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「…ありがとう。」

しばらくして、由良さんの声が降ってきた。

泣きそうなくらい優しい声音で、見上げたら、彼はすこし罰が悪そうにしている。

「僕は君に、救ってもらってばっかりだね。」

俺を抱きしめていた手が解かれる。

救ってもらって、ということは、これからも一緒にいてくれるということなのか、それともまだ安心するには早いのか。

「由良さんがあの日俺にしてくれたことです。」

「僕は何も…。」

「何もかも、ほしいもの全部くれた。」

キッパリ言い切ると、由良さんは驚いたように目を見開いて。

そして、ふわり。優しく微笑んだ。

「じゃあ、次は僕の番だ。」

手を取り、引き寄せられる。

由良さんは俺をもう一度抱きしめて、たくさん頭を撫でてくれた。

気持ち良くて、嬉しくてたまらない。でも、これはどっちなのだろう。抱きしめ頭を撫でるくらいなら、親子でもするものではないだろうか。

不安で彼の瞳をじっと見つめると、だんだん紫紺の瞳が近づいてきて、そのまま唇を重ねられた。

家族にするような軽いものではなく、深く、互いの熱を探り合うようなキス。

何度も重ねた唇だが、タバコの味がしたのは初めてだった。

「幹斗君、黒髪の方が似合うね。」

唇が離れた後、名残惜しそうに俺の髪を梳きながら、由良さんが言う。

「…由良さんとお揃いです。」

不意打ちの褒め言葉に頭に血が上って、思わず俯きながら口に出してしまった。

気まずい雰囲気になったらどうしようと一瞬不安になったけれど、由良さんがそうだね、と笑ってくれたので安心して息をつく。

「ちょっと、お店の前よ。あとは家でやって頂戴。」

いつのまにか咲さんがそばに来ていて、俺たちを見て呆れている。

俺はとっさに由良さんから離れた。抱き合っているところなんて、人に見せるものじゃない…。

「少しくらいいいでしょう。」

拗ねた口調で由良さんが言う。

「…だから少しは黙って見ててあげたじゃない。これ以上はだーめ!!」

「えっ!?」

咲さんどこから見てたんですか?…とは、怖いから聞かない。

「ていうか幹斗ちゃん、さらにいい男になったじゃない。由良なんてやめて、私と付き合わないー?」

「咲っ!!」

咲さんの謎の冗談に、由良さんは噛み付くように抗議する。

「冗談よ冗談。でも今度こんなことになったら、遠慮なく奪いに行くわ。東弥君とも競争になるかしらね。」

ひらりと手を翻して、咲さんがお店に戻っていく。

「もう離さない。絶対、何があっても。」

由良さんのその言葉は、咲さんでなく俺に向けて放たれた。

「俺も。」

ふと、頬に何か冷たい感触が当たって、空を見上げる。

「雪だね。」

同じく空を仰いだ由良さんが、言葉と共に白い息を吐く。

幸せだ。本当に幸せで、

この幸せをずっと続けるためなら、何を犠牲にしたっていいと、心からそんなことを思った。






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