210 / 261
第2部
バースデイ③
しおりを挟む
エンジン音とともに車がゆっくりと発進する。
由良さんの運転は初めてだ。
夜闇に溶け込む彼の姿は氷細工のように端正で美しく、そしてどこか儚げに映る。
「大学はどう?大変?」
前を向いたまま、由良さんがふと俺に尋ねてきた。
「…少しだけ。でもいいデータが出てきたので、夏の国際学会に出ることになりました。」
「国際学会?すごい。」
心底感心したように彼が声を弾ませる。
運転しながら容易く俺に会話のボールを投げてくれて、そのボールがとても受け取りやすくて、俺は自然と言葉が出て。
この人どうしてこんなに格好いいんだろう、と疑問に思う一方で、紫紺の瞳が俺を見ていないことを少し寂しく感じた。
誕生日に夢みたいなデートをしてもらっているのに寂しいなんて本当におかしい。
面倒くさい自分が嫌になり、思わず俯く。
「英語の口頭発表なので緊張します。頑張らなきゃ。…由良さん、英語の練習付き合ってくれませんか…?」
せめて寂しさを悟られないよう次の言葉を紡いだが、彼からの返事はなく、代わりに頭にぽんと手を置かれた。
「えっ…。」
驚いて彼の方に目を向けると、目の前で紫紺の瞳が愛しげに揺れている。
ふわりとシトラスの香が鼻をかすめ、彼との距離がごくわずかまで縮んでいることを知った。
…あっ、赤信号…。
気づいた俺は慌てて視線を前に戻そうとしたけれど、それより先に逃がさんとばかりに熱く唇を塞がれた。
「ふぅっ…んっ…。」
わずかな隙間から吐息が漏れる。
舌を絡ませず唇を喰む口づけは、激しい一方でひどく甘い。
溺れてしまいそうだ。
そしてそんな口付けをするくせに、信号が戻ると彼の唇は離れて行ってしまう。
まだ熱の残った唇が、口付ける前よりもさらに寂しい。
「…ごめんね。君があまりにも可愛くて、我慢できなかった。着くまでもう少しだから。」
我慢して、と由良さんが自らも何かを堪えるような声で静かに紡ぐ。
その言葉にうんといえば寂しさを認めてしまうし、否定すれば嘘をつくことになるから、俺は黙って車の窓に頭をもたれかけた。
火照った頬に、車窓の冷たさが心地いい。
由良さんの運転は初めてだ。
夜闇に溶け込む彼の姿は氷細工のように端正で美しく、そしてどこか儚げに映る。
「大学はどう?大変?」
前を向いたまま、由良さんがふと俺に尋ねてきた。
「…少しだけ。でもいいデータが出てきたので、夏の国際学会に出ることになりました。」
「国際学会?すごい。」
心底感心したように彼が声を弾ませる。
運転しながら容易く俺に会話のボールを投げてくれて、そのボールがとても受け取りやすくて、俺は自然と言葉が出て。
この人どうしてこんなに格好いいんだろう、と疑問に思う一方で、紫紺の瞳が俺を見ていないことを少し寂しく感じた。
誕生日に夢みたいなデートをしてもらっているのに寂しいなんて本当におかしい。
面倒くさい自分が嫌になり、思わず俯く。
「英語の口頭発表なので緊張します。頑張らなきゃ。…由良さん、英語の練習付き合ってくれませんか…?」
せめて寂しさを悟られないよう次の言葉を紡いだが、彼からの返事はなく、代わりに頭にぽんと手を置かれた。
「えっ…。」
驚いて彼の方に目を向けると、目の前で紫紺の瞳が愛しげに揺れている。
ふわりとシトラスの香が鼻をかすめ、彼との距離がごくわずかまで縮んでいることを知った。
…あっ、赤信号…。
気づいた俺は慌てて視線を前に戻そうとしたけれど、それより先に逃がさんとばかりに熱く唇を塞がれた。
「ふぅっ…んっ…。」
わずかな隙間から吐息が漏れる。
舌を絡ませず唇を喰む口づけは、激しい一方でひどく甘い。
溺れてしまいそうだ。
そしてそんな口付けをするくせに、信号が戻ると彼の唇は離れて行ってしまう。
まだ熱の残った唇が、口付ける前よりもさらに寂しい。
「…ごめんね。君があまりにも可愛くて、我慢できなかった。着くまでもう少しだから。」
我慢して、と由良さんが自らも何かを堪えるような声で静かに紡ぐ。
その言葉にうんといえば寂しさを認めてしまうし、否定すれば嘘をつくことになるから、俺は黙って車の窓に頭をもたれかけた。
火照った頬に、車窓の冷たさが心地いい。
1
お気に入りに追加
699
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる