28 / 57
ep26
しおりを挟む
びっくりして顔を上げた一葉の目には、人懐っこい笑みを浮かべた桃香がいた。さっきの意地悪そうな雰囲気とは一変、無邪気で可愛らしい表情をしている。
「ももは人を疑いすぎ。俺がここまでいったんだから、当たり前だ。」
「だって、不安だったんだもん。こうちゃんがこんなに人に執着することってないから。」
「あの… 」
ガラリと雰囲気が変わり、2人の楽しそうな話についていけない。
「ごめんごめん、私はこの人の妹だから。」
ついつい、と桃香が紅司を指差して、いたずらっぽく笑った。
「…おいおい人を指差すな。
ももがどうしても一目一葉を見たいといっていて、
…契約が切れたらもう会えないから、付き合ってもらって悪かった。」
コロコロ変わる状況に、一葉は唖然としてしまった。
それに妹なのはわかったが、まだ疑問は残っている。なぜ、彼女が自分のことを知っているのか。それも会いたいと願うほどに。
そしてその答えは、一葉が尋ねずともまもなく返ってきた。
「だってこうちゃん、18くらいの時からだっけ?ずーっと告白されるたびに俺は一葉以外の特定のパートナーは作らないって言って断ってたの。
一葉って誰?って話になるじゃない?それで、ある日お父様に直談判しに行ったのよ。俺が跡取りに選ばれたら一葉をくれって。
考えられる?それで猛勉強して留学もして、他にもともかくいろーんなことに励んでたわ。それはまあ会いたくなるわよ。」
「…?」
驚いて隣の紅司を見る。やれやれと額に手を当て、彼は気まずそうにテーブルを見ていた。
「け、ケーキ食べよっ!美味しいから!」
苦笑いしながら、桃香がケーキに手をつける。
そこから桃香が近況を話し、一葉と紅司は相槌を打ちながらせっかくだからと用意されたケーキを食べた。
甘酸っぱいフランボワーズのタルトは紅茶と食すと絶品だった。食べ終わると、もう少し居てくれればいいのにとごねる桃香を置いて2人はそこを後にした。
アスファルトにはいつのまにか、再び雨が注いでいた。
一葉は紅司が濡れないようにとなるべく高い位置で傘をさそうとするが、紅司の方が身長が高くなかなかうまくいかない。
「貸してみろ。」
紅司がそう言って一葉から傘を奪った。
「そんな、紅司様にさしていただくくらいなら私は別の傘に入ります。」
慌てふためく一葉を制し、紅司は緩やかに微笑んだ。
「いや、このままでいろ。命令だ。」
「…はい。」
気まずさと申し訳なさに、無言で紅司についていく。ざあざあと雨音が響いて、それがやけにうるさくて。
その中で、しばらくして紅司が口を開いた。
「…一葉、さっきの話はあまり気にするな。」
さっきの話…紅司が一葉を欲して投手に直談判したとか、その辺りのことだろうか。もちろんそんなありそうにない話を鵜呑みにはしていない。
「…はい。」
しかし、紅司から次に返ってきた言葉は、一葉の思うところと180度ずれていた。
「俺に気を遣うことはない。一緒にいたい存在として俺が不足なら、違うふさわしい相手と幸せになればいい。」
「…?」
どうして。
どうしてそんな悲しそうな顔をするのだろう。
「でも好きだ。それだけは覚えていてほしい。お前以外と番うくらいなら、俺はずっと1人身で生きていく。」
断言したその言葉は、固く芯を帯びていて、嘘ではない、本気だとゆうにわかった。
…なんでそこまで。
でも、彼が本当に一葉以外と一緒にいる気がないのなら、一葉が紅司とパートナーになっても許されるのではないか。
好きだ。この人が好きだ。もう、言ってしまおうか。
口を開きかけた、その時。
「一葉っ!」
いきなり紅司が傘を捨て、声を硬くした。最初何が起こったのかわからなかったが、それでも紅司の視線の先を見て状況を理解した。
遠目に、拳銃を持った人影が見える。そして先端は明らかに自分たちに向けられていて。
警護人はまだ気づいていないようだった。
ともかく紅司を護ろうと一葉は前に出ようとしたが、その瞬間、
「stay.」
紅司から強烈なglareとcommandが放たれた。そのせいで動けなくなった一葉を、紅司は庇うようにして自らの後ろに隠す。
パン、と音が響いて、次の瞬間視界に広がったのは血で滲んだ紅司の肩だった。
一瞬の出来事だった。本当に、一瞬の。
「紅司様!」
だっと警護人たちが駆け寄り、止血を始める。一葉は顔の知れた病院に連絡を取り、数分後には救急車とドクターカーが駆けつけた。
気を失った彼を、ただ、連絡して、待って、見ているしか一葉にはできなくて。
先ほどよりさらに雨が強まって、紅司の衣服を濡らした。濡れたところから、さらに血が広がる。
