強く握って、離さないで 〜この愛はいけないと分かっていても、俺はあなたに出会えてよかった〜 

沈丁花

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夏祭り1

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動画を見ながら何時間もかけてなんとか浴衣を着て、慣れない手つきで髪を括った。

由良さんと夏祭りだなんて嬉しくて、どうしても張り切ってしまって。

混雑した改札からなんとか抜け出すと、“幹斗くん”、と聴き慣れた声がして、大きな手に手首をつかまれ、強く引き寄せられる。

慣れない下駄で足元が絡まり前のめりに倒れてしまったが、地面の代わりにしっかりとした体躯が、俺の身体を受け止めてくれた。

見上げると、大好きな彼が愛おしげに俺を見つめている。

「…あっ、ありがとうございます、由良さんっ…!」

浴衣姿があまりにも格好良くて一瞬見惚れて黙ってしまい、慌てて礼を述べる。

だって似合いすぎている。いつものスーツ姿も私服姿も格好いいが、襟元から覗く鎖骨や普段シャツに隠されているうなじが色っぽくて、もはやファッション雑誌の1ページのようだ。

それでこんなにも手際良くエスコートしてくれるものだから、本当に心臓がもたない。

…それはいつもか。

「浴衣似合うね、幹斗君。かわいい。」

爽やかに微笑まれ、言葉を失う。身体が熱すぎてどうしよう。

「あ、の、由良さんも、格好いい…。」

「それは嬉しいな。ありがとう。…あ、髪、解けちゃってるね。」

「えっ、本当ですか?」

涼しげな浴衣に合わせてあんなに時間をかけて結んだのに、どうやらうまくいかなかったようだ。

スマホを鏡にして見ると、確かにかなり後毛が出ている。

あまり手先が器用ではない自分を恨んだ。こんなところでは直すことすら叶わない。

しかし諦めて解こうとすると、その手を由良さんに止められた。

「そんな顔しないで。すぐ直せるから。」

手際良く由良さんが俺の髪を手櫛で梳かし、元と同じように髪を括ってくれる。

鏡を見ると自分でしたものより綺麗で、やっぱり由良さんはすごいと思った。

「じゃあ行こうか。」

由良さんが自然に俺と手を繋ぎ、祭りの方へと引っ張ってくれる。

下駄で何度かつまずきそうになったが、彼は俺がつまずきそうになるたび、手を引いたり背中を支えたりしてバランスを立て直してくれた。

そして祭りの会場について。

人混みが苦手な自分がお祭りだなんて、と思ったが、由良さんがそばにいたら、案外その雰囲気が事前で楽しく思えた。

それに、屋台には様々な美味しそうなものが並んでいる。

「幹斗君、何か食べたいものは?」

屋台を一瞥しながら、由良さんが尋ねてくる。

「りんご飴とわたあめ、食べたいです。」

「まずはりんご飴にして、何かしょっぱいものを挟んでからわたあめにしようか。」

「はい。」

それから由良さんは、どこから仕入れた情報なのか“これはここが美味しい”、などと言って屋台のものをそれぞれ買ってくれた。

りんご飴、わたあめ、かき氷に今川焼き。彼は俺に欲しいものを自然に買って与えてくれ、俺はお金を払う隙がない。さらに俺の手が塞がらないように荷物はほとんど持ってくれている。

下駄でもすごく自然に歩いているし、浴衣姿は格好いいし…。

“わっ、あの人かっこいい!”
“えー、芸能人かな?”
“荷物持ってくれてるの、優しいー!”

由良さんを見た人たちが、ざわざわと声をあげていて、それに激しく同意する。

“あっ、隣の子もかっこいい。”

隣の子?かっこいい?誰だろう?由良さんのパートナーは俺なのに…、と少しもやりとしながら辺りを見回す。

“でもあの子、かき氷とわたあめって…!やだかわいい!”
“確かに!くすくす…。弟さんかな?”

かき氷とわたあめ…

…えっ、それ俺のこと…?

「わっ…。」

「大丈夫?」

動揺してまたもや足をつまずかせてしまった。

それをたやすく由良さんが支えてくれる。

「ありがとうございます。大丈夫です。」

…もう今日は甘いもの、買わない…。

そうこうしながら歩いていると、途中で由良さんの足が止まった。

「ここ、今年は怖いらしいよ。行ってみようか。」

彼が指差す先にあるのは、お化け屋敷で。

ただでさえ毎年怖いというのに、さらに今年は怖いということ?

