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第2部

幸せな朝②

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(幹斗side)
「由良さん、今日は何時ごろになりますか?」

彼の職場の前で足を止め、ありきたりなセリフを吐いた。

このやりとりでほんの少し由良さんといる時間が伸びるから、と、ずるい俺はいつも足を止めてからこの問いかけをする。

一緒に暮らすようになってからは、場所が近いため時々朝一緒に家を出て由良さんを会社まで送るようになった。

ギリギリまで由良さんといられるのは本当に嬉しいし、スーツ姿の彼をそばで見られるのは幸せで、密かにお気に入りの時間になっている。

「今日は9時ごろかな。なるべく早く帰るよ。行ってきます。」

「いってらっしゃい、待ってます。」

ふわりと一瞬だけ俺の頭に手を置いて、由良さんはビルの方へと歩いてしまう。

由良さんが見えなくなって大学へ向かおうとしたところで、道端に手帳が落ちていることに気がついた。

かなり高価なブランドもので、見ただけでこれを落としたら困るであろうことがわかる。

さっきまでなかったはずだから…。

あたりを見回して、ここに落とすような軌道で歩いている男性は1人しかいなかった。

あの人が落としたのだろう。

「あの。」

由良さんと同じビルに入ろうとしているその男性の背中を追いかけ、呼び止めた。

「…はい?」

怪訝そうな顔で男性が振り向く。

…やっぱり声、かけない方が良かったかな。

「あのこれ、落としました。」

さっさと渡して大学へ行こう。悪いことはしてないし。

「ああ、ありがとう。」

彼が礼を述べた瞬間目が合って、何か嫌な予感がした。

「では俺はこれで…。」

こういう時は、関わらないに越したことはない。

しかし会釈をして大学に行こうとすると、ぽん、と肩に手が置かれ、引き止められた。

「君、何かお礼に食事はどうだい?」

彼の目からわずかにglareが放たれている。初対面で、しかも善意で忘れ物を届けた人間にglareを放つなんて、なんなのだろう…。

「いえ、大丈夫です。」

「そう言わずに。…じゃあ、これだけでも。」

名刺を一枚、断る隙もなく手に握らされた。

そのまま彼はビルへと消えていく。

名刺には、由良さんと同じ社名とともに、“◯◯部課長 御坂理人”、と書かれていた。

社会のリーダー的立場にいる人間にはランクの高いDomが多いらしい。

支配力の高いDomが上に立つことは、少し考えれば適材適所で理にかなっている。

そして、俺にglareが効いたということは彼もSランクなのだろう。

…本当に、嫌な予感しかしない…。

他人の名刺を捨てる気にはなれなかったから、財布の隅に入れておいて、どうか何もありませんようにと願いながら大学へ向かった。

「幹斗おはよー!!」

途中で谷津の声がして、背中をぽんと叩かれる。

「…谷津、女子高生でも漫画の中でしかしないでしょうそれ… 」

片手にパンを抱えている彼を見て、思わずつっこんだ。

大学近くに勤めているからたまにすれ違うが、もう彼は会社員だ。流石にスーツ姿でパンを食べながら出社はやばい。

ちなみに大学1年の秋から就活時期までずっと見慣れていた赤毛はストロベリーブロンドの地毛に戻っている。

「時間の有効活用だしっ!!」

…まあ、心配しすぎか。

谷津を見ていたらなんだかどうでも良くなって、授業が終わり家に帰って引き出しの中に名刺を眠らせたら、すっかり記憶から抜けてしまった。





「ただいま。」

帰宅後、食事を作り終えてリビングで勉強をしていると、玄関先から大好きな声が聞こえてきた。

「おかえりなさい、由良さん。」

すぐにこちらまで来るとわかっているのに、彼が帰ってくる瞬間はいつも嬉しくて玄関まで駆けて行ってしまう。

「ただいま。」

「…んっ… 」

甘いglareを放ちながらもう一度挨拶をされ、抱きしめられ、くちゅっと音を立てて口付けられた。

…きもちいい…。

付き合って3年もたつのに未だに彼の格好良さに慣れない。

自然に唇を奪うその男らしい仕草に心臓が破裂しそうだし、愛おしいと言わんばかりに優しいglareを放つ紫紺の瞳を見つめているとぼうっとしてしまう。

でもこれ以上はダメだ。

「あ、の、…ご飯、できてます… 」

視線を泳がせおどおどとしながらなんとか紡ぐと、

「そうだね。続きはまたあとで。」

と色っぽい声が耳元で囁くから、さらに挙動不審になってしまい、今日もまたいつものように幸せな完全敗北を味わってしまった。
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