跪くのはあなただけ

沈丁花

文字の大きさ
上 下
16 / 57

ep14

しおりを挟む
地響きのような声音から、顔を見なくとも彼がいかに激怒しているかがわかる。

場がプレイの雰囲気ではなくなったためcommandが解け、一葉は震える手でかろうじてシャツを羽織った。

恐る恐る振り返れば、紅司が蘭の胸ぐらをつかみ、その身体を持ち上げている。

そして紅司の瞳からは、自分に向けられたものでなくとも恐怖を感じるレベルの強烈なglareが放たれてた。

蘭は身体を動かせないどころか声も出ないといった様子でがたがたと震えている。

雨に濡れることなど構いなしに、紅司は傘を捨てていて。

彼は黒い瞳にわずかに赤が混じっているよう錯覚するほどに怒っていた。

「ぐはっ…!」

なんの躊躇もなく硬直した蘭の腹に容赦ない拳が入る。

訓練を受けていない身ならば簡単に骨が折れる強さだ。蘭は震えながら悲鳴をあげた。

続けて紅司は蘭の頬を平手で殴りつけ、鳩尾にまで容赦なく拳を入れようとして。

Defenseといい、Domはパートナー、またはそうでなくても意中のSubが傷つけられた時、護ろうとして暴走することがある。

そうなると周りが見えなくなり、自制が効かなくなるのだ。

「おやめくださいっ!!」

彼が相手の命など構わないような、そんな恐ろしい目をしていたから、たまらず一葉は大声で叫んだ。

驚きからか紅司の手から蘭の襟が離れ、すぐさま一葉は彼の手を掴み動きを封じる。

たまったものではない。自分なんかのために、彼がここまで積み上げてきたものを壊すなんて。

「どうして止める。こいつはお前を傷つけた。」

まだ収まらない怒りを含んだ声が、一葉に柔らかに問いかけた。

その瞬間紅司と目があって、身体が熱くて、たまらなくなる。

「こんなことで紅司様が手を汚すなら、私は愛染家を出ていきます。」

熱を持つ自分の浅はかな本能に鞭を打ち、精一杯の強がりで笑って、一葉はそう答える。

紅司は唇をぐっと噛むと、諦めたように無言で乗車し車のドアを閉めた。

「…お前はクビだ、出て行け。」

吐き捨てるように蘭にそう言って、紅司は蘭を駐車場に置きざりにしてもう1人の警護人に運転を任せる。

車窓から覗いた蘭は、コンクリートの上に座って動かずずっと震えていた。

一葉に残る、目立った傷は、頬の腫れくらいだろう。

実際、性器に突きつけられたナイフが肌をかすめることはなかったし、背中は殴られる前に紅司がきてくれた。

「…腫れてるな。」

紅司は形の良い唇を歪め、憂うような表情で一葉の頬にそっと触れる。濡れた前髪の間からのぞいた切れ長の瞳が、ひどく色気を帯びていて。

…どうしてそんな顔をするのだろうか、と不思議に思った。彼の表情は本当に心配そうに歪んでいる。

熱を帯びた頬に雨で冷やされた手が心地よくて、一葉はそのまま目を閉じた。

…熱い。

でも、この熱はどこか心地いい…。

一葉は紅司の肩に身体を預けて、

頭に乗せられた大きな手がやけに優しいのを感じながら、次第に意識を手放していった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...