一葉は自分の無力さを呪った。
「ももは人を疑いすぎ。俺がここまでいったんだから、当たり前だ。」
「だって、不安だったんだもん。こうちゃんがこんなに人に執着することってないから。」
「あの… 」
ガラリと雰囲気が変わり、2人の楽しそうな話についていけない。
「ごめんごめん、私はこの人の妹だから。」
ついつい、と桃香が紅司を指差して、いたずらっぽく笑った。
「…おいおい人を指差すな。
ももがどうしても一目一葉を見たいといっていて、
…契約が切れたらもう会えないから、付き合ってもらって悪かった。」
コロコロ変わる状況に、一葉は唖然としてしまった。
それに妹なのはわかったが、まだ疑問は残っている。なぜ、彼女が自分のことを知っているのか。それも会いたいと願うほどに。
そしてその答えは、一葉が尋ねずともまもなく返ってきた。
「だってこうちゃん、18くらいの時からだっけ?ずーっと告白されるたびに俺は一葉以外の特定のパートナーは作らないって言って断ってたの。
一葉って誰?って話になるじゃない?それで、ある日お父様に直談判しに行ったのよ。俺が跡取りに選ばれたら一葉をくれって。
考えられる?それで猛勉強して留学もして、他にもともかくいろーんなことに励んでたわ。それはまあ会いたくなるわよ。」
「…?」
驚いて隣の紅司を見る。やれやれと額に手を当て、彼は気まずそうにテーブルを見ていた。
「け、ケーキ食べよっ!美味しいから!」
苦笑いしながら、桃香がケーキに手をつける。
そこから桃香が近況を話し、一葉と紅司は相槌を打ちながらせっかくだからと用意されたケーキを食べた。
甘酸っぱいフランボワーズのタルトは紅茶と食すと絶品だった。食べ終わると、もう少し居てくれればいいのにとごねる桃香を置いて2人はそこを後にした。
アスファルトにはいつのまにか、再び雨が注いでいた。
一葉は紅司が濡れないようにとなるべく高い位置で傘をさそうとするが、紅司の方が身長が高くなかなかうまくいかない。
「貸してみろ。」
紅司がそう言って一葉から傘を奪った。
「そんな、紅司様にさしていただくくらいなら私は別の傘に入ります。」
慌てふためく一葉を制し、紅司は緩やかに微笑んだ。
「いや、このままでいろ。命令だ。」
「…はい。」
気まずさと申し訳なさに、無言で紅司についていく。ざあざあと雨音が響いて、それがやけにうるさくて。
その中で、しばらくして紅司が口を開いた。
「…一葉、さっきの話はあまり気にするな。」
さっきの話…紅司が一葉を欲して投手に直談判したとか、その辺りのことだろうか。もちろんそんなありそうにない話を鵜呑みにはしていない。
「…はい。」
しかし、紅司から次に返ってきた言葉は、一葉の思うところと180度ずれていた。
「俺に気を遣うことはない。一緒にいたい存在として俺が不足なら、違うふさわしい相手と幸せになればいい。」
「…?」
どうして。
どうしてそんな悲しそうな顔をするのだろう。
「でも好きだ。それだけは覚えていてほしい。お前以外と番うくらいなら、俺はずっと1人身で生きていく。」
断言したその言葉は、固く芯を帯びていて、嘘ではない、本気だとゆうにわかった。
…なんでそこまで。
でも、彼が本当に一葉以外と一緒にいる気がないのなら、一葉が紅司とパートナーになっても許されるのではないか。
好きだ。この人が好きだ。もう、言ってしまおうか。
口を開きかけた、その時。
「一葉っ!」
いきなり紅司が傘を捨て、声を硬くした。最初何が起こったのかわからなかったが、それでも紅司の視線の先を見て状況を理解した。
遠目に、拳銃を持った人影が見える。そして先端は明らかに自分たちに向けられていて。
警護人はまだ気づいていないようだった。
ともかく紅司を護ろうと一葉は前に出ようとしたが、その瞬間、
「stay.」
紅司から強烈なglareとcommandが放たれた。そのせいで動けなくなった一葉を、紅司は庇うようにして自らの後ろに隠す。
パン、と音が響いて、次の瞬間視界に広がったのは血で滲んだ紅司の肩だった。
一瞬の出来事だった。本当に、一瞬の。
「紅司様!」
だっと警護人たちが駆け寄り、止血を始める。一葉は顔の知れた病院に連絡を取り、数分後には救急車とドクターカーが駆けつけた。
気を失った彼を、ただ、連絡して、待って、見ているしか一葉にはできなくて。
先ほどよりさらに雨が強まって、紅司の衣服を濡らした。濡れたところから、さらに血が広がる。
一葉は自分の無力さを呪った。
10
お気に入りに追加
408
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる