一番近くに。

沈丁花

文字の大きさ
上 下
1 / 68
その人との出会い

優しい世界

しおりを挟む
目を開けると、ふわふわの感触と、心地よい暖かさに包まれていた。

いつまでもこの夢の中にいたい。

ずっと目が覚めなければいい。

もう感覚さえなくなっていた胸の傷が、柔らかな布に擦れてちりちりと痛むその痛みさえ、不快に思わなかった。

そのくらい大きな幸せに、自分は今包まれている。

冬だというのに全く体が凍えておらず、むしろ春のように暖かい。

手足はおもりや枷が付いてなくて、軽くて自由に動く。

もうずっと、このまま、叶うならこのまま眠りたい。

何も考えず、誰ともかかわらず、ずっと。それが叶うのなら、例え死だとしても構わないと思った。

最近悪夢ばかり見ていたから、久しぶりに神様がご褒美をくれたのかもしれない。

夢だっていい。こんな暖かさに最後に包まれたのは確かもう何年も前だ。

ああ、優しい風に乗って、何かとても、素敵な匂いがする。

こんないい匂いは、生まれてこのかた嗅いだことがない。

不意に、自分のお腹がぐーっと音を立てた。

あれ?お腹すくの?夢の中なのに。ご飯も食べていいの?ああ、でもこの温もりから出るのももったいないな。

でもやっぱりお腹すいたな。ここから少しだけ、少しだけ出よう。すぐ戻るから。

この夢が続きますように、と願いながら、重たい瞼を開く。目を開けると温かい光と、木でできた家具で構成された景色が広がっている。

ああ、この夢は、空間までもが温かい。幸せだな。

ずっと続くといいな。

そう思いながら体を起こそうとして、違和感に気づいた。

体が鉛のように重く、動かそうとしても力無い振動が伝わるだけで、寝返りさえ打てないのだ。

せめて周りを見渡そうと首を動かすことさえ叶わず、目を駆使して最大限広い領域を見渡す。

少し開かれたカーテンの隙間からのぞく外の景色は真っ白で、ここは建物の中二階なのだろうか、水色、黄色、レンガ色、、、様々な色の家の屋根を雪が覆っていた。

できる限りあたりを見回しても、やはりあるのは木製の家具と、2つの窓とドアだけ。

もしこれが現実だとして、なぜここに眠っているのだろう。あるいはもし夢だとして、何故自分は動けないのだろう。

理想を実現する夢にしては不自由すぎて、かといって現実としては夢寄り過ぎるこの状況。

せめてそれだけでもはっきりさせよう。動こうとしない口を無理やり開き、喉に力を込める。

「あ、あ、、、」

なんだこれ。

自分で出した声は、まるで赤子の泣き声のような濁った音で、言葉を発し様にも口がうまく動かせず、綺麗に発音できない。

動こうにも自分1人ではなにもできず、だからせめてその濁った声を力の限りだす。

弱々しい声だけど、それ以外にできることがないから、声を出した。

少しして、誰かの足音が聞こえてきた。

すでに僕はたった10程度の発声に疲れ果て、ほとんど脱力していて。

とんとん、と、ドアをノックする音が聞こえる。二回。そしてドアが開く。

「やっと起きたね。体はどう?」

誰かがそう言いながら入ってきた。

金髪に碧眼、薄い唇、白い肌。

その全てが非常に綺麗に配置された、異国の男性が、僕のことをひどく優しい表情で見てきた。

少し目尻を下げ、細められた目は、その少し上がった口角と合わせて見ると、男の人なのにドキドキしてしまうほど美しく、そしてどこかもの寂しげで。

しかし、そのひどく優しい表情にさえ、僕は怖い。

動いたら、抵抗したらきっと殴られる。でも動かなくてもきっと殴られる。大人は、どんな人でも、僕を必ず殴るから。

彼の手が伸びてくるのを視界の端でとらえ、せめて、少しでも痛くないように、全身を強張らせて覚悟した。

すると、彼は、僕の両手を自分のそれの中に優しく包み、そして言った。

「怖くないよ、大丈夫。…君を守ってあげる。」

手を包まれて初めて、自分の体が気づかないうちにガタガタと震えていたことに気がつく。

そして自分の頬に生温かい液体が伝っていることも。

怖くない。
この一言を、夢なら信じてみてもいいだろうか。

僕は彼の目をじっと見る。彼も、信用していいんだよ、とでもいうようにじっとこちらをみていた。

こんなに優しい顔をした大人は、初めてみた。

ぐぅー

また、お腹の音がなった。

「その状態でも食べられるように、薄いスープを作ったんだ。少し待っていて。」

にっこり笑って部屋を出ていった彼は、何か入った器を手にすぐに戻ってきた。 

そして、まだほとんど信用しきれず少しでも触れられるとガタガタ震え出す僕の上体を、ごめんねと悲しそうに顔をしかめながら、でも仕方がないからと起こし、謎の器具で器の中の液体を掬うと、

「口を開けて。」

と言った。言われた通りにすると、その器具で口の中に温かい液体が流し込まれた。

口全体に広がる今まで感じたことのない香り。

無くなってしまうのがもったいないと思いながら、それでも体に取り込みたくて、ゆっくりと飲み込む。

飲み込むとすぐにまた差し出され、飲み込む。

器一杯分がなくなると、今度は心地よい眠気に包まれる。

そして目を開けてもまた同じ夢の中にいますようにと、目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

【BL】花見小撫の癒しの魔法

香月ミツほ
BL
食物アレルギーで死んでしまった青年・小撫(こなで)が神子として召喚され、魔族の王を癒します。可愛さを求められて子供っぽくなってます。 「花見小撫の癒しの魔法」BLバージョンです。内容はほとんど変わりません。 読みやすい方でどうぞ!!

Amazing grace

国沢柊青
BL
大きな挫折を経験しERを去る決心をしたマックスは、新しい職場で主席社長秘書、ジム・ウォレスと出会う。しかしウォレスには、マックスが計り知れない程の謎が隠されており・・・。一方、街では動機不明の爆破事件が発生。やがて第二、第三の事件へと発展していくのだった・・・。 国沢、初挑戦の外国モノ。しかもややサスペンス入り気味。 事件の描写にグロ要素があります。 随分以前に書いたものですので、時代にあわなくなった表現のところを手直しして投稿しています。 3年かけて連載していた作品ですのでかなりの長丁場となっており、最後まで読んでもらえるかどうかメッチャ不安なんですけど、ぜひ最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

僕が愛しているのは義弟

朝陽七彩
BL
誰にも内緒の秘密の愛 *** 成瀬隼翔(なるせ はやと) *** *** 成瀬 葵(なるせ あおい) ***

噛痕に思う

阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。 ✿オメガバースもの掌編二本作。 (『ride』は2021年3月28日に追加します)

処理中です...