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ep46
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「どうした?一葉。」
一葉はSub用のClaim書類の前で頭を抱えていた。その様子を、Dom用の書類を書き終わったらしい紅司が、横から不思議そうに覗き込んでくる。
そして、なるほどな、と紅司は腑に落ちた様子で、一葉の頭をくしゃりと撫でた。
目の前の書類の、
‘セーフワード’
という欄だけが空白のままで残っている。
…そう、紅司とのプレイの際、一葉は大抵セーフワードを決めていなかった。なぜなら、commandで話せない状態になっていることが多かったからだ。
代わりに、紅司の肩を二回叩く、親指に噛み付く、など、その時のプレイで取りやすい行動を、紅司が事前に決めてくれていた。
…思い返してみる。紅司とのプレイでセーフワードを使った時はあったのか?あったとしたら、それはどんなワードだったのか。
そんな時、初めて紅司とプレイを行った時のことを思い出した。
‘Violet’
確か、彼はその言葉をセーフワードに使っていなかったか。
「紅司様」
楽しそうに一葉が悩む姿を観察している紅司に、ふと問いかける。
「なんだ?」
彼は物腰柔らかに微笑んで、そう返した。
「Violet、とはどういう意味ですか?初めてプレイをした時に使った、セーフワードです。」
「覚えていたのか。あれは、一葉の好きだった花の名前だ。」
「好きだった花…?」
花が好きだなんて、自分はそんなにロマンチストな男だっただろうか。
否、好きな花など、特に思い当たらない。一葉は額に手を当てて考えこんでしまう。
「裏庭で、雑草すら生えていない隅に、一本だけ咲いていた紫色のスミレ。10年前のあの1週間、いつもそれに笑いかけていただろう。」
言われて、その頃を振り返ってみる。心身ともに疲れ果てていたためあまり記憶に残っていないが、
スミレ…、一輪…。
「…あれのことでしょうか。
一輪だけでいる姿が、どうにも孤独に映って、自分に重なって見えて…。」
枯れない程度に水をやったり、周りに少しだけ肥料を撒いたりしていた。
「あの時は一葉について思い当たるワードなど、そのくらいしか思い浮かばなかったから。」
「なるほど、スミレ…。」
一応、スマホで花言葉を調べてみる。
それぞれの色ごとに別の意味があるらしいが、全体としての花言葉は忠誠、愛など。紫は誠実、といった意味があるらしい。
一葉はためらいなくViolet、とセーフワードの欄に記入した。2人の間の関係をつなぐ言葉として、意味的にも申し分ない。
提出を終え、駐車場まで戻ろうとした。そのとき。
「…一葉?」
確かに自分の名を呼ぶ声を、紅司とは別方向から一葉は聞いた。
一葉はSub用のClaim書類の前で頭を抱えていた。その様子を、Dom用の書類を書き終わったらしい紅司が、横から不思議そうに覗き込んでくる。
そして、なるほどな、と紅司は腑に落ちた様子で、一葉の頭をくしゃりと撫でた。
目の前の書類の、
‘セーフワード’
という欄だけが空白のままで残っている。
…そう、紅司とのプレイの際、一葉は大抵セーフワードを決めていなかった。なぜなら、commandで話せない状態になっていることが多かったからだ。
代わりに、紅司の肩を二回叩く、親指に噛み付く、など、その時のプレイで取りやすい行動を、紅司が事前に決めてくれていた。
…思い返してみる。紅司とのプレイでセーフワードを使った時はあったのか?あったとしたら、それはどんなワードだったのか。
そんな時、初めて紅司とプレイを行った時のことを思い出した。
‘Violet’
確か、彼はその言葉をセーフワードに使っていなかったか。
「紅司様」
楽しそうに一葉が悩む姿を観察している紅司に、ふと問いかける。
「なんだ?」
彼は物腰柔らかに微笑んで、そう返した。
「Violet、とはどういう意味ですか?初めてプレイをした時に使った、セーフワードです。」
「覚えていたのか。あれは、一葉の好きだった花の名前だ。」
「好きだった花…?」
花が好きだなんて、自分はそんなにロマンチストな男だっただろうか。
否、好きな花など、特に思い当たらない。一葉は額に手を当てて考えこんでしまう。
「裏庭で、雑草すら生えていない隅に、一本だけ咲いていた紫色のスミレ。10年前のあの1週間、いつもそれに笑いかけていただろう。」
言われて、その頃を振り返ってみる。心身ともに疲れ果てていたためあまり記憶に残っていないが、
スミレ…、一輪…。
「…あれのことでしょうか。
一輪だけでいる姿が、どうにも孤独に映って、自分に重なって見えて…。」
枯れない程度に水をやったり、周りに少しだけ肥料を撒いたりしていた。
「あの時は一葉について思い当たるワードなど、そのくらいしか思い浮かばなかったから。」
「なるほど、スミレ…。」
一応、スマホで花言葉を調べてみる。
それぞれの色ごとに別の意味があるらしいが、全体としての花言葉は忠誠、愛など。紫は誠実、といった意味があるらしい。
一葉はためらいなくViolet、とセーフワードの欄に記入した。2人の間の関係をつなぐ言葉として、意味的にも申し分ない。
提出を終え、駐車場まで戻ろうとした。そのとき。
「…一葉?」
確かに自分の名を呼ぶ声を、紅司とは別方向から一葉は聞いた。
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