…それはちょっと…。

ホラー系にはめっぽう弱いのだ。しかし由良さんに誘われた手前、なんと答えればいいか迷ってしまう。

「一緒に入ればきっと楽しいよ。」

優しく言われ、言葉に詰まった。

アトラクションまでは、長蛇の列ができている。

俺はその列に並び、単位確定前のようなドキドキを、列が縮まる度にする羽目になった。







「怖い?やめておく?」

あと5分、というところで由良さんにしがみつき震えていたら、心配そうに問いかけられた。

「…えっと…、大丈夫です。」

やっぱり怖い、と言えたらどれだけよかっただろう。

“やっぱやめない?”
“このくらい平気だよー◯◯君情けないー。”

というカップルの会話を並んでいる間に聞いたから、無駄に意地を張ってしまった。

「次の方どうぞ。」

順番が回ってきて、由良さんの腕にしがみつきながら恐る恐る真っ暗な中に足を踏み入れる。

…ああもう、雰囲気だけでこわい…。

暗い中でひんやりとした空気が肌を撫でる感覚がたまらなく恐怖をそそってくる。

「幹斗君、前見ないとこけちゃうよ?」

目を瞑り由良さんに身を委ねるようにして歩いていると、すぐにつまずいて、心配されてしまった。

「そ、そうですよね。気をつけます…、、」

これは天井から吊るされた光源。決して土葬された遺体から出たリンが雨水に反応したりしたわけじゃない。

ところどころにぼんやりと青白く浮いている光について、何度も自分に言い聞かせる。

「何か話そうか。この後何したい?」

「えっと…。射的と、ヨーヨーすくいがしたいです。」

「ヨーヨー?金魚じゃないんだ。」

「金魚はかわいそうだから…。」

「そっか。」

話しながら俺の方を見て、由良さんが優しく目を細めて笑う。

全く動じない彼を見ていたら、俺も少しずつ落ち着いてきた。

…と思っていたところで、ふと何かが足に当たった。

「ひっ…。」

何かにつまずいたのだろうか。警戒最大のこの状況の中だから、変な声が出てしまう。

しかし、歩こうとしても先に進めなくて。

自分の足を見たら、真っ赤な手が足首を掴んでいた。

「ぎゃーっ!!!!」

…待って怖い血だらけの手って…

慌てて逃げると、今度は目の前にたくさんの人形が並んでいた。

絶対呪いの何かだ。視界がぼやけてくる。

早くここから出たい…。

そこからはもう、ドクロとか、追いかけてくる髪の長い女の人とか、地獄でしかなかった。

前を見なければ危ないだとかそういう次元じゃなくて、目を瞑っていないとここに存在することすら怖い。

先ほどよりさらに身体を密着させ、目を閉じ、由良さんに身体を委ねながら進んでいった。

由良さんはもう注意することはせずに、始終優しく背中をさすってくれて。

「ごめん。そんなに怖かったなんて…。」

お化け屋敷から出ても足が震えて自立できなかったから、由良さんが座る場所を見つけてそこに2人で腰掛けた。

「うぅっ…かっこ悪い… 」

「そんなことないよ。」

「でも由良さんは平気そうだったし…。」

やっぱり由良さんは格好いいから、俺が隣にいていいのか不安になる…。

「幹斗。」

甘い声で、耳元で、突然名前を呼ばれて背筋が震えた。

顔を上げると、俺を見つめていた紫紺の瞳から弱く甘やかなglareが放たれる。

「よくがんばったね。偉かったよ。それに2人とも平気だったら意味がないでしょう…?」

目元にまだ少し残っていた涙を、由良さんが人差し指で優しく拭っていく。くすぐったくて心地いい。

「あの、…人、見てる…。」

ふと、周りの視線がこちらに集まっているのを感じた。

「関係ないよ。頑張った子を褒めるのは当然のことだから。」

しかし由良さんは全く気にしていない様子で。

…ああもう、格好いい。

鼓動がどんどん加速して、このままいったら破裂してしまうのではないかとさえ思った。

同時にずっと変に入っていた力が抜けて、足の震えが元に戻る。

「もう立てる?」

「はい。」

