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ep26
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びっくりして顔を上げた一葉の目には、人懐っこい笑みを浮かべた桃香がいた。さっきの意地悪そうな雰囲気とは一変、無邪気で可愛らしい表情をしている。
「ももは人を疑いすぎ。俺がここまでいったんだから、当たり前だ。」
「だって、不安だったんだもん。こうちゃんがこんなに人に執着することってないから。」
「あの… 」
ガラリと雰囲気が変わり、2人の楽しそうな話についていけない。
「ごめんごめん、私はこの人の妹だから。」
ついつい、と桃香が紅司を指差して、いたずらっぽく笑った。
「…おいおい人を指差すな。
ももがどうしても一目一葉を見たいといっていて、
…契約が切れたらもう会えないから、付き合ってもらって悪かった。」
コロコロ変わる状況に、一葉は唖然としてしまった。
それに妹なのはわかったが、まだ疑問は残っている。なぜ、彼女が自分のことを知っているのか。それも会いたいと願うほどに。
そしてその答えは、一葉が尋ねずともまもなく返ってきた。
「だってこうちゃん、18くらいの時からだっけ?ずーっと告白されるたびに俺は一葉以外の特定のパートナーは作らないって言って断ってたの。
一葉って誰?って話になるじゃない?それで、ある日お父様に直談判しに行ったのよ。俺が跡取りに選ばれたら一葉をくれって。
考えられる?それで猛勉強して留学もして、他にもともかくいろーんなことに励んでたわ。それはまあ会いたくなるわよ。」
「…?」
驚いて隣の紅司を見る。やれやれと額に手を当て、彼は気まずそうにテーブルを見ていた。
「け、ケーキ食べよっ!美味しいから!」
苦笑いしながら、桃香がケーキに手をつける。
そこから桃香が近況を話し、一葉と紅司は相槌を打ちながらせっかくだからと用意されたケーキを食べた。
甘酸っぱいフランボワーズのタルトは紅茶と食すと絶品だった。食べ終わると、もう少し居てくれればいいのにとごねる桃香を置いて2人はそこを後にした。
アスファルトにはいつのまにか、再び雨が注いでいた。
一葉は紅司が濡れないようにとなるべく高い位置で傘をさそうとするが、紅司の方が身長が高くなかなかうまくいかない。
「貸してみろ。」
紅司がそう言って一葉から傘を奪った。
「そんな、紅司様にさしていただくくらいなら私は別の傘に入ります。」
慌てふためく一葉を制し、紅司は緩やかに微笑んだ。
「いや、このままでいろ。命令だ。」
「…はい。」
気まずさと申し訳なさに、無言で紅司についていく。ざあざあと雨音が響いて、それがやけにうるさくて。
その中で、しばらくして紅司が口を開いた。
「…一葉、さっきの話はあまり気にするな。」
さっきの話…紅司が一葉を欲して投手に直談判したとか、その辺りのことだろうか。もちろんそんなありそうにない話を鵜呑みにはしていない。
「…はい。」
しかし、紅司から次に返ってきた言葉は、一葉の思うところと180度ずれていた。
「俺に気を遣うことはない。一緒にいたい存在として俺が不足なら、違うふさわしい相手と幸せになればいい。」
「…?」
どうして。
どうしてそんな悲しそうな顔をするのだろう。
「でも好きだ。それだけは覚えていてほしい。お前以外と番うくらいなら、俺はずっと1人身で生きていく。」
断言したその言葉は、固く芯を帯びていて、嘘ではない、本気だとゆうにわかった。
…なんでそこまで。
でも、彼が本当に一葉以外と一緒にいる気がないのなら、一葉が紅司とパートナーになっても許されるのではないか。
好きだ。この人が好きだ。もう、言ってしまおうか。
口を開きかけた、その時。
「一葉っ!」
いきなり紅司が傘を捨て、声を硬くした。最初何が起こったのかわからなかったが、それでも紅司の視線の先を見て状況を理解した。
遠目に、拳銃を持った人影が見える。そして先端は明らかに自分たちに向けられていて。
警護人はまだ気づいていないようだった。
ともかく紅司を護ろうと一葉は前に出ようとしたが、その瞬間、
「stay.」
紅司から強烈なglareとcommandが放たれた。そのせいで動けなくなった一葉を、紅司は庇うようにして自らの後ろに隠す。
パン、と音が響いて、次の瞬間視界に広がったのは血で滲んだ紅司の肩だった。
一瞬の出来事だった。本当に、一瞬の。
「紅司様!」
だっと警護人たちが駆け寄り、止血を始める。一葉は顔の知れた病院に連絡を取り、数分後には救急車とドクターカーが駆けつけた。
気を失った彼を、ただ、連絡して、待って、見ているしか一葉にはできなくて。
