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エピローグ(幹斗side)
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東弥に連れられ、幹斗は谷津と共に東弥の引越し先だと言う一軒家を訪れた。
東弥の運転する車から降りると、建物はその薄水色の家だけで、あたりは畑や田んぼが多い。
都市部からは隔絶された、のどかな場所だ。
小さな花壇の前には大きな窓があり、レースカーテン越しにグランドピアノがのぞいていて、中からはピアノの音が聞こえてくる。
__パートナーと暮らしてるって言ってたから、その人が弾いているのかな。
東弥にパートナーができたと聞いたとき、幹斗は自分のことのように嬉しかった。
普段爽やかで明るい彼は、時折どこか寂しげで、けれど最近の東弥からはそれが感じられない。
きっと本当に望んでパートナーになった相手なのだろうと、幹斗は思う。
「どうぞ。」
東弥が鍵を開け、幹斗たちは白を基調とした明るいリビングへと通される。
「お邪魔します。」
「うわっ、すごっ!!大学生が住むにはちょっと広すぎない俺も住んでい…もごもご」
谷津がまた暴走しそうだったので、幹斗は彼の口を塞ぐ。
東弥のパートナーがどんな人かはわからないから、追い出されたらたまったものではない。
「ただいま、静留。」
東弥がいつになく優しい声で呼びかけるとピアノの音が止み、東弥に向けてたたっと誰かが駆け出してきた。
長い黒髪に、大きな瞳。しかし彼は幹斗たちを見た途端に東弥の陰に隠れてしまう。
「この子が俺のパートナーだよ。
…静留、彼らが幹斗と谷津。俺の友達だから怖くない。」
「ぅー…。」
東弥が頭を撫でてやりながら前に出そうとするけれど、静留と呼ばれた彼は東弥の背中にしがみついて離れない。
__身長は谷津より少し高いけど、なんだか小さい子みたい。
微笑ましさに頬を綻ばせながら、幹斗はふと思いついて、手に持っていた保冷バッグを探った。
「初めまして。これ、お土産です。口に合うといいんだけど…。」
静留の方に声かけながら、中身を取り出す。
すると静留は恐る恐る東弥の背中から顔を出して、大きな黒い瞳をぱちぱちと瞬かせ、じっと幹斗の手元を覗き始めた。
興味津々、と言った様子である。
__作ってきてよかった。
中身は色とりどりの丸いフルーツ寒天を流して固めた透明なゼリー。透明な箱に入っているので、外からでも中身が確認できる。彼が甘いもの好きと聞いていたのと、最近少し暑くなってきたと言う理由で、レシピを見ながら作ってきた。
「きれい…。」
淡い唇から紡がれた声はあえかで、白く透明感のある横顔と相まって、彼こそきれいだと言いたくなる。
「よかったね、静留。」
東弥がにこやかに言い聞かせれば、彼は
「うん、幹斗さん、ありがとう!」
と言って。そのまま幹斗に対して花開くように笑む。
「まってずるい俺も混ぜて!!静留くん初めまして。東弥の大親友の谷津明楽です!」
しかしこちらを見ていた谷津がすかさず突っ込んできたので、静留はびくりと肩を震わせ、再び東弥の背中に隠れてしまった。
「2人ともとりあえずそこの机に座っててくれる?すぐに行くから。」
東弥に言われ、4人がけのダイニングテーブルに谷津と隣り合わせで座る。
“ほら静留、みんなでゼリー食べよう?”
“んー… ”
“きっと甘くて冷えてて美味しいよ。”
“…!”
“静留の好きなフルーツティーも淹れようね。”
“!!”
