跪くのはあなただけ

沈丁花

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ep12

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その人は多分、一葉の初恋の人だった。

父というには若すぎて、かといって兄と言うには大人すぎる、15歳上の彼は、母に捨てられた5歳の一葉を引き取り育ててくれた。

「ぼくがわるいこだから、ママにおいていかれたの?」

そう言って泣いて縋った一葉は、

「それはちがう。一葉は何も悪くない、ただちょっと、ママが不器用だったんだよ。彼女は1人しか愛せないんだ。

でも、これから一葉には俺がついてるから。」

と囁いた優しい声に、ひどく安心したのを覚えている。

信じていた。大好きだった。例え学校でいじめられていても、家に帰って彼がいればそれで、幸せだった。

それなのに…

「なんだそのGlareは。お前、Subじゃなかったのかよ。」

精通とともにその人は一葉に暴力を振るい始め、それがエスカレートしたある時、一葉は本能的にGlareを放って自衛した。

その時を境に、彼が一葉に優しくすることはなくなった。

それでも幼かった一葉には、彼が全てだったから、

目隠しをしてたくさん殴られて、時には恥ずかしい事もされて、散々罵倒されたとしても、忘れられなかった。

一葉には俺がついている、と優しく微笑むあの表情も、孤独に泣いた夜に抱きしめてくれた温かな腕も、頭を撫でてくれた大きな手も。

いい子にしていたら、この痛みに耐えたなら、今度こそまた優しくしてもらえるかもしれない。希望を抱き、じっと耐えていた。

しかしその思いは叶わず、一葉のダイナミクスがSwitchだとわかった時、彼がとった行動は残酷だった。

「ふーん、この子が?」

いつものように目隠しをされて殴られ蹴られていた13歳のある日、最中に突然ドアが開いて、見知らぬ声が聞こえてきた。

自分が何も身につけていないことを思い出し、思春期の一葉は局部を手で覆い、くるりと自らの背中を丸めた。

「そうです。俺には扱えませんが、◯◯さんほど強ければ従えられるでしょう?」

一葉を育ててくれた人は、媚び売るような声で知らない人にそう告げて、

「ふうん。こんにちは、一葉くん。」

知らない声は、冷たい音で楽しそうに笑った。

一葉の目の覆いが剥がされて、入ってきた光の先に、綺麗な灰色の瞳があった。

その瞳をのぞいていて湧き上がってきたのは、頭を下げたい気持ち。どうしてかひどくむずむずして。

「確かに俺より少し弱いな。買わせてもらおう。じゃあな。」

知らない人が、一葉を育ててくれた人に0がたくさん書かれた一枚の紙を渡す。その代わりに一葉はもうお別れなのだと、幼心にも察しがついた。

俺がついている、なんて言った出会いに反して、別れはずいぶんあっさりしたものだった。

灰色の瞳の新しい主人もまた、一葉をたっぷりといたぶった。しかし前と違ったのは、彼がアフターケアを行ってくれたこと。

最初は拒んでいた一葉も、何度かバッドトリップしながら、次第に彼に惹かれていった。

初恋の人と違ってお仕置きさえ頑張れば、彼は一葉にとびきり優しくしてくれたからだ。

大好きで、たまらなくて、そして、15の時、

「結婚するんだ。もう、遊び相手おもちゃはいらない。地位の邪魔だ。」

彼もまたあっさり一葉を捨て、愛染家に渡したっきり連絡が取れなくなった。

母親に捨てられ、大好きだった育ての親にも、そしてだんだん懐いて大好きになった新しい主人にも、一葉は捨てられてしまった。

思えば誰も一葉のことなど見ていなかったのかもしれない。

母には一葉より大事なものがあったし、育ての親は一葉の容姿が良かったから、Subだったら可愛がろうと思っていたらしい。

そしてその後の主人も、一葉のことなどどうでも良かったのだろう。

ただ、ダイナミクスの道具を満たすための、ハーフでSwitchという物珍しいおもちゃ。

キスだって、セックスだって、してくれなかったっけ。今思えばしなくて良かったけれど。

あれはプレイとは言わない、叩いて蹴って殴って脅して切りつけて投げつけて痛めつけた、ただの虐待だった。

だからもう一葉は決めたのだ。

誰にも心を預けることはしないと。

そうすれば裏切られることもないのだから。




「何考えてんの、つまんない。

…あっ、一葉さんって、ここも金色なんだね。」

無機質な声に我に返ると、いつの間にか全ての服を一葉は脱いでいて、蘭の視線は一葉の局部に注がれていた。

そして、にっこりとした彼の表情とともに、一葉の身体に悲鳴をあげてしまいそうなほどの激痛が走る。
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