壊れた空に白鳥は哭く

沈丁花

文字の大きさ
上 下
31 / 41
決断と番うとき

それから。

しおりを挟む
あの日、アルはとんでもない格好だったため、学会が終わりヴィクターが迎えに来るまで2人は廃墟の中でじっとしていた。

そしてアランもまた、アルに付き添ってデネボラにきて、今日で1週間目。

国は驚くほどあっさりとΩへの差別を撤廃し、アランたちの開発した抑制剤を大量生産した。すでに1年ほどの治験を経て、人体に即物的な影響は与えないと証明されている。

今までの均衡が崩れることよりも、Ωの人、又はΩを家族に持つ人などによる大規模な反対運動を恐れたのだろう。

まだ問題は多くても、大きすぎる進歩だ。

ヨルは、事情を聞いて激怒したエレンに無事(?)回収された。組織員の大規模なヒートもおさまり、今は仕事を託して安静にしている。

そして。

デネボラの最上階では暇そうにあくびをしたヨルと、アルとアランが対峙していた。

部屋のソファでは興味なさそうにエレンが足をブラブラさせていた。明るいブラウンのふわふわな髪の毛に、ぴょこっと寝癖が立っていて可愛らしい。

「辞めるのか?」

ヨルに問いかけられ、アルは首を横に振った。ちらり、とアルが目配せをして、アランが口を開く。

「俺を、エレンさんの手伝いとして雇っていただけませんか?」

ここデネボラは隔離された空間。もし2人ともこの中での生活を許してもらえるなら、それは喜ばしいことだった。

それに、エレンの負担は組織員が増えるたびに増加していく。

「はぁー!?僕は役立たずな手伝いなんていらないし、新しい人と関わりを作るのも面倒臭い。」

「エレン、あの、お前最近忙しそうだし?それにクライアントにその口の聞き方h「うるさいヨルは黙ってて!」

…想像以上のひどい言い様に、アルだけでなくヨルまでもが頭を抱えた。反応からしてヨルは肯定側らしい。

「あの… 」

何か別の道を、とアランに告げようとした時には、隣から彼の姿が消えていた。

「エレンさん、お久しぶりです。」

ぴたり、とエレンの動きが止まった。しかし固まったのはエレンだけではない。

アルもまたぎょっとした。冷や汗が止まらない。なぜかというと、アランがエレンの前に立ち、今日は化粧もしていないのにウィッグもコンタクトも外してしまったからである。

「ア…アラン!お前、生きてたのか!?心配したじゃないかばかっ!というか名乗れ。お前を拒んだりしない。

なんだその格好、元の容姿を廃らせてどうする。」

数分間の沈黙の後、エレンの口からいつも通り憎まれ口が飛び出した。ただ…

「ヨルさん、状況が読み込めません… 」

「奇遇だな、アル。俺もだ。」

よくわからないままアルたちは彼ら2人が話しているのを傍聴する。しばらく聞いていると、エレンのいとこがアランの研究室で働いており、接点があったらしいことがわかった。

「ということはあの薬もアランが?よくやったな、お前。偉いよ。」

エレンがこんなに優しそうに人を褒めるのは初めて見た。ヨルも驚いている。アランも褒められて嬉しそうだった。

「というわけで、今日から手伝ってもらうから。

…あ、でもお前、αだよな?ここ、組織員はΩしかいないんだけど。」

エレンが気まずそうにヨルとアルの方を見た。そう、デネボラの内部にいればヒートのΩに出会う機会も少なくない。

でも、確か彼は抑制剤を含んでいると言っていた。

「ああ、抑制剤を服用しているので大丈夫です。」

「抑制剤って、あの、α用の?お前副作用を知っていて使っているのか?今すぐやめろ!」

「大丈夫です。俺、遺伝子操作の影響でもともと精子が作られない体質なんです。だから、薄くなるも何もありません。」

「作られないって、全く?」

「ええ、全く。」

「… 」

そこで2人(エレンとアラン)の会話は途切れた。

「…ところでアル、お前はあの人とどういう関係なんだ?」

こそっとヨルに耳打ちされて、アルも彼の耳元でこそっと返す。

「…俺の、運命の番です。」

「はぁーっ!!!???」

ヨルのその叫び声はデネボラ中に響き渡ったのではないかというほど大きかった。

そこからは言えよ水臭い!だとか任務中に俺に隠し事をするな!だとか拗ねた調子のヨルに散々言われた後、なんだかんだで2人用の部屋に移動させてもらうことになって。

「そういえばアランさんはここ数日どこへ?」

思い出したようにヨルがアランに問いかけた。

「ヴィクターさんの許可を頂いて、空き部屋に。食事はアルが作ってくれて…。」

「ああ、そういえば世話人さんたちがそんなことを言っていたような… 

いやぁ、しかしなんというかめでたいなぁ。あの夜自殺しようとしていたお前が。

部屋替えはヴィクターとカイ達に手伝わせるか。仕事とかもろもろも、後で連絡する。」

「「ありがとうございます。」」

これからのことも決まってきて、アランともいることができて、なんて幸せなのだろうと一安心した。

そのままアランを連れて部屋を出る。

しかし部屋を出たところで突如身体がひどく熱を帯びた。足がガクガクと震えて…

「アル!?」

…この感じ、ヒートだ。でも、ヒートはとっくに終わっているはずなのに。

考えている間にもどんどん理性は薄くなっていき、アランの引き締まった腕に支えられて部屋に入る頃にはもう、甘い香に酩酊しきっていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

噛痕に思う

阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。 ✿オメガバースもの掌編二本作。 (『ride』は2021年3月28日に追加します)

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

運命の人じゃないけど。

加地トモカズ
BL
 αの性を受けた鷹倫(たかみち)は若くして一流企業の取締役に就任し求婚も絶えない美青年で完璧人間。足りないものは人生の伴侶=運命の番であるΩのみ。  しかし鷹倫が惹かれた人は、運命どころかΩでもないβの電気工事士の苳也(とうや)だった。 ※こちらの作品は「男子高校生マツダくんと主夫のツワブキさん」内で腐女子ズが文化祭に出版した同人誌という設定です。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

花婿候補は冴えないαでした

いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

処理中です...