先ほどよりさらに雨が強まって、紅司の衣服を濡らした。濡れたところから、さらに血が広がる。
一葉は自分の無力さを呪った。
「ももは人を疑いすぎ。俺がここまでいったんだから、当たり前だ。」
「だって、不安だったんだもん。こうちゃんがこんなに人に執着することってないから。」
「あの… 」
ガラリと雰囲気が変わり、2人の楽しそうな話についていけない。
「ごめんごめん、私はこの人の妹だから。」
ついつい、と桃香が紅司を指差して、いたずらっぽく笑った。
「…おいおい人を指差すな。
ももがどうしても一目一葉を見たいといっていて、
…契約が切れたらもう会えないから、付き合ってもらって悪かった。」
コロコロ変わる状況に、一葉は唖然としてしまった。
それに妹なのはわかったが、まだ疑問は残っている。なぜ、彼女が自分のことを知っているのか。それも会いたいと願うほどに。
そしてその答えは、一葉が尋ねずともまもなく返ってきた。
「だってこうちゃん、18くらいの時からだっけ?ずーっと告白されるたびに俺は一葉以外の特定のパートナーは作らないって言って断ってたの。
一葉って誰?って話になるじゃない?それで、ある日お父様に直談判しに行ったのよ。俺が跡取りに選ばれたら一葉をくれって。
考えられる?それで猛勉強して留学もして、他にもともかくいろーんなことに励んでたわ。それはまあ会いたくなるわよ。」
「…?」
驚いて隣の紅司を見る。やれやれと額に手を当て、彼は気まずそうにテーブルを見ていた。
「け、ケーキ食べよっ!美味しいから!」
苦笑いしながら、桃香がケーキに手をつける。
そこから桃香が近況を話し、一葉と紅司は相槌を打ちながらせっかくだからと用意されたケーキを食べた。
甘酸っぱいフランボワーズのタルトは紅茶と食すと絶品だった。食べ終わると、もう少し居てくれればいいのにとごねる桃香を置いて2人はそこを後にした。
アスファルトにはいつのまにか、再び雨が注いでいた。
一葉は紅司が濡れないようにとなるべく高い位置で傘をさそうとするが、紅司の方が身長が高くなかなかうまくいかない。
「貸してみろ。」
紅司がそう言って一葉から傘を奪った。
「そんな、紅司様にさしていただくくらいなら私は別の傘に入ります。」
慌てふためく一葉を制し、紅司は緩やかに微笑んだ。
「いや、このままでいろ。命令だ。」
「…はい。」
気まずさと申し訳なさに、無言で紅司についていく。ざあざあと雨音が響いて、それがやけにうるさくて。
その中で、しばらくして紅司が口を開いた。
「…一葉、さっきの話はあまり気にするな。」
さっきの話…紅司が一葉を欲して投手に直談判したとか、その辺りのことだろうか。もちろんそんなありそうにない話を鵜呑みにはしていない。
「…はい。」
しかし、紅司から次に返ってきた言葉は、一葉の思うところと180度ずれていた。
「俺に気を遣うことはない。一緒にいたい存在として俺が不足なら、違うふさわしい相手と幸せになればいい。」
「…?」
どうして。
どうしてそんな悲しそうな顔をするのだろう。
「でも好きだ。それだけは覚えていてほしい。お前以外と番うくらいなら、俺はずっと1人身で生きていく。」
断言したその言葉は、固く芯を帯びていて、嘘ではない、本気だとゆうにわかった。
…なんでそこまで。
でも、彼が本当に一葉以外と一緒にいる気がないのなら、一葉が紅司とパートナーになっても許されるのではないか。
好きだ。この人が好きだ。もう、言ってしまおうか。
口を開きかけた、その時。
「一葉っ!」
いきなり紅司が傘を捨て、声を硬くした。最初何が起こったのかわからなかったが、それでも紅司の視線の先を見て状況を理解した。
遠目に、拳銃を持った人影が見える。そして先端は明らかに自分たちに向けられていて。
警護人はまだ気づいていないようだった。
ともかく紅司を護ろうと一葉は前に出ようとしたが、その瞬間、
「stay.」
紅司から強烈なglareとcommandが放たれた。そのせいで動けなくなった一葉を、紅司は庇うようにして自らの後ろに隠す。
パン、と音が響いて、次の瞬間視界に広がったのは血で滲んだ紅司の肩だった。
一瞬の出来事だった。本当に、一瞬の。
「紅司様!」
だっと警護人たちが駆け寄り、止血を始める。一葉は顔の知れた病院に連絡を取り、数分後には救急車とドクターカーが駆けつけた。
気を失った彼を、ただ、連絡して、待って、見ているしか一葉にはできなくて。
先ほどよりさらに雨が強まって、紅司の衣服を濡らした。濡れたところから、さらに血が広がる。
一葉は自分の無力さを呪った。
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