朝日に捧ぐセレナーデ 〜天使なSubの育て方〜

沈丁花

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甘い匂い(東弥side)

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かんぱい、と勢いよくグラスを打つ音がする。

練習試合が終わった後の打ち上げ。春休み前は付き合いで週一程度行っていたが、そういえばこの雰囲気も久しぶりだ。

「あれ、東弥飲まないの?」

「うん、車だから。」

隣に座っている谷津が当然のように聞いてきて、東弥は苦笑した。今日ここまで谷津を送ってきたのは東弥なのに、完全に忘れている。

「あっ、確かに。じゃあ俺代わりに運転しようか?東弥の家からなら電車で帰れるし。」

「大丈夫。それに今ちょっと遠くに住んでるんだ。」

さらにいえば東弥はそこまでお酒が好きではないし、静留のところに帰れなくなってしまうため運転できなくなるのは困るのだ。

「えっ?何なに!?お前彼氏できたの!?

…そういえば髪の匂いが違うような…えっ、おめでとう!!」

__…さすが谷津。

こそこそと耳打ちされて思わず盛大にため息を吐きそうになったのを、なんとか堪えて引きつった笑みを浮かべる。

彼の凄いところは、ぽろっと漏らした情報の最も不要なところに突っ込んでくるところだ。

あと変に勘がいい。髪の匂いが違うような、とか、犬みたいなことを言われても困る。

「汗臭いから嗅がない。あと、あの子とはそういう関係じゃないから…。」

「えっ、あの子!?だれそれ俺も会いたい!!」

「…まあ、いつかね。」

新学期になったら別に暮らすにしろ、もしこれから先東弥が静留とずっと関わっていくならば、谷津とは会わせる機会があるかもしれない。

「その子、東弥にとって大事なんだな。」

ふと、谷津が当然のように呟く。

「えっ…?」

思っても見なかったことを言われて驚いた。

「昔幹斗のこと見てた時より、もっと優しい顔してる。」

しかも大きく外れていないからたちが悪い。

「…谷津、そろそろ口閉じようね?」

「ひえっ…!!」

これ以上言われたら問答無用でglare放って喋れなくするぞ、と意味を込め警告すると、谷津は怯えながらてのひらで口を塞いで見せ、こくこくと頷く。

「なになに、内緒話?そういえば東弥久しぶりだねー!!ねえ、このあとプレイしない?最近フラれちゃってー、東弥上手だし慰めてよー。」

谷津が無言になった瞬間に、タイミングを見計らったように東弥の右隣(左は谷津)に座っていた女子が話しかけてきた。

「ごめん、今日はこのあと予定があるから。」

「えー、残念。」

ぐいぐいと身体を寄せられて、甘い香水が鼻をくすぐる。

__…どう断っても角が立つな…。

「うわっ、ごめん俺、用事思い出したわ!!東弥送って!!」

困っていると、突然谷津が声を上げた。

周りから、“始まったばかりなのに”、とか、“東弥持ってくなよー”、だとかのブーイングが巻き起こる。

__…ほら、こういうとこ。

これが今日谷津の誘いを断れなかった原因だ。彼は変なところに敏感で、こうして時々助け舟を出してくれる。

ありがたくその船に乗せてもらい、東弥はお金だけ置いてその場を後にした。




「ありがと。ちょっと困ってたから。」

「いや、元はと言えば俺が誘ったせいだし??あと、お前の相手のこと、2人きりなら少しは教えてくれる?」

車に乗ったあと、そう言いながら谷津はちょっと照れ臭そうに笑った。

俺が誘ったせい、とか言っているが、友達が困っていれば助けるタイプの人間である。

「…まあ、少しなら。」

「えへへ、やった!!」

静留のことと兄のことをかいつまんで話すと、谷津は黙ってそれを聞いてくれた。

彼はただ全てを聞いたあと、いいとか悪いなどと言わずに、“そっか”、と一言頷いて。

「…あ、送ってくれてありがと。東弥は優しいから、無理だけはするなよ。」

ちょうどそこで谷津の家に着いたので、そう言い残して去って行った。

優しいから、という言葉が西弥のものと重なり、東弥は嘲笑を溢す。

優しくなんてない。ただ、彼と一緒にいる理由を作っているだけなのに。

東弥が守りたいと思った存在は、静留で3人目。

1人目は、高校の時の後輩。彼はゲイではなく、さらにすでに付き合っている彼女がいた。彼が彼女にフラれた時、“先輩”、と泣きついてきたので一度だけプレイをしたことがある。性的な交わり抜きの、ただ第二性を満たしてやるだけのプレイ。そして結局彼は新しい彼女を作り、東弥に見向きもしなくなった。

2人目は、大学同期。彼は東弥と同じようにゲイだったが、彼にも相手がいた。一度彼はフラれたが、その後も相手を思い続け、今はまた同じ相手と付き合っている。東弥は彼を好いているのを隠して、相手を思い続ける彼の背中を押した。彼とは今でも親友だ。

そんなふうに、東弥が思う相手は、いつだって東弥ではない人を見ていた。そして東弥は相手の代わりにはなれなくて。

けれど、静留に関しては、東弥は西弥の代わりになることができ、西弥を演じる限り、静留は東弥を見ていてくれる。

だからこれはただの一緒にいたいというエゴを満たすための手段なのだ。

「ただいま。」

帰宅すると、ピアノの音が止まり、静留が駆け寄ってきた。

「お帰りなさい、西くん。」

シャワーを浴びたばかりなのか、濡れた髪のままぎゅっと抱きつかれ戸惑う。まだシャワーを浴びていないから汗臭い。

髪も乾かしてやりたいが、全て東弥がシャワーを浴びないことには始まらない。

「シャワー浴びてくるから、静留はピアノを弾いて待っていてね。」

「えっ… 」

やんわりと静留の身体を離すと、とても寂し気な顔をされた。

__…俺も拒絶したくてしてるわけじゃないんだけど…。

「すぐ戻るから。そうしたら髪も乾かそうね。」

戸惑ったように首を傾げる彼の手のひらを撫でる。

「…あまいにおい…。」

静留がもそもそと何かを言った気がしたが、東弥はそれを独り言だと思い、全く気にせずその場を後にした。
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