由良さんが先に立ち上がって手を差し伸べてくれたから、俺もその手を握り、席を後にした。

「ヨーヨーつりだっけ?あと、射的と…。」

ヨーヨー、射的、くじ、型抜き。由良さんと一緒に様々な屋台を回った。

「わっ、すごい。ありがとうございます。」

由良さんは射的が上手で、俺が欲しいと言った音楽プレイヤーをとってくれた。

「実は得意なんだ。」

照れ臭そうに彼が笑う。そんな姿を、愛おしく思う。

もちろん目を細めて射的の焦点を合わせる姿も格好よかったけれど。

ひとしきり遊んで、由良さんに手を引かれ歩いていたら、いつのまにか静かな高台の上に来ていた。






「ここからは花火がよく見えるんだよ。」

綺麗に微笑んで由良さんが言う、その横顔は少し寂しげに見えた。

ここの雰囲気がそうさせるのだろうか。

屋台近くでの騒がしさが嘘のようにここは静かで、あたりを見回しても誰もいない。

俺はなんとなく次の言葉が探せずに、笑んで返事をごまかした。

遠くから祭囃子が聞こえてくる。

こんなに寂しいものだったっけ。さっきまではあんなに、にぎやかだったのに。

“パパ、早く早く。始まっちゃう。”
“待ちなさい。そんなに急いだらこけ…ああ、ほら。言わんこっちゃない…。”
“ヨーヨー潰れちゃった…。”

静かなお囃子に混じって声が聞こえてきた。下を覗くと、小さな男の子とその父親が慌ただしく、でもたのしげに話している。

俺にはずっと縁のなかった光景。幼い頃、羨ましくなかったといえば嘘になる。

…そういえば、由良さん、俺の父親なんだよね…。

ふと、隣の彼の横顔を見てそう思った。

もしももっとずっと早くに違う形で出会っていたのなら、俺は彼のことをこう呼んだのだろうか。

「お父さん…。」

由良さんがこちらを向いて、驚いたように目を見開く。

…あれ、俺声に出てた…、、?

「すみません、その…
…ちょっとなんとなく、…意味はなくて…。」

気まずくて視線を逸らした。

何してるんだ俺…。普段から触れないようにしていたのに、由良さんの暗い過去を掘り出すようなこと、こんな場所で…。

自責の念に駆られ、泣きたくなる。

由良さんは何も言わずに、こちらを見ることもせずに、けれど大きな手で俺の髪をくしゃりと撫でてくれた。

「そのおかげで君がここにいるのなら、愛おしい過去だよ。産まれてきてくれてありがとう、幹斗。」

俺の名を呼んだ彼の声音は、いつもの君付けで呼ぶときとも、プレイ中のものとも違って、寂しげで、でもどこか温かさを含んでいて。

由良さんが言い終わると同時にひゅう、と音が鳴り、暗い空に一輪の光が弾けた。

儚く笑う彼の横顔を、鮮やかな光が照らしていく。

彼がひどく無理をしているように感じられて、思わず俺は彼の袖を引いた。

すると由良さんは振り返り、優しく笑って。

「そんな顔しないで。本当にそう思っているから。」

言いながら、腕を引き寄せられ、優しく抱きしめられた。

浴衣越しだといつもよりずっと体温が伝わって、その心地よさとさっきの言葉の温かさに涙が出そうになる。

そのまま顎に人差し指を添えられ、上を向かされた。

藍の瞳が近づいてきて、唇に柔らかな感触が当てられる。

長い口づけは、触れるだけだったはずなのに、不思議と深く繋がっている気がして、息ができなかった。

「父親としてしてあげられなかったことも、恋人としてしたいことも、これから全て君に捧げるよ。」

唇が離れ、由良さんが耳元でささやく。

…もう本当に…。

「由良さん、ありがとう、大好き。」

それ以外の言葉が見つからなかったから、彼の背中に手を回して、腕に力を込めながら言った。

再び花火が上がる。今度は一輪ではなく、幾つもの大輪が空を埋め尽くしていく。

「僕も愛してる。」

けれど、そう言ってくしゃりと破顔したひだまりのような彼の笑顔が、空の花畑よりずっと綺麗だと、俺は心の中で思った。
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