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ss2「サンタさんの正体は」
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テオの目からは大粒の雫がポロポロと溢れてきて、アシュリーはそれをやさしく指ですくった。
これ以上溢れたら溶けてしまうのではないかと心配でたまらなくて。
「なにがあったか、話せる?」
そっと聞くと、彼は自分の手でゴシゴシと涙を拭ってゆっくりと口を開いた。
「夢の中で…あの人に殴られて…
目が覚めたら倉庫で寝てて…、吐いてて、……上着を脱いで…
誰もこなくて、寒くて死んじゃうと思ったから、
死んじゃってもいいと思ったけど……僕がいなくなったらアシュリーが悲しくなるから…
…窓から飛び降りて… 」
思い出すように静かに、まばらに語られる言葉に、胸が締め付けられるように痛かった。
こんなに優しい子に、自分は死んでもいいなんて、誰が思わせてしまったのだろうか。許せない。
愛おしさがこみ上げるとともに、こんなに愛おしい彼を、こんな状況に追い込んだ人たちへの怒りがこみ上げる。アシュリーは少なくともそれを彼に悟らせないように、震える身体を優しく抱きしめた。
甘い香りと、美しく揺れるピアスが、少しだけ心を落ち着けてくれる。
もちろん、倉庫で眼を覚ます前のことを聞いたりはしない。おそらく忘れているのだ。
「生きていてくれてありがとう。まだ夢の中だよ。もう少しお休み。」
精一杯の愛情を込めた、今自分に出すことのできる一番優しい声でささやくと、テオは可愛らしくふわりと笑って眼を閉じた。その無垢な笑顔も、見ていると如何してか苦しくて。
再び眠りについたテオの頭を優しく撫でると、おそらくロナルド達であろう2人のいる部屋へ足を向けた。
ノアに言われた部屋のドアをノックするが、返事はない。
「失礼します。」
一言告げて入ると、大の男2人がベットに突っ伏して眠っていた。人の気配に気づいた片方がゆっくりと起き上がる。
「…!!」
アシュリーを見ると驚いたように眼を見開き、もう1人を起こし始める。先に起きたのはロナルドの方だった。
「やはりお二人でしたか。テオをありがとうございます。」
深々と頭を下げる。ここまで運んできた彼らは加害者ではない。華奢なテオとはいえ男1人をここまで運ぶのは大変な仕事だっただろう。
「いえ、あの、俺っ… 」
ロナルドの方が口をパクパクと開く。何か言いたげだが、声が出ていない。明らかに慌てているようで、まあまあと隣のウィリアムがそれをなだめている。
前にあった時は大人びて見えたが、やはりテオと変わらない歳。アシュリーから見たらまだ子供だ。
「少しお待ちください。コーヒー持ってきますので。そのあと状況を伺ってもよろしいですか?」
「あ…、はい。」
寝起きだから少し整理する時間が必要だろうと、努めて冷静に話しかける。ロナルドもそれを聞いて少し落ち着いたようだった。
休憩室に行き、コーヒーを淹れる。ミルクと砂糖は…
…一応つけておこう。
再び部屋に入ると、2人は着崩れた衣服を直し、きっちりと座っていた。こうして見ると、やはりかっこよく、堂々としている。
顔立ちも整っており、この2人に言い寄られてテオが全く興味を示さなかったのには、本当に助かった。自分では相手にならない。
「先ほどは、申し訳ありません。すこし、パニックになっていて。」
ロナルドはすっかり落ち着いていた。
「いいえ、冷静でいられない気持ちはわかりますよ。俺もノアが手当てした後でなければ、危なかったと思います。
状況をお聞きしても?」
ロナルドはすこしアシュリーから視線を逸らし、唇をかんだ。隣にいるウィリアムがその肩に手を置き、彼のこわばりを解いていく。
「…俺が、疲れているのに、パーティーに参加しろなんて言ったからっ… 」
「それは違うだろう。犯人の予測と、見たままの状況を、話すんだ。」
「でもっ… 」
口から出た言葉に、幼さがうかがえる。ロナルドはだいぶ今回の件に責任を感じているようだ。しかし、見ていればわかる。彼は悪くない。
「ロナルドさん、あなたは悪くありません。テオをここまで連れてきてくれて、ありがとうございました。」
「…いえ、こちらこそ。取り乱してしまって申し訳ない。
