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ep7
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何もなかった机の上が数日でここまでなるものかと、紅司は我ながら感心していた。
とにかくやることが多い。今までもかなり人使いが荒かった父こと愛染家の当主だが、ここに来てからはさらに紅司に雑務を押しつけてくる。しかも締め切りは今日。
一向に終わる気配のない量にうなだれていると、コンコン、とノックが響いた。この時間にこの部屋の戸を叩くものは1人しかいない。疲れ切った心がわずかに踊る。
「失礼いたします。紅司さま、お食事の用意ができました。」
少し高めの声が囀り、一葉が足音を立てずに素早く書斎へと入ってきた。
あんなことがあったのに、彼は執事として十分紅司に仕えてくれる。
「ああ、部屋に運んできてくれ。セットもしなくていい。このまま食べる。」
毎日3時間と寝れていない。昨日など徹夜で、もうずっと食事のために移動する時間も、ゆっくり湯船に浸かる時間も惜しい。
そつなく美しい一葉の所作を眺める余裕さえないのだから。
彼はそれをわかっているのか食事も声をかけるだけだ。いつも持って来いといえばかしこまりましたと一言告げて、手軽に食べられそうなものを運んでくれる。
「…出すぎたこととは存じますが、少しお休みになられた方が…。」
やけに沈黙が長いと思っていたら、遠慮がちにそう声かけられた。気遣いを見せるのも、仕事のうちなのだろうか。
「ああ、これが終わったら休む。食事を置いたら今日はもう戻っていいぞ。」
「…かしこまりました。」
資料とパソコンを同時に見ているため彼がどんな表情をしているのかはわからなかったが、その声はいつもより少し低い気がした。
数分して大皿に乗せられた一口サイズのサンドイッチが運ばれてきた。
「いただきます。」
一葉の顔も見ずにそう答えると、作業の片手間にそれを口に入れていく。
シェフが作って美味しいのだろうが、疲れで味もよくわからなくて、紅茶とともに流し込めば一瞬で消えた。
そんな食事もまた、生きるためだけの面倒な作業に思えてくる。
「ごちそうさま。」
空になった皿を何も言わずに一葉が運んでいく。今日は戻っていいと言ったから、彼がこの部屋から出たら、明日まであの声を聞くことはできないだろう。
「おやすみ。」
せめて何か聞きたくて、その言葉が口をついていた。
「…?ええ、おやすみなさい。」
がシャン
ふいに、大きな音がした。何かと思って周りを見渡そうとするが、首を動かすのが億劫でたまらない。
「紅司さま!紅司さま!?」
10mは離れていたはずの一葉の声が、耳元でやけに大きく響いていた。
そのまま心臓や手首にひんやりとした彼の手が当てられる。
しばらくすると、‘よかった’、と呟く声が聞こえてきて、ゆっくりと身体が起こされた。
「立てますか?…お支えします。寝室まで歩きましょう。」
朦朧とする意識の中、華奢な身体に支えられ、紅司はただ受動的に足を動かす。
さらりと長い髪が紅司の頬を掠め、ふわり、甘やかな香りがした。
とにかくやることが多い。今までもかなり人使いが荒かった父こと愛染家の当主だが、ここに来てからはさらに紅司に雑務を押しつけてくる。しかも締め切りは今日。
一向に終わる気配のない量にうなだれていると、コンコン、とノックが響いた。この時間にこの部屋の戸を叩くものは1人しかいない。疲れ切った心がわずかに踊る。
「失礼いたします。紅司さま、お食事の用意ができました。」
少し高めの声が囀り、一葉が足音を立てずに素早く書斎へと入ってきた。
あんなことがあったのに、彼は執事として十分紅司に仕えてくれる。
「ああ、部屋に運んできてくれ。セットもしなくていい。このまま食べる。」
毎日3時間と寝れていない。昨日など徹夜で、もうずっと食事のために移動する時間も、ゆっくり湯船に浸かる時間も惜しい。
そつなく美しい一葉の所作を眺める余裕さえないのだから。
彼はそれをわかっているのか食事も声をかけるだけだ。いつも持って来いといえばかしこまりましたと一言告げて、手軽に食べられそうなものを運んでくれる。
「…出すぎたこととは存じますが、少しお休みになられた方が…。」
やけに沈黙が長いと思っていたら、遠慮がちにそう声かけられた。気遣いを見せるのも、仕事のうちなのだろうか。
「ああ、これが終わったら休む。食事を置いたら今日はもう戻っていいぞ。」
「…かしこまりました。」
資料とパソコンを同時に見ているため彼がどんな表情をしているのかはわからなかったが、その声はいつもより少し低い気がした。
数分して大皿に乗せられた一口サイズのサンドイッチが運ばれてきた。
「いただきます。」
一葉の顔も見ずにそう答えると、作業の片手間にそれを口に入れていく。
シェフが作って美味しいのだろうが、疲れで味もよくわからなくて、紅茶とともに流し込めば一瞬で消えた。
そんな食事もまた、生きるためだけの面倒な作業に思えてくる。
「ごちそうさま。」
空になった皿を何も言わずに一葉が運んでいく。今日は戻っていいと言ったから、彼がこの部屋から出たら、明日まであの声を聞くことはできないだろう。
「おやすみ。」
せめて何か聞きたくて、その言葉が口をついていた。
「…?ええ、おやすみなさい。」
がシャン
ふいに、大きな音がした。何かと思って周りを見渡そうとするが、首を動かすのが億劫でたまらない。
「紅司さま!紅司さま!?」
10mは離れていたはずの一葉の声が、耳元でやけに大きく響いていた。
そのまま心臓や手首にひんやりとした彼の手が当てられる。
しばらくすると、‘よかった’、と呟く声が聞こえてきて、ゆっくりと身体が起こされた。
「立てますか?…お支えします。寝室まで歩きましょう。」
朦朧とする意識の中、華奢な身体に支えられ、紅司はただ受動的に足を動かす。
さらりと長い髪が紅司の頬を掠め、ふわり、甘やかな香りがした。
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