一番近くに。

沈丁花

文字の大きさ
上 下
37 / 68
趣味と仕事

君がやりたいことならば。

しおりを挟む
「ねえ、アシュリー?」

仕事から遅くに帰ってきて、2人には狭いベッドで横に寝ている彼に呼びかける。

「んー?どうした?」

眠たげにムニャムニャと微笑む彼は、あの完璧な顔の造形美からは考えられないほど愛らしい。それでももちろん美しい。

月明かりに照らされて煌めくピアスに、白い陶器のような首から顎にかけてのラインがよく生える。でも1番好きなのは、今は眠たげに揺らいでいる空色の瞳。

あの日初めて2人で寝てからは、よく一緒に眠るようになった。どちらからともなく自然に互いを求め合った後の心地よい疲れが、彼の腕の中で癒えていく。

綺麗な顔とその優しさに、ふとした拍子に鼓動が高鳴って顔を背けてしまうことはたくさんあるが、ずっと近くにいてくれる安心感が常にある。

彼と一緒にいると、その相反する感情のどちらかがいきなり暴走しだしたりして、いつも混乱する。求め合う時以外は澄ました顔をしている彼も、そんなふうに心の中はぐちゃぐちゃなのだろうか。

そうだといいな。

「今日、実は商店街のスーツの仕立て屋で働いてみないかって言われたんだ。

僕はアシュリーみたいに頭は良くないけれど、裁縫は好きだからもしそれを仕事にできるなら嬉しい。」

そっか、とアシュリーは愛おしそうに目を細める。

「テオがやりたいことを見つけたなら、それは応援したいな。でも、いきなり大変じゃない?」

仕事をしたい、というとお小遣い足りなかった?などと心配そうに聞いてきたのに、やりたいことが仕事なら応援してくれるのか。

そういう、僕のことを1番に考えてくれる優しさも好きだ。

「アシュリーがいない日に、最初は無理のない程度でいいって言われた。勝手がわからないところは全部教えてくれるって。

オーナーがノアの知り合いなんだって。」

ノアの…?とアシュリーが驚いたように大きく目を開く。

「珍しいね。ノアが知り合いに家族側を紹介するなんて。」

「僕もそう思ってちょっとびっくりした。」

同じだね、と2人で微笑む。アシュリーと出会ってから少しずつ色々な顔ができるようになったけど、色々あって付き合い始めてからは自分でも驚くほど表情が柔らかくなったと思う。

与えられるだけじゃなくて、彼に幸せを与えることができているのだと思っているからかもしれない。幸せは不思議と、与えられるより与えるほうがずっと嬉しい。

「明日、ノアに伝えておくね。」

アシュリーはそういうと、僕の身体を抱きしめ、頭を優しく撫でてきた。

「テオは細かい作業も丁寧でセンスもいいから、きっとその仕事は合ってると思うよ。

俺もテオが作ってくれた服は、本当に気に入ってるんだ。」

カルロさんとおなじことをアシュリーに言われて、カルロさんに言われるよりずっと嬉しい。あれはお世辞ではなく本当のことだと、自惚れてもいいのだろうか。

アシュリーが僕の服を着ていると、とてもくすぐったい気持ちになる。自分が彼に着て欲しいデザインを渡しているから、それを着てもらえることは本当に幸せだと思う。

感謝や好きという気持ちが一気に溢れてきて彼に抱きつく力を強くすると、彼もそれに答えるようにぎゅっと抱きしめ返してくる。

好きをもっと大きなものにすると、どんな表現になるんだろう。自分の語彙では表せないくらいに愛おしい。

「キスして欲しい。」

「テオからしてよ。」

「アシュリーみたいに上手にできない。」

「どんなキスが上手かはわからないけど、俺もテオが初めてだからそんなに上手じゃないと思うよ。」

意外な告白に戸惑う。彼のキスは自然で、そして心地よい。情熱的なキスは、脳内をとろけさせるほど熱く、官能的だ。だから、絶対に慣れていると思っていた。

「テオ以外に恋愛感情を抱いたことはないって言ったでしょ? 」

「そういえば言ってた…気がしないでもない。けど、僕しかアシュリーと付き合ったことがないっていうのは、世界中の人間を敵に回してる気がする。」

こんなに素敵な人をみんなが放っておくわけがないと思う。だからきっと告白されては振ってきたのだろう。それで僕のことは好きになってくれたなんて、絶対におかしい。

「俺もテオがこんなに可愛いから、世界中を敵に回してるかもね。」

俺の負けだよ、とそっと重ねられた唇は、2人の間で少しの熱を帯びる。しばらくそうしてからそれが離れると、わずかに名残惜しさが残った。

「おやすみ」

「うん、おやすみ」

仕事を始めてもっと素敵なものを作れるようになったら、この人にもっと似合う服を作ろうと、そう思いながら目を閉じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

【BL】SNSで人気の訳あり超絶イケメン大学生、前立腺を子宮化され、堕ちる?【R18】

NichePorn
BL
スーパーダーリンに犯される超絶イケメン男子大学生 SNSを開設すれば即10万人フォロワー。 町を歩けばスカウトの嵐。 超絶イケメンなルックスながらどこか抜けた可愛らしい性格で多くの人々を魅了してきた恋司(れんじ)。 そんな人生を謳歌していそうな彼にも、児童保護施設で育った暗い過去や両親の離婚、SNS依存などといった訳ありな点があった。 愛情に飢え、性に奔放になっていく彼は、就活先で出会った世界規模の名門製薬会社の御曹司に手を出してしまい・・・。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

浮気な彼氏

月夜の晩に
BL
同棲する年下彼氏が別の女に気持ちが行ってるみたい…。それでも健気に奮闘する受け。なのに攻めが裏切って…?

4人の王子に囲まれて

*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。 4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって…… 4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー! 鈴木結衣(Yui Suzuki) 高1 156cm 39kg シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。 母の再婚によって4人の義兄ができる。 矢神 琉生(Ryusei yagami) 26歳 178cm 結衣の義兄の長男。 面倒見がよく優しい。 近くのクリニックの先生をしている。 矢神 秀(Shu yagami) 24歳 172cm 結衣の義兄の次男。 優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。 結衣と大雅が通うS高の数学教師。 矢神 瑛斗(Eito yagami) 22歳 177cm 結衣の義兄の三男。 優しいけどちょっぴりSな一面も!? 今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。 矢神 大雅(Taiga yagami) 高3 182cm 結衣の義兄の四男。 学校からも目をつけられているヤンキー。 結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。 *注 医療の知識等はございません。    ご了承くださいませ。

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

処理中です...