一番近くに。

沈丁花

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絵に描いたような理想

もうすぐ春の日

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あたたかな太陽の光が注ぎ、雪解けの地面の少しの水分をキラキラと反射させている。

完全に雪が溶け久々の陽気で、外で洗濯を干した。もうすぐ春のにおいがする。

この家には父親がいない。僕とアメリアさんとレオの3人だ。もちろん、無駄な詮索はしない主義なので何も聞かないけれど。

1ヶ月がすぎ、大分この家での暮らしに慣れてきた。アシュリーが与えてくれた幸せと比べたらそれは劣ってしまうけれど、とても幸せな日々を過ごしている。

あいかわらず食欲はなく、そして寂しさが強くある。

アシュリーはまだ一度も様子を見にきてはくれなかった。来て欲しい、なんてわがままも言える立場ではないけれど。

一方ノアには3日に一回家に来て勉強を教えてもらっている。

ノアの教え方は雑に聞こえるが非常にわかりやすい。

自分で読むと暗号のような本が、ノアと話しながら読むと不思議と理解できてしまう。その後もう一回1人で読み返すと、今度は大半の内容を理解することができた。

レオは勉強が嫌いだが、絵を描くのが上手で、よく花の絵を描いて見せに来る。また、ほとんど遊びを知らない僕に、よく遊びを教えてくれていた。

家事をしながらアメリアさんのお菓子を焼く手伝いをしていたが、もともと料理が好きだったのでとても楽しい。

完全に同じものはできないけれど、大体の作り方がわかってきたのでもしアシュリーがいたら今度食べさせてあげたい、なんと思ってしまう。

物干し竿に洗濯物をかけてクリップで留める。アシュリーの家ではベランダに干していたが、この家には庭に洗濯物を干す場所があり、太陽に当たるのが気持ちいい。

アメリアさんはいつでも庭の手入れに手を抜かない。庭に生えている木の名前はわからないが、昨日、庭の手入れの手伝いをしている時にそれが芽をつけていることが冬から春に準備をしているのだと聞いて、なんとなく感慨深かったのを思い出す。

気になってその木の方に目をやると、遠くから誰かが走ってきた。

「テオ、元気にしてるかー?」

走ってきたのはノアで、今日は温かいためかコートにマフラーではなくセーターを着ていた。相変わらずの軽いノリにどう反応していいか戸惑っていると、その一瞬の間に

「おばさん、ちょっとテオ借りてきますー!」

とノアが家の方に大きな声で叫び、アメリアさんのいいわよーという返事まで聞こえてきた。

「借りてくって?」

一応聞いてみる。

「いいコト教えてやるよ。アシュリーさんは多分いってないだろうしな。テオはもう16だもんなー」

にかっと悪そうに笑われて、嫌な予感しかしない。できれば付いて行きたくない。ロクでもないことを吹き込まれそうだ。

「答えになってない。」

あくまで拒絶の意を込めて低い声でぶっきらぼうに答える。

「いいから付いて来い。」

拒絶は効果がなかったようだ。でもまだ家事もある。

「まだ洗濯残ってる。」

「まじめだなー。手伝ってやるよ、仕方ない。」

食い下がっても無駄なようだ。悪い人ではないから、はっきりと嫌とも断れないし。何かアシュリーに関する大事な話があるのかもしれないし。

ノアが雑に洗濯物を干していくから、それを直しながら干したためいつもの倍の時間をかけて洗濯物を終える。

「じゃ、いくか。」

さりげなく肩の後ろに手を回され、まるで連行されるように自然と同じ方向に足が向いた。アシュリーの家の方でもないし、一体どこへ向かっているのだろう。

「どこへ?」

「いーところ。」

「だからそれは、、、」

言いかけて諦めた。多分何を聞いても大した答えは返ってこないのだろう。黙ってついていく。

「そういえばピアス、あけたんだな。」

沈黙を破ったのは、アシュリーの家で最後に過ごした夜に空けてもらったピアスの話題で、そのことを思い出してアシュリーに会いたいという思いが募る。

もちろん、僕といても幸せだなれないのだから、無理に会おうとなんてしないけれど。

「ええ、まあ。」

ここにくる前日に、と続けるのはやめておいた。

思いがけず冷たい声音になってしまったのは反省するが、ノアはそれを気にするそぶりもない。

「自分で空けたにしては綺麗だな。空けたのアシュリーさん?」

僕の様子を全く気にしていないのか、彼の質問はいちいち鼻に付く。

「これはアシュリーからもらったもので、空けたのもアシュリー。」

言い切ってしまうと今度はあの夜のアシュリーの低い声やこちらをみる真剣な眼差しが浮かんできて、もうダメだと思った。今日は本当に良くない日だ。

「アシュリーさんそういうの上手いからなー。気をそらしてる間にすぐ終わったろ。」

「…はい。」

それを聞いて、もし仮にあの状況を常に作り出しているとしたら恐ろしいと思った。きっと患者さんはその夜安眠できないだろう。

「お、ついた。」

ついた、と言われ通されたのは、2DKのアパートだった。中にはものはほとんどなく、モデルルームのような空間で生活感が全くない。

「ここは俺の家。今日はお前に素敵なゲストを連れてきてやった。」

キッチンを通りドアを開けると、そこから甘ったるい香水の匂いが漂ってきた。

「あらノア、おかえり。」

そしてノアはその甘ったるい香水の持ち主に抱きつかれ、いきなりキスを始めた。

僕にしてきた軽いお前可愛いな、みたいなのではなく、もっと妖艶にねっとりとした口付けで、ぴちゃ、ぴちゃ、と言う音から舌を絡めているのだとすぐにわかった。

そして一通りそれを堪能し終わると、あら、と華奢な女性がお客様?とつぶやいた。僕の足元をノアの体越しに見たのだろう。

そしてゆっくりとその女性の顔がこちらを向く。

「あら、もしかしてフェイ?

…な訳ないわね。この子は?」

その女性の顔を見た途端僕はがたがたと震え始め、その女性と手指を絡ませているノアの背中にぎゅっとしがみついた。

吐き気がする、いや、吐いてしまう。

長い間この恐怖と縁のないところにいた。でも外と関われば狭い世界だ。またその恐怖が蘇る。

ねえ、あなたなんで苦しまないのよ?もっと顔をしかめなさい!もっと!!表情のないお人形さんなんて殴ってもなにも変わらないのよ。

何も知らないバカをいじめるのは趣味じゃないわ。ちゃんと知識も常識もある子だから殴り甲斐あるんじゃないの。ほら、学校行きな。少し骨が折れたくらいで、歩けるでしょう。

あら、もう死んじゃったかしら?捨ててくるわ。

忘れかけていたはずの光景が一気にフラッシュバックして、立っていられない。

「ごめんこの子、持病持ちで。今日は帰って。」

「えーせっかくきたのにー。。また誘ってよー。」

そんな声が遠巻きに聞こえる。息が苦しい。こみ上げるのが吐き気なのかそれともそれ以外の何かなのかわからず、全ての痛みから逃げるように意識が遠のいていった。
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