一番近くに。

沈丁花

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趣味と仕事

スカウト

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僕は夢でも見ているのだろうか。裁縫はまだ趣味として初めて何ヶ月かしか経っていないのに、憧れていたお店のオーナーさんにこんなに褒めてもらっている。嬉しい。

「僕なんかが、いいのでしょうか?スーツなんて作ったことがありません。それにあなたのお店からスーツを着て出てくる人は、自信に溢れた表情をしています。

僕にそんな服を作るお手伝いができるのでしょうか。」

ただの冗談かもしれないから、これで笑い飛ばされたら嫌だな、と思いながら聞いてみると、横にいたノアがやっぱり知ってたのか、となぜか得意そうにしていた。

この人、人のことを自分のことのように喜ぶ人だっけ?と疑問が浮かぶ。

カルロさんはにっこりと微笑みかけた。

「あなたの作った洋服をみて、僕はとても素晴らしいと思いました。センスは人それぞれなので、合う合わないは技術と比例しませんから。

それにあなたの作業はそのシャツを見て、とても丁寧なのがわかります。だから、あなたがいいのですよ。

わからないことは全て僕が教えます。」

カルロさんの言葉が嬉しくて、なんて答えたら良いかわからない。そんな僕を横目に、ノアはどうせオッケーなんだろ、と目で訴えている。

もちろんアシュリーに相談する必要はあるが、むしろこちらからお願いしたい話だった。ずっと仕事をして少しでもアシュリーの役に立ちたいと思っていたから、尚更だ。

「いつもお世話になっている方がいるんです。とてもありがたいお話で、もし本気ならば僕も受けたいと思っています。

彼に相談した後、ノア越しにお返事しても大丈夫でしょうか?」

はっきりとそういうと、それだけで疲れてしまい、僕はその場にへなへなと座り込んだ。精神力の弱い自分が情けない。

「もちろんです。良いお返事、待っていますね。」

カルロさんはにっこりと返事をしてくれた。色々深く聞いてこないところもありがたい。

この人はノアと立ち振る舞いや言葉遣いは真逆だが、ノアと同じくらい大人で、空気の読める人だと思った。だからノアもこんなに気に入っているように見えるのだろうか。

「テオがクッキーを持ってきてくれたから、ちょっと3人でお茶しないか?」

疲れて座り込んでいる僕を手を差し出して起こした後、ノアのその言葉が場の空気を一気に和ませた。

「いいですね。これはテオくんの手作りですか?」

カルロさんは甘いものが好きなのかとても嬉しそうだ。

「はい。…あと、テオでいいです。」

君付けで呼ばれるのは初めてで気恥ずかしくてそう返す。

「ではテオ、僕のこともカルロと呼んでください。」

「…カルロ…さん。」

呼べと言われても、この人をさん抜きで呼ぶには抵抗を感じた。

「おい、俺の時は一発で呼び捨てにしたのに、なんでだ。」

「…人徳?」

ノアの返しにカルロさんがふふっと笑う。

ノアが淹れてくれた紅茶を飲みながら、カルロさんは仕事の話には触れず、当たり障りのない会話を僕たちに振ってくれる。僕はそのおかげで彼に幾分か打ち解けることができた。

ただ、その話し方は昔のアシュリーに少し似ていると思った。何か秘めているのだろうと気のせいかもしれないがそう感じる。

…まあ、この人の悲しみを埋めるのは僕じゃないな。

ノアは向かいでカルロさんに寄り添うように笑っている。ノアのこんな表情は初めて見る。

最初客人だと聞いた時、ノアが僕やアシュリーなどの身内側の人間を誰かに紹介すること自体にすでに驚いた。でもきっと、この人はノアにとってどんな形かはわからないけれど大切なのだと感じた。
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