しばらく東弥の宥める声が聞こえていたが、やがて静留は躊躇いがちに幹斗の向かいに座った。
谷津がまた何か言おうとしたのを口を塞いで止め、幹斗は静留に微笑みかける。
「お待たせ。幹斗、ゼリー頂くね。」
少しして東弥が4人分のお皿とお茶を持ってきてくれ、幹斗が持ってきたゼリーを中央に置いた。
「どうぞ。」
ドーム状のゼリーを東弥は綺麗にナイフで4等分にし、それぞれのお皿に切り分けてくれる。
「…やっぱ幹斗って芸が細かいよなー。」
「そんなことないよ。あれ、そういえば谷津、甘いもの大丈夫だっけ?」
「砂糖5本も入れなきゃ普通に好きだから!幹斗のコーヒー甘すぎるんだよ。」
「…そっか…。」
幹斗と谷津が会話をしている前では、東弥が静留にカップの中身を息で冷ましてから渡している。幹斗と谷津はその光景に素直に驚いた。
静留は確かに幼く見えるが、それでも流石に中学生以上ではある。普通小学校高学年でも飲み物を冷まして渡されたりしない。
しかもその振る舞いがあまりにも自然なことから、普段からその行為が行われていることがわかる。
「東弥いつもそんなことしてんの…?」
谷津がちょっと引いた口調で言ったのを、幹斗は自身も驚いていたので止めることができなかった。
「そんなこと?」
東弥が疑問符を浮かべる。
「えっ、俺言ってることおかしい…?」
東弥の反応を見て、谷津は慌てて幹斗に耳打ちしてきた。
「少なくとも今だけはおかしくないと思うよ。今だけは。」
同じく幹斗も小声で返す。
「おいしいっ。」
東弥の横では静留がゼリーを口に含み、ほっぺたに片手を当てている。
「よかったね。」
東弥が愛おしそうに静留に笑いかけるから、幹斗と谷津は心の中で突っ込んだ。
__…デレデレだ(じゃん)…。
「東弥、俺ブラックコーヒー飲みたい。」
甘さに耐えられない、と言った様子で谷津が東弥にねだる。
ブラックコーヒーは飲めないが、幹斗も今だけは谷津に同情した。
__…でも。
2人を見ていて、幹斗は思う。2人は本当に、お互いを必要としているのだと。
きっと静留は東弥のことしか見えていなくて、東弥はそれに対して、目を細め陽だまりのように笑いかけている。こんなにも幸せそうな東弥を初めて見た。
だから心の中で願う。
__どうか、いつまでも幸せに。
この2人にとっては、何があったとしても、きっと共にあることが一番の幸せだから。
※2部に続きます。
東弥の運転する車から降りると、建物はその薄水色の家だけで、あたりは畑や田んぼが多い。
都市部からは隔絶された、のどかな場所だ。
小さな花壇の前には大きな窓があり、レースカーテン越しにグランドピアノがのぞいていて、中からはピアノの音が聞こえてくる。
__パートナーと暮らしてるって言ってたから、その人が弾いているのかな。
東弥にパートナーができたと聞いたとき、幹斗は自分のことのように嬉しかった。
普段爽やかで明るい彼は、時折どこか寂しげで、けれど最近の東弥からはそれが感じられない。
きっと本当に望んでパートナーになった相手なのだろうと、幹斗は思う。
「どうぞ。」
東弥が鍵を開け、幹斗たちは白を基調とした明るいリビングへと通される。
「お邪魔します。」
「うわっ、すごっ!!大学生が住むにはちょっと広すぎない俺も住んでい…もごもご」
谷津がまた暴走しそうだったので、幹斗は彼の口を塞ぐ。
東弥のパートナーがどんな人かはわからないから、追い出されたらたまったものではない。
「ただいま、静留。」
東弥がいつになく優しい声で呼びかけるとピアノの音が止み、東弥に向けてたたっと誰かが駆け出してきた。
長い黒髪に、大きな瞳。しかし彼は幹斗たちを見た途端に東弥の陰に隠れてしまう。
「この子が俺のパートナーだよ。
…静留、彼らが幹斗と谷津。俺の友達だから怖くない。」
「ぅー…。」
東弥が頭を撫でてやりながら前に出そうとするけれど、静留と呼ばれた彼は東弥の背中にしがみついて離れない。
__身長は谷津より少し高いけど、なんだか小さい子みたい。
微笑ましさに頬を綻ばせながら、幹斗はふと思いついて、手に持っていた保冷バッグを探った。
