跪くのはあなただけ

沈丁花

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ep38

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桃香の後ろからコツコツと足音が響き、何かの影が見える。

「久しぶり、一葉さん!

…ふーん、やっぱり一葉さんって紅司のSubだったんだ。そんな首輪つけちゃって、面白くないな。」

「お前、紅司様を呼び捨てにっ…、蘭…。」

その名を呼んだ途端、一葉の顔面に容赦ない拳が飛んできた。それは早く鋭く、完全には避けきれなくて、頬にくらって地面に倒れこむ。

「ご主人様、でしょ?」

「… 」

状況が全く飲み込めないが、蘭が相手側についていることだけは確かだった。ご主人様、とは一体こいつは何を言っているのだろう。

口元は笑っているが、目は真剣だ。

本当の主人である紅司の前で蘭を主人だなんて呼ぶことはできない。一葉は流血した口を、固く噤む。

しかし。

「やだっ、やめてっ!!」

桃香の声が聞こえて。

「ほら、早く呼ばないと、殺しちゃうよ、いいの?」

「くっ…ご主人…さま… 」

身体に不快感が伴う。

今朝電話があったとき、紅司のcommandに逆らった影響もまだ抜けていない。にもかかわらずパートナーの前で違う人間を主人と呼ぶなど、耐え難い苦痛だ。

紅司の表情からは今にも殴りかかってきそうなほどの気迫を感じる。でも、彼もまた耐えていた。桃香の命がかかっているからだ。

蘭は満足そうに頷くと、一葉の額に靴を擦り付けて、紅司に無邪気に微笑みかけた。

「…君はダイナミクスがある人には毒だね。目隠ししなきゃ。これ、飲んでくれたら妹さんは離してあげる。」

蘭が紅司に水と白い粉を差し出す。

人質がいる以上、取引は一方的。これがどんな薬なのかは分からなかったが、紅司は何も言わずにそれを受け取った。

「…飲んだらすぐに、妹を離してくれるんだな?」

紅司の問いかけに、蘭はきょとんとし、どうしてそんなことを聞くの?といった顔をしている。

「うん。それを飲んでくれたら、あの子はもういらないから。ちゃんと外には出してあげるよ。

傘はないし、どうやって帰るかは分からないけどね。まあ、ご勝手にって感じ。」

そう言いながら、蘭が紅司の目に布を巻きつけていく。おそらく桃香を離してもグレアによる影響を与えないようにするためだろう。

「…わかった。飲もう。」

…紅司がどんな薬かわからないものを、目隠しをしたまま平然と飲み下して。

一葉は何もできない無力な自分を呪った。目の前で床に倒れたまま、ただ主人がそうするのを見ているしかなかった。
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