簡単にお話しすると、テオは誰かに寒冷な倉庫に拉致され、倉庫の扉は1人で開けることのできるものではないと判断し、梯子を使って窓から飛び降りたのでしょう。
おそらく会場内にいた女性の犯行です。過去に似たような事件がありましたし、彼の衣服からはかすかに女性物の香水の匂いがしましたから。
でもこれは、俺の責任でもあります。女性の力にさえ抵抗できないほど彼を疲れさせたのは、俺が仕事を押し付けすぎたせいで…。」
話しながら再び混乱し始めたロナルドとは反対に、アシュリーはすとんと、全てが腑に落ちた気がしていた。
「大丈夫、ロナルドさん。そのせいではありませんよ。」
ここにいる人たちは、誰も悪くない。テオと同じミルクと砂糖がたっぷりのコーヒーを飲む幼い彼を、同じ目線に立ち優しくなだめる。
ピッタリと目が合った瞬間彼がぴくりとふるえた気がした。優しくしたつもりなのに、怖がらせてしまっただろうか。
「あの子…テオは、幼い頃とある女性とその友人たちから、ひどい虐待を受けていました。
だから、女性物の香水の香りが苦手で、初対面の女性とは恐怖心からほとんど会話ができません。
それが触られでもしたら、抵抗などできずに動けなくなってしまったのでしょう。」
2人がぐっと息をのむ音が聞こえた。深刻な表情をしている。
彼らにこれ以上辛い思いをさせたくなくて、精一杯作り笑いを浮かべた。
「テオはお二人のおかげでもう大丈夫です。足が損傷しているので、二週間、おやすみをいただけますか?」
「クリスマスにかけて繁忙期が終わったので、大丈夫です。…それまでに、かたをつけておきます。」
かたをつける、というのは、今回の件についてだろう。ロナルドの目には必ず、という強い意志が宿っている。
「私も協力するよ。ロナルド。」
隣にいるウィリアムも、冷静を装ってはいるが、静かに怒っているようだった。
「もう遅いですし、泊まっていかれますか?この部屋でよければ。着替えはご用意しますよ。」
「いや、近場のホテルに泊まっていくよ。」
「俺たちにはお構いなく。もう帰ります。」
頭を下げ、テオの鞄をアシュリーに渡すと、2人はそのまま帰っていった。
全く別の言葉だが、同じタイミングで躊躇なく断ったウィリアムとロナルドを見て、
…この2人、お似合いだな…
なんて考えてしまったことは、墓場まで持っていこうと誓ったアシュリーだった。
これ以上溢れたら溶けてしまうのではないかと心配でたまらなくて。
「なにがあったか、話せる?」
そっと聞くと、彼は自分の手でゴシゴシと涙を拭ってゆっくりと口を開いた。
「夢の中で…あの人に殴られて…
目が覚めたら倉庫で寝てて…、吐いてて、……上着を脱いで…
誰もこなくて、寒くて死んじゃうと思ったから、
死んじゃってもいいと思ったけど……僕がいなくなったらアシュリーが悲しくなるから…
…窓から飛び降りて… 」
思い出すように静かに、まばらに語られる言葉に、胸が締め付けられるように痛かった。
こんなに優しい子に、自分は死んでもいいなんて、誰が思わせてしまったのだろうか。許せない。
愛おしさがこみ上げるとともに、こんなに愛おしい彼を、こんな状況に追い込んだ人たちへの怒りがこみ上げる。アシュリーは少なくともそれを彼に悟らせないように、震える身体を優しく抱きしめた。
甘い香りと、美しく揺れるピアスが、少しだけ心を落ち着けてくれる。
もちろん、倉庫で眼を覚ます前のことを聞いたりはしない。おそらく忘れているのだ。
「生きていてくれてありがとう。まだ夢の中だよ。もう少しお休み。」
精一杯の愛情を込めた、今自分に出すことのできる一番優しい声でささやくと、テオは可愛らしくふわりと笑って眼を閉じた。その無垢な笑顔も、見ていると如何してか苦しくて。
再び眠りについたテオの頭を優しく撫でると、おそらくロナルド達であろう2人のいる部屋へ足を向けた。
ノアに言われた部屋のドアをノックするが、返事はない。
「失礼します。」
一言告げて入ると、大の男2人がベットに突っ伏して眠っていた。人の気配に気づいた片方がゆっくりと起き上がる。
「…!!」
アシュリーを見ると驚いたように眼を見開き、もう1人を起こし始める。先に起きたのはロナルドの方だった。
「やはりお二人でしたか。テオをありがとうございます。」
深々と頭を下げる。ここまで運んできた彼らは加害者ではない。華奢なテオとはいえ男1人をここまで運ぶのは大変な仕事だっただろう。