「初めまして。これ、お土産です。口に合うといいんだけど…。」
静留の方に声かけながら、中身を取り出す。
すると静留は恐る恐る東弥の背中から顔を出して、大きな黒い瞳をぱちぱちと瞬かせ、じっと幹斗の手元を覗き始めた。
興味津々、と言った様子である。
__作ってきてよかった。
中身は色とりどりの丸いフルーツ寒天を流して固めた透明なゼリー。透明な箱に入っているので、外からでも中身が確認できる。彼が甘いもの好きと聞いていたのと、最近少し暑くなってきたと言う理由で、レシピを見ながら作ってきた。
「きれい…。」
淡い唇から紡がれた声はあえかで、白く透明感のある横顔と相まって、彼こそきれいだと言いたくなる。
「よかったね、静留。」
東弥がにこやかに言い聞かせれば、彼は
「うん、幹斗さん、ありがとう!」
と言って。そのまま幹斗に対して花開くように笑む。
「まってずるい俺も混ぜて!!静留くん初めまして。東弥の大親友の谷津明楽です!」
しかしこちらを見ていた谷津がすかさず突っ込んできたので、静留はびくりと肩を震わせ、再び東弥の背中に隠れてしまった。
「2人ともとりあえずそこの机に座っててくれる?すぐに行くから。」
東弥に言われ、4人がけのダイニングテーブルに谷津と隣り合わせで座る。
“ほら静留、みんなでゼリー食べよう?”
“んー… ”
“きっと甘くて冷えてて美味しいよ。”
“…!”
“静留の好きなフルーツティーも淹れようね。”
“!!”
しばらく東弥の宥める声が聞こえていたが、やがて静留は躊躇いがちに幹斗の向かいに座った。
谷津がまた何か言おうとしたのを口を塞いで止め、幹斗は静留に微笑みかける。
「お待たせ。幹斗、ゼリー頂くね。」
少しして東弥が4人分のお皿とお茶を持ってきてくれ、幹斗が持ってきたゼリーを中央に置いた。
「どうぞ。」
ドーム状のゼリーを東弥は綺麗にナイフで4等分にし、それぞれのお皿に切り分けてくれる。
「…やっぱ幹斗って芸が細かいよなー。」
「そんなことないよ。あれ、そういえば谷津、甘いもの大丈夫だっけ?」
「砂糖5本も入れなきゃ普通に好きだから!幹斗のコーヒー甘すぎるんだよ。」
「…そっか…。」
幹斗と谷津が会話をしている前では、東弥が静留にカップの中身を息で冷ましてから渡している。幹斗と谷津はその光景に素直に驚いた。
静留は確かに幼く見えるが、それでも流石に中学生以上ではある。普通小学校高学年でも飲み物を冷まして渡されたりしない。
しかもその振る舞いがあまりにも自然なことから、普段からその行為が行われていることがわかる。
「東弥いつもそんなことしてんの…?」
谷津がちょっと引いた口調で言ったのを、幹斗は自身も驚いていたので止めることができなかった。
「そんなこと?」
東弥が疑問符を浮かべる。
「えっ、俺言ってることおかしい…?」
東弥の反応を見て、谷津は慌てて幹斗に耳打ちしてきた。
「少なくとも今だけはおかしくないと思うよ。今だけは。」
同じく幹斗も小声で返す。
「おいしいっ。」
東弥の横では静留がゼリーを口に含み、ほっぺたに片手を当てている。
「よかったね。」
東弥が愛おしそうに静留に笑いかけるから、幹斗と谷津は心の中で突っ込んだ。
__…デレデレだ(じゃん)…。
「東弥、俺ブラックコーヒー飲みたい。」
甘さに耐えられない、と言った様子で谷津が東弥にねだる。
ブラックコーヒーは飲めないが、幹斗も今だけは谷津に同情した。
__…でも。
2人を見ていて、幹斗は思う。2人は本当に、お互いを必要としているのだと。
きっと静留は東弥のことしか見えていなくて、東弥はそれに対して、目を細め陽だまりのように笑いかけている。こんなにも幸せそうな東弥を初めて見た。
だから心の中で願う。
__どうか、いつまでも幸せに。
この2人にとっては、何があったとしても、きっと共にあることが一番の幸せだから。
※2部に続きます。
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