して、と由良さんが自らも何かを堪えるような声で静かに紡ぐ。

その言葉にうんといえば寂しさを認めてしまうし、否定すれば嘘をつくことになるから、俺は黙って車の窓に頭をもたれかけた。

火照った頬に、車窓の冷たさが心地いい。
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