強く握って、離さないで 〜この愛はいけないと分かっていても、俺はあなたに出会えてよかった〜 

沈丁花

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「ここだよ。」

由良さんが足を止めたのは、小さなイタリアンの前だった。看板も入り口も路地裏にあり、隠れ家的な印象を与える。

中に入ると、一面はバーカウンターで、他に3つテーブル席があった。

広くはないが、席数が少ないのと天井が高いため閉塞感を感じない。また、統一感のあるシンプルな家具と暖色の照明が、どこか由良さんの部屋に似ている。

「予約していた秋月です。」

「お待ちしておりました。カウンター席へどうぞ。」

コートを受け取りながらウェイターが一礼。

カウンター席に座ると、メニューが渡された。

「幹斗君お肉好き?」

由良さんがメニューを受け取り、俺にも見えるように広げる。

「好きです。」

「よかった。あと、苦手なものは?」

「えっと、セロリと春菊が少し…」

「よかった、コースに入ってないから大丈夫。じゃあ…この中で食べたい部位とかある?」

由良さんがページをめくり、様々な肉の部位が書いてある欄を指差した。

A5ランク和牛の、その中でも高そうな部位しかないように思えるが、錯覚だろうか。

「じゃあ、ヒレで… 」

「了解。僕はタンにしようかな。」

由良さんが注文し、しばらくして料理が運ばれてきた。



「んっ!!」

肉はステーキにして出されたのだが、一口含んだ時の旨味に、俺は驚いて目を見開いた。

柔らかいが弾力があり、そして噛むたびに凝縮された旨味が広がっていく。

「おいしい?」

「すごく美味しいです!」

ここのは全部熟成肉なんだよ、と言い、隣にいる由良さんが嬉しそうに俺を見た。お酒が入っているからかいつもよりさらに色気があり、格好良すぎて直視できない。

ちなみに俺は、未成年なのでノンアルコールのカシスソーダを飲んでいる。色が似ているので由良さんとお揃いでワイン気分…と思ったが、ワイングラスに入っていないからあまり意味がなかった。

入り口の方でカランカランと音がなる。

「予約してた…あら、由良じゃない??」

由良さんの方に話しかけた声を、俺は知っている気がして振り返った。

「やっぱり…って、あらあら、幹斗ちゃんじゃない!!」

あら偶然ね、とサラサラのヘアをかき分けながらこちらへ歩んできた彼女…いや、彼は、由良さんに出会う前まで世話になっていたクラブのママだった。


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