跪くのはあなただけ

沈丁花

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ep29

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…聞いていたのか。

「事実です。もし紅司様が望まれるなら、私は貴方だけのSubになります。」

「それは、俺への罪滅ぼしか?それなら気遣いは必要ない。俺は俺がしたいようにしただけだ。一葉を嫌々縛ることはしたくない。」

きっぱりと言い切った彼の口調は、しかし一葉を拒んでいるようには思えない。

「…いいえ。

私が、貴方に仕えたい。尽くしたいのです。もし紅司様がまだ私なんかをお望みでしたら、の話ですが。」

ぎゅっと、一葉は自らの右腕を覆う彼の手に、自分の左手をそっと被せ、わずかに力を込めた。

紅司は真剣だった表情を和らげ、そして緩やかに微笑む。

「なんかじゃない。一葉、お前だけだ。俺のSubになって欲しい。一生守り、添い遂げると誓おう。」

その言葉を聞いて一葉は思った。やっぱり好きだと。

仕事をしているところが格好よくて、数多くに信頼されているのは彼が誰にでも真摯に向き合った証。

努力で跡取りの座を手にしたひと。そんな彼なのに、一葉なんかを命がけで守り、一生添い遂げるなどという約束を真剣に伝えてくる。

「…貴方になら… 」

一葉は今言おうとしている言葉に自分でも驚いていた。それでも口はその言葉を紡ぐのをやめない。

「?」

「貴方になら、捨てられたっていい。後悔しない。

だから、私をそばに置いてください。紅司様が不要だと思う、その時まで。」

捨てられたくなくて、それが前提条件で。

紅司なら絶対にそれをしないとわかったら、今度は彼の未来を阻むのが怖くなって。

でも今、その前提さえ、要らないと思う自分がいた。過去なんてどうでもいい。彼に与えられる物なら、もう痛みだって構わない。

紅司が眠っていた四日間と、手術で会うことすら叶わなかった半日の間、心配だったことに加えて、ただ単純な悲しさ、寂しさがあった。

そしてそんなことがないと決意できないなんて、と自分の愚かさを幾度も呪った。

「捨てることなどない。もし仮にお前が逃げようとしても、離さない。絶対だ。」

強い芯を持った低い声に、ぞくりとする。一葉はそんな紅司の手をとって椅子から立ち上がり、床に片膝をついて、そして。

「…紅司様、公私ともに、よろしくお願いいたします。」

そう言いながら、彼の手の甲に淡い、誓いのキスを落としたのだった。
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