「いえ、あの、俺っ… 」
ロナルドの方が口をパクパクと開く。何か言いたげだが、声が出ていない。明らかに慌てているようで、まあまあと隣のウィリアムがそれをなだめている。
前にあった時は大人びて見えたが、やはりテオと変わらない歳。アシュリーから見たらまだ子供だ。
「少しお待ちください。コーヒー持ってきますので。そのあと状況を伺ってもよろしいですか?」
「あ…、はい。」
寝起きだから少し整理する時間が必要だろうと、努めて冷静に話しかける。ロナルドもそれを聞いて少し落ち着いたようだった。
休憩室に行き、コーヒーを淹れる。ミルクと砂糖は…
…一応つけておこう。
再び部屋に入ると、2人は着崩れた衣服を直し、きっちりと座っていた。こうして見ると、やはりかっこよく、堂々としている。
顔立ちも整っており、この2人に言い寄られてテオが全く興味を示さなかったのには、本当に助かった。自分では相手にならない。
「先ほどは、申し訳ありません。すこし、パニックになっていて。」
ロナルドはすっかり落ち着いていた。
「いいえ、冷静でいられない気持ちはわかりますよ。俺もノアが手当てした後でなければ、危なかったと思います。
状況をお聞きしても?」
ロナルドはすこしアシュリーから視線を逸らし、唇をかんだ。隣にいるウィリアムがその肩に手を置き、彼のこわばりを解いていく。
「…俺が、疲れているのに、パーティーに参加しろなんて言ったからっ… 」
「それは違うだろう。犯人の予測と、見たままの状況を、話すんだ。」
「でもっ… 」
口から出た言葉に、幼さがうかがえる。ロナルドはだいぶ今回の件に責任を感じているようだ。しかし、見ていればわかる。彼は悪くない。
「ロナルドさん、あなたは悪くありません。テオをここまで連れてきてくれて、ありがとうございました。」
「…いえ、こちらこそ。取り乱してしまって申し訳ない。
簡単にお話しすると、テオは誰かに寒冷な倉庫に拉致され、倉庫の扉は1人で開けることのできるものではないと判断し、梯子を使って窓から飛び降りたのでしょう。
おそらく会場内にいた女性の犯行です。過去に似たような事件がありましたし、彼の衣服からはかすかに女性物の香水の匂いがしましたから。
でもこれは、俺の責任でもあります。女性の力にさえ抵抗できないほど彼を疲れさせたのは、俺が仕事を押し付けすぎたせいで…。」
話しながら再び混乱し始めたロナルドとは反対に、アシュリーはすとんと、全てが腑に落ちた気がしていた。
「大丈夫、ロナルドさん。そのせいではありませんよ。」
ここにいる人たちは、誰も悪くない。テオと同じミルクと砂糖がたっぷりのコーヒーを飲む幼い彼を、同じ目線に立ち優しくなだめる。
ピッタリと目が合った瞬間彼がぴくりとふるえた気がした。優しくしたつもりなのに、怖がらせてしまっただろうか。
「あの子…テオは、幼い頃とある女性とその友人たちから、ひどい虐待を受けていました。
だから、女性物の香水の香りが苦手で、初対面の女性とは恐怖心からほとんど会話ができません。
それが触られでもしたら、抵抗などできずに動けなくなってしまったのでしょう。」
2人がぐっと息をのむ音が聞こえた。深刻な表情をしている。
彼らにこれ以上辛い思いをさせたくなくて、精一杯作り笑いを浮かべた。
「テオはお二人のおかげでもう大丈夫です。足が損傷しているので、二週間、おやすみをいただけますか?」
「クリスマスにかけて繁忙期が終わったので、大丈夫です。…それまでに、かたをつけておきます。」
かたをつける、というのは、今回の件についてだろう。ロナルドの目には必ず、という強い意志が宿っている。
「私も協力するよ。ロナルド。」
隣にいるウィリアムも、冷静を装ってはいるが、静かに怒っているようだった。
「もう遅いですし、泊まっていかれますか?この部屋でよければ。着替えはご用意しますよ。」
「いや、近場のホテルに泊まっていくよ。」
「俺たちにはお構いなく。もう帰ります。」
頭を下げ、テオの鞄をアシュリーに渡すと、2人はそのまま帰っていった。
全く別の言葉だが、同じタイミングで躊躇なく断ったウィリアムとロナルドを見て、
…この2人、お似合いだな…
なんて考えてしまったことは、墓場まで持っていこうと誓ったアシュリーだった。
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